万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界へ飛び込もう(その2965)―書籍掲載歌を中軸に(Ⅲ)―嫉妬

第7章 愛情と怨恨

【「愛憎半ば」といっていまえばただそれだけのことだが……】

 「・・・第7章では、その愛情と怨恨(えんこん)が歌のなかでどのように表現されているかを・・・みたいと思います。・・・」

 

【異色、異例の長歌

 「愛憎半ばとはよくいいますが、『万葉集』をひもとくと、深く愛するがゆえに発せられる憎悪の言葉を、時折聞くことができます。しかしわたしは、次の歌ほど小気味よい、他者に向けられた憎悪の言葉を知りません。それは、夫の浮気相手の女に対する激しい攻撃の言葉を含んでいます。巻十三には、次のような歌が伝わっているのです。

 (相聞 巻十三の三二七〇)(同 同三二七一)(歌は省略)

 

【なぜ薦をなじるのか⁈】

 「ならば、どこが異色か。まず冒頭から、恋敵の家に火を放ちたいと叫んでいる点です。その家を『小屋(こや)の醜野(しこや)』と貶(おとし)めています。その後には、相手の醜さ、貧しさに対する攻撃的表現がぞくぞくと続いてゆきます。まさにそれは機関銃のよう。・・・まさに『坊主憎けりゃ、袈裟(けさ)まで憎し』です。『小屋』の次に攻撃の対象になっているのは、『薦(こも)』です。・・・ではなぜ敷物の薦が攻撃の対象になったかというと、それは寝具だからです。通(かよ)い婚の場合、女たちは男が訪ねて来る日に限っては、とっておきの薦を敷きました。・・・女の身だしなみでしょうか。・・・最近、通ってこなくなった男に対して、女が毒づいた歌に、次のような歌があります。

 (正述心緒 巻十一の二五三八)(歌は省略)

 ・・・独りで寝れば薦は朽ちないといっておきながら、それが擦り切れて紐になるまで、悶々としながら、あなたのことを待つといっているのですから、尋常ではありません。しかも、長い長い時間を。とすれば、これは呪いにも似た言葉、と男には聞こえたでしょう。・・・夫の浮気相手女が用意した薦を『破(や)れ薦(ごも)を敷きて』となじるのは、女たちには女たちの薦にかけたプライドがあるからなのでしょう。

 

【なぜ手をなじるのか】

 「次に女は、浮気相手の手をなじっています。その手を『醜の醜手』すなわち不細工な手、醜い手といっています。・・・それは、手枕(てまくら)を連想させるからです。・・・たとえば、巻十の七夕歌には、次のような歌があります。

 (秋の雑歌 七夕 柿本人麻呂歌集 巻十の二〇二一)(歌は省略)

 「この歌も解釈が難しいのですが、これは彦星すなわち牽牛(けんぎゅう)の嘆きを歌ったものでしょう。・・・その一夜の共寝を、万葉びとは『手枕交へて 寝たる夜は』と表現しています。したがって、手を憎しと『醜の醜手』と表現したのにも、これまた理由があるのです。

 

【ベッドのきしみ】

 「・・・次には床(とこ)で睦(むつ)み合っている夫と恋敵に思いをはせ、悶々とする自己を描いているのです。『この床の ひしと鳴るまで』とは、床がきしむ音を表現した擬態語です。・・・煩悶(はんもん)する寝姿を連想させる音を・・・擬態語で表現しているところも、これまた異色というほかはありません。・・・まさに、嫉妬の炎。」

 

反歌の世界】

 「ところが、反歌では嫉妬に燃える『我』を見つめるもう一人の『我』が登場してくるのです。『我が心 焼くも我なり』『君に恋ふるも 我が心から』と。憎しみの気持も、ほとばしる恋心も、出所は一つ。それは私の心、と歌っているのです。つまり、自己を分析するもう一人の自己が、反歌には顔を出している、といえるでしょう。・・・長歌は激しく怒る『我』が歌った歌であったのに対して、反歌は激しく怒る『我』を見るもう一人が歌った歌、といえるのではないでしょうか。この長歌反歌に歌われているのは、激しい怒りと後悔です。・・・反歌の「我ながら」という表現は、もう一人の自己を発見した人間の声、ではなかったのでしょうか。と同時に、この可愛らしさが救いとなるからこそ、罵詈雑言(ばりぞうごん)が小気味よく耳に響くのです。・・・」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)

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 (相聞 巻十三の三二七〇)(同 同三二七一)、(正述心緒 巻十一の二五三八)、(秋の雑歌 七夕 柿本人麻呂歌集 巻十の二〇二一)を順にみていこう。

 

■■巻十三 三二七〇歌・三二七一歌■■

■巻十三 三二七〇歌■

◆刺将焼 小屋之四忌屋尓 掻将棄 破薦乎敷而 所挌将折 鬼之四忌手乎 指易而 将宿君故 赤根刺 晝者終尓 野干玉之 夜者須柄尓 此床乃 比師跡鳴左右 嘆鶴鴨

       (作者未詳 巻十三 三二七〇)

 

≪書き下し≫さし焼かむ 小屋(こや)の醜屋(しこや)に かき棄(う)てむ 破(や)れ薦(ごも)を敷きて 打ち折らむ 醜(しこ)の醜手(しこて)を さし交(か)へて 寝(ぬ)らむ君故(ゆゑ) あかねさす 昼はしみらに ぬばたまの 夜(よる)はすがらに この床(とこ)の ひしと鳴るまで 嘆きつるかも

 

(訳)焼き払ってしまいたい ちっぽけなおんぼろ小屋に 捨て去ってやりたい 破れ薦を敷いて へし折ってやりたい (アノ女の)汚らわしい不格好な手と 手と手を交わしあって…… 共寝をしているだろうアナタのことを思うゆえに あかねさす 昼はひねもす ぬばたまの 夜はもすがら この床がひしひしと鳴るまでに 私は悶え 嘆いてしまう!(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)

(注)ひしと 副詞:①みしみしと。▽物がきしむ音の形容。②びっしりと。ぴったりと。▽すき間のないようす。③ぴたっと。ぱったりと。▽急に中断するようす。④しっかりと。▽行動が確かであるようす。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

 

 

反歌

■巻十三 三二七一歌■

◆我情 焼毛吾有 愛八師 君尓戀毛 我之心柄

       (作者未詳 巻十三 三二七一)

 

≪書き下し≫我(あ)が心 焼くも我(われ)なり はしきやし 君に恋(こ)ふるも 我(わ)が心から

 

(訳)私の心 それを焼き尽くすのも私の心から あぁ―どうしようもなく 憎いアンチクショウを恋しく思ってしまうのも…… おんなじ 私の心から――(同上)

 

 この三二七〇・三二七一歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1647)」で福井県越前市 万葉ロマンの道万葉歌碑(中臣宅守 15-3722)(こちらは純愛であるが)とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

福井県越前市 万葉ロマンの道万葉歌碑(中臣宅守 15-3722) 20220609撮影



 

 

 

 

■巻十一 二五三八歌■

◆獨寝等 茭朽目八方 綾席 緒尓成及 君乎之将待

       (作者未詳 巻十一 二五三八)

 

≪書き下し≫ひとり寝(ね)と薦(こも)朽(く)ちめやも綾席(あやむしろ)緒(を)になるまでに君をし待たむ

 

(訳)どんなに独り寝を続けたところで、下敷きの薦莚(こもむしろ)までが腐ってしまうわけではありますまい。上敷の綾莚が編み糸だけになってしまうまでも、私はあなたを待ちつづけてましょう。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)ひとり寝と:一人で寝たとて。(伊藤脚注)

(注)を 【緒】名詞:①糸。紐(ひも)。②弓や楽器の弦。つる。③鼻緒。④長く続くこと。また、長く続くもの。(学研)ここでは①の意

 

 

 

 

■巻十 二〇二一歌■

◆遥▼等 手枕易 寐夜 鶏音莫動 明者雖明

       (作者未詳 巻十 二〇二一)

 ▼は、「女偏」+「漢」=「つま」→ 「遥▼」(とほづま)

 

≪書き下し≫遠妻(とほづま)と手枕(たまくら)交(か)へて寝たる夜(よ)は鶏(とり)がねな鳴き明けば明けぬとも

 

(訳)いつも遠くに離れている妻と手枕を交わして、こうしてやっと寝ることのできた夜は、鶏よ、鳴き立てないでおくれ、夜は明けてしまってもかまうもんか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)とほづま【遠妻】:遠く離れている妻。会うことのまれな妻。また七夕の織女星。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集の心を読む」 上野 誠著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉