【ふたたび大伴坂上郎女と大嬢】
「・・・長歌は、注記がなく制作年代が不明なのですが、・・・天平十一(七三九)年の歌と見る人もいます。坂上郎女は、跡見(とみ)の庄から、娘・大嬢にこんな歌を贈りました。
(相聞 巻四の七二三)(同 同七二四)(歌は省略)
「・・・あの世に、私が行ってしまうわけでもないのに、宅の門口でもの悲しそうにしていた、我が娘である刀自(とじ)(大嬢)を……とは、誰あろう庄へ旅立つ郎女を見送る娘の姿なのです。
そして、郎女は次に自身の今を歌います。・・・わが娘である刀自を、夜昼といわず、思い出していると、我が身は痩せてくる、嘆いていると、袖さえも濡れてくる、と郎女は歌います。つらいのは、わたしもおんなじだよ、といいうことがいいたいのでしょう。」
【これも一つの恋歌】
「・・・長歌の末尾部では、・・・こんなにもむしょうに恋い慕うと、故郷である跡見の庄に、この数ヶ月いることに耐えられないよ、と歌うのです。・・・『かくばかり もとなし恋ひば』の対象となる『あなた』が、大嬢である・・・つまり、この歌は娘への一つの恋歌になっているのです。
・・・反歌は、・・・朝髪ではないが、思い乱れて、そんなにもおまえさんがわたしのことを恋い慕っているから、おまえさんの夢を見てしまったよ、というのです。これは、相手が強く自分のことを思うと自らの夢に出る、という俗信を背景にした表現です。・・・」
【「我が子の刀自」という言い方】
「・・・この歌は、母が娘にさとす歌だった・・・大嬢は十八歳で、家持の妻として、一族のなかで応分の役割を果たすべき歳となっていたはずです。・・・当時、大伴氏のなかで『刀自』という立場にあったのは、大伴坂上郎女その人でした。・・・娘が大伴氏の刀自として自他ともに認められる存在になることを、心から望んでいたに違いがありません。・・・長歌の『我が子の刀自』という表現のニュアンスは、・・・我が娘に対して、しっかりして欲しい、という気持ちが込められているはずなのです。」
【甘ったれた手紙に対する母の叱咤】
「左注によると、まず大嬢から郎女へ歌が届き、それに答えたのがこの長反歌である、・・・残念なことに、『宅』の娘から『庄』の母に贈られた歌は、伝わっていません。しかしその内容は、・・・歌のなかの『かくばかり』とは、『こんなにも』であり、たぶん母を恋しがる甘ったれた歌か書簡を、大嬢が庄によこしたのでしょう。・・・この歌からは、そんなにも寂しがらないでおくれ、そんなに寂しがると庄での仕事にならないよという母・郎女の嘆きの声も聞こえてきますが、娘を励ます声も聞こえてきます。そんなんじゃ、こっちも仕事になんないよ、おまえさんも刀自なんだよ、と。」
【母から娘へ】
「・・・氏族のなかで、『刀自』と呼ばれる女性が果たすべき役割というものが、郎女の長歌を読むと透けて見えるような気がします。秋にはともかくも庄に出向て収穫を確認する必要があり、・・・数ヶ月にわたって、坂上郎女は宅を離れたのです。そうなると、どうしても宅を守る女性が必要となり・・・それを娘に託したのでした。『我が子の刀自』とは、そういう文脈から出た言葉だと思います。・・・母はともに嘆くと同時に、娘を励まさなくてはならないのです。・・・今日、母・坂上郎女から、娘・大嬢にどのような引き継ぎがあったかわかりませんが、女から女へと引き継ぐべき何かがあったのだ、と思います。宅守る刀自として。」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
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相聞 巻四の七二三歌ならびに七二四歌をみてみよう。
■■巻四 七二三歌ならびに七二四歌■■
題詞は、「大伴坂上郎女従跡見庄賜留宅女子大嬢歌一首 幷短歌」<大伴坂上郎女、跡見の庄より、宅(いへ)に留(とど)めれる女子(むすめ)大嬢に賜う歌一首〔幷せて短歌〕>である。
■巻四 七二三歌■
◆常呼二跡 吾行莫國 小金門尓 物悲良尓 念有之 吾兒乃刀自緒 野干玉之 夜晝跡不言 念二思 吾身者痩奴 嘆丹師 袖左倍沾奴 如是許 本名四戀者 古郷尓 此月期呂毛 有勝益土
(大伴坂上郎女 巻四 七二三)
≪書き下し≫常世(とこよ)にと 我(あ)が行(ゆ)かなくに 小金門(をかなと)に もの悲しらに 思へりし 我(あ)が子の刀自(とじ)を ぬばたまの 夜昼(よるひる)といはず 思ふにし 我(あ)が身は痩(や)せぬ 嘆くにし 袖さへ濡れぬ かくばかり もとなし恋ひば 故郷(ふるさと)に この月ごろも ありかつましじ
(訳)あの世にね 私が行ってしまうわけでもないのにね 門口で もの悲しそうに 沈み込んでいた 我が子、それも私が留守の間は刀自なんだが お前をねぇ ぬばたまの 夜となく昼となく 思い出していると 私の体は痩せ細ってしまったよ お前のことを嘆くとね 袖も涙で濡れ通ってしまったよ こんなにもむしょうに恋しく思うとね 「故郷」といったって この数ヶ月 いられたもんじゃない―― (「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
■巻四 七二四歌■
◆朝髪之 念乱而 如是許 名姉之戀曽 夢尓所見家留
(大伴坂上郎女 巻四 七二四)
≪書き下し≫朝髪(あさかみ)の 思ひ乱れて かくばかり なねが恋ふれそ 夢(いめ)に見えける
(訳)朝寝髪ではないけれど 思いは乱れて こんなにも おまえさんが恋しがっているから…… おまえさんが昨夜も夢に現れたんだね (同上)
左注は、「右歌報賜大嬢進歌也」<右の歌は、大嬢が進(たてまつ)る歌に報(こた)へ賜ふ>である。
坂上郎女の母、石川郎女(石川命婦 当時、大伴氏の大家<おおとじ>)が、病気療養のため有馬に行っていたので、大伴宅に身を寄せていた尼理願が亡くなり、坂上郎女が一人で、葬儀を取り仕切り、実質的に刀自の役目を果たし、悲しみながらの命婦に報告した歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その787)」で、兵庫県伊丹市 緑が丘公園万葉歌碑(作者未詳 7-1140)とともに紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」