【反撃を予想して伏線を張る】
「相手の反撃を予想している場合、先制攻撃をする側は、伏線を張ります。家持の伏線を見てゆきましょう。まず家持はこう歌いました。
大伴宿禰(すくね)家持が紀女郎に贈る歌一首
鶉(うづら)鳴く 故(ふ)りにし郷(さと)ゆ 思へども なにそも妹(いも)に 逢うよしもなき
(相聞 巻四の七七五)
ここでいう『故りにし郷』とは、平城京のことです。この時代は、久邇(くに)京時代(七四〇―七四四)でした。久邇京は、現在の木津川市加茂町(かもちょう)にあります。したがって、平城京は旧都すなわち古きミヤコとなっていました。ですから『フリニシサト』と呼んでいるのです。・・・『フルサト』が、常に懐かしきもの、良きものとして歌われるのに対して、『フルニシサト』はさびれた場所や、荒廃した場所に使われることが多い・・・『フリニシサト』には、『古臭い』とか「古ぼけた」というイメージが付きまとうのです。・・・では、『鶉鳴く 故りにし郷ゆ 思へども』で家持が強調しようとしたのは・・・その歳月だと思います。奈良に都があったずっと前からという時の長さです。・・・『長い間思いつづけているのですよ』と歌いかけているのです。『たしかに最近はご無沙汰です(それは認めます)、しかし私はずっとアナタのことを思いつづけていたのですから……』という言い訳の気持を表現するものなのでしょう。そう解釈すると『けれどもなにせ今は状況が許さないのです』という結句が際立ってきませんか。つまり、家持は伏線を張ったのです。家持はご無沙汰つづきである紀女郎に歌を贈れば、必ず反撃にあうと予想していたのだと思います。・・・過度に誇張した伏線を張ることは挑発ともなるからです。家持は、挑発したのです。当然、家持は反撃を食らいます。
紀女郎が家持に報(こた)へ贈る歌一首
言出(こちで)しは 誰(た)が言(こと)なるか 小山田(おやまだ)の 苗代水(なはしろみづ)の 中淀(なかよど)のして (相聞 巻四の七七六)
家持が思いつづけた期間の長さを強調したことをとらえて、紀女郎は反撃しました。『では、その昔最初に言い寄ってきたのは、いったいどちらの方?』と切り返しているのです。『言出しは 誰が言なるか』の『か』はこの場合強い語調の反語で、誰の言葉でもありますまい、アナタの方からでしょう、と相手を問い詰める言い方となるのです。・・・」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
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【「小山田の 苗代水の 中淀にして」という表現の笑い】
「そして、ご無沙汰つづきの今の状況を、『小山田の 苗代水の 中淀にして」と斬って捨てます。・・・『ヨド(淀)』とは、・・・ここでは家持の訪れが途絶えている状態をいいます。その『中淀』を起す序(序詞(じょことば))が『小山田の 苗代水の』です。・・・詰問(きつもん)調の上二句と後半との間に落差があることがわかりますよね。つまり、『小山田の 苗代水の』という序は、笑いを生む序となっているのです。鋭く相手の非を突きながら、笑いを取る。そうすれば、相手もまた歌を返してくるはずです。以上の点に関して、掛け合いの妙をもっともよくとらえているのは、武田祐吉(たけだゆうきち)(一八八六―一九五八)の『増訂 万葉集全註釈』という注釈書の『評語』です。『全註釈』はいいます。『するどく責任を問うてはいるが、序をつかって寄せ附けないといふほどでもない餘裕(よゆう)を與(あた)えている』と。その序による『余裕』があるからこそ、家持はまた『大伴宿禰家持が更(さら)に紀女郎に贈る歌』を五首も贈ってきたのです(巻四の七七七―七八一)。(同上)
【揶揄と笑いの本質】
「思いつづけた歳月の長さを訴えて、予想される反撃をかわそうとする家持。家持の歌の表現を逆手にとって詰問するものの、序の工夫によって逃げ道を作ってやる紀女郎。そこには、丁々発止の駆け引きがありましたね。そんなふうに歌を贈りあって、万葉びとは楽しんだのです。・・・家持の伏線と、紀女郎の切り返し、『小山田の 苗代水の 中淀にして』という表現のおもしろさ・・・笑いは、乾ききった大地に降る慈雨(じう)のように、ホッと人の心を和ませます。一方でそれは、弱者の強者に対する武器でもあります。また、嘲笑は、人を傷つけます。紀女郎の巧みな序は、笑いによって相手を揶揄しながら、そこに逃げ道をも作るものでした。」(同上)
巻四の七七七―七八一歌をみてみよう。
■■巻四 七七七~七八一歌■■
題詞は、「大伴宿祢家持更贈紀女郎歌五首」<大伴宿禰家持、さらに紀女郎に贈る歌五首>である。
■巻四 七七七歌■
◆吾妹子之 屋戸乃籬乎 見尓徃者 盖従門 将返却可聞
(大伴家持 巻四 七七七)
≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)がやどの籬(まがき)を見に行(ゆ)かばけだし門(かど)より帰(かへ)してむかも
(訳)あなたのお住まいに張りめぐらした垣根、大変な垣根だそうですが、それを見に行ったら、おそらく門口から追い返されるのではありますまいか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
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(注)我妹子:以下、おどけて、相手を神がかりの巫女(みこ)に見立てている。(伊藤脚注)
(注)「帰してむかも」は古語では「帰してしまうだろうか」または「帰してしまうのかなあ」といった意味になります。文法的に分解すると、「帰し」は動詞「帰す」(帰す、帰らせる)の未然形、「て」は完了の助詞、「む」は推量の助動詞、「かも」は詠嘆の終助詞です。(Search Labs | AI による概要)
■巻四 七七八歌■
◆打妙尓 前垣乃酢堅 欲見 将行常云哉 君乎見尓許曽
(大伴家持 巻四 七七八)
≪書き下し≫うつたへに籬の姿見まく欲(ほ)り行かむと言へや君を見にこそ
(訳)何をいちずに、垣根の様子、そんなもの見たさに行こうというものですか。本心はあなた様を見たいからなのです。(同上)
(注)うつたへに 副詞:①〔下に打消・反語の表現を伴って〕ことさら。まったく。②〔肯定の表現を下に伴って〕きっと。(学研)ここでは①の意
(注)君を見にこそ:あなたさま見たさの一心からです。相手を主君のように見立てたからかい。(伊藤脚注)
■巻四 七七九歌■
◆板盖之 黒木乃屋根者 山近之 明日取而 持将参来
(大伴家持 巻四 七七九)
≪書き下し≫板葺(いたぶき)の黒木の屋根は山近し明日(あす)の日取りて持ちて参(ま)ゐ来(こ)む
(訳)板葺の黒木の屋根を造ろうというのなら、さいわい山も近いことですし、明日にでも採って、持って参じましょう。(同上)
(注)黒木の屋根:皮つきの材木による屋根を作ろうというのなら。(伊藤脚注)
(注の注)くろき 【黒木】名詞:①皮付きの丸太。[反対語] 赤木(あかぎ)。
②一尺(=約三〇センチ)ほどにそろえた生木をかまどで蒸し焼きにして黒くしたもの。薪とする。京都北郊の八瀬(やせ)・大原付近で作られ、大原女(おはらめ)が頭に載せて京都市中へ売りに来る。大原木(おはらぎ)。③黒檀(こくたん)の別名。黒くてきめが細かい木。高級器具・調度品などに用いる。 ※「くろぎ」とも。(学研)ここでは①の意
(注)山近し:山も近いことだし。挿入句。(伊藤脚注)
(注)持ちて参ゐ来む:忌隠りの庵を作るなら下僕として手伝いましょうというからかい。(伊藤脚注)
■巻四 七八〇歌■
◆黒樹取 草毛苅乍 仕目利 勤和氣登 将譽十方不有 <一云仕登母>
(大伴家持 巻四 七八〇)
≪書き下し≫黒木取り草(かや)も刈りつつ仕(つか)へめどいそしきわけとほめむともあらず <一には「仕ふとも」といふ>
(訳)黒木を採り、かやまで刈ってお仕えしたいと思いますが、よく働くまめな小僧だとほめてくれそうにもありませんね。<仕えたとしても>(同上)
(注)くろき【黒木】名詞:①皮付きの丸太。[反対語] 赤木(あかぎ)。②一尺(=約三〇センチ)ほどにそろえた生木をかまどで蒸し焼きにして黒くしたもの。薪とする。京都北郊の八瀬(やせ)・大原付近で作られ、大原女(おはらめ)が頭に載せて京都市中へ売りに来る。大原木(おはらぎ)。③黒檀(こくたん)の別名。黒くてきめが細かい木。高級器具・調度品などに用いる。 ※「くろぎ」とも。(学研)ここでは①の意
(注)いそしきわけ:勤勉な召使だと。(伊藤脚注)
(注の注)いそし【勤し】形容詞:勤勉である。よく勤める。(学研)
■巻四 七八一歌■
◆野干玉能 昨夜者令還 今夜左倍 吾乎還莫 路之長手呼
(大伴家持 巻四 七八一)
≪書き下し≫ぬばたまの昨夜(さぞ)は帰しつ今夜(こよひ)さへ我(わ)れを帰すな道の長手(ながて)を
(訳)昨夜(ゆうべ)は私を空しく帰らせたね。今夜まで同じように私を帰すようなことはしないでおくれ。ここまで長い長い道のりなのに。(同上)
(注)帰しつ:私を空しく帰しましたね。冒頭七七七の結句を承ける。(伊藤脚注)
(注)今夜さへ:今夜こそはと訴えて、全体を結ぶ。(伊藤脚注)
(注)長手>ながぢ 【長道】名詞:長い道のり。遠路。長手(ながて)。「ながち」とも。(学研)
七八〇歌については、拙稿ブログ「万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2425)―」で千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(紀女郎 8-1461)とともに紹介している。
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20230926撮影
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「Search Labs | AI による概要」