万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1584、1585,1586,1587)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P73、P74、P75、P76)―万葉集 巻七 一二四九、巻十七 三九四四、巻三 三七九、巻十一 二五三〇

―その1584―

●歌は、「君がため浮沼の池の菱摘むと我が染めし袖濡れにけるかも」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P73)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P73)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆君為 浮沼池 菱採 我染袖 沾在哉

       (柿本人麻呂歌集 巻七 一二四九)

 

≪書き下し≫君がため浮沼(うきぬ)の池の菱(ひし)摘むと我(わ)が染(そ)めし袖濡れにけるか

 

(訳)あの方に差し上げるために、浮沼の池の菱の実を摘もうとして、私が染めて作った着物の袖がすっかり濡れてしまいました。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)浮沼(うきぬ)の池:所在未詳(伊藤脚注)

 

 伊藤氏は、脚注で「所在未詳」と書かれているが、島根県観光連盟HP「しまね観光なび]には、「浮布池」ついて、「三瓶山の西山麓にあり、三瓶山の噴火によって河川がせきとめられてできた『せきとめ湖』です。面積13万5,100平方メートル、最深部3.5mです。静間川の源にあたります。伝説では、長者の娘邇幣姫(にべひめ)が若者に変身した大蛇に恋をし、若者(大蛇)を追って、池に入水しました。その後池面に姫の衣が白線を描いて輝き、白い布が浮かぶようになったとされています。柿本人麻呂の『君がため浮沼(うきぬ)の池の菱(ひし)摘(つ)むとわが染めし袖ぬれにけるかも』は、この池で詠んだものといわれています。(後略)」と書かれている。

 「この池で詠んだものといわれています。」ロマンがあり、行って見たいと駆り立てられる。

 この歌については、2021年10月13日に同地を訪れた時のことや同歌碑とともにブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1341)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「ひし(ヒシ)」である。

 「ヒシ」については、「植物データベース」(熊本大学薬学部 薬草園HP)に、薬効と用途について、「健胃、解熱、解毒、強壮作用があり、消化不良、胎毒、二日酔い、発熱などに用いる。果実を生食するか、粥で食べると消化を促進する。脱肛には煎液を患部に押し込むという療法がある。果実には多くのデンプンが含まれており、クリの実のような味がする。」と書かれている。

 

―その1585―

●歌は、「をみなへし咲きたる野辺を行き廻り君を思ひ出た廻り来ぬ」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P74)万葉歌碑<プレート>(大伴池主)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P74)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆乎美奈敝之 左伎多流野邊乎 由伎米具利 吉美乎念出 多母登保里伎奴

      (大伴池主 巻十七 三九四四)

 

≪書き下し≫をみなへし咲きたる野辺(のへ)を行き廻(めぐ)り君を思ひ出(で)た廻(もとほ)り来(き)ぬ

 

(訳)女郎花の咲き乱れている野辺、その野辺を行きめぐっているうちに、あなたを思い出して廻り道をして来てしまいました。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

題詞は、「八月七日夜集于守大伴宿祢家持舘宴歌」<八月の七日の夜に、守(かみ)大伴宿禰家持が館(たち)に集(つど)ひて宴(うたげ)する歌である。三九四三~三九五五歌までが収録されている。

この家持を歓迎する宴は、越中歌壇の出発点となったと言われている。

 

三九四三~三九五五歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その335)」で紹介している。

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 この歌とともに、家持と苦楽を共にした越中時代を経て、橘奈良麻呂の変で袂を分かつことになったことについてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1021)」で紹介している。

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―その1586―

●歌は、「ひさかたの天の原より生れ来たる神の命奥山の賢木の枝に・・・」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P75)万葉歌碑<プレート>(大伴坂上郎女

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P75)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆久堅之 天原従 生来 神之命 奥山乃 賢木之枝尓 白香付 木綿取付而 齊戸乎 忌穿居 竹玉乎 繁尓貫垂 十六自物 膝析伏 手弱女之 押日取懸 如此谷裳 吾者祈奈牟 君尓不相可聞

       (大伴坂上郎女 巻三 三七九)

 

≪書き下し≫ひさかたの 天(あま)の原(はら)より 生(あ)れ来(き)たる 神の命(みこと) 奥山の 賢木(さかき)の枝(えだ)に 白香(しらか)付け 木綿(ゆふ)取り付けて 斎瓮(いはひへ)を 斎(いは)ひ掘り据(す)ゑ 竹玉(たかたま)を 繁(しじ)に貫(ぬ)き垂(た)れ 鹿(しし)じもの 膝(膝)折り伏して たわや女(め)の 襲(おすひ)取り懸(か)け かくだにも 我(わ)れは祈(こ)ひなむ 君に逢はじかも

 

 

(訳)高天原の神のみ代から現われて生を継いで来た先祖の神よ。奥山の賢木の枝に、白香(しらか)を付け木綿(ゆう)を取り付けて、斎瓮(いわいべ)をいみ清めて堀り据え、竹玉を緒(お)にいっぱい貫き垂らし、鹿のように膝を折り曲げて神の前にひれ伏し、たおやめである私が襲(おすい)を肩に掛け、こんなにまでして私は懸命にお祈りをしましょう。それなのに、我が君にお逢いできないものなのでしょうか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)しらか【白香】名詞:麻や楮(こうぞ)などの繊維を細かく裂き、さらして白髪のようにして束ねたもの。神事に使った。(学研)

(注)ゆふ【木綿】名詞:こうぞの樹皮をはぎ、その繊維を蒸して水にさらし、細く裂いて糸状にしたもの。神事で、幣帛(へいはく)としてさかきの木などに掛ける。(学研)

(注)いはひべ【斎ひ瓮】名詞:神にささげる酒を入れる神聖な甕(かめ)。土を掘って設置したらしい。(学研)

(注)たかだま【竹玉・竹珠】名詞:細い竹を短く輪切りにして、ひもを通したもの。神事に用いる。(学研)

(注)しじに【繁に】副詞:数多く。ぎっしりと。びっしりと。(学研)

(注)ししじもの【鹿じもの・猪じもの】分類枕詞:鹿(しか)や猪(いのしし)のようにの意から「い這(は)ふ」「膝(ひざ)折り伏す」などにかかる。(学研)

(注)おすひ【襲】名詞:上代上着の一種。長い布を頭からかぶり、全身をおおうように裾(すそ)まで長く垂らしたもの。主に神事の折の、女性の祭服。(学研)

(注)だにも 分類連語:①…だけでも。②…さえも。 ※なりたち副助詞「だに」+係助詞「も」

(注)君に逢はじかも:祖神の中に、亡夫宿奈麻呂を封じ込めた表現(伊藤脚注)

 

 題詞は、「大伴坂上郎女祭神歌一首并短歌」<大伴坂上郎女、神を祭る歌一首并せて短歌>である。 

 

 この歌ならびに短歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1079)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「さかき(サカキ)」である。

 「サカキ」については、「庭木図鑑 植木ペディア」に「サカキの葉の表面は濃緑色で光沢があり、裏面は淡い緑色。水平に広がる枝葉は、神が降臨する依代(よりしろ)とされ、紙垂や木綿を付けた『玉串』を神前に供え、五色の幣帛(へいはく)を付た『真榊』は神前の装飾に使われる。・・・サカキは朝鮮半島や台湾、中国にも分布するが、漢字表記の『榊』は『神』と『木』を合わせた国字(日本製の漢字)。名前の由来には、葉が一年中青く栄えていることから『栄える木』、これが転じてサカキとなったという説や、神の世界と人間界の境に植える木を意味する『境木』からサカキとなったという説がある。現在の漢字表記は『榊』のほか『賢木』」と書かれている。

「さかき(サカキ)」 「庭木図鑑 植木ペディア」より引用させていただきました。

  大伴坂上郎女に関し、中西 進氏は、その著「古代史で楽しむ万葉集」(角川ソフィア文庫)のなかで、「相聞」の伝統をいかした数々の歌はいうに及ばず、「そして一方、大伴の氏神を祭る長歌(巻三、三七九・三八〇)、当時自宅に寄宿していた新羅の尼僧理願(りがん)をいたむ長歌(巻三、四六〇・四六一)、逢坂山を越える行旅の歌(巻六、一〇一七)など、儀礼歌・挽歌・行旅歌をつくる。これまたもうひとつの和歌の伝統を正面から継承したもので、郎女は後期万葉に活躍したみごとな歌人だった。」と書かれている。そして「怨恨(えんこん)」を主題とした長歌(巻四、六一九・六二〇)、親族と宴(うたげ)する歌(巻六、九九五)をあげられ、「要するに和歌の伝統をすべて継承して十二分にその機能の中に遊び、和歌を誇らかに保持したのが郎女であった。」とも書かれている。

 

巻三、四六〇・四六一歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その787)」で紹介している・

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―その1587―

●歌は、「あらたまの寸戸が竹垣編目ゆも妹し見えなば我れ恋ひめやも」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P76)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園入口横(P76)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆璞之 寸戸我竹垣 編目従毛 妹志所見者 吾戀目八方

       (作者未詳 巻十一 二五三〇)

 

≪書き下し≫あらたまの寸戸(きへ)が竹垣(たかがき)網目(あみめ)ゆも妹し見えなば我(あ)れ恋ひめやも

 

(訳)寸戸の竹垣、この垣根のわずかな編み目からでも、あなたの姿をほの見ることさえできたら、私はこんなに恋い焦がれたりなどするものか。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)あらたまの:「寸戸」の枕詞。懸り方未詳。(伊藤脚注)

(注)寸戸:未詳。寸戸の竹垣の編み目からでも。(伊藤脚注)

 

 この歌については、「あらたまの」は地名か枕詞かについてとともに、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1510)」で紹介している。

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 パンフレット「万葉の草花が薫たつ 万葉の森公園」には、浜北ゆかりの万葉歌として、 

 巻二十 四三二二歌、巻十一 二五三〇歌、巻十四 三三五四歌、巻十四 三三五三歌があげられている。

 

 「万葉の森公園」の歌碑やプレートを駆け足で巡って来た。時間の都合もあり、回りきれてない所も多く残っている。機会があれば再訪したいところである。

万葉の森公園入口と説明案内板

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「古代史で楽しむ万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「植物データベース」(熊本大学薬学部 薬草園HP)

★「柳川ブランド推進協議会HP」

★「しまね観光なび] (島根県観光連盟HP)

★「はままつ万葉歌碑・故地マップ」 (制作 浜松市

★「万葉の草花が薫たつ 万葉の森公園」 (制作 浜松市

 

万葉歌碑を訪ねて(その1581,1582,1583)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P70、P71、P72)―万葉集 巻十一 二四六九、巻三 二五九、巻十 一八七九

―その1581―

●歌は、「山ぢさの白露重みうらぶれて心も深く我が恋やまず」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P70)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆山萵苣 白露重 浦經 心深 吾戀不止

      (柿本人麻呂歌集 巻十一 二四六九)

 

≪書き下し≫山ぢさの白露(しらつゆ)重(おも)みうらぶれて

 

 

心も深く我(あ)が恋やまず

 

(訳)山ぢさが白露の重さでうなだれているように、すっかりしょげてしまって、心の底も深々と、私の恋は止むこともない。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)やまぢさ【山萵苣】名詞:えごのき(=植物の名)の別名。一説に、いわたばこ(=野草の名)の別名とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)上二句は序。「うらぶれて」をおこす。

(注)うらぶる:自動詞:わびしく思う。悲しみに沈む。しょんぼりする。 ※「うら」は心の意。(学研)

 

 「ちさ・やまぢさ」を詠んだ歌は、三首収録されている。三首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1081)」で紹介している。

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 「ちさ・やまぢさ」については、「アブラチャン」「エゴノキ」「イワタバコ」「チシャノキ」説がある。この四つの植物については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1558)」で紹介している。

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 「山ぢさ」ならびに「ちさ」の詠まれている箇所をみてみよう。

 

一三六〇歌「・・・山ぢさの花にか君がうつろひぬらむ・・・」

二四六九歌「山ぢさの白露(しらつゆ)重(おも)みうらぶれて・・・」

四一〇六歌「・・・ちさの花 咲ける盛りに・・・春花の 盛りもあらむと 待たしけむ 時の盛りぞ・・・」

 

 一三六〇、二四六九歌は、どちらもうらぶれた感じが強く山野草の「イワタバコ」が似合いそうな気がする。四一〇六歌は、内容的には喩す歌なので、喩される方はうなだれるかもしれないが、今が盛りなのに、どうして、というニュアンスが強い。木々で咲き誇るエゴノキなどがふさわしいような気がする。

 

 

 

―その1582―

●歌は、「いつの間も神さびけるか香具山の桙杉の本に苔生すまでに」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P71)万葉歌碑<プレート>(鴨君足人)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P71)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆何時間毛 神左備祁留鹿 香山之 鉾椙之本尓 薜生左右二

       (鴨君足人 巻三 二五九)

 

≪書き下し≫いつの間(ま)も神(かむ)さびけるか香具山(かぐやま)の桙杉(ほこすぎ)の本(もと)に苔(こけ)生(む)すまでに

 

(訳)いつの間にこうも人気がなく神さびてしまったのか。香具山の尖(とが)った杉の大木の、その根元に苔が生すほどに。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ほこすぎ【矛杉・桙杉】:矛のようにまっすぐ生い立った杉。(広辞苑無料検索)

(注)桙杉(ほこすぎ)の本(もと):矛先の様にとがった、杉の大木のその根元。(伊藤脚注)

 

 二五七から二五九歌の題詞は、「鴨君足人香具山歌一首 幷短歌」<鴨君足人(かものきみたりひと)が香具山(かぐやま)の歌一首 幷(あは)せて短歌>である。

(注)鴨君足人:伝未詳

(注)持統十一年(697年)頃、高市皇子の香具山周辺の荒廃を嘆く歌か。

 

 二五七から二五九歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1466)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「こけ(ヤマコスギコケ)」と書かれている。

 「ヤマコスギコケ」について検索したが、「環境省 日本のレッドデータ検索システム」には、「準絶滅危惧(NT):現時点では絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性のある種」として掲載されていた。

 

 似ている「コスギコケ」については、「緑化だより」(広島県緑化センター №127 平成29年5月号)に掲載されていたので引用させていただきました。


 

 

 

―その1583―

●歌は、「春日野に煙立つ見ゆ娘子らし春野うはぎ摘みて煮らしも」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P72)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P72)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆春日野尓 煙立所見 ▼嬬等四 春野之菟芽子 採而▽良思文

       (作者未詳 巻十 一八七九)

        ※▼は、「女」+「感」、「『女』+『感』+嬬」=「をとめ」

      ※※▽は、「者」の下に「火」である。「煮る」である。

 

≪書き下し≫春日野(かすがの)に煙立つ見(み)ゆ娘子(をとめ)らし春野(はるの)のうはぎ摘(つ)みて煮(に)らしも

 

(訳)春日野に今しも煙が立ち上っている、おとめたちが春の野のよめなを摘んで煮ているらしい。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うはぎ:よめなの古名。

(注)らし 助動詞特殊型:《接続》活用語の終止形に付く。ただし、ラ変型活用の語には連体形に付く。①〔推定〕…らしい。きっと…しているだろう。…にちがいない。▽現在の事態について、根拠に基づいて推定する。②〔原因・理由の推定〕(…であるのは)…であるかららしい。(…しているのは)きっと…というわけだろう。(…ということで)…らしい。▽明らかな事態を表す語に付いて、その原因・理由となる事柄を推定する。 ⇒語法:(1)連体形と已然形の「らし」(2)上代の連体形「らしき」 上代の連体形には「らしき」があったが、係助詞「か」「こそ」の結びのみで、しかも用例は少ない。係助詞「こそ」の結びの場合、上代では、形容詞型活用の語の結びはすべて連体形であるので、これも連体形とされる。(3)「らむ」との違い⇒らむ(4)主として上代に用いられ、中古には和歌に見られるだけである。(5)ラ変型活用の語の連体形に付く場合、活用語尾の「る」が省略されて、「あらし」「けらし」「ならし」などの形になる傾向が強い。 ⇒注意:「らし」が用いられるときには、常に、推定の根拠が示されるので、その根拠を的確にとらえることである。(学研)

 

 この歌については、春日野周辺に関する話とともにブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1029)」で紹介している。

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歌碑(プレート)の植物名は、「うはぎ(ヨメナ)」と書かれている。

ヨメナ」については、「植物データベース」(熊本大学薬学部 薬草園HP)に、「多年草、草丈30~100 cm。根茎は長く匍匐する。茎は上部で分枝し、やや帯紫緑色で平滑、葉は互生。・・・」と書かれ、「薬効と用途」として、「解熱、解毒、止血薬として吐血、鼻血、黄疸、水腫、咽喉痛、痔などに用いる。葉は山菜として食用。ヨメナご飯が美味。」と書かれている。

 

「うはぎ(ヨメナ)」 「植物データベース」(熊本大学薬学部 薬草園HP)より引用させていただきました。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「広辞苑無料検索」

★「環境省 日本のレッドデータ検索システム」

★「緑化だより」(広島県緑化センター №127 平成29年5月号)

★「はままつ万葉歌碑・故地マップ」 (制作 浜松市

 

万葉歌碑を訪ねて(その1578,1579,1580)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P67、P68、P69)―万葉集 巻七 一三一一、巻四 五二四、巻一 一三五

―その1578―

●歌は、「橡の衣は人皆事なしと言ひし時より着欲しく思ほゆ」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P67)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P67)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆橡 衣人皆 事無跡 日師時従 欲服所念

       (作者未詳 巻七 一三一一)

 

≪書き下し≫橡(つるはみ)の衣(きぬ)は人(ひと)皆(みな)事なしと言ひし時より着欲(きほ)しく思ほゆ

 

(訳)橡染(つるばみぞ)めの着物は、世間の人の誰にも無難に着こなせるというのを聞いてからというもの、ぜひ着てみたいと思っている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)橡(つるはみ)の衣(きぬ):くぬぎ染の衣。身分の低い人が着る。賤しい女の譬え。(伊藤脚注)

(注の注)つるばみ【橡】名詞:①くぬぎの実。「どんぐり」の古名。②染め色の一つ。①のかさを煮た汁で染めた、濃いねずみ色。上代には身分の低い者の衣服の色として、中古には四位以上の「袍(はう)」の色や喪服の色として用いた。 ※古くは「つるはみ」。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)ことなし【事無し】形容詞:①平穏無事である。何事もない。②心配なことがない。③取り立ててすることがない。たいした用事もない。④たやすい。容易だ。⑤非難すべき点がない。欠点がない。(学研) ここでは④の意 ➡「男女間のわずらわしさがないと」(伊藤脚注)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1084)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「つるはみ(クヌギ)」と書かれている。

 「クヌギ」については、「庭木図鑑 植木ペディア」には、「青森県を除く本州、四国、九州及び沖縄に自生するブナ科の落葉高木。・・・本種の果実(ドングリ)は縄文時代から食用され、『国の木』が語源とされるほど日本人には馴染みが深く、古事記万葉集にもその名が登場する。漢字表記は椢、橡、椚、椡、栩、櫪、櫟、檞など多数。・・・クヌギの語源は他にも、果実を食用にしたことによる『食乃木(クノギ)』、葉や実がクリに似ることから『栗似木(クリニギ)』がある。」と書かれている。


 「つるはみ」といえば、家持が部下の浮気を喩にあたり、古女房を「橡」に浮気相手の佐夫流子を「紅」に喩えた歌が思い出される。重複するところがありますが、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その834)」で紹介しています。

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―その1579―

●歌は、「むし衾なごやが下に伏せれども妹とし寝ねば肌し寒しも」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P68)万葉歌碑<プレート>(藤原麻呂



●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P68)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆蒸被 奈胡也我下丹 雖臥 与妹下宿者 肌之寒霜

      (藤原麻呂 巻四 五二四)

 

≪書き下し≫むし衾なごやが下に伏せれども妹とし寝ねば肌し寒しも

 

(訳)むしで作ったふかふかと暖かい夜着にくるまって横になっているけれども、あなたと一緒に寝ているわけではないから、肌寒くて仕方がない。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)むし【苧/枲/苧麻】:イラクサ科の多年草。原野にみられ、高さ1~2メートル。茎は木質。葉は広卵形で先がとがり、裏面が白い。夏、淡緑色の小花を穂状につける。茎から繊維をとって織物にする。真麻(まお)。ちょま。(コトバンク 小学館 デジタル大辞泉

(補注)「むし」は「虫」すなわち「蚕」のことで、それから作った絹の夜具という説もある。

(注)ふすま【衾・被】名詞:寝るときに身体にかける夜具。かけ布団・かいまきなど。(学研)

(注)なごや【和や】名詞:やわらかいこと。和やかな状態。※「や」は接尾語。

 

 五二二から五二四歌までの歌群の題詞は、「京職藤原大夫贈大伴郎女歌三首 卿諱日麻呂也」<京職(きやうしき)藤原大夫が大伴郎女(おほとものいらつめ)に贈る歌三首 卿、諱を麻呂といふ>である。

(注)藤原大夫:藤原不比等の第四子

(注)諱【いみな】:① 生前の実名。生前には口にすることをはばかった。② 人の死後にその人を尊んで贈る称号。諡(おくりな)。③ 《①の意を誤って》実名の敬称。貴人の名から1字もらうときなどにいう。

 

 五二二から五二四歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その345)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「ふすま(カラムシ)」と書かれている。

「カラムシ」については、「庭木図鑑 植木ペディア」に「本州、四国及び九州に分布するイラクサ科カラムシ属の多年草。暖地の林縁や道端、川岸、田畑の土手などで普通に見られる大型の草本。伐採後の荒れ地などにもしばしば群生する。カラムシの原産地には諸説あるが、茎の皮から織物の材料を採取するため古い時代に中国から渡来し、栽培されていたものが野生化したとする説が根強い。葉や茎をちぎると和紙のように丈夫で長い繊維を生じる。」と書かれている。

 

「ふすま(カラムシ)」 「庭木図鑑 植木ペディア」より引用させていただきました。

 

 

―その1580―

●歌は、「・・深海松の深めて思へどさ寝し夜は幾時もあらず延ふ蔦の別れし来れば・・・」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P69)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P69)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆角障經 石見之海乃 言佐敝久 辛乃埼有 伊久里尓曽 深海松生流 荒礒尓曽 玉藻者生流 玉藻成 靡寐之兒乎 深海松乃 深目手思騰 左宿夜者 幾毛不有 延都多乃 別之来者 肝向 心乎痛 念乍 顧為騰 大舟之 渡乃山之 黄葉乃 散之乱尓 妹袖 清尓毛不見 嬬隠有 屋上乃 <一云 室上山> 山乃 自雲間 渡相月乃 雖惜 隠比来者 天傳 入日刺奴礼 大夫跡 念有吾毛 敷妙乃 衣袖者 通而沾奴

      (柿本人麻呂 巻二 一三五)

 

≪書き下し≫つのさはふ 石見の海の 言(こと)さへく 唐(から)の崎なる 海石(いくり)にぞ 深海松(ふかみる)生(お)ふる 荒礒(ありそ)にぞ 玉藻は生ふる 玉藻なす 靡(なび)き寝し子を 深海松の 深めて思へど さ寝(ね)し夜(よ)は 幾時(いくだ)もあらず 延(は)ふ蔦(つた)の 別れし来れば 肝(きも)向(むか)ふ 心を痛み 思ひつつ かへり見すれど 大船(おほぶね)の 渡(わたり)の山の 黄葉(もみちば)の 散りの乱(まが)ひに 妹が袖 さやにも見えず 妻ごもる 屋上(やかみ)の<一には「室上山」といふ> 山の 雲間(くもま)より 渡らふ月の 惜しけども 隠(かく)らひ来れば 天伝(あまづた)ふ 入日(いりひ)さしぬれ ますらをと 思へる我(わ)れも 敷栲(しきたへ)の 衣の袖は 通りて濡(ぬ)れぬ

 

(訳)石見の海の唐の崎にある暗礁にも深海松(ふかみる)は生い茂っている、荒磯にも玉藻は生い茂っている。その玉藻のように私に寄り添い寝たいとしい子を、その深海松のように深く深く思うけれど、共寝した夜はいくらもなく、這(は)う蔦の別るように別れて来たので、心痛さに堪えられず、ますます悲しい思いにふけりながら振り返って見るけど、渡(わたり)の山のもみじ葉が散り乱れて妻の振る袖もはっきりとは見えず、そして屋上(やかみ)の山<室上山>の雲間を渡る月が名残惜しくも姿を隠して行くように、ついにあの子の姿が見えなくなったその折しも、寂しく入日が射して来たので、ひとかどの男子だと思っている私も、衣の袖、あの子との思い出のこもるこの袖は涙ですっかり濡れ通ってしまった。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)つのさはふ 分類枕詞:「いは(岩・石)」「石見(いはみ)」「磐余(いはれ)」などにかかる。語義・かかる理由未詳。(学研)

(注)ことさへく【言さへく】分類枕詞:外国人の言葉が通じにくく、ただやかましいだけであることから、「韓(から)」「百済(くだら)」にかかる。 ※「さへく」は騒がしくしゃべる意。(学研)

(注)唐の崎:江津市大鼻崎あたりか。

(注)いくり【海石】名詞:海中の岩石。暗礁。(学研)

(注)ふかみる【深海松】名詞:海底深く生えている海松(みる)(=海藻の一種)(学研)

(注)ふかみるの【深海松の】分類枕詞:同音の繰り返しで、「深む」「見る」にかかる。(学研)

(注)たまもなす【玉藻なす】分類枕詞:美しい海藻のようにの意から、「浮かぶ」「なびく」「寄る」などにかかる。(学研)

(注)さね【さ寝】名詞:寝ること。特に、男女が共寝をすること。 ※「さ」は接頭語。(学研)

(注)はふつたの【這ふ蔦の】分類枕詞:蔦のつるが、いくつもの筋に分かれてはいのびていくことから「別る」「おのが向き向き」などにかかる。(学研)

(注)きもむかふ【肝向かふ】分類枕詞:肝臓は心臓と向き合っていると考えられたことから「心」にかかる。(学研)

(注)おほぶねの【大船の】分類枕詞:①大船が海上で揺れるようすから「たゆたふ」「ゆくらゆくら」「たゆ」にかかる。②大船を頼りにするところから「たのむ」「思ひたのむ」にかかる。③大船がとまるところから「津」「渡り」に、また、船の「かぢとり」に音が似るところから地名「香取(かとり)」にかかる。(学研)

(注)渡の山:所在未詳

 

(注)つまごもる【夫隠る/妻隠る】[枕]:① 地名「小佐保(をさほ)」にかかる。かかり方未詳。② つまが物忌みのときにこもる屋の意から、「屋(や)」と同音をもつ地名「屋上の山」「矢野の神山」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)屋上の山:別名 浅利富士、室神山、高仙。標高246m(江津の萬葉ゆかりの地MAP)

(注)わたらふ【渡らふ】分類連語:渡って行く。移って行く。 ⇒なりたち 動詞「わたる」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」(学研)

(注)かくらふ【隠らふ】分類連語:繰り返し隠れる。 ※上代語。 ⇒なりたち 動詞「かくる」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」(学研)

(注)あまづたふ【天伝ふ】分類枕詞:空を伝い行く太陽の意から、「日」「入り日」などにかかる。(学研)

 

 一三一から一三九歌の歌群は「石見相聞歌」と言われている。一三一から一三四歌の歌群と一三五から一三七歌が、題詞、「柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首 幷短歌」<柿本朝臣人麻呂、石見(いはみ)の国より妻に別れて上り来(く)る時の歌二首 幷(あは)せて短歌>の歌群であり、題詞、「或本歌一首 幷短歌」<或本の歌一首 幷(あは)せて短歌>の一三八、一三九歌の歌群からなっている。

 

 歌碑(プレート)の植物名は、「つた(ツタ)」と書かれている。「ツタ」いついては、「庭木図鑑 植木ペディア」には、「北海道南部~九州に分布するブドウ科ツタ属のツル性植物。各地の山林に自生するが秋の紅葉が美しい。・・・ツタという名の語源には諸説あるが、『伝う』が有力とされ、木の幹や岩壁を伝って育つことによる。漢名は『常春藤』で、中国や朝鮮半島にも分布しており、有史以前に日本へ帰化したものと考えられている。」と書かれている。

 

「ツタ」 「庭木図鑑 植木ペディア」より引用させていただきました。

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1258)」で紹介している。

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 一三五歌には「・・・深海松(ふかみる)生(お)ふる 荒礒(ありそ)に・・・」と詠われているが、「海松(みる)」をみてみよう。

 「海松(みる)」は、「食の万葉集」 廣野 卓 著(中公新書)に、「諸国風土記の産物の条には、『海藻・海松多し』という記述が多く・・・ワカメとミルが当時の代表的な海藻であったことをものがたる。『養老賦役令』の諸国貢納品にも記されているので、万葉時代の一般的な食材で、吸い物の具などにされた。」と書かれている。

 

 

「みる」 「海藻海草標本図鑑」(制作:千葉大学海洋バイオシステム研究センター 銚子実験場 HP)より引用させていただきました。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「食の万葉集」 廣野 卓 著 (中公新書

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 小学館 デジタル大辞泉

★「庭木図鑑 植木ペディア」

★「海藻海草標本図鑑」(制作:千葉大学海洋バイオシステム研究センター 銚子実験場 HP)

★「「はままつ万葉歌碑・故地マップ」 (制作 浜松市

万葉歌碑を訪ねて(その1575,1576,1577)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P64、P65、P66)―万葉集 巻十六 三八五五、巻二十 四三五二、巻七 一一三三

―その1575―

●歌は、「ざう莢に延ひおほとれる屎葛絶ゆることなく宮仕へせむ」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P64)万葉歌碑<プレート>(高宮王)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P64)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「高宮王詠數首物歌二首」<高宮王(たかみやのおほきみ)、数種の物を詠む歌二首>である。

 

◆           ▼莢尓 延於保登礼流 屎葛 絶事無 宮将為

         (高宮王 巻十六 三八五五)

   ▼は「草かんむりに『皂』である。「▼+莢」で「ざうけふ」と読む。

 

≪書き下し≫ざう莢(けふ)に延(は)ひおほとれる屎葛(くそかづら)絶ゆることなく宮仕(みやつか)へせむ

 

(訳)さいかちの木にいたずらに延いまつわるへくそかずら、そのかずらさながらの、こんなつまらぬ身ながらも、絶えることなくいついつまでも宮仕えしたいもの。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)おほとる 自動詞:乱れ広がる。(学研)

(注)上三句は序。「絶ゆることなく」を起こす。自らを「へくそかずら」に喩えている。

(注)ざう莢(けふ)>さいかち【皂莢】:マメ科の落葉高木。山野や河原に自生。幹や枝に小枝の変形したとげがある。葉は長楕円形の小葉からなる羽状複葉。夏に淡黄緑色の小花を穂状につけ、ややねじれた豆果を結ぶ。栽培され、豆果を石鹸(せっけん)の代用に、若葉を食用に、とげ・さやは漢方薬にする。名は古名の西海子(さいかいし)からという。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 この歌ならびに三八五六歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1100)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「かはらふぢ(サイカチ)」と書かれている。カワラフジはサイカチの別名である。

「サイカチ」の刺 「weblio辞書 植物図鑑」より引用させていただきました。

 

 三八五五歌に「ざう莢」と「屎葛(くそかづら)」が詠まれているが、これまでも幾度となく紹介してきたが、サイカチの刺の写真を見て、棘といい、「屎葛(くそかづら)」の臭いといい、どちらかといえば敬遠されるという共通点があることがわかった。辞書の説明では「とげがある」となっているが、その時はさほど関心を払わなかった。しかし、棘がこんなに幅を利かしているとは。百聞は一見にしかずである。

 万葉びとの植物観察力のすごさに何度も驚かされてきたが、辞書の文言をさらっと読み飛ばしていた自分が恥ずかしくなった。万葉集に謝ります。

 

 

 

―その1576―

●歌は、「道の辺の茨のうれに延ほ豆のからまる君をはかれか行かむ」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P65)万葉歌碑<プレート>(丈部鳥)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P65)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆美知乃倍乃 宇万良能宇礼尓 波保麻米乃 可良麻流伎美乎 波可礼加由加牟

      (丈部鳥 巻二十 四三五二)

 

≪書き下し≫道の辺(へ)の茨(うまら)のうれに延(は)ほ豆(まめ)のからまる君をはかれか行かむ

 

(訳)道端の茨(いばら)の枝先まで延(は)う豆蔓(まめつる)のように、からまりつく君、そんな君を残して別れて行かねばならないのか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)うまら【茨・荊】名詞:「いばら」に同じ。※上代の東国方言。「うばら」の変化した語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)うれ【末】名詞:草木の枝や葉の先端。「うら」とも。(学研)

(注)「延(は)ほ」:「延(は)ふ」の東国形。(伊藤脚注)

(注)君をはかれ行かむ。:「君」は作者が仕えたお屋敷の若様か。(伊藤脚注)

左注は、「右一首天羽郡上丁丈部鳥」<右の一首は天羽(あまは)の郡(こほり)上丁(じやうちゃう)丈部鳥(はせつかべのとり)

(注)天羽郡:千葉県富津市南部一帯(伊藤脚注)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1098)」で紹介している。

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 まとわりついて離れようとしない妻と別れる歌という解釈が多いが、「君」という言葉に注目して考えてみよう。

weblio辞書 デジタル大辞泉」によると、「二人称の人代名詞」で、「①多く男が同等または目下の相手に対していう語。」、②「上代では多く女が男に対して、中古以後はその区別なく、敬愛の意をこめて相手をいう語。あなた。」と書かれている。

 万葉集にあっては、男から女に対しては、「妹」「子」が一般的であり、同様に女から男へは、「君」「背」が多い。

 防人の歌では、妻は、気丈にふるまうか、影でそっと涙する歌が多い。

 これらを考えあわせると、伊藤氏が脚注で書かれているように「『君』は作者が仕えたお屋敷の若様か。」が歌の雰囲気からしてもふさわしいと思う。

 

 歌碑(プレート)の植物名は、「うまら(ノイバラ)」と書かれている。

 「庭木図鑑 植木ペディア」には、「沖縄を除く日本全国の野原や空き地に見られる野生のバラで、『ノバラ』として親しまれるものの代表種。日本のほか朝鮮半島及び中国にも分布する。ちなみに『イバラ』は棘のある植物全般を示す総称であり、本種に限らない。」と書かれている。

 

「うまら(ノイバラ)」 「庭木図鑑 植木ペディア」より引用させていただきました。

 

 

 

―その1577―

●歌は、「すめろきの神の宮人ところづらいやとこしくに我れかへり見む」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P66)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P66)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆皇祖神之 神宮人 冬薯蕷葛 弥常敷尓 吾反将見

       (作者未詳 巻七 一一三三)

 

≪書き下し≫すめろきの神の宮人(みやひと)ところづらいやとこしくに我(わ)れかへり見む

 

(訳)代々の大君に仕えてきた大宮人たち、その大宮人たちと同じように、われらもいついつまでもやってきて、この吉野を見よう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ところずら〔‐づら〕【野老葛】[枕]① 同音の繰り返しで「常(とこ)しく」にかかる。② 芋を掘るとき、つるをたどるところから、「尋(と)め行く」にかかる。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)とこし【常し】形容詞:いつまでも変わらない。(学研)

 

この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1088)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「ところづた(トコロ)」と書かれている。その横には「トコロ(野老)」の説明を書いたプレートが建てられている。

 「weblio辞書 デジタル大辞泉」には、「ところ【野老】:ヤマノイモ科の蔓性(つるせい)の多年草。原野に自生。葉は心臓形で先がとがり、互生する。雌雄異株。夏、淡緑色の小花を穂状につける。根茎にひげ根が多く、これを老人のひげにたとえて野老(やろう)とよび、正月の飾りに用い長寿を祝う。根茎をあく抜きして食用にすることもある。おにどころ。」と書かれている。

 

「トコロ」 「weblio辞書 デジタル大辞泉」より引用させていただきました。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 植物図鑑」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「庭木図鑑 植木ペディア」

万葉歌碑を訪ねて(その1572,1573,1574)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P61、P62、P63)―万葉集 巻一 一〇二、巻七 一一一八、巻七 一三五九

―その1572―

●歌は、「玉葛花のみ咲きてならずあるは誰が恋にあらめ我は恋ひ思ふを」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P61)万葉歌碑<プレート>(巨勢郎女)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P61)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

 題詞は、「巨勢郎女報贈歌一首  即近江朝大納言巨勢人卿之女也」<巨勢郎女、報(こた)へ贈る歌一首  すなはち近江の朝の大納言巨勢人(こせのひと)卿が女(むすめ)なり>である。

 

◆玉葛 花耳開而 不成有者 誰戀尓有目 吾孤悲念乎

      (巨勢郎女 巻一 一〇二)

 

≪書き下し≫玉葛花のみ咲きてならずあるは誰が恋にあらめ我(あ)は恋ひ思(も)ふを

 

(訳)玉葛で花だけ咲いて実がならない、そんな実のない恋はどこのどなたさんのものなんでしょう。私の方はひたすら恋い慕うておりますのに。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)たまかづら【玉葛・玉蔓】名詞:つたなど、つる草の美称。 ※「たま」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典) 実のならない雄木を匂わしている。

(注の注)たまかづら【玉葛・玉蔓】分類枕詞:つる草のつるが、切れずに長く延びることから、「遠長く」「絶えず」「絶ゆ」に、また、つる草の花・実から、「花」「実」などにかかる。(学研)

(注の注の注)たまかづら:さな葛。「実」の枕詞。雌木は実をつけ、雄木は花だけが咲く。(伊藤脚注)

(注)玉葛花のみ咲きて:実のならぬ雄木を匂わす。(伊藤脚注)

(注)ならず:誠意のないことの譬え。(伊藤脚注)

 

 この歌については、大伴安麻呂の歌とともにブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1101)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「たまかづら(サルナシ)」と書かれている。

 「サルナシ」については、「庭木図鑑 植木ペディア」に「北海道~九州の各地に分布するマタタビ科のツル性木本。低山の林内や林縁に自生し、他の木や岩に絡んで生い茂るように育つ。・・・サルナシの開花は5~7月で、葉の脇に白い五弁花が垂れ下がるように咲く。雌雄異株で、雄株に咲く雄花は黒紫色の葯が目立ち、2~3輪ずつ咲く。雌株には雌花あるいは両性花が1~3輪ずつ咲き、イソギンチャクのようになった複数の白い花柱が目立つ。」と書かれている。

 

「サネカヅラ(サナカヅラ)」については、「庭木図鑑 植木ペディア」に「関東以西の本州、四国、九州及び沖縄に分布する常緑性のつる性植物。秋にできる赤い果実を観賞あるいは実用するため古くから庭木として親しまれ、万葉集小倉百人一首にもその名が登場する。・・・サネカズラの開花は8~9月。・・・雌雄異株(稀に同株)で、雄株に咲く雄花には球状の赤い雄しべが多数ある。雌株に咲く雌花は黄緑色の雌しべが球状に集まり、子房も球状になる。・・・数少ない常緑性のツルであるため、フェンスや庭園に用いる。別名はビナンカズラなど。」と書かれている・

 

 いずれも「雌雄異株」であり、万葉びとは、草木の特性をよく観察し、巧みに歌に詠み込んでいることにはいつも驚かされる。



 

 

―その1573―

●歌は、「いにしへにありけむ人も我がごとか三輪の桧原にかざし折りけむ」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P62)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P62)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆古尓 有險人母 如吾等架 弥和乃檜原尓 挿頭折兼

      (柿本人麻呂歌集 巻七 一一一八)

 

≪書き下し≫いにしへにありけむ人も我がごとか三輪の檜原にかざし折けむ

 

(訳)遠く過ぎ去った時代にここを訪れた人も、われわれのように、三輪の檜原(ひはら)で檜の枝葉を手折って挿頭(かざし)にさしたことであろうか。(伊藤 博著「万葉集 二」角川ソフィア文庫より)

(注)いにしへ【古へ・古】名詞:①遠い昔。▽経験したことのない遠い過去。②以前。▽経験したことのある近い過去。③昔の人。過去のこと。 ⇒参考 「いにしへ」と「むかし」の違い 「いにしへ」は遠い昔・以前(=近い過去)のように時間の経過を意識しているが、類義語の「むかし」は、漠然とした過去(=ずっと以前・かつて)を表している。(学研)

(注)かざし折けむ:生命力を身につけるため、檜の枝を髪にさしたであろうか。

(注の注)かざし【挿頭】名詞:花やその枝、のちには造花を、頭髪や冠などに挿すこと。また、その挿したもの。髪飾り。(学研)

 

万葉集には、「檜原」が詠まれたのは六首、「檜乃嬬手」「檜山」「檜橋」の形で三首が収録されている。この歌ならびにこれらについてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1124)」で紹介している。

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―その1574―

●歌は、「向つ峰の若桂の木下枝取り花待つい間に嘆きつるかも」である。

 

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P63)にある。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P63)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌をみていこう。

 

◆向岳之 若楓木 下枝取 花待伊間尓 嘆鶴鴨

      (作者未詳 巻七 一三五九)

 

≪書き下し≫向つ峰(むかつを)の若楓(わかかつら)の木下枝(しづえ)とり花待つい間に嘆きつるかも 

 

(訳)向かいの高みの若桂の木、その下枝を払って花の咲くのを待っている間にも、待ち遠しさに思わず溜息がでてしまう。(同上)

(注)むかつを【向かつ峰・向かつ丘】名詞:向かいの丘・山。 ※「つ」は「の」の意の上代の格助詞。上代語。(学研)

(注)上二句(向岳之 若楓木)は、少女の譬え(伊藤脚注)

(注)下枝(しづえ)とり:下枝を払う。何かと世話をする意。(伊藤脚注)

(注)花待つい間:成長するのを待つ間にも。(伊藤脚注)

 

 「かつら【桂】」については、「weblio辞書 デジタル大辞泉」に、「⓵カツラ科の落葉高木。山地に自生。葉は広卵形で裏面が白い。雌雄異株。5月ごろ、紅色の雄花、淡紅色の雌花をつけ、花びらはない。材を建築・家具や碁盤・将棋盤などに用いる。おかつら。かもかつら。②中国の伝説で、月の世界にあるという木。」と書かれている。


 万葉集には、桂を詠んだ歌は三首収録されている。実際の桂を詠ったのは、一三五九歌である。他の二首は想像上の月の桂を詠っているのである。また、月にある桂の木で作った楫で月の舟を漕ぐ若者を詠った歌もある。

 これらの歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1089)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「庭木図鑑 植木ペディア」

 

万葉歌碑を訪ねて(その1569,1570,1571)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P58、P59、P60)―万葉集 巻三 二七七.巻十 一九五三、巻十 二一八八

―その1569―

●歌は、「早来ても見てましものを山背の多賀の槻群散りにけるかも」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P58)万葉歌碑<プレート>(高市黒人

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P58)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆速来而母 見手益物乎 山背 高槻村 散去毛奚留鴨

     (高市黒人 巻三 二七七)

 

≪書き下し≫早(はや)来ても見てましものを山背(やましろ)の多賀の槻群(たかのつきむら)散にけるかも

 

(訳)もっと早くやって来て見たらよかったのに。山背の多賀のもみじした欅(けやき)、この欅林(けやきばやし)は、もうすっかり散ってしまっている。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)山背の多賀:京都府綴喜郡井手町多賀

 

この歌は、題詞「高市連黒人覊旅歌八首」の内の一首である。八首すべては、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(250)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「つき(ケヤキ)」と書かれている。

ケヤキ」については、「庭木図鑑 植木ペディア」に、「北海道西南部、本州、四国及び九州の山地や丘陵に自生するニレ科の落葉高木。新緑、紅葉のみならず箒状の樹形があらわになる冬季の佇まいも美しく、街路樹や屋敷の防風林として使われる。日本を代表する巨木の一つ・・・古代においては、強い木を意味する槻(ツキ)あるいは槻木(ツキノキ)と呼ばれていたが、16世紀頃から欅(ケヤキ)と表記されるようになった。ケヤキは『けやけき木』で、他の木より一際目立って樹形が端整であることや、木目が美しいことを意味する。」と書かれている。

 確かに、街路樹で剪定されうなだれている大きめの葉の「ケヤキ」を見かける。これも愛嬌のうちである。

 


 歌に詠われている「山背の多賀」は、今の京都府綴喜郡井手町多賀である。井手町といえば、橘諸兄が頭に浮かぶ。井手町には、橘諸兄の公旧址やゆかりの六角井戸、建てたといわれる井提寺跡などがある。

 井手の地も万葉の香りが漂う一角である。

 

 六角井戸の万葉歌碑については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その190)」で、井提寺跡の歌碑については。「同(その191)」で紹介している。

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―その1570―

●歌は、「五月山卯の花月夜ほととぎす聞けども飽かずまた鳴かぬかも」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P59)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P59)にある。

 

●歌をみていこう。

 

五月山 宇能花月夜 霍公鳥 雖聞不飽 又鳴鴨

      (作者未詳 巻十 一九五三)

 

≪書き下し≫五月山(さつきやま)卯(う)の花月夜(づくよ)ほととぎす聞けども飽かずまた鳴くぬかも

 

(訳)五月の山に卯の花が咲いている月の美しい夜、こんな夜の時鳥は、いくら聞いても聞き飽きることがない。もう一度鳴いてくれないものか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その528)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「うのはな(ウツギ)」となっている。

「ウツギ」は、「庭木図鑑 植木ペディア」によると、「北海道南部から九州まで日本各地に見られるアジサイ科の落葉低木。日当たりのよい野原や山林の縁、土手などで普通に見られ、初夏を代表する花として万葉の古くから親しまれる。花に着目し『ウノハナ(ウツギの花の略)』と呼ばれることも多い。・・・幹や枝の中心に『髄』がなく、空洞になっていることから『空木(うつろぎ)』が転じてウツギと呼ばれるようになった。」と書かれている。



 

―その1571―

●歌は、「黄葉のにほひは繁ししかれども妻梨の木を手折りかざざむ」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P60)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P60)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆黄葉之 丹穂日者繁 然鞆 妻梨木乎 手折可佐寒

              (作者未詳    巻十 二一八八)

 

≪書き下し≫黄葉(もみぢば)のにほひは繁(しげ)ししかれども妻(つま)梨(なし)の木を手折(たを)りかざさむ

 

(訳)あの山のもみじの色づきはとりどりだ。しかし、妻なしの私は梨の木を手折って挿頭(かざし)にしよう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)にほひ【匂ひ】名詞:①(美しい)色あい。色つや。②(輝くような)美しさ。つややかな美しさ。③魅力。気品。④(よい)香り。におい。⑤栄華。威光。⑥(句に漂う)気分。余情。(俳諧用語)(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

(注)かざし【挿頭】名詞:花やその枝、のちには造花を、頭髪や冠などに挿すこと。また、その挿したもの。髪飾り。(学研)

(注)つまなし【妻梨】名詞:植物の梨(なし)の別名。「妻無し」に言いかけた語。(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1138)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は「なし(ヤマナシ)と書かれている。

 「ヤマナシ」については、「庭木図鑑 植木ペディア」に「本州、四国及び九州を原産地とするバラ科の落葉広葉樹。民家の近くに多く、山間に群生が見られないことから、古い時代に中国から渡ったものが野生化したとする説もある。日本のほか中国の中南部や韓国にも見られる。・・・日本書紀にも登場するほど日本人との関係は深く、我々が口にする『二十世紀』、『香水』、『長十郎』といった和ナシの原種かつ台木となる。」と書かれている。

 

ヤマナシ」 「庭木図鑑 植木ペディア」より引用させていただきました。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「庭木図鑑 植木ペディア」

★「はままつ万葉歌碑・故地マップ」 (制作 浜松市

万葉歌碑を訪ねて(その1566,1567,1568)―静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P55、P56、P57)―万葉集 巻五 七九四歌前文、巻六 一〇四八、巻三 三八六)

―その1566―

●七九八歌の前文は、「・・・蘭室には屏風いたづらに張り断腸の哀しびいよよ痛し枕頭には明鏡空しく懸けり染筠の涙いよよ落つ・・・」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P55)万葉歌碑<プレート>(山上憶良

●前文のプレートは、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P55)にある。

 

 七九四歌(日本挽歌)ならびに反歌(七九五~七九九歌)の歌群は、山上憶良が、神亀(じんき)五年(726年)七月二十一日(大伴旅人の妻が亡くなった百日ばかり後。追善供養のあった日か)に、大伴旅人に贈った漢詩文の前文である。

 

前文ならびに七九四歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その910)」で紹介している。

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七九五歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その911)」で、

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 七九六歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その912)」で、

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七九七歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その913)」で、

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七九八歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その914)」で、

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799歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その915)」で、それぞれ紹介している。

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●前文をみてみよう。

 

◆(前文ならびに漢詩)「盖聞 四生起滅方夢皆空 三界漂流喩環不息 所以維摩大士在于方丈 有懐染疾之患 釋迦能仁坐於雙林 無免泥洹之苦 故知 二聖至極不能拂力負之尋至 三千世界誰能逃黒闇之捜来二鼠競走而度目之鳥旦飛 四蛇争侵而過隙之駒夕走 嗟乎痛哉 紅顏共三従長逝 素質与四徳永滅 何圖 偕老違於要期獨飛生於半路 蘭室屏風徒張 断腸之哀弥痛 枕頭明鏡空懸 染筠之涙逾落 泉門一掩、無由再見 嗚呼哀哉

 

愛河波浪已先滅

苦海煩悩亦無結

従来厭離此穢土

本願託生彼浄刹」

       (山上憶良 巻五 七九四歌前文) 

 

 ≪漢文の前文の書き下し≫けだし聞く、四生(ししやう)の起滅(きめつ)は夢(いめ)のみな空(むな)しきがごとく、三界(さんがい)の漂流(へうる)は環(わ)の息(とど)まらぬがごとし。このゆゑに、維摩大士(ゆいまだいじ)も方丈(はうじやう)に在(あ)りて染疾(ぜんしつ)の患(うれへ)を懐(むだ)くことあり、釈迦(しゃか)能仁(のうにん)は、双林(さうりん)に坐(ざ)して泥洹(ないをん)の苦しびを免(まぬか)れたまふことなし、と。故(そゑ)に知りぬ、二聖(にしやう)の至極(しごく)すらに力負(りきふ)の尋(たづ)ね至ることを払(はら)ふことあたはず、三千世界に誰(た)れかよく黒闇(こくあん)の捜(たづ)ね来(きた)ることを逃(のが)れむ、といふことを。二鼠(にそ)競(きほ)ひ走りて、度目(ともく)の鳥旦(あした)に飛ぶ、四蛇(しだ)争(いそ)ひ侵(をか)して、過隙(くわげき)の駒夕(ゆふへ)に走る。ああ痛きかも。紅顏(こうがん)は三従(さんじう)とともに長逝(ちやうせい)す、素質(そしつ)は四徳(しとく)とともに永滅(えいめつ)す。何ぞ図(はか)りきや、偕老(かいらう)は要期(えうご)に違(たが)ひ、独飛(どくひ)して半路(はんろ)に生(い)かむとは。蘭室(らんしつ)には屏風(へいふう)いたづらに張り、断腸(だんちゆう)の哀(かな)しびいよよ痛し、枕頭(しんとう)には明鏡(めいきゃう)空(むな)しく懸(か)かり、染筠 (ぜんゐん)の涙(なみた)いよよ落つ。泉門(せんもん)ひとたび掩(と)ざされて、また見るに由(よし)なし。ああ哀(かな)しきかも。

 

漢詩の書き下し≫

愛河(あいが)の波浪はすでにして滅ぶ、

苦海(くがい)の煩悩(ぼんなう)もまた結ぼほることなし。

従来(もとより)この穢土(ゑど)を厭離(えんり)す、

本願(ほんぐわん)生(しやう)をその浄刹(じやうせつ)に託(よ)せむ。

 

(注)四生(ししょう)〘仏〙: 迷いの世界の生物をその生まれ方によって分けたもの。胎生・卵生・湿生・化生(けしよう)の四種。(コトバンク 三省堂大辞林 第三版)

(注)三界(さんがい)〘仏〙: 心をもつものの存在する欲界・色界・無色界の三つの世界。仏以外の全世界。(三省堂

(注)維摩(読み)ゆいま:大乗仏教経典の一つである『維摩経』の主人公の名。維摩詰 (きつ) ともいう。大乗仏教の空思想の立場に立って部派仏教の修行者を批判する在家仏教者の理想像として描かれている。(コトバンク ブリタニカ国際大百科事典)

(注)方丈(読み)ほうじょう:1丈 (約 3m) 四方の部屋の意で,禅宗寺院の住持や長老の居室をさす。『維摩経』に,維摩居士の室が1丈四方の広さであったという故事に由来する。転じて住職をも意味する。さらに一般的に師の尊称として用いられた。(ブリタニカ)

(注)能仁(読み)のうにん:能忍とも書かれ釈尊を意味する。能仁寂黙 (じゃくもく) とは,サンスクリット語 Śākyamuniの訳語で,聖者を意味する muniを mauna (沈黙の意) と結びつけた,いわば通俗語源解釈に立つ訳語で同じく釈尊をさす。(ブリタニカ)

(注)双林(読み)そうりん : 沙羅双樹(さらそうじゅ)の林。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)泥洹(読み)ないおん:⇒ 涅槃ねはん(コトバンク 大辞林 第三版)

(注)力負(りきふ):力ありて負い行く者。死の魔手。

(注)黒闇(読み)コクアン: くらやみ。暗黒。また、仏教で、迷いの闇。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)二鼠(読み)ニソ:仏語。白・黒の2匹のネズミ。昼夜・日月などにたとえる(コトバンク デジタル大辞泉

(注)四蛇(読み)シダ:天地や肉体を形成している地・水・火・風の4要素を、4匹の毒蛇にたとえた語。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)紅顔:麗しい顔色。「素質」(白い肌)とともに老妻への哀切を深める文飾。

(注)三従(読み)サンジウ《「儀礼」喪服から》昔、婦人の守るべきものとされた三つの事柄。結婚前には父に、結婚後は夫に、夫の死後は子に従うということ(コトバンク デジタル大辞泉

(注)四徳(読み)シトク: 《「礼記」昏義から》婦人のもつべき四つの徳。婦徳・婦言・婦功・婦容。四行。四教。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)偕老(読み)カイロウ:《老いを偕(とも)にする意》夫婦が、年をとるまで仲よく一緒に暮らすこと(コトバンク デジタル大辞泉

(注)独飛:連れを失った鳥が独り飛ぶこと。

(注)らんしつ【蘭室】〘名〙: よい香りのする部屋。立派な人の居室、また、婦人の居室にいう。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)染筠 (ぜんゐん)の涙:青竹の肌をも染める涙

 

(注)愛河:愛欲を川に喩えた仏教語

(注)苦海:俗世の苦悩を海に喩えた仏教語

(注)穢土(ゑど):穢れた地上。人間世界

(注)厭離(読み)エンリ:仏語。けがれた現世を嫌い離れること。おんり(コトバンク デジタル大辞泉

(注)浄刹(読み)ジョウセツ:① 清浄な国土。浄土。② 清浄な寺院。また、その境内。(コトバンク デジタル大辞泉

 

(漢文の序の訳)聞くところによれば、万物の生死は夢がすべてはかないのと似ており、全世界の流転は輪が繋がって終わることがないのに似ている。こういうわけで、維摩大士も方丈の室(しつ)で病気の憂いを抱くことがあったし、釈迦能仁も沙羅(さら)双樹の林で死滅の苦しみから逃れることができなかった、とのことである。かくして知ることができる。この無上の二聖人でさえも、死の魔手の訪れを払いのけることはできず、この全世界の間、死神が尋ねてくるのをかわすことは誰にもできないということが。この世では、昼と夜とが先を争って進み、時は、朝に飛ぶ鳥が飛ぶ鳥が眼前を横切るように一瞬にして過ぎてしまうし、人体を構成する地水火風が互いにせめぎあって、身は、夕べに走る駒が隙間を通り過ぎるように瞬間にして消えてしまうのである。ああ、せつない。

こうして世の中の理(ことわり)のままに、妻の麗(うるわ)しい顔色は三従の婦徳とともに永遠に消え行き、その白い肌は四徳の婦道とともに永遠に飛び去ってしまった。誰が思い設けたことか、夫婦共白髪の契りは空しむも果たされず、まるではぐれ鳥のように人生半ばにして独りわびしく取り残されようとは。かぐわしい閨(ねや)には屏風(びょうぶ)が空しく張られたままで、腸もちぎれるばかりの悲しみはいよいよ深まるばかり、枕元には明鏡が空しく懸ったままで、青竹の皮をも染める涙がいよいよ流れ落ちる。しかし、黄泉(よみ)の門がいったん閉ざされたからには、もう二度と見る手立てはない。ああ、悲しい。

 

いとしい妻はすでに死んでしまって、身を襲う煩悩も結ばれることなくただ揺れ動くばかり。私は前々からこの穢(けが)れた地上から逃れたいと思っていた。乞い願わくは、仏の本願にすがって、妻のいるかの極楽浄土に命を寄せたいものだ。(同上)

 

 

―その1567―

●歌は、「たち変り古き都となりぬれば道の芝草長く生ひにけり」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P56)万葉歌碑<プレート>(田辺福麻呂

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P56)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆立易 古京跡 成者 道之志婆草 長生尓異煎

      (田辺福麻呂 巻六 一〇四八)

 

≪書き下し≫たち変り古き都となりぬれば道の芝草(しばくさ)長く生(お)ひにけり

 

(訳)打って変わって、今や古びた都となってしまったので、道の雑草、ああこの草も、丈高く生(お)い茂ってしまった。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)たちかわり〔‐かはり〕【立(ち)代(わ)り】[副]:代わる代わる。たびたび。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 一〇四七から一〇四九の歌群の題詞は、「悲寧楽故郷作歌一首并短歌」<寧楽の故郷を悲しびて作る歌一首 并(あは)せて短歌>である。

(注)故郷:古京の意。

(注)天平十三年(741年)元正天皇恭仁京遷都を行った折に詠った歌か。

                           

 この歌群の歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1083)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「しば(チカラシバ)」と書かれている。

 チカラシバについては、「庭木図鑑 植木ペディア」に「野原や道端、空き地やグラウンドなど、どこにでも普通に見られるイネ科の多年草。踏みつけても起き上がり、力の限り抜こうとして容易に抜けないため、チカラシバ命名された。別名はミチシバなど。北海道から沖縄まで、日本全国に分布する。」



―その1568―

●歌は、「この夕拓のさ枝の流れ来ば梁は打たずて取らずかもあらむ」である。

静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P57)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、静岡県浜松市浜北区 万葉の森公園(P57)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆此暮 柘之左枝乃 流来者 樑者不打而 不取香聞将有

       (作者未詳 巻三 三八六)

 

≪書き下し≫この夕(ゆうへ)柘(つみ)のさ枝(えだ)の流れ来(こ)ば梁(やな)は打たずて取らずかもあらむ

 

(訳)今宵(こよい)、もし仙女に化した柘(つみ)の枝が流れてきたならば、梁(やな)は仕掛けてないので、枝を取らずじまいになるのではなかろうか。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)やなうつ【梁打つ】分類連語:「梁(やな)」を仕掛ける。くいを打って梁を構え作る。(学研)

 

「柘枝伝説(つみのえでんせつ)」については次の様に書かれている。

「柘枝仙媛(やまびめ)と吉野の漁師味稲(うましね)との神婚譚。ツミの枝(山桑の類)が味稲の梁(やな)にかかって,美女と化し,やがて彼と同棲し,後に昇天するという筋であったらしいが,全貌を知り得る資料に欠ける。《万葉集》巻3の左注に〈柘枝伝〉と記され,《懐風藻》《続日本後紀》にも関連の記載がある。本来は神仙趣味の漢文伝であったらしい。」(コトバンク 株式会社平凡社百科事典マイペディア)

 

 三八六、三八七歌は、伝説を踏まえて、仮定の思いを歌にしたものでたわいのない内容である。万葉集巻三の流れからみて、ここに収録されていることが不思議に思える。万葉集という歌の娯楽性をちらつかせたのであろうか。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1020)」で紹介している。

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 歌碑(プレート)の植物名は、「つみ(ヤマボウシ)」と書かれている。なお、「つみ」については、ヤマグワ、ハリグワといった説もある。

 

 「ヤマボウシ」については、「庭木図鑑 植木ペディア」に、「東北南部から九州に分布するミズキ科の落葉小高木。低山の林地や草原に自生するが、初夏に咲く清楚な花や、晩夏に熟す赤い果実を観賞あるいは実用するため、公園、街路、一般家庭の庭にも植栽される。同属のミズキから進化したとされる。原産は日本、中国(漢名は「四照花」)及び朝鮮半島だが、1875年には日本からヨーロッパへ渡り、現在では多くの国で親しまれる。庭木として人気の高いハナミズキ(別名アメリヤマボウシ)は本種の近縁種にあたる。」と書かれている。

 

ヤマボウシ」 「庭木図鑑 植木ペディア」より引用させていただきました。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク デジタル大辞泉

★「コトバンク 株式会社平凡社百科事典マイペディア」

★「コトバンク ブリタニカ国際大百科事典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「庭木図鑑 植木ペディア」

★「はままつ万葉歌碑・故地マップ」 (制作 浜松市