第十章 笑いと宴席
【あらさがしの笑い】
「・・・万葉びとはどのような宴に遊んだのでしょうか。巻十六の歌のなかには、宴での歌を伝えていると考えられるものがあります。そのなかに、人のあらさがしをして他人をあざける歌があるのです。
(有由縁雑歌 巻十六の三八四〇)(歌は省略)
これは明らかに、大神朝臣奥守が痩(や)せていることを笑った歌です。つまり、アイツの痩せようは尋常じゃないよ。アイツに妻(めあ)わせるんだったら、そりゃ餓鬼(がき)しかないよ、というわけでしょう。」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
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【もちろん反撃】
「もちろん、そういわれたからには反撃です。
(有由縁雑歌 巻十六の三八四一)(歌は省略)
こちらの方は、池田朝臣の赤鼻を笑ったのです。『ま朱』は『マソホ』で、・・・辰砂(しんしゃ)とも呼ばれ・・・鍍金(ときん)の原料になります。水銀と金を混ぜたものを・・・合金として仏像に鍍金するので『仏造る ま朱』というわけです。
大和で有名なのは、宇陀の真朱(まそほ)で、
(譬喩歌 巻七の一三七六)(歌は省略)
という歌もあります。『宇陀の真赤土(まはに)』というのは、まさに真朱のことなのです。あの子が好きだということが、ちょっとでも顔に出たら、みんな噂をするだろうな、という内容の歌です。・・・好きな人のことを隠すことができずに赤面してしまうことを、宇陀の真朱で喩えることもあった・・・真朱に対する知識が、当時の人びとにある程度ゆきわたっていたことを示しています。・・・笑いというものは、送り手と受け手の間にある程度の共通の知識がないと成り立たない・・・たとえば、『仏造る ま朱』の歌の場合は、鍍金に真朱が必要だという知識がなければ、笑えません。」(同上)
有由縁雑歌 巻十六の三八四〇歌・三八四一歌を、つづいて譬喩歌 巻七の一三七六歌をみていこう。
■巻十六 三八四〇歌■
題詞は、「池田朝臣嗤大神朝臣奥守歌一首 池田朝臣名忘失也」<池田朝臣(いけだのあそみ)、大神朝臣奥守(おほみわのあそみおきもり)を嗤(わら)ふ歌一首〔池田朝臣が名は忘失(まうしつ)せり〕>である。
◆寺ゝ之 女餓鬼申久 大神之 男餓鬼被給而 其子将播
(池田朝臣 巻十六 三八四〇)
≪書き下し≫寺々(てらでら)の 女餓鬼(めがき)申(まう)さく 大神(おほみわ)の 男餓鬼(をがき)賜(たば)りて その子孕(はら)まむ
(訳)寺々の 女餓鬼(めがき)たちが申すにはよ 大神の 男餓鬼を夫に頂いて その子を孕みたいとさ!(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
(注)まをさく【申さく・白さく】:「まうさく」に同じ。 ※派生語。 ⇒参考「まうさく」の古い形。中古以降「まうさく」に変化した。 ⇒ なりたち動詞「まをす」の未然形+接尾語「く」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注の注)まうさく【申さく】:申すことには。▽「言はく」の謙譲語。(学研)
(注)がき【餓鬼】① 《〈梵〉pretaの訳。薜茘多(へいれいた)と音写》生前の悪行のために餓鬼道に落ち、いつも飢えと渇きに苦しむ亡者。② 「餓鬼道」の略。③ 《食物をがつがつ食うところから》子供を卑しんでいう語。「手に負えない餓鬼だ」(コトバンク 小学館デジタル大辞泉)
(注)おほかみ【大神】名詞:大御神(おおみかみ)。神様。▽「神」の尊敬語。 ※「おほ」は接頭語。(学研)
(注)たばる【賜る・給ばる】他動詞:いただく。▽「受く」「もらふ」の謙譲語。 ※謙譲の動詞「たまはる」の変化した語。上代語。(学研)
■巻十六 三八四一歌■
題詞は、「大神朝臣奥守報嗤歌一首」<大神朝臣奥守が嗤(わら)ひに報(こた)ふる歌一首>である。
◆佛造 真朱不足者 水渟 池田乃阿曽我 鼻上乎穿礼
(大神朝臣奥守 巻十六 三八四一)
≪書き下し≫仏(ぶつ)造(つく)る ま朱(そほ)足らずは 水溜(た)まる 池田)の朝臣(あそ)が 鼻の上を掘れ
(訳)仏さまを作る ま朱がたりねぇのだったら 水がたまる池じゃないけど その池田の朝臣の 鼻の上を掘りな(同上)
(注)まそほ【真赭・真朱】名詞:①(顔料や水銀などの原料の)赤い土。②赤い色。特に、すすきの穂の赤みを帯びた色にいう。「ますほ」とも。 ※「ま」は接頭語。①は上代語。(学研)
(注)みずたまる〔みづ‐〕【水溜まる】[枕]:水がたまる池の意で、「池」にかかる。転じて人名の「池田」にもかかる。(goo辞書)
三八四〇・三八四一歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その13改)」で、奈良市西ノ京町 がんこ一徹長屋万葉歌碑(池田朝臣 16-3840)とともに紹介している。
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■巻七 一三七六歌■
題詞は「赤土(はに)に寄する」である。
◆山跡之 宇陀乃真赤土 左丹著者 曽許裳香人之 吾乎言将成
(作者未詳 巻七 一三七六)
≪書き下し≫大和(やまと)の 宇陀(うだ)の真赤土(まはに)の さ丹(に)つかばそこもか人の 我(わ)を言(こと)なさむ
(訳)大和のね 宇陀が産地の赤土がね 付いたようにね顔を赤くしたらね そんあことでもね 俺のことをね あれこれいうよ 困ったもんだ(同上)
(注)はに【埴】名詞:赤黄色の粘土。瓦(かわら)や陶器の原料にしたり、衣にすりつけて模様を表したりする。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)に【丹】名詞:赤土。また、赤色の顔料。赤い色。「さ丹付く」は赤面するたとえ。(学研)
(注)ことなす【言成す】他動詞:言葉に出す。あれこれ取りざたする。(学研)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その381)」で奈良県宇陀市 奈良県畜産技術センター万葉歌碑(作者未詳 7-1376)とともに紹介している。
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20191220撮影
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「goo辞書」