第九章 揶揄と笑い
【反発しあう男と女】
「『万葉集』を読んでいると、男女の間で交わされている歌に・・・互いが互いを笑いものにしたり、揶揄したりというふうに反発しあっている内容の歌が多い・・・有名な歌を挙げるとすれば・・・
(相聞 巻二の一〇三)(同 同一〇四)(歌は省略)
明日香のミヤコに降った雪を見た天武天皇が、大原にいる藤原夫人に贈った歌です。明日香に降った雪が大原に降らないはずもなく、これは相手をからかった歌です。しかも藤原夫人の住んでいる大原を『古りにし里(=古ぼけた里)』と揶揄しています。・・・もちろん藤原夫人も・・・相手の表現をそのまま借りて逆襲するのです。ナーニをいってるんですか、雪ならこっちの方が先ですよ、この岡の竜神に頼んで雪を降らせたのはわたしなんですから、と。アンタのところのは、こっちの雪のかけらですからねと言い返す妻。まさに丁々発止のやり取りです。互いに歌を受け取った二人は、にやりと笑うと同時に、次には必ずやり返してやろう、と思ったことでしょう。
こうした男女の反発しあうやり取りを古代の歌の一つの伝統であると考え、折口信夫(おりぐちのぶお)(一八八七―一九五三)・・・は、発生論という独特の考え方から、歌垣(うたがき)の場における歌の攻撃性について論じて、そこに相聞歌(そうもんか)の源流を見定めようとしたのです。(『万葉集研究』)・・・歌垣の伝統を引き継いだ男女の歌は反発しあうのだ、と折口は考えました。このように考えると、これまで見てきたようなやり取りも、歌の一つの形式に則(のっと)ったものである、と考えることができます。」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
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相聞 巻二の一〇三歌・一〇四歌をみていこう。
標題は、「明日香清御原宮御宇天皇代 天渟中原瀛真人天皇謚天武天皇」<明日香(あすか)の清御原(きよみはら)の宮(みや)に天の下知らしめす天皇の代 天渟中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと)謚(おくりな)して天武天皇(てんむてんのう)といふ>である。
■巻二 一〇三歌■
題詞は、「天皇賜藤原夫人御歌一首」<天皇、藤原夫人(ふぢはらのぶにん)に賜(たま)ふ御歌(みうた)一首>である。
(注)藤原夫人:藤原鎌足の女(むすめ)、五百重娘(いおえのいらつめ)
(注の注)ぶにん【夫人】>ふじん 名詞:①天皇の配偶者で、皇后・妃に次ぐ位の女性。②貴人の妻。 ※「ぶにん」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
◆吾里尓 大雪落有 大原乃 古尓之郷尓 落巻者後
(天武天皇 巻二 一〇三)
≪書き下し≫我(わ)が里に 大雪降れり 大原(おほはら)の 古(ふ)りにし里に 降らまくは後(のち)
(訳)わが里に 大雪が降ったわい! おまえさんのいる大原の 古ぼけた里に 降るのは後だろうがねぇ!(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
(注)わが里:浄御原の宮の一帯。今の明日香小学校あたりという。(伊藤脚注)
(注)大雪:天武紀六年十二月と十五年三月に大雪の記事がある。(伊藤脚注)
(注)大原:明日香村小原。浄御原宮跡にごく近い山陵。(伊藤脚注)
(注)降らまくは:降るのは。マクはムのク語法。(伊藤脚注)
■巻二 一〇四歌■
題詞は、「藤原夫人奉和歌一首」<藤原夫人の和(こた)へ奉(まつ)る歌一首>である。
◆吾岡之 於可美尓言而 令落 雪之摧之 彼所尓塵家武
(藤原夫人 巻二 一〇四)
≪書き下し≫我が岡の 龗(おかみに)言ひて 降らしめし 雪の摧(くだ)けし そこに散りけむ
(訳)それはね 私のいる岡の 竜神にいいつけて 降らせた 雪のかけらが そちらに降ったんじゃあないのかしら!(同上)
(注)龗 読み方(オカミ):水の神、雨雪をつかさどる神。別名 竜神(weblio辞書 歴史民俗用語辞典)
(注)雪のくだけし:雪のくだけたものが。シは過去の助動詞キの連体形。(伊藤脚注)
この一〇三・一〇四歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その158改)」で、奈良県高市郡明日香村小原 大原神社万葉歌碑とともに紹介している。
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20190705撮影

(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「weblio辞書 歴史民俗用語辞典」