万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界へ飛び込もう(その2984)―書籍掲載歌を中軸に(Ⅲ)―庭園文化(2)

【『東歌』の庭、『防人歌』の庭】

 「・・・『万葉集』にも、庭園での労働の歌・・・庭でのお祭りの歌があってもいいはずです・・・が見たところ、麻関する二首(巻四の五二一、巻十四の三四五四)、防人(さきもり)が出発するにあたり、庭に祀(まつ)られていた『阿須波(あすは)の神』という神に無事を祈願した歌の計三首です(巻二十の四三五〇)。・・・東歌、防人歌とすべて東国関係歌ばかりです。・・・ところが、・・・ミヤコでの庭の歌は、すべてその花鳥風月を愛(め)でる歌ばかり。・・・庭の花鳥風月を愛でる文化がミヤコの文化だったからだとわたしは思います。・・・庭園を愛で、その花鳥風月を歌にするのはミヤコに住む人びとのたしなみだったのではないでしょうか。」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)

 

【家持の庭、なでしこが妻の庭】

 「天平感宝(てんぴょうかんぽう)元(七四九)年の夏、大伴家持は憂鬱なときを過ごしてしました。越中に赴任して三年目のことです。・・・三年を過ぎれば、官人たる者、平城京への帰任を意識しだすのはあたりまえのことです。望郷の思いは募るばかり。ミヤコには、将来を頼む橘諸兄(たちばなのもろえ)がおり、我が懐かしき家族と同胞、知己がいました。しかし、そのなかでも思いが募るのは、妻・大嬢のことです。そんななかで、家持は次のような歌を詠みました。・・・

 (巻十八の四一一三)(歌は省略)

 反歌二首(巻十八の四一一四)(巻十八の四一一五)(いずれも歌は省略)

 家持は、自らの『ヤド』に『なでしこ』の種を蒔き、野の百合を移植したのでした。その理由は『いぶせみと 心なぐさに』と記されています。『いぶせみ』とは、心が晴れ晴れとしない状態をいいます。だから、自らその心を慰めたのです。・・・

 『百合』は『ゆり』すなわち『後』を引き出しているだけなのですが、『なでしこ』は『なでしこがその花妻』という表現は、可憐な妻・大嬢をほめ、望郷の思いの中心が妻との再会にあることを示しています。」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 (角川ソフィア文庫より)

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 巻十八の四一一三ならびに反歌二首(巻十八の四一一四・四一一五)をみていこう。

■■巻十八 四一一三~四一一五■■

題詞は、「庭中花作歌一首并短歌」<庭中の花の作歌(うた)一首〔并せて短歌〕>である。

 

■巻十八 四一一三■

◆於保支見能 等保能美可等ゝ 末支太末不 官乃末尓末 美由支布流 古之尓久多利来安良多末能 等之能五年 之吉多倍乃 手枕末可受 比毛等可須 末呂宿乎須礼波 移夫勢美等 情奈具左尓 奈泥之故乎 屋戸尓末枳於保之 夏能ゝ 佐由利比伎宇恵天 開花乎 移弖見流其等尓 那泥之古我 曽乃波奈豆末尓 左由理花 由利母安波無等 奈具佐無流 許己呂之奈久波 安末射可流 比奈尓一日毛 安流へ久母安礼也

       (大伴家持 巻十八 四一一三)

 

≪書き下し≫大君(おほきみ)の 遠(とほ)の朝廷(みかど)と 任(ま)きたまふ 官(つかさ)のまにま み雪降る 越(こし)に下(くだ)り来(き) あらたまの 年の五年(いつとせ) しきたへの 手枕(たまくら)まかず 紐(ひも)解(と)かず 丸寝(まろね)をすれば いぶせみと 心なぐさに なでしこを やどに蒔(ま)き生(お)ほし 夏の野の さ百合(ゆり)引き植ゑて 咲く花を 出(い)で見るごとに なでしこが その花妻(はなづま)に さ百合花(ゆりばな) ゆりも逢(あ)はむと 慰むる 心しなくは 天離(あまざか)る 鄙(ひな)に一日(ひとひ)も あるべくもあれや

 

(訳)大君のお治めになる 遠い役所のやくにんとして ご命令を受けた 任務にしたがって み雪降る 越中国にやって来たが あらたまの この五年 しきたへの 妻の手枕もせず 下着の紐を解くこともなく 旅の独り寝をする俺…… 悶々とした その慰めにもと なでしこの種を 庭に蒔いて育てる 夏の野の さゆりの花を庭に移し植える そうして咲いた花々を 庭に出て見るたびに なでしこの花ではないが 撫でたいいとしき妻 さゆりの花ではないけれど ゆり――後には逢えるだろうと 自ら慰める その心を失ってしまっては…… ミヤコから遠く離れた このヒナに一日たりとも 生きてゆけようか、 生きてゆけるはずもない けっして(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)

(注)手枕:妻の手枕。(伊藤脚注)

(注)まろね【丸寝】名詞:衣服を着たまま寝ること。独り寝や旅寝の場合にいうこともある。「丸臥(まろぶ)し」「まるね」とも。(学研)

(注)いぶせむ(動)〔形容詞「いぶせし」の動詞化〕心がはればれとせず、気がふさぐ。ゆううつになる。(weblio辞書 三省堂大辞林第三版)

 

 

■巻十八 四一一四■

◆奈泥之故我 花見流其等尓 乎登女良我 恵末比能尓保比 於母保由流可母

     (大伴家持 巻十八 四一一四)

 

≪書き下し≫なでしこが 花見るごとに 娘子(をとめ)らが 笑(ゑ)まひのにほい 思(おも)ほゆるかも

 

(訳)なでしこの 花見るたびに わが妻の 笑顔のまぶしさ…… 思われる(同上)

(注)ゑまひ【笑まひ】名詞:①ほほえみ。微笑。②花のつぼみがほころぶこと。(学研)

 

 

■巻十八 四一一五■

◆佐由利花 由利母相等 之多波布流 許己呂之奈久波 今日母倍米夜母

         (大伴家持 巻十八 四一一五)

 

≪書き下し≫さ百合花(ゆりばな) ゆりも逢(あ)はむと 下(した)延(は)ふる 心しなくは 今日(けふ)も経(へ)めやも

 

(訳)さゆりの花ではないけれど ゆり―後には必ず逢えるものだと ひそかに思う その心がなくて…… 今日の一日たりとも過ごせようか 過ごせるはずなどありゃしない(同上)

 

 左注は、「同じ閏(うるひ)五月二十六日に、大伴宿禰(すくね)家持作る」である。

 

 巻十八の四一一三ならびに反歌二首については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その357)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

氷見市日名田 臼が峰往来入口万葉歌碑(大伴家持 18-4113) 201104撮影

 

 

 

歌碑裏面の歌の解説案内 20201104撮影



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集の心を読む」 上野 誠著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂大辞林第三版」