【妻問婚と待つ女の文芸】
「・・・待つことの苦しみを歌った歌は、『万葉集』のあちこちに見られます。・・・万葉の時代には妻問婚(つまどいこん)という結婚の形式が、広く行われていました。・・・こういった結婚形態においては、妻は一般に夫の訪れを待ち続けることになります。・・・古代の結婚形態の特質を背景に発達したのが、恋人や夫の訪れを待つ女歌の世界すなわち『待つ女の文芸』といわれるものなのです。」
【君待つと我が恋ひ居れば……】
「『待つ女の文芸』について言及したからには、この歌を挙げないわけにはいきません。
(相聞 巻四の四八八)(同 同四八九)(いずれも歌は省略)
『あっ、すだれが動いた。来たか、と思うと風だった』という有名な歌です。天智(てんじ)天皇を待つ額田王の女ごころが表れた歌として、対して、鏡王女はこう歌います。『なにいっているのよ。待つ苦しみより、待つ人がいない苦しみの方がつらいわよ』と。・・・歌からわかるのは、実際の姉妹であったかどうかではなく、二人の心の距離です。待つ女のいらだちと、あきらめきれない女の嘆き、そして後者が前者を慰めているのです。・・・こういった歌は、中国文学の『閏怨詩(けいえんし)』の影響を受けて成立したといわれています。『閏怨』とは、寝屋(ねや)すなわち寝室の恨みということです。『閏怨詩』とは、女が捨てられてひとり寝ることの苦汁や空虚感、さらには怨み、屈辱感などを述べた詩のことです。額田王歌は、中国六朝(りくちょう)期の閏怨詩の影響を受けて詠まれた、と今日多くの研究者は考えています。それは、まさに『待つ女の文芸』そのものなのです。」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
相聞 巻四の四八八歌ならびに四八九歌をみていこう。
■巻四 四八八歌■
題詞は、「額田王思近江天皇作歌一首」<額田王(ぬかたのおほきみ)、近江(あふみの天皇を思(しの)ひて作る歌一首>である。
◆君待登 吾戀居者 我屋戸之 簾動之 秋風吹
(額田王 巻四 四八八)
≪書き下し≫君待つと 我(あ)が恋ひ居(を)れば 我(わ)が屋戸(やど)の 簾(すだれ)動かし 秋の風吹く
(訳)あなたを待つと わたしが恋い慕っていると…… わたしの家の すだれを動かす秋の風が吹いた ただそれだけ あなたは来ない(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
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■巻四 四八九歌■
題詞は、「鏡王女作歌一首」<鏡王女(かがみのおほきみ)の作る歌一首>である。
◆風乎太尓 戀流波乏之 風小谷 将来登時待者 何香将嘆
(鏡王女 巻四 四八九)
≪書き下し≫風をだに 恋ふるはともし 風をだに 来(こ)むとし待たば 何か嘆かむ
(訳)風だけでもね 恋しがるのは あらうらやましいこと 風だけでも 来ようと待っているのなら 何を嘆くことなどあるの わたしには 待つ人がいないのよ(同上)
この四八八・四八九歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その239改)」で
大津市錦織 大津京シンボル緑地 万葉歌碑(額田王 4-488)とともに紹介している。
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鏡王女の歌碑(巻二 九二歌)は、奈良県桜井市忍坂舒明天皇陵近くのせせらぎの側にある。これについては、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その109改)」で紹介している。
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20190531撮影
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」