●歌は、「手に取れば袖さへにほふをみなえしこの白露に散らまく惜しも(大伯皇女 巻2-166)」である。

「朱鳥元(686)年10月3日、謀叛の罪により大津皇子(おおつのみこ)刑死、父天武の殯(もがり)期間中であった。姉の大伯(来)皇女は、11月に斎宮の任を解かれ帰京の途につく。集中、その帰京時に大伯皇女が「路のへに花を見て感傷哀咽(あいえつ)して」(左注)作ったという1首を載せる(例歌)。「あしび」はアセビともいい、ツツジ科の常緑低木。春に枝先に壺状の小さな白い花を房状に付ける。集中他に9例みられる・・・大伯皇女の手折って見せたいというのも、その花を指すのか。ならば左注でいう帰京時の日月では合わない。題詞にある大津皇子の二上山への移葬時、すなわち翌年の春の歌とする通説に従うべきか。」(「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より)
歌をみていこう。
◆磯之於尓 生流馬酔木乎 手折目杼 令視倍吉君之 在常不言尓
(大伯皇女 巻二 一六六)
≪書き下し≫磯(いそ)の上(うえ)に生(お)ふる馬酔木(あしび)を手折(たを)らめど見(み)すべき君が在りと言はなくに
(訳)岩のあたりに生い茂る馬酔木の枝を手折(たお)りたいと思うけれども。これを見せることのできる君がこの世にいるとは、誰も言ってくれないではないか。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
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(注)磯:池や川などの磯。(伊藤脚注)
(注)在りとは言はなくに:当時、死者に逢ったことを述べて縁者を慰める習慣があった。これを踏まえる表現。罪人については人々は口をつぐんだ。(伊藤脚注)
左注は、「右一首今案不似移葬之歌 蓋疑従伊勢神宮還京之時路上見花感傷哀咽作此歌乎」<右の一首は、今案(かむが)ふるに、移し葬る歌に似ず。けだし疑はくは、伊勢の神宮(かむみや)より京に還る時に、路(みち)の上(へ)に花を見て感傷(かんしょう)哀咽(あいえつ)してこの歌を作るか。>である。
(注)右の一首以下、何かの錯覚による後の編者の注。あしびは春の花、大伯が帰京したのは冬十一月。(伊藤脚注)
当該歌の歌碑は次の通りである。
■京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園万葉歌碑■

20190905撮影
■三重県名張市 夏見廃寺跡万葉歌碑■

■高岡市二上鳥越 旧二上まなび交流館万葉歌碑(プレート)■

21201105撮影
■一宮市萩原町 萬葉公園万葉歌碑(プレート)■

20210216撮影
■愛知県蒲郡市西浦町 万葉の小径万葉歌碑(プレート)■

20220411撮影
■静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園万葉歌碑■

20220412撮影
■坂出市沙弥島 万葉樹木園万葉歌碑■

■愛媛県西予市 三滝公園万葉の道万葉歌碑■

20220921撮影
■松山市御幸町 護国神社・万葉苑万葉歌碑(プレート)■

20220922撮影
■千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)■

(大伯皇女 巻2-166) 20230926撮影
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)
★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」