「・・・大嬢とは、庭でともに遊んだ思い出もあったようです。家持は次のような歌を、大嬢に贈っています。
(秋の相聞 巻八の一六二九)(歌は省略)
結婚をしても、多忙のために妻との時間も取れない家持の嘆きの歌ですね。このとき家持は久邇京におり、妻・大嬢は平城京にいました。こんな状況の家持にできることは、歌を詠むことだけでした。その家持の気持が表れていますね。
・・・家持は、・・・朝は手に手を取って庭で遊び、夜は袖を重ねて共寝をするのが、理想の夫婦生活だと考えていたのです。
久邇京滞在などで思うように大嬢と逢えない家持は、夫婦が睦(むつ)み合った日はいったいいく日あっただろうあと嘆いているのです。ときにそれは天平十二(七四〇)年前後のことでした。・・・大嬢と庭にあつわる思い出があったことは間違いありません。
家持が越中の宅の庭に『なでしこ』を植えたのは、それを『形見』『偲(しの)ぶ草』にするためでした。恋人どうしが『形見』『偲ぶ草』として植物を植えることは、当時の流行であったようです。彼はこういう思い出を胸に、遠く越中から妻を偲び、なでしこを愛でたのです。」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
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秋の相聞 巻八の一六二九歌をみていこう。
■■巻八 一六二九・一六三〇歌■■
題詞は、「大伴宿祢家持贈坂上大嬢歌一首并短歌」<大伴宿禰家持が坂上大嬢に贈る歌一首〔幷せて短歌〕>である。
■巻八 一六二九歌■
◆叩ゝ 物乎念者 将言為便 将為ゝ便毛奈之 妹与吾 手携而 旦者 庭尓出立 夕者床打拂 白細乃 袖指代而 佐寐之夜也 常尓有家類 足日木能 山鳥許曽婆 峯向尓 嬬問為云 打蝉乃 人有我哉 如何為跡可 一日一夜毛 離居而 嘆戀良武 <以下省略>
(大伴家持 巻八 一六二九)
≪書き下し≫ねもころに 物を思へば 言はむすべ せむすべもなし 妹(いも)と我(あれ)と 手携(てたづさ)はりて 朝(あした)には 庭に出(い)で立ち 夕(ゆうへ)には 床(とこ)うち払ひ 白(しろ)たへの 袖さし交(か)へて さ寝(ね)し夜(よ)や 常にありける あしひきの 山鳥(やまどり)こそば 峰(を)向(むか)ひに 妻問(つまど)ひすといへ うつせみの 人なる我れや なにすとか 一日(ひとひ)一夜(ひとよ)も 離(さか)り居(ゐ)て 嘆き恋ふらむ <以下、省略>
(訳)しみじみと 思い合わせてみると 言葉にもならず 手立てもないのだ おまえさんと俺と 手をつないで 朝には 庭にたたずんで 夕方には 寝床の塵を払いのけ 真白な 袖を交わし合って 共寝した夜なそ 少しはあったかねぇ あしひきの 山鳥ならば 峰の向こうに 妻問(ど)いもできようが うつそみの ただの人であるわたしは どうすりゃいいのか 一日一夜も 離れて暮らし ただ嘆き恋しがるだけ……(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)
(注)ねもころに>ねもころなり【懇なり】形容動詞:手厚い。丁重だ。丁寧だ。入念だ。「ねもごろなり」とも。 ※「ねんごろなり」の古い形 (weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)さね【さ寝】名詞:寝ること。特に、男女が共寝をすること。※「さ」は接頭語。(学研)
(注)なぐ【和ぐ】自動詞:心が穏やかになる。なごむ。(学研)
■巻八 一六三〇歌■
◆高圓之 野邊乃容花 面影尓 所見乍妹者 忘不勝裳
(大伴家持 巻八 一六三〇)
≪書き下し≫高円(たかまと)の野辺(のへ)のかほ花(ばな)面影(おもかげ)に見えつつ妹(いも)は忘れかねつも
(訳)高円の野辺に咲きにおうかお花、この花のように面影がちらついて、あなたは、忘れようにも忘れられない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
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(注)かほ花:未詳。かきつばたほか諸説がある。上二句は序。「面影」を起しつつ、「妹」を匂わす。(伊藤脚注)
「かほばな」については、カキツバタ、オモダカ、ムクゲアサガオ、ヒルガオといった諸説がある。(「植物で見る万葉の世界」 國學院大學「万葉の花の会」発行)
一六二九・一六三〇歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その361)」で紹介している。
➡ こ

20200702撮影
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)