【処女塚】
「高橋虫麿が作ったと伝え、その歌集から、『万葉集』の編者が巻九に採録した長歌(一八〇七)によると、この伝承の美女は、言い寄る男たちに身をまかすことなく、真間の海に身を投じて、清らかな処女のままに死んでしまったのである。・・・こういう伝承のある墓を、日本の伝説の類型では『処女(おとめ)塚』と言う。そして、東国の真間のてこなの墓に対して、西の方では、これも有名な『芦屋(あしや)の菟原(うなひ)処女』の墓があり、この処女にも、似たような伝承がある。・・・この墓は、神戸市東灘区御影町東明に、近年まで『処女塚』として、伝えられていた。」(「万葉びとの一生」 池田弥三郎 著 講談社現代新書より)
長歌(一八〇七)をみていこう。
■巻九 一八〇七歌■
題詞は、「詠勝鹿真間娘子歌一首幷短歌」<勝鹿(かつしか)の真間(まま)の娘子(をとめ)を詠む歌一首 幷せて短歌>である。
◆鶏鳴 吾妻乃國尓 古昔尓 有家留事登 至今 不絶言来 勝壮鹿乃 真間乃手兒奈我 麻衣尓 青衿著 直佐麻乎 裳者織服而 髪谷母 掻者不梳 履乎谷 不著雖行 錦綾之 中丹▼有 齊兒毛 妹尓将及哉 望月之 満有面輪二 如花 咲而立有者 夏蟲乃 入火之如 水門入尓 船己具如久 歸香具礼 人乃言時 幾時毛 不生物呼 何為跡歟 身乎田名知而 浪音乃 驟湊之 奥津城尓 妹之臥勢流 遠代尓 有家類事乎 昨日霜 将見我其登毛 所念可聞
▼=「果」の下に「衣」 「中丹▼有」=「中(なか)に包(つつ)める」
(高橋虫麻呂 巻九 一八〇七)
≪書き下し≫鶏(とり)が鳴く 東(あづま)の国に いにしへに ありけることと 今までに 絶えず言ひける 勝鹿(かつしか)の 真間(まま)の手児名(てごな)が 麻衣(あさぎぬ)に 青衿(おをくび)着(つ)け ひたさ麻(を)を 裳(も)には織り着て 髪だにも 掻(か)きは梳(けづ)らず 沓(くつ)をだに 穿(は)かず行けども 錦綾(にしきあや)の 中(なか)に包(つつ)める 斎(いは)ひ児(こ)も 妹(いも)に及(し)かめや 望月(もちづき)の 足(た)れる面(おも)わに 花のごと 笑(ゑ)みて立てれば 夏虫(なつむし)の 火に入るがごと 港入(みなとい)りに 舟漕(こ)ぐごとく 行きかぐれ 人の言ふ時 いくばくも 生(い)けらじものを 何すとか 身をたな知りて 波の音(おと)の 騒(さわ)く港の 奥つ城(おくつき)に 妹(いも)が臥(こや)せる 遠き代(よ)に ありけることを 昨日(きのふ)しも 見けむがごとも 思ほゆるかも
(訳)鶏が鳴く東の国に、はるか遠くの世に実際にあったことだと、今の世まで絶えず言い伝えてきた話の主、勝鹿の真間の手児名が、粗末な麻の着物に青色の襟を付け、麻だけで織った裳を着て、たいせつな髪に櫛を入れず、沓(くつ)も履かずに行き来するのだけれども、錦や綾にくるまれて育てられたお姫様だって、この子にかなうわけがない。満月のように満ちたりた顔で、咲く花のような笑みを浮かべて立っていると、夏の虫が火の中に飛び込むように、港に入ろうと舟が漕ぎ集まって来るように、娘子めがけて寄り集まり男たちがわれもわれもと婚を求めたその時に、人はどうせどれほども生きられないものなのに、いったいどういうつもりで、我が身の上をすっかり分別して、波の音の騒々しい港の奥つ城なんぞに、このいとしい子が臥せっておいでなのか。はるか遠い世にあった出来事なのに、ほんの昨日見たことのように思われてならない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」角川ソフィア文庫より)
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(注)とりがなく【鳥が鳴く・鶏が鳴く】分類枕詞:東国人の言葉はわかりにくく、鳥がさえずるように聞こえることから、「あづま」にかかる。「とりがなくあづまの国の」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)「麻衣に」以下「はかず行けども」までの八句、寝くずれた髪の乱れも厭わずに、朝早くから水汲みに忙しく立ち働く娘子の姿を描いたものとする説がある。一八〇八参照。八句は、同時に、続けて述べる、娘子の容貌の美しさを浮き立たせてもいる。(伊藤脚注)
(注)あをくび【青衿】名詞:青い布で作った着物の襟(えり)。▽粗末な着物につける(学研)
(注)ひたさを【直さ麻】名詞:ほかの糸が混じらない麻糸。 ※「ひた」「さ」は接頭語。(学研)
(注)も【裳】名詞:①上代、女性が腰から下を覆うようにまとった衣服。「裙(くん)」とも。◇「裙」とも書く。②平安時代、成人した女性が正装のときに、最後に後ろ腰につけて後方へ長く引き垂らすようにまとった衣服。多くのひだがあり、縫い取りをして装飾とした。③僧が、腰から下にまとった衣服。 ⇒参考:②の用例は、平安時代の貴族の女子の成人の儀式である「髪上(かみあ)げ」と「裳着(もぎ)」をいっている。⇒もぎ(学研)ここでは①の意
(注)にしきあや【錦綾】〘名〙 錦と綾。ともに美しく立派な絹織物。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)
(注)いはひこ【斎ひ児】名詞:いとおしんで育てている子ども。「いはひご」とも。(学研)
(注)もちづきの【望月の】分類枕詞:①満月には欠けた所がないことから「たたはし(=満ち足りる)」や「足(た)れる」などにかかる。②満月の美しく心ひかれるところから「愛(め)づらし」にかかる。(学研)
(注)おもわ【面輪】名詞:顔。顔面。(学研)
(注)港入りに:港に入ろうとして。(学研)
(注)行きかぐれ:「かぐれ」は未詳。集まる意かとも、「焦がれ」の類義語かともいう。(伊藤脚注)
(注)いくばくも生けらじものを:人生どれほども生きられないのに。作者の批評。(伊藤脚注)
(注)何すかと身をたな知りて:何だってまあ我が身の上をすっかり見通して。挽歌のくどき文句の伝統を承ける表現。(伊藤脚注)
(注の注)たなしる【たな知る】自動詞:すっかり知る。十分わきまえる。 ※上代語。「たな」は接頭語。(学研)
この歌については、拙稿ブログ「万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2308)―」で、富山県氷見市葛葉 臼が峰山頂公園地蔵園地万葉歌碑(山部赤人 3-432)・山部赤人の四三一~四三三歌ならびに高橋虫麻呂の反歌一八〇八歌とともに紹介している。
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20230704撮影
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
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