【おばさんの反撃】
「坂上郎女も反撃せざるを得ません。彼女は、こう反撃しました。
大伴坂上郎女の歌一首
心には 忘るる日なく 思へども 人の言(こと)こそ 繁(しげ)き君にあれ(相聞 巻四の六四七)
坂上郎女は、『相手への思いが途絶えた日はなかった』と応じているのです。そう応答することによって、下句の『人の言こそ 繁き君にあれ』が生きてくるのです。つまり、逢わないのはワタシの方の気持が冷めたからではなく、アナタに関わる『人の言』のせいですよ、と。相手が恋人をなじる言い方で責めてきましたから、それを逆手にとって、女が男の不誠実をなじる言い方で反撃したのでしょう。・・・おばさんは言います。駿河麻呂よ、お前の素行に関わる悪い噂を、おばさんは知っているよ。そんなお前さんに、おめおめとは会えませんよ、と。」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
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「・・・反撃を食らってしまった駿河麻呂は、ここで一転。戦術を変え、低姿勢となります。
相見(あひみ)ずて 日長(けなが)くなりぬ このころは いかに幸(さき)くや いふかし我妹(わぎも) (相聞 巻四 六四八)
『相見ずて 日長くなりぬ』と、突然、久闊(きゅうかつ)を叙(じょ)するご挨拶をはじめているのです。・・・これは、郎女の反撃を受けての駿河麻呂の『たじろぎ』からきたものでしょう。・・・低姿勢に転じたのです。いや、低姿勢とみせかけて、わざと慇懃無礼(いんぎんぶれい)を働いたのでした。下句の『このころは いかに幸くや いふかし我妹』の問いかけ表現は、慇懃を通り越して無礼さを感じさせる表現です。強い攻撃に強く反撃された駿河麻呂は、戦術転換して軟化。逆に低姿勢を装いながら、相手を慰撫(いぶ)しつつ、慇懃な歌を贈ったのです。・・・」(同上)
【「慇懃無礼」には意趣返し】
「一転して低姿勢で相手にその様子を尋ねた駿河麻呂に対し、坂上郎女はこう答えています。
大伴坂上郎女の歌一首
夏葛(なつくず)の 絶えぬ使ひの よどめれば 事しもあるごと 思ひつるかも
(相聞 巻四の六四九)
『使ひ』が『よどむ』とは・・・頻繁にやって来た『使ひ』の回数が減ることをいいます。当然、結果としては恋愛関係がいわば『中だるみ状態』になってしまうことをいう表現なのです。(巻二の一一九)。原文に『不通有者』とあるとおり、通わなくなるのです。・・・この『絶えぬ使ひ』を修飾する枕詞が、『ナツクズノ』です。夏の蔓は繁茂(はんも)するので、長々と延びて、引いても引いても絶えることがありません。ここに、坂上郎女が仕込んだ意趣返しがありました。葛に夏を冠して『夏葛の』というと、・・・どこまでも延びる蔓のイメージが喚起するものは・・・かつての煩雑な使者の訪れを大げさに言い立てると、今の音信不通が際立つことになります・・・何よアンタの方から熱上げて、通いつめていたくせに、今じゃご無沙汰続きね、と。揚げ足取りの『揶揄』です。」(同上)
【揚げ足取りの揶揄】
「以上のように見てゆくと、当該の六四九番歌の『ナツクズノ』は、歌のやり取りと深く関わって、坂上郎女が意図的に選んだ枕詞だったということがわかります。・・・坂上郎女はわざと『ナツクズノ』という枕詞を使用することによって、それを大げさに駿河麻呂に対して言い立てたのでした。皮肉交じりに。・・・」(同上)
【ごっこ遊びの世界】
「・・・恋人どうしを装った『ごっこ遊び』のようなもの・・・駿河麻呂は、坂上郎女を打ち負かそうとし問いを発し、坂上郎女はそれを凌駕する答えを返そうとしています。この『ごっこ遊び』の楽しさは、相手の変化に合わせて、演じ手が次の一手を考えるところにある、といえるでしょう。・・・<挑発/反発><慇懃無礼/意趣返し>が可能だったのは、それだけ気を許せる仲だったのでしょう。・・・『万葉集』を読む醍醐味の一つかもしれません。」(同上)
巻二の一一九歌をみてみよう。
一一九から一二二の歌群の題詞は、「弓削皇子思紀皇女御歌四首」<弓削皇子(ゆげのみこ)、紀皇女(きのひめみこ)を思ふ御歌四首>である。
■巻二 一一九歌■
◆芳野河 逝瀬之早見 須臾毛 不通事無 有巨勢濃香問
(弓削皇子 巻二 一一九)
≪書き下し≫吉野川行く瀬の早みしましくも淀(よど)むことなくありこせぬかも
(訳)吉野川、その早瀬の流れのように、二人の仲も、ほんのしばらくのあいだも淀むことなくあってくれないものかなあ。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
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(注)しましく【暫しく】副詞:少しの間。※上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)こせぬかも 分類連語:…してくれないかなあ。 ※動詞の連用形に付いて、詠嘆的にあつらえ望む意を表す。 ⇒なりたち:助動詞「こす」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形+疑問の係助詞「か」+詠嘆の終助詞「も」(学研)
この歌については、拙稿ブログ「万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2441)―」で弓削皇子の四首を、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(弓削皇子 2-120)とともに紹介している。
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「 夏葛」をはじめ「葛」が枕詞として使われている歌については、拙稿ブログ(その2544)で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」