●歌は、「清き瀬に 千鳥妻(つま)呼び 山の際(ま)に 霞立つらむ 神奈備の里(雑歌 巻七の一一二五)」ならびに「年月(としつき)も いまだ経(へ)なくに 明日香川 瀬々(せぜ)ゆ渡しし石橋(いしばし)もなし(雑歌 巻七の一一二六)」である。
【共有されている記憶】
「・・・明日香のカムナビをもって故郷の景の代表とする・・・思いは、平城京の生活者に共有されていたのではなかったのかと、思うのです。
『万葉集』では単に『故郷』とのみ記されている場合、この歌のように、明日香を指している場合が多いのです。故郷といえば明日香、明日香といえば明日香川とカムナビ、というような考え方は、同時代の人びとに広く共有されていたのではないでしょうか。
同じく故郷に思いをはせる歌としては、巻七の雑歌に次のような歌が伝わっています。
(雑歌 巻七の一一二五)ならびに(同 一一二六)(歌は省略)
一首目は、遠く故郷・明日香に思いをはせた歌。二首目は、故郷の明日香を実際に訪ねたときの歌です。故郷・明日香に遠くから思いをはせることもあったでしょうし、また、いてもたってもいられず。かの地を訪れることもあったでしょう。ここで注意しておきたいのは、この二首がともに『故郷を偲ふ』歌として、巻七に収められている点です。
以上の点を考え合わせると、故郷といえば明日香が連想され、故郷・明日香の景はカムナビと明日香川によって代表されるというのは、平城京生活者に共有されていた記憶であった、と思われるのです。」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
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巻七の一一二五ならびに同 一一二六歌をみていこう。
■■巻七の一一二五・一一二六歌■■
題詞は、「思故郷」<故郷を偲(しの)ぶ>である。
■巻七の一一二五歌■
◆清湍尓 千鳥妻喚 山際尓 霞立良武 甘南備乃里
(作者未詳 巻七 一一二五)
≪書き下し≫清き瀬に 千鳥妻(つま)呼び 山の際(ま)に 霞立つらむ 神奈備の里
(訳)清らかな瀬には 千鳥が妻を呼び 山あいには 霞がたっているだろう・・・ 明日香のカムナビの里は、今ごろ (「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
(注)かむなび 【神奈備】名詞:神が天から降りて来てよりつく場所。山や森など。「かみなび」「かんなび」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
■巻七の一一二六歌■
◆年月毛 末經尓 明日香川 湍瀬由渡之 石走無
(作者未詳 巻七 一一二六)
≪書き下し≫年月(としつき)も いまだ経(へ)なくに 明日香川 瀬々(せぜ)ゆ渡しし石橋(いしばし)もなし
(訳)年月も そう長くは経(た)っていないのに・・・ 明日香川の 瀬に渡しておいた 飛び石も、今はない――(同上)
(注)いははし 【石橋・岩橋】名詞:浅瀬に並べ置いて、橋の代わりとした石。川の中の飛び石。「いはばし」とも。(学研)
飛び石については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その167改)」で奈良県高市郡明日香村明日香川万葉歌碑(稲渕飛石(石橋))とともに紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」