●歌は、「我妹子に逢はず久しもうましもの阿倍橘の苔生すまでに(作者未詳 巻11-2750)」である。

「集中に詠まれた『阿部橘』は、『和妙称』・『本草和名』に、『橙(だいだい)・阿部多知波奈(あべたちばな)』と記されているところから、現在ダイダイに比定されている。しかし、クネンボとする異説もある。『橙』は、別名『臭橙(かぶち)・加布須(かぶす)・枸櫞(かぶす)』と称し、漢名では『回青橙・臭橙』等の呼称がある。橙は、『回青橙』の字意が直截に示す如く、その実は冬には橙色を発するが春になると再び緑色に戻り、落ちることなく年々大きくなり再生を繰り返すところから、ダイダイと呼ばれ、代々に通じるところから代々永続の象徴として縁起良き吉祥品として、鏡餅・注連縄(しめなわ)等の正月飾りに用いられた。(後略)」(「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より)
(注)だいだい【橙/臭橙/回青橙】: ミカン科の常緑小高木。葉は楕円形で先がとがり、葉柄(ようへい)に翼がある。初夏、香りのある白い花を開く。実は丸く、冬に熟して黄色になるが、木からは落ちないで翌年の夏に再び青くなる。実が木についたまま年を越すところから「代々」として縁起を祝い、正月の飾りに用いる。果汁を料理に、果皮を漢方で橙皮(とうひ)といい健胃薬に用いる。《季 花=夏 実=冬》(weblio辞書 デジタル大辞泉)

(注の注)くねんぼ【九年母】:ミカン科の常緑低木。葉は大形で楕円形。初夏、香りの高い白い花をつけ、秋、黄橙色の甘い実を結ぶ。果皮は厚く、種子が多い。インドシナの原産。香橘(こうきつ)。(weblio辞書 デジタル大辞泉)

引用させていただきました。
歌をみていこう。
◆吾妹子 不相久 馬下乃 阿倍橘乃 蘿生左右
(作者未詳 巻十一 二七五〇)
≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)に逢はず久しもうましもの阿倍橘(あへたちばな)の苔生(こけむ)すまでに
(訳)あの子に逢わないで随分ひさしいな。めでたきものの限りである阿倍橘が老いさらばえて苔が生えるまでも。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
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(注)うましもの:美味な物。(伊藤脚注)
(注の注)うまし【甘し・旨し・美し】形容詞:おいしい。味がよい。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典))
(注)阿倍橘:ゆずに似る小さな実のなる木という。以下二句、久しさの譬え。(伊藤脚注)
だいだい【橙/臭橙/回青橙】の実は、冬に熟して黄色になるが、木からは落ちないで翌年の夏に再び青くなる。実が木についたまま年を越すところから「代々」として縁起が良いものとされている。
万葉びとは、このような自然の営みを鋭く、細やかに観察し歌に詠んだ。
この時代には、「佐味虫麻呂ミカン出世物語」があった。佐味朝臣虫麻呂は、唐からもたらされた柑子の種を植え実らせたので神亀二年(725年)に従五位下を賜わっているのである。当時の唐文化の吸収、あくなき美味の追及意欲がうかがい知れる一件である。
驚いたことに、天平元年(729年)の長屋王の変で、藤原宇合らと共に衛門佐として、王宅を取り囲んでいる。その後、中務少丞、備前守、中宮大夫などを歴任したのである。
当該歌の歌碑をみていこう。
■静岡県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯万葉歌碑<プレート>■

■静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園万葉歌碑<プレート>■

■高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園万葉歌碑■

20221130撮影
■千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)■

(作者未詳 11-2750) 20230926撮影
■国分寺市西元町 国分寺万葉庭園万葉歌碑(プレート)■

20251122撮影
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)
★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「「weblio辞書 デジタル大辞泉」
★「国立歴史民俗博物館HP」