万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界へ飛び込もう(その2975)―書籍掲載歌を中軸に(Ⅲ)―笑い

【餓鬼についても一定のイメージが共有されていた】

 「・・・餓鬼についても同じで・・・当時の大寺には餓鬼道に堕(お)ちた亡者の極端な瘦身(そうしん)の像が置かれていたのではないでしょうか。大伴家持に熱い思いをもちながらも、失恋してしまった笠女郎(かさのいらつめ)は、次のような歌を残しています。

 (相聞 巻四の六〇八)(歌は省略)

 何のど利益(りやく)も期待できない絶望的気分を自嘲的に歌った歌ですね。当時の人びとも餓鬼といえば・・・イメージできたのでしょう。仏ならぬ餓鬼、それも前からではなくお尻から、それではご利益などありようはずはありません。・・・餓鬼についても、当時の人びとの間には一定の共通理解があった・・・から『万葉集』を編纂するときも餓鬼の注釈を必要としなかったのでしょう。

 ちなみに窪田空穂(くぼたうつほ)(一八七七~一九六七)の『万葉集評釈』・・・には、池田朝臣の着想について・・・『餓鬼の世界に夫婦生活があり、子を生み續けようといふので、その空想の突飛さが笑ひとなるものである。(万葉集評釈)

 この点が池田朝臣の『着想の妙』といえるのかもしれません。」(「万葉集の心を読む」上野 誠著 角川ソフィア文庫より)

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 相聞 巻四の六〇八歌をみていこう。

■巻四 六〇八歌■

◆不相念 人乎思者 大寺之 餓鬼之後尓 額衝如

        (笠女郎 巻四 六〇八)

 

≪書き下し≫相(あひ)思(おも)はぬ 人を思ふは 大寺(おほてら)の 餓鬼の後方(しりへ)に 額(ぬか)つくごとし

 

(訳)振り向いてもくれない 人を思うのは…… 大寺の 餓鬼のうしろに 額ずくみたいなもの――ただ、虚しいだけよ(「万葉集の心を読む」(上野 誠著 角川ソフィア文庫より)

(注)餓鬼の後方に 額つくごとし:餓鬼道に堕ちた亡者の像。それを背後から拝んでも効果がない。自嘲の戯れの中に絶望を見せる。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その14改)」で、奈良市西ノ京町 がんこ一徹長屋万葉歌碑とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

奈良市西ノ京町 がんこ一徹長屋万葉歌碑(笠女郎 4-608) 20190307撮影

 

 

 

 

 笠郎女は、家持に二十四首もの歌を贈っている。この二十四首については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1094)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

【宴の笑い】

 「池田朝臣、大神朝臣奥守の笑いあいは、相手を笑う戦いであると同時に、着想の妙を競い合うものでした。すなわち、餓鬼と痩身に合わせた結婚の『とんち』、真朱と鍍金に合わせた赤鼻の『とんち』というようにです。つまり、そういう『とんち』を競い合ったのです。・・・」(同上)

 

 

 

 未訪問の万葉歌碑、万葉歌への深耕度合い等々考えると、まだまだ入口にしかたっていない自分に気づかされる。あがき、もがき、苦しめと万葉集に叱咤激励されている。今より、一歩でも広く、深く努力を続けていきたい。

 何度、同じようなことを書いたか、思い出すだけでも赤面する。しかし一歩、一歩・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集の心を読む」 上野 誠著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」