万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう(その3401)―万葉一日一葉 「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より」―はじ[ヤマハゼ]

●歌は、「ひさかたの 天の門開き(中略)すめろきの 神の御代より はじ弓を 手握り持たし 真鹿子矢を 手挟み添へて・・・(大伴家持 20-4465)」である。

「はじ[ヤマハゼ]」 「庭木図鑑(植木ペディアHP)」より引用させていただきました。

 

 

 「『はじ』とは、ウルシ科のヤマハゼのこと。高さ5~10m前後。本州中部以西の山地に自生する落葉小高木。この実を蒸して抽出した汁で作るのが和蠟燭だ。・・・集中、『梔』を詠み込んでいるのは大伴家持の長歌1首だけである。歌意は、大伴氏の祖先は、天孫降臨の昔から、梔弓を持ち真鹿子(まかご)矢を小脇に手挟んで、天皇に仕えてきた由緒ある家柄なのだと歌い、同族の出雲守大伴古慈斐が讒言(ざんげん)により失脚した時に、大伴氏の族長として、一族の人々に誇りを持ち、軽率な行動を自重するように諭したもの。・・・『梔弓』という梔材で作られた弓が出てくる。古来、弓材としてはほかにアズサ、マユミ、ツキなどのしなやかな弾力のある木材が多く使われた。」(「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より)

 

 

●歌をみていこう。

 四四六五から四四六七歌の題詞は、「喩族歌一首幷短歌」<族(うがら)を喩(さと)す歌一首幷(あは)せて短歌>である。

 

◆比左加多能 安麻能刀比良伎 多可知保乃 多氣尓阿毛理之 須賣呂伎能 可未能御代欲利 波自由美乎 多尓藝利母多之 麻可胡也乎 多婆左美蘇倍弖 於保久米能 麻須良多祁乎ゝ 佐吉尓多弖 由伎登利於保世 山河乎 伊波祢左久美弖 布美等保利 久尓麻藝之都ゝ 知波夜夫流 神乎許等牟氣 麻都呂倍奴 比等乎母夜波之 波吉伎欲米 都可倍麻都里弖 安吉豆之萬 夜萬登能久尓乃 可之波良能 宇祢備乃宮尓 美也婆之良 布刀之利多弖氐 安米能之多 之良志賣之祁流 須賣呂伎能 安麻能日継等 都藝弖久流 伎美能御代ゝゝ 加久左波奴 安加吉許己呂乎 須賣良弊尓 伎波米都久之弖 都加倍久流 於夜能都可佐等 許等太弖氐 佐豆氣多麻敝流 宇美乃古能 伊也都藝都岐尓 美流比等乃 可多里都藝弖氐 伎久比等能 可我見尓世武乎 安多良之伎 吉用伎曽乃名曽 於煩呂加尓 己許呂於母比弖 牟奈許等母 於夜乃名多都奈 大伴乃 宇治等名尓於敝流 麻須良乎能等母

         (大伴家持 巻二十 四四六五)

 

≪書き下し≫ひさかたの 天(あま)の門(と)開き 高千穂の 岳(たけ)に天降(あも)りし すめろきの 神の御代(みよ)より はじ弓を 手(た)握(にぎ)り持たし 真鹿子矢(まかごや)を 手挟(たばさ)み添へて 大久米(おほくめ)の ますらたけをを 先に立て 靫(ゆき)取り負(お)ほせ 山川を 岩根(いはね)さくみて 踏み通り 国(くに)求(ま)ぎしつつ ちはやぶる 神を言向(ことむ)け まつろはぬ 人をも和(やは)し 掃き清め 仕(つか)へまつりて 蜻蛉島(あきづしま) 大和の国の 橿原の 畝傍(うねび)の宮に 宮柱(みやばしら) 太知(ふとし)り立てて 天の下 知らしめしける 天皇(すめろき)の 天の日継(ひつぎ)と 継ぎてくる 君の御代(みよ)御代(みよ) 隠さはぬ 明(あか)き心を 皇辺(すめらへ)に 極(きは)め尽して 仕へくる 祖(おや)の官(つかさ)と 言(こと)立(だ)てて 授けたまへる 子孫(うみのこ)の いや継(つ)ぎ継(つ)ぎに 見る人の 語りつぎてて 聞く人の 鏡にせむを あたらしき 清きその名ぞ おぼろかに 心思ひて 空言(むなこと)も 祖(おや)の名絶つな 大伴の 氏(うぢ)と名に負(お)へる ますらをの伴(とも)

 

(訳)遥かなる天つ空の戸、高天原(たかまのはら)の天の戸を開いて、葦原(あしはら)の国高千穂(たかちほ)の岳(たけ)に天降(あまくだ)られた皇祖(すめろき)の神の御代から、はじ木の弓を手にしっかりと握ってお持ちになり、真鹿子矢(まかごや)を手挟み添え、大久米のますら健男(たけお)を前に立てて靫を背負わせ、山も川も、岩根を押し分けて踏み通り、居(い)つくべき国を探し求めては、荒ぶる神々をさとし、従わぬ人びとをも柔らげ、この国を掃き清めお仕え申し上げて、蜻蛉島大和の国の橿原の畝傍の山に、宮柱を太々と構えて天の下をお治めになった天皇(すめろき)、その尊い御末(みすえ)として引き継いでは繰り返す大君の御代御代のその御代ごとに、曇りのない誠の心をありったけ日継ぎの君に捧げつくして、ずっとお仕え申してきた先祖代々の大伴の家の役目であるぞと、ことさらお言葉に言い表わして、我が大君がお授け下さった、その祖(おや)の役目を継ぎ来り継ぎ行く子々孫々、その子々孫々のいよいよ相続くように、いや継ぎ継ぎに、目に見る人に語り継ぎに讃め伝えて、耳に聞く人は末々の手本(かがみ)にもしようものを、ああ、貶(おとし)めてはもったいない清らかな継ぎ来り継ぎ行くべき名なのだ。おろそかに軽く考えて、かりそめにも祖先の名を絶やすでないぞ。大伴の氏と、由来高く清き名に支えられている、ますらおたちよ。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

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(注)はじ弓:やまはぜで作った弓。(伊藤脚注)

(注)真鹿子矢(まかごや):鹿の角などを用いた矢か。(伊藤脚注)

(注)国求ぎしつつ:居つくべき国を求めては。(伊藤脚注)

(注の注)まぐ【覓ぐ・求ぐ】他動詞:探し求める。尋ねる。※上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)ことむく【言向く】他動詞:説得して服従させる。平定する。(学研)

(注)まつろふ【服ふ・順ふ】他動詞:服従させる。従わせる。仕えさせる。 ⇒参考:動詞「まつ(奉)る」の未然形に反復継続の助動詞「ふ」が付いた「まつらふ」の変化した語。貢ぎ物を献上し続けるの意から。(学研)

(注)掃き清め:葦原の国を平定しお仕え申しあげて。(伊藤脚注)

(注)ふとしる【太知る・太領る】他動詞:(宮殿の柱を)しっかりと造る。 ※「ふと」は接頭語、「しる」は領有する意。上代語。(学研)

(注)仕へくる祖の官と言立てて授けたまへる:仕えて来た先祖以来の大伴家の役目だと殊更お言葉に表して天皇がお授け下さった大伴の氏の名は。天平二十一年の大伴氏讃美の詔を踏まえる表現。(伊藤脚注)

(注)あたらし【惜し】もったいない。惜しい。※参考「あたらし」と「をし」の違い 「を(惜)し」が自分のことについていうのに対し、「あたらし」は外から客観的に見た気持ちをいう。(学研)

(注)おほろかなり【凡ろかなり】形容動詞:いいかげんだ。なおざりだ。「おぼろかなり」とも。 ※上代語。(学研)

(注)むなことも:かりそめにも。(伊藤脚注)

(注の注)むなこと【空言・虚言】名詞:うそ。裏付けのない言葉。(学研)

 

 

●当該歌の歌碑をみてみよう。

■滋賀県東近江市糠塚町 万葉の森船岡山万葉歌碑■

滋賀県東近江市糠塚町 万葉の森船岡山万葉歌碑(大伴家持 20-4465) 
20191023撮影



 

 

■奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園万葉歌碑(プレート)■

奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園万葉歌碑(プレート)
(大伴家持 20-4465) 20210427撮影



 

 

 

■千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)■

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)
(大伴家持 20-4465) 20230926撮影



 

 

■茨城県土浦市小野 朝日峠展望公園万葉の森万葉歌碑■

茨城県土浦市小野 朝日峠展望公園万葉の森万葉歌碑(大伴家持 20-4465) 
20230927撮影



 

 

■国分寺市西元町 国分寺万葉庭園万葉歌碑(プレート)■

国分寺市西元町 国分寺万葉庭園万葉歌碑(プレート)(大伴家持 20-4465) 
20251122撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「庭木図鑑」 (植木ペディアHP)

万葉集の世界に飛び込もう(その3400)―万葉一日一葉 「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より」―はぎ[ヤマハギ]

●歌は、「かくのみにありけるものを萩の花咲きてありやと問ひし君はも(余明軍 3-455)」である。

「はぎ[ヤマハギ]」 「岡山理科大学HP」より引用させていただきました。

 

 「桃山時代以降、秋草は菊であるのに対し、古代・中世には萩が、秋草の中で最も重要なな草花であった。従って『万葉集』では秋草の筆頭にあげられ、第2の梅の約120首を凌ぎ、約140首が詠まれていることは、いかに万葉人が萩を愛したかを如実に示すものとして捉えられよう。集中、『はぎ』は『生芽』『芽子』と表記、語源は冬に葉を落とし、春には再び新芽を出すことに由来する『生芽(はえぎ)』の転化、または丸い小さな葉が歯の形に類似することから『歯木(はぎ)』とする説がある。・・・草かんむりに秋と書く、国字の『萩』は日本の秋の象徴であると共に美の象徴でもあり、・・・春の彼岸に作るのが、“ぼたもち”、萩が咲く秋の彼岸は“お萩”と称する趣はさすがである。」(「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より)

 

 

●歌をみていこう。

 四五四~四五八歌の題詞は、「天平三年辛未秋七月大納言大伴卿薨之時歌六首」<天平三年辛未(かのとひつじ)の秋の七月に、大納言大伴卿の薨(こう)ぜし時の歌六首>である。

(注)天平三年:七三一年。

(注)前五首は旅人の資人余明軍、後の一首は看護の人犬養人上の作。(伊藤脚注)

 

◆如是耳 有家類物乎 芽子花 咲而有哉跡 問之君波母

       (余明軍 巻三 四五五)

 

≪書き下し≫かくのみにありけるものを萩(はぎ)の花咲きてありやと問ひし君はも

 

(訳)こんなにもはかなくなくなられるお命であったのに、「萩の花は咲いているか」と私にお尋ねになった君は、ああ(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

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(注)かく:旅人の死をさす。(伊藤脚注)

(注)「萩の花咲きてやありや」は旅人が作者に尋ねた言葉。臨終間際の言葉としていかにも旅人らしい。(伊藤脚注)

(注)はも 分類連語:…よ、ああ。▽文末に用いて、強い詠嘆の意を表す。 ※上代語。 ⇒なりたち:係助詞「は」+終助詞「も」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

●当該歌の歌碑をみてみよう。

残念ながら当該歌の歌碑は見当たらなかった。

 

 「万葉歌碑総覧」で検索してみると次の歌碑がヒットした。

吹田市千里万博公園自然文化園内「万葉の里」 「万葉歌碑総覧」より
引用させていただきました。

 

平成13年建碑とある。計37 基(ステンレス製パネル 23基、樹脂製パネル 14基)あると書かれている。

機会をみて行ってみたいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「万葉歌碑総覧」

★「岡山理科大学HP」

万葉集の世界に飛び込もう(その3399)―万葉一日一葉 「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より」―にれ[アキニレ]

●歌は、「・・・この片山の もむ楡を 五百枝剥き垂れ 天照るや 日の異に干し さひづるや 韓臼に搗き 庭に立つ 手臼に搗き・・(乞食者 16-3886)」である。

「にれ[アキニレ]」 「庭木図鑑(植木ペディアHP)」より引用させていただきました。

 

 「例歌は『乞食者(ほかいびと)の詠二首』の1首。左注に『蟹(かに)の為に痛(いたみ)を述べて作れる』と記されている。蟹にとって痛みを感じること、つまり蟹の調理法が詠み込まれた長歌である。まず、『もむ楡』の皮を剥いで吊るし、干して、乾燥させる。次に臼でひき、粉末状にする。そして粉末状となった『もむ楡』と沢山の塩に、砕いた蟹を漬け込む。後はしばらく時間を置き、完成。これが古代における蟹の調理法と考えられている。『もむ楡』とはニレの1種とされている。ニレは山野に生える落葉高木で、黄緑色の小さな花を同じく小さな葉の根元に咲かせる。ニレには2種あり、春に花を咲かせるハルニレと、秋に咲かせるアキニレとがあり、ハルニレは関東以北、アキニレは関東以南に分布するところから、歌中の『楡』はアキニレとされている。(後略)」(「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より)

 

 

●歌をみていこう。

三八八五、三八八六歌の題詞は、「乞食者詠二首」<乞食者(ほかひひと)が詠(うた)ふ歌二首>である。

(注)乞食者:寿歌を歌って施しを受けた門付け芸人。(伊藤脚注)

 

◆忍照八 難波乃小江尓 廬作 難麻理弖居 葦河尓乎 王召跡 何為牟尓 吾乎召良米夜 明久 若知事乎 歌人跡 和乎召良米夜 笛吹跡 和乎召良米夜 琴引跡 和乎召良米夜 彼此毛 命受牟跡 今日ゝゝ跡 飛鳥尓到 雖置 ゝ勿尓到 雖不策 都久怒尓到   東 中門由 参納来弖 命受例婆 馬尓己曽 布毛太志可久物 牛尓己曽 鼻縄波久例 足引乃 此片山乃 毛武尓礼乎 五百枝波伎垂 天光夜 日乃異尓干 佐比豆留夜 辛碓尓舂 庭立 手碓子尓舂 忍光八 難波乃小江乃 始垂乎 辛久垂来弖 陶人乃 所作▼乎 今日徃 明日取持来 吾目良尓 塩柒給 腊賞毛 腊賞毛

      (乞食者の詠 巻十六 三八八六)

         ▼は、「瓦+缶」で「かめ)である。

 

≪書き下し≫おしてるや 難波(なにわ)の小江(をえ)に 廬(いほ)作り 隠(なま)りて居(を)る 葦蟹(あしがに)を 大君召すと 何せむに 我(わ)を召すらめや 明(あきら)けく 我が知ることを 歌人(うたひと)と 我(わ)を召すらめや 笛吹(ふえふ)きと 我を召すらめや 琴弾(ことひき)きと 我を召すらめや かもかくも 命(みこと)受(う)けむと 今日今日と 飛鳥(あすか)に至り 立つれども 置勿(おくな)に至り つかねども 都久野(つくの)に至り 東(ひむがし)の 中の御門(みかど)ゆ 参入(まゐ)り来て 命(みこと)受くれば 馬にこそ ふもだし懸(か)くもの 牛にこそ 鼻(はな)縄(づな)はくれ あしひきの この片山の もむ楡(にれ)を 五百枝(いほえ)剥(は)き垂(た)れ 天照るや 日の異(け)に干(ほ)し さひづるや 韓臼(からうす)に搗(つ)き 庭に立つ 手臼(てうす)に搗き おしてるや 難波の小江(をえ)の 初垂(はつたり)を からく垂り来て 陶人(すゑひと)の 作れる瓶(かめ)を 今日(けふ)行きて 明日(あす)取り持ち来(き) 我が目らに 塩(しほ)塗(ぬ)りたまひ 腊(きた)ひはやすも 腊ひはやすも

 

(訳)おしてるや難波(なにわ)入江(いりえ)の葦原に、廬(いおり)を作って潜んでいる、この葦蟹めをば大君がお召しとのこと、どうして私なんかをお召しになるのか、そんなはずはないと私にははっきりわかっていることなんだけど・・・、ひょっとして、歌人(うたひと)にとお召しになるものか、笛吹きにとお召しになるものか、琴弾きにお召しになるものか、そのどれでもなかろうが、でもまあ、お召しは受けようと、今日か明日かの飛鳥に着き、立てても横には置くなの置勿(おくな)に辿(たど)り着き、杖(つえ)をつかねど辿りつくの津久野(つくの)にやって来、さて東の中の御門から参上して仰せを承ると、何と、馬になら絆(ほだし)を懸けて当たり前、牛なら鼻綱(はなづな)つけて当たり前、なのに蟹の私を紐で縛りつけたからに、傍(そば)の端山(はやま)の楡(にれ)の皮を五百枚も剥いで吊(つる)し、日増しにこってりお天道(てんと)様で干し上げ、韓渡りの臼で荒搗(づ)きし、庭の手臼(てうす)で粉々に搗き、片や、事もあろうに、我が故郷(ふるさと)難波入江の塩の初垂(はつた)り、その辛い辛いやつを溜めて来て、陶部(すえべ)の人が焼いた瓶を、今日一走(ひとつばし)りして明日には早くも持ち帰り、そいつに入れた辛塩を私の目にまで塗りこんで下さって、乾物に仕上げて舌鼓なさるよ、舌鼓なさるよ。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

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(注)おしてるや【押し照るや】分類枕詞:地名「難波(なには)」にかかる。かかる理由未詳。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)大君召すと:大君がお召しになるというが。(伊藤脚注)

(注)明けく 我が知ることを:はっきりと私には解っていることなのだが、(伊藤脚注)

(注)かもかくも命受けむと:とにかくまあお召しは承けようと。(伊藤脚注)

(注の注)かもかくも 副詞:ああもこうも。どのようにも。とにもかくにも。(学研)

(注)今日今日と…:以下六句、即興の枕詞三つを冠した道行き。(伊藤脚注)

(注)東の中の御門:藤原宮の建部門らしい。(伊藤脚注)

(注)ふもだし懸くもの:ほだしを懸けて当たり前。(伊藤脚注)

(注の注)ふもだし【絆】名詞:馬をつないでおくための綱。ほだし。(学研)

(注)鼻綱はくれ:下に、然るにこの私を紐で縛りつけて、の意がこもる。(伊藤脚注)

(注)もむ楡:楡の木の一種。調味用。(伊藤脚注)

(注)さいずるや〔さひづる‐〕【囀るや】[枕]:外国の言葉は聞き取りにくく、鳥がさえずるように聞こえるところから、外国の意味の「唐(から)」、または、それと同音の「から」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉)

(注)初垂:塩の初垂り、その辛いやつを。(伊藤脚注)

(注の注)はつたり【初垂り】:製塩のとき最初に垂れた塩の汁。一説に、塩を焼く直前の濃い塩水。(weblio辞書 デジタル大辞泉)

(注)陶人:堺市南部にいた須恵器の工人。(伊藤脚注)

(注の注)すえひと〔すゑ‐〕【陶人】:陶工。すえつくり。(weblio辞書 デジタル大辞泉) 

(注)塩塗りたまひ:瓶に入れた塩を塗りつけて。(伊藤脚注)

(注)腊ひはやすも:干物に仕上げて味をほめるよ。(伊藤脚注)

(注の注)腊(読み方 キタイ):まるごと干した肉。(weblio辞書 歴史民俗用語辞典)

 

左注は、「右歌一首為蟹述痛作之也」<右の歌一首は、蟹(かに)のために痛みを述べて作る>である。         

 

 

 

●当該歌の歌碑をみていこう。

■京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園万葉歌碑■

京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園万葉歌碑(乞食者の歌 16-3886) 
20190905撮影



 

 

■滋賀県東近江市糠塚町 万葉の森船岡山万葉歌碑■

 滋賀県東近江市糠塚町 万葉の森船岡山万葉歌碑(乞食者の歌 16-3886) 
20191023撮影



 

 

■奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園万葉歌碑(プレート)■

奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園万葉歌碑(プレート)
(乞食者の歌 16-3886) 20210427撮影



 

 

■静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園万葉歌碑(プレート)■

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園万葉歌碑(プレート)(乞食者の歌 16-3886) 20220412撮影



 

 

■坂出市沙弥島 万葉樹木園万葉歌碑■

坂出市沙弥島 万葉樹木園万葉歌碑(乞食者の歌 16-3886) 
20220714撮影



 

 

■松山市御幸町 護国神社・万葉苑万葉歌碑(プレート)■

松山市御幸町 護国神社・万葉苑万葉歌碑(プレート)(乞食者の歌 16-3886) 
20220922撮影



 

 

■千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)■

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)
(乞食者の歌 16-3886) 20230926撮影

 

■茨城県土浦市小野 朝日峠展望公園万葉の森万葉歌碑■

茨城県土浦市小野 朝日峠展望公園万葉の森万葉歌碑(乞食者の歌 16-3886) 
20230927撮影



 

 

■国分寺市西元町 国分寺万葉庭園万葉歌碑(プレート)■

国分寺市西元町 国分寺万葉庭園万葉歌碑(プレート)(乞食者の歌 16-3886) 
20251122撮影



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉」

★「weblio辞書 歴史民俗用語辞典」

★「庭木図鑑」 (植木ペディアHP)

 

万葉集の世界に飛び込もう(その3398)―万葉一日一葉 「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より」―なでしこ[ナデシコ]

●歌は、「なでしこは咲きて散りぬと人は言へど我が標めし野の花にあらめやも(大伴家持 8-1510)」である。

「なでしこ[ナデシコ]」 「広島大学HP」より引用させていただきました。

 

 

 「・・・集中25首と多く詠まれているのは、その可憐な美しさによるであろう。先端のこまかく裂けた花弁、淡いピンクと白がおりなす微妙な色合いは格別である。『なでしこ』をこよなく愛好した大伴家持は11首を詠んでいる。その殆どが、例歌など恋慕の情を込めたものである。・・・(巻3・464)これは、庭に咲いた『なでしこ』を愛でながら、若くして幼子を残して亡くなった人を偲んだもので寂寥がただよう。日本のどこでも見られる山野草。今日は、河原に多く自生していることから、『カワラナデシコ』の別名で呼ばれている。また、・・・『大和ナデシコ』とも呼ばれる(後略)」(「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より)

 

 

●歌をみていこう。

題詞は、「大伴家持贈紀女郎歌一首」<大伴家持、紀女郎(きのいらつめ)に贈る歌一首>である。

 

◆瞿麥者 咲而落去常 人者雖言 吾標之野乃 花尓有目八方

      (大伴家持 巻八 一五一〇)

 

≪書き下し≫なでしこは咲きて散りぬと人は言へど我が標(し)めし野の花にあらめやも

 

(訳)なでしこの花は咲いてもう散ったと人は言いますが、よもや、私が標(しめ)を張っておいた野の花のことではありますまいね。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

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(注)上二句は、女が心変わりして他人のものになった意を寓する。(伊藤脚注)

(注)我が標(し)めし野の花:私の物として印をつけておいた野の花。意中の女の譬え。(伊藤脚注)

(注)めやも 分類連語:…だろうか、いや…ではないなあ。 ⇒なりたち:推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

●当該歌の歌碑をみてみよう。

 残念ながら、当該歌の歌碑は見当たらなかった。

 

 「万葉歌碑総覧」で検索したが「この歌が刻まれた歌碑は見つかりませんでした。」と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「広島大学HP」

 

万葉集の世界に飛び込もう(その3397)―万葉一日一葉 「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より」―なし[ヤマナシ]

●歌は、「黄葉のにほひは繁ししかれども妻梨の木を手折りかざざむ(作者未詳 10-2188)」である。

「なし[ヤマナシ]」 「植木図鑑 (船橋市公園協会HP)」より引用させていただきました。



 

 

 「原種は、西日本以南に分布するが、その範囲は韓国から中国にかけて自生し、白い花をつけるバラ科の植物。果実は直径が約2cmと小さい。これが日本で上代に栽培されていたことは、『日本書紀』にその記録が見える。・・・ナシの別名を有実(ありのみ)ともいうが、これは、葦は悪(あ)しに通じるから善(よ)しと言い換えたのと同じで、単なる縁起かつぎにすぎない。はじめは酒に付けて出したおつまみを付き出しと称していたが、折角入った客を突き出してはよくないから、お通しと言い換えた類(たぐ)いで、いかにも江戸ッ子らしい発想である。」(「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より)

 

 

●歌をみていこう。

◆黄葉之 丹穂日者繁 然鞆 妻梨木乎 手折可佐寒

       (作者未詳    巻十 二一八八)

 

≪書き下し≫黄葉(もみぢば)のにほひは繁(しげ)ししかれども妻(つま)梨(なし)の木を手折(たを)りかざさむ

 

(訳)あの山のもみじの色づきはとりどりだ。しかし、妻なしの私は梨の木を手折って挿頭(かざし)にしよう。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

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(注)にほひ【匂ひ】名詞:①(美しい)色あい。色つや。②(輝くような)美しさ。つややかな美しさ。③魅力。気品。④(よい)香り。におい。⑤栄華。威光。⑥(句に漂う)気分。余情。(俳諧用語)(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

(注)かざし【挿頭】名詞:花やその枝、のちには造花を、頭髪や冠などに挿すこと。また、その挿したもの。髪飾り。(学研)

(注)妻梨の木:「妻無し」を懸ける。

(注の注)つまなし【妻梨】名詞:植物の梨(なし)の別名。「妻無し」に言いかけた語。(学研)

 

 

●当該歌の歌碑をみてみよう。

■京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園万葉歌碑■

京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園万葉歌碑(作者未詳 10-2188) 
20190905撮影



 

 

■奈良市法蓮佐保山 万葉の苑万葉歌碑(プレート)■

奈良市法蓮佐保山 万葉の苑万葉歌碑(プレート)(作者未詳 10-2188) 
20200513撮影



 

 

■静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園万葉歌碑(プレート)■

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園万葉歌碑(プレート)(作者未詳 10-2188) 
20220412撮影



 

 

■高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園万葉歌碑■

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園万葉歌碑(作者未詳 10-2188) 
20221130撮影



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「植木図鑑」 (船橋市公園協会HP)

万葉集の世界に飛び込もう(その3396)―万葉一日一葉 「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より」―なぎ[ミズアオイ]

●歌は、「醤酢に蒜搗き合てて鯛願ふ我にな見えそ水葱の羹は(長忌寸意吉麻呂 16-3829)」である。

「なぎ[ミズアオイ]」 「岡山理科大学HP」より引用させていただきました。

 

 

 「集中、『水葱』を詠んだ歌はこの1首のみ。『水葱』はミズアオイの古名であり、水田や沼に自生し、人家にも栽培されていたようである。・・・例歌は、宴会で座興として詠まれた歌で、醤(ひしを)に酢を加え蒜つき混ぜたタレを作って、鯛が欲しいと思っているこの私に、見せてくれるなよ、水葱の吸物なんかは、という意味である。一見、料理に対する不満の歌に感じるが、高級料理である鯛が出たので、それを大変欲しいと思い、日常料理である水葱の吸物を拒否する形をとることによって宴会の料理のめでたさをうまく寓した、即興的ではあるが宴会の場面と心境を捉えた歌である。また、身体を熱くさせるような吸物を避けて、さっぱりとしていて刺激の強い料理を良しとしたのは、歌が詠まれた宴会の季節が蒸し暑い夏の盛りであったためであろうか。」(「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より)

 

●歌をみていこう。

◆醤酢尓 蒜都伎合而 鯛願 吾尓勿所見 水葱乃▼物

        (長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八二九)

 ※▼は、「者」の下が「灬」でなく「火」である。「▼+物」で「あつもの」

 

≪書き下し≫醤酢(ひしほす)に蒜(ひる)搗(つ)き合(か)てて鯛願ふ我(われ)にな見えそ水葱(なぎ)の羹(あつもの)は

 

(訳)醤(ひしお)に酢を加え蒜(ひる)をつき混ぜたたれを作って、鯛(たい)がほしいと思っているこの私の目に、見えてくれるなよ。水葱(なぎ)の吸物なんかは。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫より)

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(注)蒜搗き合てて:蒜を突きまぜたたれを作って。(伊藤脚注)

(注の注)つく 【搗く・舂く】他動詞:杵(きね)をもって、穀物などを押しつぶしたり、殻を除いたりする。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

「長忌寸意吉麻呂歌八首」<長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)が歌八首>の中の一首で、題詞は、「詠酢醤蒜鯛水葱歌」<酢(す)、醤(ひしほ)、蒜(ひる)、鯛(たひ)、水葱(なぎ)を詠む歌>である。

(注)醤:大豆と麹で作った高級調味料。(伊藤脚注)

 

 

●当該歌の歌碑をみてみよう。

■滋賀県東近江市糠塚町 万葉の森船岡山万葉歌碑■

滋賀県東近江市糠塚町 万葉の森船岡山万葉歌碑(長忌寸意吉麻呂 16-3829) 
20191023撮影



 

 

■兵庫県加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森万葉歌碑■

兵庫県加古郡稲美町 稲美中央公園万葉の森万葉歌碑(長忌寸意吉麻呂 16-3829) 20200702撮影

 

■奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園万葉歌碑(プレート)■

奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園万葉歌碑(プレート)
(長忌寸意吉麻呂 16-3829) 20210427撮影



 

 

■静岡県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯万葉歌碑(プレート)■

静岡県浜松市北区 三ヶ日町乎那の峯万葉歌碑(プレート)
(長忌寸意吉麻呂 16-3829) 20220412撮影



 

 

■松山市御幸町 護国神社・万葉苑万葉歌碑(プレート)■

松山市御幸町 護国神社・万葉苑万葉歌碑(プレート)(長忌寸意吉麻呂 16-3829) 20220922撮影



 

 

■高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園万葉歌碑■

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園万葉歌碑(長忌寸意吉麻呂 16-3829) 
20221130撮影

 

■国分寺市西元町 国分寺万葉庭園万葉歌碑(プレート)■

国分寺市西元町 国分寺万葉庭園万葉歌碑(プレート)
(長忌寸意吉麻呂 16-3829) 20251122撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「はじめての万葉集(vol.26)」 (奈良県HP)

★「岡山理科大学HP」

 

 

 

万葉集の世界に飛び込もう(その3395)―万葉一日一葉 「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より」―つるばみ[クヌギ]

●歌は、「橡の衣は人皆事なしと言ひし時より着欲しく思ほゆ(作者未詳 7-1311)」である。

「つるばみ[クヌギ]」 「三鷹市HP」より引用させていただきました。

 

 「『つるばみ』は集中6首詠まれており、現代名はクヌギである。『橡の衣』とは、クヌギの実(通称、ドングリ)を砕いて煎じた汁で染めた紺黒色の粗末な衣服のことであった。クヌギが染料として用いられてきた時代は古く、衣服令にも『家人・奴婢ハ橡黒(つるばみぐろ)ノ衣』と定められており庶民の衣服の色であった。万葉時代の『橡』の色はクヌギの実の煎汁に鉄媒染を用いたもので紺黒色である・・・例歌は、つるばみ染めの着物を着ていれば、誰も皆物思いもなく無難に着こなせる、というのを人に聞いてから自分も着てみたいと思っている、という意である。『橡の衣』を身分の低い女性に例え、身分違いのそのような気安い(着やすい)女性を妻としたいと心を動かす男の歌である。日頃の窮屈な生活から逃れたい心境を歌に寓して詠んだのであろうか。」(「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)より)

 

 

●歌をみていこう。

 

◆橡 衣人皆 事無跡 日師時従 欲服所念

      (作者未詳 巻七 一三一一)

 

≪書き下し≫橡(つるはみ)の衣(きぬ)は人(ひと)皆(みな)事なしと言ひし時より着欲(きほ)しく思ほゆ

 

(訳)橡染(つるばみぞ)めの着物は、世間の人の誰にも無難に着こなせるというのを聞いてからというもの、ぜひ着てみたいと思っている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

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(注)橡の衣:くぬぎ染めの衣。身分の低い人が着る。賤しい女の譬え。(伊藤脚注)

(注の注)つるばみ【橡】名詞:①くぬぎの実。「どんぐり」の古名。②染め色の一つ。①のかさを煮た汁で染めた、濃いねずみ色。上代には身分の低い者の衣服の色として、中古には四位以上の「袍(はう)」の色や喪服の色として用いた。 ※古くは「つるはみ」。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)事なし:男女の煩わしさがないと。(伊藤脚注)

(注の注)ことなし【事無し】形容詞:①平穏無事である。何事もない。②心配なことがない。③取り立ててすることがない。たいした用事もない。④たやすい。容易だ。⑤非難すべき点がない。欠点がない。(学研) ここでは④の意 

 

 

●当該歌の歌碑をみてみよう。

■兵庫県西宮市西田町 西田公園万葉植物苑万葉歌碑■

兵庫県西宮市西田町 西田公園万葉植物苑万葉歌碑(作者未詳 7-1311) 
20200603撮影



 

 

■奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園万葉歌碑(プレート)■

奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園万葉歌碑(プレート)(作者未詳 7-1311) 20210427撮影



 

 

■静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園万葉歌碑(プレート)■

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園万葉歌碑(プレート)(作者未詳 7-1311) 
20220412撮影



 

 

■愛媛県西予市 三滝公園万葉の道万葉歌碑■

愛媛県西予市 三滝公園万葉の道万葉歌碑(作者未詳 7-1311) 
20220921撮影



 

 

■高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園万葉歌碑■

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園万葉歌碑(作者未詳 7-1311) 
20221130撮影



 

 

■国分寺市西元町 国分寺万葉庭園万葉歌碑(プレート)■

国分寺市西元町 国分寺万葉庭園万葉歌碑(プレート)(作者未詳 7-1311) 
20251122撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「三鷹市HP」