万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界へ飛び込もう(その3083)―書籍掲載歌を中軸に(Ⅴ)―髪上げの儀式を待つ女性

万葉集の世界へ飛び込もう(その3083)―書籍掲載歌を中軸に(Ⅴ)―髪上げの儀式を待つ女性

【髪上げの儀式を待つ女性】

 「はなりという髪は、結い上げずに、ばらばらになっている状態だから、『放』『放髪』と書いているのだろう・・・いわば、もう、一人前の女となるための、髪上げの儀式を待っている状態を言っているのだろう。おそらく、頭の真ん中から左右に分けて垂らしていたものであろう。・・・振り分け髪にも短いものがあり、また放髪にも『小放(をばなり)』という語がある。

 (巻七・一二四四)(歌は省略)

 この歌についてここに言いたいことは、・・・序歌の部分である。そして、序歌であるだけに『をとめらがはなりの髪を結ふ』という文句が、類型的表現として流布していたのだろう、と思われる。そして、この歌でも、はなり髪の少女がをとめと言われているのだから、をとこに対してのをとめが、・・・をとめの年齢段階がが、元服前までさがっていることがわかる。

 

 巻七 一二四四歌をみていこう。

■巻七 一二四四歌■

◆未通女等之 放髪乎 木綿山 雲莫蒙 家當将見

       (作者未詳 巻七 一二四四)

 

≪書き下し≫娘子(をとめ)らが放(はな)りの髪を由布(ゆふ)の山(やま)雲なたなびき家のあたり見む

 

(訳)おとめらが放りの髪、その髪を結うという名の由布(ゆう)の山、この山に、雲よ、たなびいてくれるな、故郷の我が家(や)のあたりを見たいから。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

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(注)上二句は序。「由布」を起す。(伊藤脚注)

(注)はなり【放り】:少女の、振り分けに垂らしたまま束ねない髪。また、その髪形の少女。うないはなり。はなりのかみ。ふりわけがみ。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)由布の山:別府市由布市との境の山。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1992)」で、倉敷市真備町 マービーふれあいセンター万葉歌碑(三方沙弥 1-123、園臣生羽娘子 1-124)とともに「髪」を詠った歌数首を紹介している。

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倉敷市真備町 マービーふれあいセンター万葉歌碑
(三方沙弥 1-123、園臣生羽娘子 1-124) 20221111撮影

 

 

 

 本来ならば、元服前のはなり髪の少女と共寝をすることは、信仰的には許されないはずなのだが、民謡は、信仰的な禁忌(きんき)に触れる行為をすることを、空想で楽しんでいる傾向があるためか、はなり髪の少女との結婚行為が、歌われている。

 (巻十四・三四九六)(歌は省略)

 たちばなのこばは地名であろうが、『東歌』の未勘国の歌で、どこかわからない。

 

 

 巻十四 三四九六歌をみてみよう。

■巻十四 三四九六歌■

◆多知婆奈乃 古婆乃波奈里我 於毛布奈牟 己許呂宇都久思 伊弖安礼波伊可奈

       (作者未詳 巻十四 三四九六)

 

≪書き下し≫橘(たちばな)の古婆(こば)の放髪(はなり)が思ふなむ心うつくしいで我(あ)れは行(い)かな

 

(訳)橘の、あの古婆(こば)のお下(さ)げが、今の今私を思ってくれている。その心がいとおしくてならぬ。さあ、俺は、行くぞ。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

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(注)放髪:お下げの女。(伊藤脚注)

(注の注)うなゐはなり【髫髪放髪・童女放髪】〘 名詞 〙 ( 「うない」は髪を項(うなじ)のあたりに垂らしているのをいい、「はなり」は髪をあげないでおさげのままにしていることをいう ) 童女が髪をまだ結い上げないで振分髪にしていること。また、その童女。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)思ふなむ心うつくし:私を思ってくれている心根が愛しくてならぬ。ナムはラムの訛り。(伊藤脚注)

(注)いで 感動詞:①さあ。▽相手を行動に誘ったり、促したりするときに発する語。②どれ。さあ。▽自分が行動を起こすときに発する語。③おやまあ。いやもう。▽感動したり驚いたときに発する語。④いや。さあ。▽疑いや否定の気持ちで発する語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは②の意

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2779)」で、神奈川県川崎市中原区等々力緑地  万葉歌碑とともに紹介している。

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神奈川県川崎市中原区等々力緑地  万葉歌碑(作者未詳 14-3496) 20241130撮影



 

 

 『小放』という語がでてくるのは、

 (巻九・一八〇九)(歌は省略)

という歌であるが、この歌にも問題があって、『小放に髪たくまで』は、髪を結い上げて小放の状態にするのは、はなりの原義からいうとおかしい。それで、本文の『小放尓』という個所の『尓』のない本を本文として立てて『小放の髪たくまで』と訓んでいる訓みがある。それならば、矛盾なく解釈することができる。

 ついでに言えば、ここに『八年児』ということばがでてくる。『万葉集』では、・・・『年(とし)の八歳(やとせ)』という言い方で・・・四例ほど見られる(二八三二・三三〇七・三三〇九・三八六五)。少年少女の場合は、後には『七つ子』とか、『七つになる子』とか言って、普通『七歳』が注意にのぼってくるけれども、『万葉集』では、『八年』が注目されている。『八年児』と言っても、きっちり八歳ではなく、七、八歳の年齢を指していっているのだろうが、ともかく『年の七歳』という例は見ず、皆『年の八歳』であるのは、要するに、時代の好みであろうか。」(「万葉びとの一生」 池田弥三郎 著 講談社現代新書より)

 

 巻九 一八〇九歌をみていこう。

■巻九 一八〇九歌■

◆葦屋之 菟名負處女之 八年兒之 片生之時従 小放尓 髪多久麻弖尓 並居 家尓毛不所見 虚木綿乃 牢而座在者 見而師香跡 悒憤時之 垣廬成 人之誂時 智弩壮士 宇奈比壮士乃 廬八燎 須酒師競 相結婚 為家類時者 焼大刀乃 手頴押祢利 白檀弓 靫取負而 入水 火尓毛将入跡 立向 競時尓 吾妹子之 母尓語久 倭文手纒 賎吾之故 大夫之 荒争見者 雖生 應合有哉 宍串呂 黄泉尓将待跡 隠沼乃 下延置而 打歎 妹之去者 血沼壮士 其夜夢見 取次寸 追去祁礼婆 後有 菟原壮士伊 仰天 ▼於良妣 ▽地 牙喫建怒而 如己男尓 負而者不有跡 懸佩之 小劔取佩 冬尉蕷都良 尋去祁礼婆 親族共 射歸集 永代尓 標将為跡 遐代尓 語将継常 處女墓 中尓造置 壮士墓 此方彼方二 造置有 故縁聞而 雖不知 新喪之如毛 哭泣鶴鴨  

       (高橋虫麻呂 巻九 一八〇九)

 ▼は「口へん+リ」=さけび

 ▽は「足へん+昆」=ふむ

 

≪書き下し≫葦屋(あしのや)の 菟原娘子の 八年子(やとせご)の 片(かた)生(お)ひの時ゆ 小放(をばな)り 髪たくまでに 並び居(を)る 家にも見えず 虚木綿(うつゆふ)の 隠(こも)りて居(を)せば 見てしかと いぶせむ時の 垣ほなす 人の問(と)ふ時 茅渟(ちぬ)壮士(をとこ) 菟原(うなひ)壮士(をとこ)の 伏屋(ふせや)焚(た)き すすし競(きほ)ひ 相(あひ)よばひ しける時は 焼太刀(やきたち)の 手(た)かみ押(お)しねり 白真弓(しらまゆみ) 靫(ゆき)取り負(お)ひて 水に入り 火にも入らむと 立ち向(むか)ひ 競(きほ)ひし時に 我妹子(わぎもこ)が 母に語らくしつたまき いやしき我(わ)がゆゑ ますらをの 争(あらそ)ふ見れば 生(い)けりとも 逢ふべくあれや ししくしろ 黄泉(よみ)に待たむと 隠(こも)り沼(ぬ)の 下延(したは)へ置きて うち嘆き 妹が去(い)ぬれば 茅渟(ちぬ)壮士(をとこ) その夜(よ)夢(いめ)見 とり続(つつ)き 追ひ行きければ 後(おく)れたる 菟原(うなひ)壮士(をとこ)い 天(あめ)仰(あふ)ぎ 叫びおらび 地(つち)を踏(ふ)み きかみたけびて もころ男(を)に 負けてはあらじと 懸(か)け佩(は)きの 小太刀(をだち)取り佩(は)き ところづら 尋(と)め行きければ 親族(うから)どち い行き集(つど)ひ 長き代(よ)に 標(しるし)にせむと 遠き代に 語り継(つ)がむと 娘子墓(をとめはか) 中(なか)に造り置き 壮士墓(をとこはか) このもかのもに 造り置ける 故縁(ゆゑよし)聞きて 知らねども 新喪(にひも)のごとも 哭(ね)泣きつるかも

 

(訳)葦屋の菟原娘子(うないおとめ)が、八つばかりのまだ幼い時分から、振り分け髪を櫛上(くしあ)げて束ねる年頃まで、隣近所の人にさえ姿を見せず、家(うち)にこもりっきりでいたので、一目見たいとやきもきして、まるで垣根のように取り囲んで男たちが妻どいした時、中でも茅渟壮士(ちぬおとこ)と菟原壮士(うないおとこ)とが、最後までわれこそはとはやりにはやって互いに負けじと妻どいに来たが、その時には、焼き鍛えた太刀(たち)の柄(つか)を握りしめ、白木の弓や靫(ゆき)を背負って、娘子のためなら水の中火の中も辞せずと必死に争ったものだが、その時に、いとしいその子が母にうち明けたことには、「物の数でもない私のようなもののために、立派な男(お)の子が張り合っているのを見ると、たとえ生きていたとしても添い遂げられるはずはありません。いっそ黄泉の国でお待ちしましょう」と、本心を心の底に秘めたまま、嘆きながらこの子が行ってしまったところ、茅渟壮士はその夜夢に見、すぐさまあとを追って行ってしまったので、後れをとった菟原壮士は、天を仰いで叫びわめき、地団駄踏んで歯ぎしりし、あんな奴に負けてなるかと、肩掛けの太刀を身に着け、あの世まで追いかけて行ってしまった。それで、この人たちは身内の者が寄り集まって、行く末かけての記念にしようと、遠いのちの世まで語り継いでゆこうと、娘子の墓を真ん中に造り、壮士の墓を左と右に造って残したというその謂(い)われを聞いて、遠い世のゆかりもな人のことではあるが、今亡くなった身内の喪のように、大声をあげて泣いてしまった。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)かたおひ【片生ひ】名詞:まだ十分に成長していないこと。また、その年ごろ。 ※「かた」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)はなり【放り】:少女の、振り分けに垂らしたまま束ねない髪。また、その髪形の少女。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)たく【綰く】他動詞:髪をかき上げて束ねる。(学研)

(注)うつゆふの【虚木綿の】「こもり」、「真狭(まさき)」、「まさき国」、「こもる」にかかる枕詞(weblio辞書 Wiktionary日本語版)

(注)てしか 終助詞:《接続》活用語の連用形に付く。〔自己の願望〕…したらいいなあ。…(し)たいものだ。 ※上代語。完了の助動詞「つ」の連用形に願望の終助詞「しか」が付いて一語化したもの。中古以降「てしが」。(学研)

(注の補)いぶせし 形容詞:①気が晴れない。うっとうしい。②気がかりである。③不快だ。気づまりだ。 ⇒ 参考 「いぶせし」と「いぶかし」の違い 「いぶせし」は、どうしようもなくて気が晴れない。「いぶかし」はようすがわからないので明らかにしたいという気持ちが強い。(学研)

(注)かきほ【垣穂】名詞:垣。垣根。(学研)

(注)ふせやたき【伏せ屋焚き】:「すすし」にかかる枕詞。(weblio辞書 Wiktionary日本語版)

(注)すすしきほふ【すすし競ふ】自動詞:進んでせり合う。勇んで争う。(学研)

(注)手かみ押しねり:柄頭を押しひねり

(注)ゆき【靫・靱】名詞:武具の一種。細長い箱型をした、矢を携行する道具で、中に矢を差し入れて背負う。 ※中世以降は「ゆぎ」。(学研)

(注)しづたまき【倭文手纏】分類枕詞:「倭文(しづ)」で作った腕輪の意味で、粗末なものとされたところから「数にもあらぬ」「賤(いや)しき」にかかる。 ※上代は「しつたまき」。(学研)

(注)ししくしろ【肉串ろ】:「熟睡(うまい)」、「黄泉(よみ)」にかかる枕詞。(weblio辞書 Wiktionary日本語版)

(注)こもりぬの【隠り沼の】分類枕詞:「隠(こも)り沼(ぬ)」は茂った草の下にあって見えないことから、「下(した)」にかかる。(学研)

(注)したばふ【下延ふ】自動詞:ひそかに恋い慕う。「したはふ」とも。(学研)

(注)菟原壮士いの「い」間投助詞:《接続》体言や活用語の連体形に付く。〔強調〕…こそ。とくにその。 ※上代語。 ⇒  参考主語の下に付く「い」を格助詞、副助詞「し」・係助詞「は」の上に付く「い」を副助詞とする説がある。(学研)

(注)きかみたけぶ:歯ぎしりしいきり立って

(注)もこ【婿】: 相手。仲間。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)ところずら〔‐づら〕【野老葛】【一】[名]トコロの古名。【二】[枕]:① 同音の繰り返しで「常(とこ)しく」にかかる。② 芋を掘るとき、つるをたどるところから、「尋(と)め行く」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)このもかのも【此の面彼の面】分類連語:①こちら側とあちら側。②あちらこちら。そこここ。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1088)で、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園万葉歌碑(プレート)(作者未詳 7-1133)とともに紹介している。

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園万葉歌碑(プレート)
 (作者未詳 7-1133) 20210421撮影



 

 

 

次に『年(とし)の八歳(やとせ)』という言い方の二八三二・三三〇七・三三〇九・三八六五歌をみてみよう。

■巻十一 二八三二歌■

◆山河尓 筌乎伏而 不肯盛 年之八歳乎 吾竊儛師

       (作者未詳 巻十一 二八三二)

 

≪書き下し≫山川(やまがわ)に筌(うへ)を伏せ置きて守(も)りもあへず年の八年(やとせ)を我(わ)がぬすまひし

 

(訳)山あいの川の中に筌(うえ)を仕掛けて置きながら、かかった魚の見張りもようしないので、年は八年ものあいだ、わしがその魚をちょろまかしてやったわい。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)筌:竹で筒型に編んだ漁具・(伊藤脚注)

(注)守りもあへず:よく見張りもできないのではないか。男がかこっている女を監視しきれないことへのからかい。(伊藤脚注)

(注)我がぬすまひし:その魚をひそかに我が物としてしてやった。男の目を盗んで女と逢い続けてきた男の歌。(伊藤脚注)

 

左注は、「右一首寄魚喩思」<右の一首は、魚(うを)に寄せて思ひを喩ふ>である。

 

 

 

 

■巻十三 三三〇七歌■

◆然有社 年乃八歳▼ 鑚髪乃 吾同子▼過 橘 末枝乎過而 此河能 下文長 汝情待

       (作者未詳 巻十三 三三〇七)

   ▼は、「口」(口偏)+「刂」→「を」、

「年乃八歳▼」=「年の八年(やとせ)を」

「吾同子▼過」=「よち子を過ぎ」

   

≪書き下し≫しかれこそ 年の八年(やとせ)を 切り髪の よち子を過ぎ 橘(たちばな)の ほつ枝(え)を過ぎて この川の 下(した)にも長く 汝(な)が心待て

 

(訳)だからこそ、この私は、長の年月を、そう、あの切髪の年頃を過ごして、橘の上枝(うわえだ)よりも背丈が伸びた今の今まで、この川の川底、そんな心の底深くで、長いこと、お前さまの心がこっちに向くのを待っていたのですよ、なのに……。(同上)

(注)しかれこそ:お前さんが私に靡くのは先刻承知の上であったと応じたもの。コソは結句の「待て」と呼応する。(伊藤脚注)

(注)年の八年:八は長いことをいう。(伊藤脚注)

(注)切り髪の:「よち子」の枕詞。「切り髪」は肩の辺で切り揃える少女の髪形。(伊藤脚注)

(注)よち子を過ぎ:あの八年子の年頃を過ごして。「よち子」ここは少女時代の意か。(伊藤脚注)

(注の注)よちこ【よち子】:同じ年ごろの子。よち。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)ほつ枝を過ぎて:上枝よりも背丈の伸びた今の今まで、の意か。(伊藤脚注)

(注の注)ほつえ 【上つ枝・秀つ枝】名詞:上の方の枝。 ※「ほ」は突き出る意、「つ」は「の」の意の上代の格助詞。上代語。[反対語] 中つ枝(え)・下枝(しづえ)。(学研)

(注)この川の:「下」(心の底)(伊藤脚注)

 

 

 

 

■巻十三 三三〇九歌■

題詞は、「柿本朝臣人麻呂之集歌」

◆物不念 路行去裳 青山乎 振酒見者 都追慈花 尓太遥越賣 作樂花 佐可遥越賣 汝乎叙母 吾尓依云 吾乎叙物 汝尓依云 汝者如何念也 念社 歳八年乎 斬髪 与知子乎過 橘之 末枝乎須具里 此川之 下母長久 汝心待

       (作者未詳 巻十三 三三〇九)

 

≪書き下し≫物思(ものも)はず 道行く行くも 青山を 振り放(さ)け見れば つつじ花 にほえ娘子 桜花 栄え娘子 汝(な)れをぞも 我(わ)れに寄すといふ 我(わ)れをぞも 汝(な)れに寄すといふ 汝(な)はいかに思ふや 思へこそ 年の八年(やとせ)を 切り髪の よち子を過ぎ 橘の ほつ枝(え)をすぐり この川の 下にも長く 汝(な)が心待て

 

(訳)何の物思いもせずに道を辿りながら、青々と茂る山を振り仰いで見ると、目に入るのは色美しいつつじ花、その花のようににおいやかなおとめよ、咲き誇っている桜の花、その花のように照り輝くおとめよ、そんなお前さんを世間では私といい仲だと噂しているそうだ。当のお前さんはどう思っているのかね。ねんごろに思っているからこそ、長の年月を、そう、あの切り髪の年頃を過ごし、橘の上枝よりも背が伸びた今の今まで、この川の川底、そんな心の底深くで、長いことお前さまの心がこっちに向くのを待っていたのですよ。なのに……。(同上)

(注)思へこそ:ねんごろに思っておればこそ。前句まで問、この句から終りまで答。

(注)すぐり:「すぐる」は四段動詞。ガ行上二段動詞「過ぐ」と同義か。(伊藤脚注)

 

 

 

 

■巻十六 三八六五歌■

◆荒雄良者 妻子之産業乎波 不念呂 年之八歳乎 将騰来不座

       (荒雄の妻たちか山上憶良 巻十六 三八六五)

 

≪書き下し≫荒雄らは 妻子(めこ)が産業(なり)をば 思(おも)はずろ 年(とし)の八年(やとせ)を 待てど来(き)まさず

 

(訳)荒雄は、妻子たちの暮らしのことも考えずに出て行ったのか。八年が過ぎても、荒雄は帰って来ない。(「『万葉集講義』最古の歌集の素顔」 上野 誠著 中公新書より)</p

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(注)妻子が業をば思はずろ:妻子の暮らし向きなど考えてもみないのだ。ロは断定の終助詞か。間投助詞とも。(伊藤脚注)

(注)待てど来まさず:捨て置かれたことを怨む形で哀惜した。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉集の世界へ飛び込もう(その3055)―書籍掲載歌を中軸に(Ⅳ)―志賀島の海人の歌」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉びとの一生」 池田弥三郎 著 (講談社現代新書

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「『万葉集講義』最古の歌集の素顔」 上野 誠著 (中公新書

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「weblio辞書 Wiktionary日本語版」