2024-10-01から1ヶ月間の記事一覧
●歌は、「しなでる片足羽川のさ丹塗りの大橋の上ゆ紅の赤裳裾引き山藍もち・・・(高橋虫麻呂 9-1742)」である。 【河内の大橋】 「高橋虫麻呂歌集(巻九‐一七四二・一七四三)(歌は省略)・・・石川をあわせてひと筋に西にのびている大和川の川筋は、宝永…
●歌は、「難波潟潮干のなごりよく見てむ家なる妹が待ち問はむため(神社忌寸老麻呂 6-977)」である。 本稿から「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)の掲載歌になります。 近畿(大阪府、和歌山県、三重県、京都府、滋賀県)…
●歌は、「吾が行は七日は過ぎじ龍田彦ゆめこの花を風にな散らし (高橋虫麻呂 9-1748)」である。 【龍田彦】 「高橋虫麻呂歌集(巻九‐一七四八)(歌は省略)JRの王子駅の西南三キロ、生駒郡三郷(さんごう)町立野に竜田本宮がある。・・・延喜式にのせ…
●歌は、「夕されば雁の越え行く竜田山しぐれに競ひ色づきにけり(作者未詳 10-2214)」である。 【龍田山】 「作者未詳(巻十‐二二一四)(歌は省略)竜田(たつた)山は生駒山脈の南のはしが、大和川の渓谷をはさんで葛城山脈の北のはしと相対する一部の山…
●歌は、「妹がりと 馬に鞍置きて 生駒山打ち越え来れば 黄葉散りつつ(作者未詳 10-2201)」である。 【暗峠】 「作者未詳(巻十‐二二〇一)(歌は省略) 奈良の方から生駒山を見て左手の低いところ、生駒山頂からすこし南にくだった鞍部が暗(くらがり)峠…
●歌は、「夕さればひぐらし来鳴く生駒山越えてぞ我が来る妹が目を欲り(秦間満 15-3589)」である。 本稿から、「万葉の旅 上 大和」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)の「生駒・龍田」である。 順に読み進んでいこう。 【生駒山】 「秦間満(はたのはしま…
●歌は、「勝間田の池は我れ知る蓮なししか言ふ君が鬚なきごとし(婦人 16-3835)」である。 【勝間田の池】 「婦人(をみなめ)(巻十六‐三八三五) いまの西の京の唐招提寺は万葉の最後の天平宝字三年(七五九)の建立で、寺地は右京五条二坊にあたり、もと…
●歌は、「大き海の水底ふかく思ひつつ裳引き平らしし菅原の里(石川女郎 20-4491)」である。 【菅原の里】 「石川女郎(巻二十‐四四九一)(歌は省略) 元明天皇の勅願によるといわれる喜光寺(菅原寺)・・・行基(きょうき)は、晩年この寺に住んで、その…
●歌は、「佐保過ぎて寧楽の手向に置く幣は妹を目離れず相見しめとそ(長屋王 3-300)」である。 【奈良の手向け】 「長屋王(巻三‐三〇〇)(歌は省略) 奈良山を越えて山城方面にゆくのには、奈良坂越と歌姫(うたひめ)越とがある。こんにちの主要路は奈良…
●歌は、「君に恋ひいたもすべなみ奈良山の小松が下に立ち嘆くかも(笠女郎 4-593)」である。 【奈良山】 「笠女郎(かさのいらつめ)(巻四‐五九三)(歌は省略) ・・・大和・山城の国境線に低く起伏する佐保山・佐紀山の・・・平城京北方につらなるこの両…
●歌は、「かくばかり恋つつあらずば高山の岩根しまきて死なましものを(磐姫皇后 2-86)」である。 【磐姫陵】 「磐姫皇后(いはのひめのおほきさき)(巻二 八六)(歌は省略) 磐姫(いわのひめ)は武内宿禰の子の葛城襲津彦(かずらきのそつひこ)の娘で…
●歌は、「春日にある御笠の山に月も出でぬかも 佐紀山に咲ける桜の花の見ゆべく(作者未詳 10-1887)」である。 【佐紀山】 「作者未詳(巻十‐一八八七)(歌は省略) 平城京の大極殿址の土壇に立って北方を見わたすと、低い丘陵が東西に連亙(れんこう)し…
●歌は、「さす竹の大宮人の家と住む佐保の山をば思ふやも君(石川足人 6-955)」である。 【佐保山】 「石川足人(いしかわのたるひと)(巻六‐九五五)(歌は省略) 佐保山は一条南大路(佐保路)の北方に起伏している低山で、広くいえば、東の奈良坂と西の…
●歌は、「うちのぼる佐保の川原の青柳は 今は春べとなりにけるかも(大伴坂上郎 8-1433)」である。 【佐保川】 「大伴坂上郎女(巻八‐一四三三)(歌は省略) 東大寺の転外(てがい)門から包永(かねなが)町・法蓮を経て法華寺にいたる一条南大路は佐保路…
●歌は、「高圓の野邊の秋萩いたづらに 咲きか散るらむ見る人無しに(笠金村 2-231)」である。 【田原西陵】 「笠金村歌集(巻二‐二三一)(歌は省略) 万葉集中に六首の秀歌をのこしている志貴皇子(天智皇子)の墓は、高円山の東南、<奈良市矢田原町>に…
●歌は、「高円の野の上の宮は荒れにけり立たしし君の御代還そけば(大伴家持 20-4506)」である。 【高円山】 「大伴家持(巻二十‐四五〇六)(歌は省略) 高円(たかまど)山は春日山の南に地獄谷をはさんでつづく山(四六一メートル)で、その西麓白毫寺(…
●歌は、「能登川の水底さへに照るまでに御笠の山は咲きにけるかも(作者未詳 10-1861)」である。 【能登川】 「作者未詳(巻十‐一八六一)(歌は省略)・・・この歌の花は桜であろうが、この歌の前の歌が山吹なので山吹の花と見る人もある。水底までも照り…
●歌は、「大君の御笠の山の黄葉は今日のしぐれに散りか過ぎなむ(大伴家持 8-1554)」である。 【三笠山】 「大伴家持(巻八‐一五五四)(歌は省略) こんにち三笠山というと若草山を称して名所となっているが、万葉の三笠山は、三条通りから東方真正面に見…
●歌は、「我妹子に衣春日の宜寸川よしもあらぬか妹が目を見む(作者未詳 12-3011)」である。 【よしき川】 「作者未詳(巻十二‐三〇一一)(歌は省略) 東大寺南大門の手前の小橋の下を流れる小流が宜寸(よしき)川で、いま吉城(よしき)川と書いている。…
●歌は、「春日野に煙立つ見ゆ娘子らし春野うはぎ摘みて煮らしも(作者未詳 10-1879)」である。 【春日野】 「作者未詳(巻十‐一八七九)(歌は省略) 春日野は春日山地西麓一帯の野で、若草山や御蓋(みかさ)山の裾にかけてこんにち奈良公園となっていると…
●歌は、「秋されば春日の山の黄葉見る奈良の都の荒るらく惜しも(大原真人今城 8-1604)」である。 【春日山】 「大原真人今城(おおはらのまひといまき)(巻八‐一六〇四)(歌は省略)奈良の市街地の東方に老杉の蒼黒く茂った山が春日山である。三条通りを…
●歌は、「東の市の植木の木足るまで逢はず久しみうべ恋ひにけり(門部王 3-310)」である。 【東の市】 「門部王(かどべのおほきみ)(巻三‐三一〇)(歌は省略) 平城京の左右両京の南辺八条二坊のあたりには、東西の市(いち)がおかれていた。東市はいま…
●歌は、「あをによし奈良の大道は行きよけどこの山道は行き悪しかりけり(中臣宅守 15-3728)である。 【奈良の大路】 「中臣宅守(なかとみのやかもり)(巻十五‐三七二八)(歌は省略) 平城京が、南北にわたる朱雀大路を中心に左右両京にわかれ、各条坊に…
●歌は、「たち変り古き都となりぬれば道の芝草長く生ひにけり(田辺福麻呂 6-1048)」である。 本稿から、「万葉の旅 上 大和」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)の「奈良」である。 順に読み進んでいこう。 【平城京】 「田辺福麻呂歌集(巻六‐一〇四八)…
●歌は、「・・・言さへく 百済の原ゆ 神葬り 葬りいまして あさもよし 城上の宮を 常宮と 高く奉りて 神ながら 鎮まりましぬ しかれども 我が大君の 万代と 思ほしめして 作らしし 香具山の宮 万代に 過ぎむと思へや・・・(柿本人麻呂 2-199)」である。 【…
●歌は、「百済野の萩の古枝に春待つと居りしうぐひす鳴きにけむかも(山部赤人 8-1431)」である。 【百済野】 「山部赤人(巻八‐一四三一)(歌は省略) 田原本(たわらもと)の西南四キロほどのところに、・・・北葛城郡広陵町百済・・・がある。この辺一…
●歌は、「真鳥棲む雲梯の杜の菅の根を衣にかき付け着せむ子もがも(作者未詳 7-1344)」である。 【雲梯の社】 「作者未詳(巻七‐一三四四)(歌は省略)・・・雲梯(うなで)の村なかから曾我川の橋を東へわたると、すぐ橋ぎわにこんもりと大木の茂った森が…
●歌は、「ま菅よし宗我の川原に鳴く千鳥間なし我が背子我が恋ふらくは(作者未詳 12-3087)」である。 【曾我川】 「作者未詳(巻十二‐三〇八七)(歌は省略)・・・曾我川は巨勢(こせ)の谷重阪(へえさか)峠に発して(重阪川)、越智をすぎ、曾我の南で…
●歌は、「うちひさつ三宅の原ゆ直土に足踏み貫き夏草を腰になづみいかなるや人の子ゆゑぞ通はすも我子うべなうべな母は知らじうべなうべな父は知等地蜷の腸か黒き髪に真木綿もちあざさ結ひ垂れ大和の黄楊の小櫛を押へ刺すうらぐわし子それぞわが妻(作者未詳…
●歌は、「うち渡す竹田の原に鳴く鶴の間なく時なし我が恋ふらくは(大伴坂上郎女 4-760)」である。 本稿から、「万葉の旅 上 大和」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)の「平野南部」である。 順に読み進んでいこう。 【竹田の庄】 「大伴坂上郎女(巻四‐…