●歌は、「・・・岩に生ふる 菅の根採りて しのふくさ 祓へてましを 行く水に みそきてましを・・・(作者未詳 6-948)」である。

「・・・万葉時代は『しのふ草』と清音だが、現在のノキシノブのことだという。シダ類は新年の飾りに用いるウラジロをさすことが多いが、集中にこの言葉は見えない。この歌で『しのふ草』が『祓へ』にかかる枕詞か、修祓(しゅうばつ)の具として用いられたものかははっきりしないところだが『しのふ草・・・、行く水に・・・』という並列表現から見て、後者であるように思う。また、この歌が正月に詠まれていることも、何か暗示的である。ウラジロには『シダ』のほかにも『やまぐさ』という呼称もあって、正月飾りの風習が民間に定着した近世の書物『和漢三才図会』には『貫衆(やまぐさ)』と見える。『守貞漫稿』では『注連縄(しめなわ)ノ飾ニハ、裡白、ユズル葉、海老、ダイダイ、蜜柑、柑子、串柿、昆布・・・』と記され、現代と同じ裡白(裏白)である。名称がどう違っても、裏白が邪気を払い、幸せをもたらす正月さまの象徴であったことに変わりはない。」(「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より)
歌をみていこう。
■■巻六 九四八、九四九歌■■
題詞は、「四年丁卯春正月勅諸王諸臣子等散禁於授刀寮時作歌一首 幷短歌」<四年丁卯(ひのとう)の春の正月に、諸王(おほきみたち)・諸臣子等(おみのこたち)に勅(みことのり)して、授刀寮(じゆたうれう)に散禁(さんきん)せしむる時に作る歌一首 幷せて短歌>である。
(注)授刀寮:授刀舎人寮。帯刀して天皇の身辺を守る舎人を掌る。(伊藤脚注)
(注)散禁:出入りを禁じ一所に閉じこめること。(伊藤脚注)
(注)歌一首幷せて短歌:長歌は第三者の立場、反歌は当事者の立場。(伊藤脚注)
■巻六 九四八歌■
◆真葛延 春日之山者 打靡 春去徃跡 山上丹 霞田名引 高圓尓 鴬鳴沼 物部乃 八十友能壮者 折木四哭之 来継比日 如此續 常丹有脊者 友名目而 遊物尾 馬名目而 徃益里乎 待難丹 吾為春乎 决巻毛 綾尓恐 言巻毛 湯々敷有跡 豫 兼而知者 千鳥鳴 其佐保川丹 石二生 菅根取而 之努布草 解除而益乎 徃水丹 潔而益乎 天皇之 御命恐 百礒城之 大宮人之 玉桙之 道毛不出 戀比日
(作者未詳 巻六 九四八)
≪書き下し≫ま葛(くず)延(は)ふ 春日(かすが)の山は うち靡(なび)く 春さりゆくと 山峡(やまかひ)に 霞(かすみ)たなびく 高円(たかまと)に うぐひす鳴きぬ もののふの 八十伴(やそとも)の男(を)は 雁(かり)がねの 来継(きつ)ぐこのころ かく継ぎて 常にありせば 友並(な)めて 遊ばむものを 馬並(な)めて 行かまし里を 待ちかてに 我(わ)がせし春を かけまくも あやに畏(かしこ)く 言はまくも ゆゆしくあらむと あらかじめ かねて知りせば 千鳥(ちどり)鳴く その佐保川(さほがわ)に 岩に生(お)ふる 菅(すが)の根採りて しのふくさ 祓(はら)へてましを 行く水に みそきてましを 大君(おほきみ)の 命(みこと)畏(かしこ)み ももしきの 大宮人(おほみやひと)の 玉桙(たまほこ)の 道にも出(い)でず 恋ふるこのころ
(訳)葛が這(は)い広がる春日の山、この山は、春が到来したとて、山峡には霞がたなびいて、高円では鶯(うぐいす)が鳴いている。大勢の宮仕え人たちは、北に帰る雁が次々に飛び行く今日このごろ、その雁の飛び継ぐようにずっと平生(へいぜい)で何事もなかったならば、友と連れ立って遊びに出かけるはずだったのに、馬を並べて行くはずの里であったのに、それほどおのおのが待ちかねていた春だったのに、心にかけて思うさえ恐れ多く、口にかけて申し開きするのも憚(はばかり)多いこんなことになろうとあらかじめ知っていたなら、千鳥の鳴くあの佐保川で、岩に生えている菅の根を抜き採り、憂いをもたらす種を祓(はら)っておけばよかったのに、流れる水でみそぎをしておけばよかったのに、今は、大君の仰せを恐れ畏んで、ももしきの大宮人たちが、道に出で立つこともできずに、ひたする春の野山に恋い焦がれている今日このごろだ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
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(注)葛延ふ:「春日の山」の枕詞的修飾句。(伊藤脚注)
(注)うちなびく【打ち靡く】分類枕詞:なびくようすから、「草」「黒髪」にかかる。また、春になると草木の葉がもえ出て盛んに茂り、なびくことから、「春」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)春さりゆくと:春になってくると。(伊藤脚注)
(注)雁がねの 来継ぐこのころ:北へ帰る雁が次々と通う今日この頃。(伊藤脚注)
(注)かく継ぎて 常にありせば:このように春のきざしがうち続いて何事もない日頃のままの身だったら、の意か。(伊藤脚注)
(注)待ちかてに 我がせし春を:それほどにおのおのがその心に待ちかねていた春だったのに。(伊藤脚注)
(注)かけまくも 分類連語:心にかけて思うことも。言葉に出して言うことも。 ⇒なりたち:動詞「か(懸)く」の未然形+推量の助動詞「む」の古い未然形「ま」+接尾語「く」+係助詞「も」(学研)
(注)ゆゆしくあらむと:憚り多いことになろうと。(伊藤脚注)
(注の注)ゆゆし 形容詞:①おそれ多い。はばかられる。神聖だ。②不吉だ。忌まわしい。縁起が悪い。③甚だしい。ひととおりでない。ひどい。とんでもない。④すばらしい。りっぱだ。(学研)ここでは①の意
(注)しのふくさ祓へてましを:春日野を思う思いの種を除き払っておくのだったのに。(伊藤脚注)
(注の注)しのふくさ>しのぶぐさ【偲ぶ種】:《上代は「しのふくさ」》昔を懐かしむ種(たね)。思い出のよすが。のちに「忍ぶ草」と混用した。「―はらへてましを行く水にみそぎてましを」〈万・九四八〉(weblio辞書 デジタル大辞泉)
(注)大君の命畏み:大君の仰せを恐れ畏んで。(伊藤脚注)
巻六 九四九歌に関して、「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫)には、次のように書かれている。
「(巻六、九四九)(歌は省略)」神亀四年(七二七)の初春、宮廷の若き貴公子たちが宮中をぬけ出して春日野で打毬(うちまり)に興じたことがあった。ところが時しも驟雨(しゅうう)が雷鳴をともなって降り出し、宮中で弦を鳴らし護衛する役をおこたる結果になってしまった、彼らは授刀舎人寮(じゅとうしゃじんのつかさ)に禁足され、それを嘆いた一首である。」(同著)
当該歌の歌碑をみてみよう。
残念ながら当該歌の歌碑は見当たらなかった。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)
★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)
★「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「weblio辞書 デジタル大辞泉」
★「岡山理科大学HP」