●歌は、「食薦敷き青菜煮て来む梁に行縢懸けて休めこの君(長忌寸意吉麻呂 16-3825)」である。

「例歌の『蔓菁』とはカブのことである。平安時代に書かれた『新撰字鏡』が『蔓』という字にカブの意味を与えていることから、古代の人々がそう認識していたと考えられる。呼称は『あをな』である。これは昔のカブが今とは全く異なる姿形をしていたためとされ、現代のカブは、白くて丸く、甘い根が印象的であるが、昔のカブの根は大根より細く、しかも苦く不味かったようである。故に主に食されていたのは葉っぱの方であったと、例歌の詠まれる1世紀程前に書かれた中国の書、『名医別録』は伝えている。わが国においても『万葉集』や『日本書紀』等の古い文献に見える『蔓菁』や『蕪菁』を『あをな』と読ませており、根っこの存在の希薄さを窺い知ることができる。『あをな』すなわち青菜を煮て食べる、これが万葉人の食し方だったのであろう。(後略)」(「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より)
●歌をみていこう。
題詞は、「詠行騰蔓菁食薦屋梁歌」<行騰(むかばき)、蔓菁(あをな)、食薦(すごも)、屋梁(うつはり)を詠む歌>である。
(注)むかばき【行縢】名詞:旅行・狩猟・流鏑馬(やぶさめ)などで馬に乗る際に、腰から前面に垂らして、脚や袴(はかま)を覆うもの。多く、しか・くまなどの毛皮で作る。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)すごも 【簀薦・食薦】名詞:食事のときに食膳(しよくぜん)の下に敷く敷物。竹や、こも・いぐさの類を「簾(す)」のように編んだもの。(学研)
(注)蔓菁>・・・古くカブは蔓菁とも書かれた。《和名抄》には,〈園菜類〉の部に蔓菁と蔓菁根が見え,和名は前者が〈阿乎奈(あおな)〉,後者が〈加布良(かぶら)〉となっている。(コトバンク 株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
◆食薦敷 蔓菁▼将来 樑尓 行騰懸而 息此公
(長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八二五)
▼は「者」に下に「火」=「煮」
≪書き下し≫食薦(すごも)敷き青菜煮(に)て来(こ)む梁(うつはり)に行縢(むかばき)懸(か)けて休めこの君
(訳)食薦(すごも)を敷いて用意し、おっつけ青菜を煮て持ってきましょう。行縢(むかばき)を解いてそこの梁(はり)に引っ懸(か)けて、休んでいて下さいな。お越しの旦那さん。(伊藤 博 著「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
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(注)樑(うつはり):家の柱に懸け渡す梁。(伊藤脚注)
(注)休めこの君:それまで休んでいてください。猟の途中で休むさま。(伊藤脚注)
廣野 卓氏は、その著「食の万葉集 古代の食生活を科学する」(中公新書)のなかで、「・・・この歌が蔓菁をアオナと詠んでいるように、万葉時代にはカブラやダイコンの菜葉を阿乎奈(あおな)とよんだ。カブラは代表的な園菜で、河夫毘(かぶら)や菁(あおな)、菁菜(あおな)と書かれた木簡が出土している。『河夫毘一把(は)』とあるものは、根を意味していると考えられる。『菁三斛(こく)束(そく)四尺束』と書かれたものは、根(三斛束)と葉(四尺束)をさし、『菁菜六十束各卅束』と書かれたものも、明らかにカブラの葉である。カブラの根を強調する場合には、『蔓菁根(かぶら)』とも書かれる。・・・」と書かれている。
奈良文化財研究所HP「木簡庫」に、「・・・菁三斛束四尺束」と書かれた木簡があった。

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奈良文化財研究所HP「木簡庫」より引用させていただきました。
さらに、木簡を検索してみると、ColBase国立文化財機構所蔵品統合検索システムにおいて「平城京木簡」がヒットした。画像と詳細情報とともに解説も書かれていた。
解説:「飯の支給に関わる木簡。『蔓菁』は、カブの青い葉・茎の部分とされる。『洗漬』は、文字通り洗って漬け込む作業の意味か。すると、『蔓菁洗漬並』云々は漬物づくりの担当者を指すとも考えられる。」と書かれている。
画像と詳細情報

「平城京木簡」 ColBase国立文化財機構所蔵品統合検索システムから
引用させていただきました。(詳細情報は一部)
当該歌の歌碑をみてみよう。
■奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園万葉歌碑<プレート>■

(長忌寸意吉麻呂 16-3825) 20210427撮影
■松山市御幸町 護国神社・万葉苑万葉歌碑<プレート>■

(長忌寸意吉麻呂 16-3825) 20220922撮影
■高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園万葉歌碑■

20221130撮影
■国分寺市西元町 国分寺万葉庭園万葉歌碑(プレート)■

(長忌寸意吉麻呂 16-3825) 20251122撮影
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)
★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)
★「食の万葉集 古代の食生活を科学する」 廣野 卓 著 (中公新書)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「コトバンク 株式会社平凡社 世界大百科事典(旧版)」
★「ColBase国立文化財機構所蔵品統合検索システムHP」
★「奈良文化財研究所HP」
★「岡山理科大学HP」