万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2387)―

■うつぎ■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「五月山卯の花月夜ほととぎす聞けども飽かずまた鳴かぬかも」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(作者未詳) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

五月山 宇能花月夜 霍公鳥 雖聞不飽 又鳴鴨

       (作者未詳 巻十 一九五三)

 

≪書き下し≫五月山(さつきやま)卯(う)の花月夜(づくよ)ほととぎす聞けども飽かずまた鳴くぬかも

 

(訳)五月の山に卯の花が咲いている月の美しい夜、こんな夜の時鳥は、いくら聞いても聞き飽きることがない。もう一度鳴いてくれないものか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)うのはなづくよ【卯の花月夜】:卯の花の白く咲いている月夜。うのはなづきよ。(weblio辞書 デジタル大辞泉)  

 

 「うのはな」については、「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)に、「『うのはな』はユキノシタ科の落葉低木で旧暦4月ごろにたくさんの白い花をつける。幹の中が空洞になっていることから、現在の植物名ではウツギ(空木)を当てている。丈夫で加工しやすく、古くから木釘や酒樽の木栓などに使われてきた。万葉の時代には垣根としても利用されていた・・・ウツギの藪や垣にホトトギスが出入りする光景は頻繁にみられたのだろう。古代の人の暮らしは豊かな自然とともにあった。」と書かれている。

 

 「うのはな」は集中24歌に詠まれている。全歌をみてみよう。

 

■一二五九歌■

◆佐伯山 于花以之 哀我 手鴛取而者 花散鞆

       (作者未詳 巻七 一二五九)

 

≪書き下し≫佐伯山(さへきやま)卯(う)の花持ちし愛(かな)しきが手をし取りてば花は散るとも

 

(訳)佐伯の山で卯の花を持っていたかわいい子、あの子の手を握ることができたらなあ、たとえ花は散りこぼれても。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)佐伯山:広島市佐伯区、廿日市市佐伯あたりか。(伊藤脚注)

(注)卯の花:陰暦四月頃咲くうつぎ。(伊藤脚注)

(注)愛しきが手をし取りてば:そのかわいい子の手が握れたら。(伊藤脚注)

 

 

■一四七二歌■

◆霍公鳥 来鳴令響 宇乃花能 共也来之登 問麻思物乎

       (石上堅魚 巻八 一四七二)

 

≪書き下し≫ほととぎす来鳴き響(とよ)もす卯(う)の花の伴(とも)にや来(こ)しと問はましものを

 

(訳)時鳥が来てしきりに鳴き立てている。お前は卯の花の連れ合いとしてやって来たのかと、尋ねたいものだが。

(注)卯の花の伴にや来しと:うつぎの花の連れ合いとして来たのかと。時鳥を、妻を亡くした大伴旅人に見立てている。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その896)」で紹介している。

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宇能花毛 未開者 霍公鳥 佐保乃山邊 来鳴令響

       (大伴家持 巻八 一四七七)

 

≪書き下し≫卯(う)の花もいまだ咲かねばほととぎす佐保(さほ)の山辺(やまへ)に来鳴き響(とよ)もす

 

(訳)卯の花もまだ咲かないのに、時鳥は、早くも佐保の山辺にやって来てしきりに鳴き立てている。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)佐保の山辺:大伴氏の邸宅のあった地の山 

(注の注)五二八歌の左注に、大伴坂上郎女について、「右郎女者佐保大納言卿之女也」とある。佐保大納言とは郎女と旅人の父安麻呂のことである。平城京遷都に伴い安麻呂が佐保の地に居を構えたことからこう呼ばれた。旅人、家持と代々この地に住いしていたのである。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1073)」で紹介している。

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■一四八二歌■

 題詞は、「大伴清縄歌一首」<大伴清縄が歌一首>である。

 

◆皆人之 待師宇能花 雖落 奈久霍公鳥 吾将忘哉

       (大伴清縄 巻八 一四八二)

 

≪書き下し≫皆人の待ちし卯(う)の花散りぬとも鳴く霍公鳥我れ忘れめや

 

(訳)皆の方誰も彼もが心待ちにしておられた卯の花、この花が散ってしまっても、ここに来て鳴いている時鳥の声を、私はどうして忘れることができようか。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)皆人:宴席の人々をさす。(伊藤脚注)

 

 

■一四九一歌■

◆宇乃花能 過者惜香 霍公鳥 雨間毛不置 従此間喧渡

       (大伴家持 巻八 一四九一)

 

≪書き下し≫卯(う)の花の過ぎば惜しみかほととぎす雨間(あまま)も置かずこゆ鳴き渡る

 

(訳)卯の花が散ってしまうと惜しいからか、時鳥が雨の降る間(ま)も休まず、ここを鳴きながら飛んで行く。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)あまま【雨間】名詞:雨と雨との合間。雨の晴れ間。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典) 

(注の注)雨間も置かず:雨の降る間もいとわずに。(伊藤脚注)

(注)こ【此】代名詞:これ。ここ。▽近称の指示代名詞。話し手に近い事物・場所をさす。⇒注意:現代語では「この」の形で一語の連体詞とするが、古文では「こ」一字で代名詞。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1907)」で紹介している。

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■一五〇一歌■

◆霍公鳥 鳴峯乃上能 宇乃花之 猒事有哉 君之不来益

       (小治田朝臣廣耳 巻八 一五〇一)

 

≪書き下し≫ほととぎす鳴く峰(を)の上(うへ)の卯(う)の花の憂(う)きことあれや君が来まさぬ

 

(訳)時鳥が鳴く山の頂に咲いているの花、その名のように、私を(う)くいとわしく思う心があるからか、あの方はいっこうにお見えにならない。(同上)

(注)上三句は序。同音で「憂き」を起す。(伊藤脚注)

(注)あれや:あるからか。(伊藤脚注)

 

 

■一七五五歌■

◆鸎之 生卵乃中尓 霍公鳥 獨所生而 己父尓 似而者不鳴 己母尓 似而者不鳴 宇能花乃 開有野邊従 飛翻 来鳴令響 橘之 花乎居令散 終日 雖喧聞吉 幣者将為 遐莫去 吾屋戸之 花橘尓 住度鳥

 

≪書き下し≫うぐひすの 卵(かひご)の中(なか)に ほととぎす ひとり生れて 汝(な)が父に 似ては鳴かず 汝(な)が母に 似ては鳴かず 卯(う)の花の 咲きたる野辺(のへ)ゆ 飛び翔(かけ)り 来鳴(きな)き響とよ)もし 橘(たちばな)の 花を居(ゐ)散らし ひねもすに 鳴けど聞きよし 賄(まひ)はせむ 遠(とほ)くな行きそ 我(わ)がやどの 花橘(はなたちばな)に 棲(す)みわたれ鳥(とり)

 

(訳)鶯(うぐいす)の卵の中に、時鳥(ほととぎす)よ、お前はただひとり生まれて、自分の父に似た鳴き声も立てなければ、自分の母に似た鳴き声も立てない。しかし、卯の花の咲いている野辺を渡って飛びかけって来てはあたりを響かせて鳴き、橘の枝にとまって花を散らし、一日中鳴いていても聞き飽きることがない。贈り物はちゃんとあげよう。遠くへ行かないでおくれ。我が家の庭の花橘にずっと棲みついておくれ、この鳥よ。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)「うぐひすの卵の中にほととぎすひとり生れて汝が父に似ては鳴かず汝が母に似ては鳴かず」:鶯などの巣に卵を生み落して雛を育てさせる時鳥の習性を歌う。(伊藤脚注)

(注)かひご【卵子】名詞:「かひ(卵)」に同じ。>かひ【卵】名詞:(鳥の)たまご。「かひご」とも(学研)

(注)うのはな【卯の花】名詞:①うつぎの花。白い花で、初夏に咲く。[季語] 夏。

②襲(かさね)の色目の一つ。表は白、裏は青という。陰暦四月ごろに用いた。「卯の花襲(がさね)」とも。(学研)ここでは①の意

(注)居散らす:枝にとまって散らす。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1348裏②)」で紹介している。

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■一八九九歌■

◆春去者 宇乃花具多思 吾越之 妹我垣間者 荒来鴨

      (作者未詳 巻十 一八九九)

 

≪書き下し≫春されば卯(う)の花(はな)ぐたし我(わ)が越えし妹(いも)が垣間(かきま)は荒れにけるかも

 

(訳)春ともなると、卯の花を傷めては私がよく潜り抜けた、あの子の家の垣間は、今見ると茂りに茂って人気(ひとけ)がなくなってしまっている。(同上)

(注)くたす【腐す】他動詞:①腐らせる。②無にする。やる気をなくさせる。気勢をそぐ。③非難する。けなす。けがす。(学研)

(注)かきま【垣間】:垣のすきま。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 一八九九歌ならびに一九四五、一九五三、四〇六六、四〇八九、四二一七歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2038)」で紹介している。

 ➡ こちら2038

 

 

 

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■一九四二歌■

◆霍公鳥 鳴音聞哉 宇能花乃 開落岳尓 田葛引▼嬬

    (作者未詳 巻十 一九四二)

  ▼は、「女偏に感」→「▼嬬」で「をとめ」

 

≪書き下し≫ほととぎす鳴く声聞くや卯(う)の花の咲き散る岡(をか)に葛(くず)引く娘子(をとめ)

 

(訳)もう時鳥の鳴声を聞きましたか。卯の花が咲いては散るこの岡で、葛を引いている娘さんよ。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)葛引く:葛布を作るための葛の繊維を取るために収穫すること。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1138)」で紹介している。

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■巻十 一九四五■

◆旦霧 八重山越而 霍公鳥 宇能花邊柄 鳴越来

      (作者未詳 巻十 一九四五)

 

≪書き下し≫朝霧(あさぎり)の八重山(やへやま)越えてほととぎす卯(う)の花辺(はなへ)から鳴きて越え来(き)ぬ

 

(訳)立ちこめる朝霧のように幾重にも重なる山を越え、時鳥が、卯の花の咲いているあたりを越えて、鳴き立てながらこの里にやってきた。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 

■一九五三歌■

五月山 宇能花月夜 霍公鳥 雖聞不飽 又鳴鴨

       (作者未詳 巻十 一九五三)

 

≪書き下し≫五月山(さつきやま)卯(う)の花月夜(づくよ)ほととぎす聞けども飽かずまた鳴くぬかも

 

(訳)五月の山に卯の花が咲いている月の美しい夜、こんな夜の時鳥は、いくら聞いても聞き飽きることがない。もう一度鳴いてくれないものか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)うのはなづくよ【卯の花月夜】:卯の花の白く咲いている月夜。うのはなづきよ。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 

■一九五七歌■

◆宇能花乃 散巻惜 霍公鳥 野出山入 来鳴令動

(作者未詳 巻十 一九五七)

 

≪書き下し≫卯の花の散らまく惜(を)しみほととぎす野に出(い)で山に入(い)り来(き)鳴き響(とよ)もす

        

 

(訳)卯の花が散るのを惜しんで、時鳥が、野に出て来たり山に引っ込んだりして、鳴き立てながら飛び廻っている。(同上)

(注)まく:…だろうこと。…(し)ようとすること。 ※派生語。語法活用語の未然形に付く。 ⇒なりたち 推量の助動詞「む」の古い未然形「ま」+接尾語「く」(学研)

 

 

 一九五七ならびに一九六三,一九七五、一九七六歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その963)」で紹介している。

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■一九六三歌■

◆如是許 雨之零尓 霍公鳥 宇乃花山尓 猶香将鳴

(作者未詳 巻十 一九六三)

 

≪書き下し≫かくばかり雨の降らくにほととぎす卯の花山になほか鳴くらむ

       

(訳)こんなに雨が降っているのに、時鳥は、卯の花の咲きにおう山辺で、今もなお鳴き立てているのであろうか。(同上)

(注)-らく 接尾語:〔上一段動詞の未然形、上二段・下二段・カ変・サ変・ナ変動詞の終止形や、助動詞「つ」「ぬ」「ゆ」「しむ」などの終止形に付いて〕①…すること。▽上に接する活用語を名詞化する。②…ことよ。▽文末に用いて、詠嘆の意を表す。 ※上代語。⇒く(接尾語) (学研)

 

 

■一九七五歌■

◆不時 玉乎曽連有 宇能花乃 五月乎待者 可久有

(作者未詳 巻十 一九七五)

 

≪書き下し≫時ならず玉をぞ貫(ぬ)ける卯の花の五月(さつき)を待たば久しくあるべみ

 

(訳)まだその時期でもないのに、薬玉を貫いたように花が咲いている。卯の花が、薬玉を作る五月を待ったら、待ち遠しくて仕方がないので。(同上)

(注)べみ:…しそうなので。…に違いないので。 ※派生語。 ⇒参考 上代に、多く「ぬべみ」の形で使われ、中古にも和歌に用いられた。 なりたち 推量の助動詞「べし」の語形変化しない部分「べ」+原因・理由を表す接尾語「み」(学研)

 

 

■一九七六歌■

◆宇能花乃 咲落岳従 霍公鳥 鳴而沙度 公者聞津八

(作者未詳 巻十 一九七六)

 

≪書き下し≫卯の花の咲き散る岡(おか)ゆほっとぎす鳴きてさ渡る君は聞きつや

 

(訳)卯の花が咲いて散っている岡の上を時鳥が鳴いて渡って行きます。あなたはその声を聞きましたか。(同上)

 

 

■一九八八歌■

◆鴬之 徃来垣根乃 宇能花之 厭事有哉 君之不来座

       (作者未詳 巻十 一九八八)

 

≪書き下し≫うぐひすの通(かよ)ふ垣根(かきね)の卯(う)の花の憂(う)きことあれや君が来まさぬ

 

(訳)鶯(うぐいす)がよく通ってくる垣根に咲いている卯の花ではないが、うっとうしいことがあるというのであろうか、あの方がいっこうにおいでにならない。(同上)

(注)上三句は序。「憂き」を起こす。(伊藤脚注)

(注)あれや:「あればや」の意。(伊藤脚注)

 

 

■一九八九歌■

宇能花之 開登波無二 有人尓 戀也将渡 獨念尓指天

       (作者未詳 巻十 一九八九)

 

≪書き下し≫卯の花の咲くとはなしにある人に恋ひやわたらむ片思(かたもひ)にして

 

(訳)卯の花の咲くように、心をひらいてくれることとてないあの人に、こんなにまで焦がれつづけるのであろうか。片思いのままで。(同上)

 

 

■三九七八歌■

◆妹毛吾毛 許己呂波於夜自 多具敝礼登 伊夜奈都可之久 相見婆 登許波都波奈尓 情具之 眼具之毛奈之尓 波思家夜之 安我於久豆麻 大王能 美許登加之古美 阿之比奇能 夜麻古要奴由伎 安麻射加流 比奈乎左米尓等 別来之 曽乃日乃伎波美 荒璞能 登之由吉我敝利 春花乃 宇都呂布麻泥尓 相見祢婆 伊多母須敝奈美 之伎多倍能 蘇泥可敝之都追 宿夜於知受 伊米尓波見礼登 宇都追尓之 多太尓安良祢婆 孤悲之家口 知敝尓都母里奴 近在者 加敝利尓太仁母 宇知由吉氐 妹我多麻久良 佐之加倍氐 祢天蒙許万思乎 多麻保己乃 路波之騰保久 關左閇尓 敝奈里氐安礼許曽 与思恵夜之 餘志播安良武曽 霍公鳥 来鳴牟都奇尓 伊都之加母 波夜久奈里那牟 宇乃花能 尓保敝流山乎 余曽能未母 布里佐氣見都追 淡海路尓 伊由伎能里多知 青丹吉 奈良乃吾家尓 奴要鳥能 宇良奈氣之都追 思多戀尓 於毛比宇良夫礼 可度尓多知 由布氣刀比都追 吾乎麻都等 奈須良牟妹乎 安比氐早見牟

       (大伴家持 巻十七 三九七八)

 

≪書き下し≫妹(いも)も我(あ)れも 心は同(おや)じ たぐへれど いやなつかしく 相見(あひみ)れば 常初花(とこはつはな)に 心ぐし めぐしもなしに はしけやし 我(あ)が奥妻(おくづま) 大君(おほきみ)の 命(みこと)畏(かしこ)み あしひきの 山越え野(ぬ)行き 天離(あまざか)る 鄙(ひな)治(をさ)めにと 別れ来(こ)し その日の極(きは)み あらたまの 年行き返(がへ)り 春花(はるはな)の うつろふまでに 相見ねば いたもすべなみ 敷栲(しきたへ)の 袖(そで)返しつつ 寝(ぬ)る夜(よ)おちず 夢(いめ)には見れど うつつにし 直(ただ)にあらねば 恋(こひ)しけく 千重(ちへ)に積(つ)もりぬ 近くあらば 帰りにだにも うち行きて 妹(いも)が手枕(たまくら) さし交(か)へて 寝ても来(こ)ましを 玉桙(たまほこ)の 道はし遠く 関(せき)さへに へなりてあれこそ よしゑやし よしはあらむぞ ほととぎす 来鳴かむ月に いつしかも 早くなりなむ 卯(う)の花の にほへる山を よそのみも 振(ふ)り放(さ)け見つつ 近江道(あふみぢ)に い行き乗り立ち あをによし 奈良の我家(わぎへ)に ぬえ鳥(どり)の うら泣けしつつ 下恋(したごひ)に 思ひうらぶれ 門(かど)に立ち 夕占(ゆふけ)問ひつつ 我を待つと 寝(な)すらむ妹(いも)を 逢(あ)ひてはや見む

 

(訳)あの子も私も、思う心は同じこと。寄り添っていても、ますます心引かれるばかりだし、顔を合わせていると、常初花のようにいつも初々(ういうい)しくて、心の憂さ、見る目のいたいたしもなくていられるのに、ああいとしい、心の底からたいせつに思える我が妻よ。大君の仰せを謹んでお承(う)けして、はるばると山を越え野を辿(たど)りして、都離れた鄙の地を治めにと別れたその日から、年も改まって、春の花も散り失せる頃までも顔を見ることができないものだから、どうにもやるせなくて、せめてものことに夜着(よぎ)の袖を押し返しては寝るその夜ごと夜ごとに夢に姿は見えるけれど、覚めている時にじかに逢うわけではないものだから、恋しさは千重(ちえ)に百重(ももえ)に積もるばかり。近くにさえおれば、日帰りにでも馬で一走り行って、かわいい手枕をさし交わして寝ても来ようものを、都への道はいかにも遠い上に、関所までが遮っていてはどうにもならなくて・・・。ええ、それならそれで、手だてはほかにあるはず。時鳥が訪れて鳴くあの月に何とか早くなってくれないものか。近江道に足を踏み入れ、あの懐かしい奈良の我が家で、心細く鳴くぬえ鳥のように人知れず泣き続けては、胸の思いにうちしがれて、門口(かどぐち)に立ち出でては夕辻占(ゆうつじうら)で占ってみたりして、私の帰りを待ち焦がれて独り寝を重ねておいでのあの子、あああの子の手をしっかと取って、一刻も早く逢(あ)って顔を見たいものだ。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)おやじ【同じ】形容詞:同(おな)じ。 ※「同じ」の古形。上代には「おなじ」と並んで両方用いられた。体言を修飾するときも終止形と同じ形の「おやじ」が用いられる。(学研)

(注)たぐふ【類ふ・比ふ】自動詞①一緒になる。寄り添う。連れ添う。②似合う。釣り合う。(学研)

(注)とこはつはな【常初花】:いつも初めて咲いたように美しい花。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)こころぐし【心ぐし】形容詞ク:心が晴れない。せつなく苦しい。(学研)

(注)めぐし【愛し・愍し】形容詞:①いたわしい。かわいそうだ。②切ないほどかわいい。いとおしい。 ※上代語。(学研)

(注)おくづま【奥妻】:心の奥深く大切に思う妻。心から愛する妻。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)きはみ【極み】名詞:(時間や空間の)極まるところ。極限。果て。(学研)

(注)ゆきかへる【行き返る】自動詞:①往復する。②(年月や季節が)移行する。改まる。※古くは「ゆきがへる」。(学研)ここでは②の意

(注)そでかへす【袖返す】他動詞:①袖を裏返しにする。こうして寝ると恋人が夢に現れるという俗信があった。②袖をひるがえす。(学研)ここでは①の意

(注)関さへに:関所まで隔てているのでどうにもならなくて・・・。(伊藤脚注)

(注)よしはあらむぞ:手だてはあるのだ。税帳使として帰る予定があった。(伊藤脚注)

(注の注)よし 【由】名詞:①理由。いわれ。わけ。②口実。言い訳。③手段。方法。手だて。④事情。いきさつ。⑤趣旨。⑥縁。ゆかり。⑦情趣。風情。⑧そぶり。ふり。(学研)ここでは③の意

(注)いゆく【い行く】自動詞:行く。進む。 ※「い」は接頭語。上代語。(学研)

(注)のりたつ【乗り立つ】自動詞:(馬や船などに)乗って出発する。(学研)

(注)ぬえどりの【鵼鳥の】分類枕詞:鵼鳥の鳴き声が悲しそうに聞こえるところから、「うらなく(=忍び泣く)」「のどよふ(=か細い声を出す)」「片恋ひ」にかかる。(学研)

(注)したごひ【下恋ひ】名詞:心の中でひそかに恋い慕うこと。(学研)

(注)うらぶる自動詞:わびしく思う。悲しみに沈む。しょんぼりする。 ※「うら」は心の意。(学研)

(注)なす【寝す】自動詞:おやすみになる。▽「寝(ぬ)」の尊敬語。 ※動詞「寝(ぬ)」に尊敬の助動詞「す」が付いたものの変化した語。上代語。(学研)

 

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 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2282)」で紹介している。

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■三九九三歌■

◆布治奈美波 佐岐弖知理尓伎 宇能波奈波 伊麻曽佐可理等 安之比奇能 夜麻尓毛野尓毛 保登等藝須 奈伎之等与米婆 宇知奈妣久 許己呂毛之努尓 曽己乎之母 宇良胡非之美等 於毛布度知 宇麻宇知牟礼弖 多豆佐波理 伊泥多知美礼婆 伊美豆河泊 美奈刀能須登利 安佐奈藝尓 可多尓安佐里之 思保美弖婆 都麻欲妣可波須 等母之伎尓 美都追須疑由伎 之夫多尓能 安利蘇乃佐伎尓 於枳追奈美 余勢久流多麻母 可多与理尓 可都良尓都久理 伊毛我多米 氐尓麻吉母知弖 宇良具波之 布勢能美豆宇弥尓 阿麻夫祢尓 麻可治加伊奴吉 之路多倍能 蘇泥布理可邊之 阿登毛比弖 和賀己藝由氣婆 乎布能佐伎 波奈知利麻我比 奈伎佐尓波 阿之賀毛佐和伎 佐射礼奈美 多知弖毛為弖母 己藝米具利 美礼登母安可受 安伎佐良婆 毛美知能等伎尓 波流佐良婆 波奈能佐可利尓 可毛加久母 伎美我麻尓麻等 可久之許曽 美母安吉良米々 多由流比安良米也

       (大伴池主 巻十七 三九九三)

 

≪書き下し≫藤波は 咲きて散りにき 卯(う)の花は 今ぞ盛りと あしひきの 山にも野にも ほととぎす 鳴きし響(とよ)めば うち靡(あび)く 心もしのに そこをしも うら恋(ごひ)しみと 思ふどち 馬打ち群(む)れて 携(たづさ)はり 出で立ち見れば 射水川(いづみがは) 港(みなと)の洲鳥(すどり) 朝なぎに 潟(かた)にあさりし 潮満てば 妻呼び交(かは)す 羨(とも)しきに 見つつ過ぎ行き 渋谿(しぶたに)の 荒礒(ありそ)の崎(さき)に 沖つ波 寄せ来(く)る玉藻(たまも) 片縒(かたよ)りに 蘰(かづら)に作り 妹(いも)がため 手に巻き持ちて うらぐはし 布勢の水海(みづうみ)に 海人(あま)舟(ぶね)に ま楫(かぢ)掻い貫(ぬ)き 白栲(しろたへ)の 袖(そで)振り返し 率(あども)ひて 我が漕(こ)

ぎ行けば 乎布(をふ)の崎 花散りまがひ 渚(なぎさ)には 葦鴨(あしがも)騒(さわ)き さざれ波 立ちても居(ゐ)ても 漕ぎ廻(めぐ)り 見れども飽(あ)かず 秋さらば 黄葉(もみち)の時に 春さらば 花の盛りに かもかくも 君がまにまと かくしこそ 見も明(あき)らめめ 絶ゆる日あらめや

 

(訳)“藤の花房は咲いてもう散ってしまった、卯の花は今がまっ盛りだ“とばかりに、あたりの山にも野にも時鳥(ほととぎす)がしきりに鳴き立てているので、思い靡く心もしおれればかりに時鳥の声が恋しくなって、心打ち解けた者同士馬に鞭打(むちう)ち相連れ立って出かけて来て目にやると、射水川の河口の洲鳥(すどり)、洲に遊ぶその鳥は、朝凪(あさなぎ)に干潟(ひがた)で餌(え)をあさり、夕潮が満ちて来ると妻を求めて呼び交わしている。心引かれはするものの横目に見て通り過ぎ、渋谷の荒磯の崎に沖の波が寄せてくる玉藻を、一筋縒(よ)りに縒って縵(かずら)に仕立て、いとしい人に見せるつとにもと手に巻きつけて、霊験あらたかなる布勢の水海で、海人の小舟に楫(かじ)を揃えて貫(ぬ)き出し、白栲の袖を翻しながら声かけ合って一同漕ぎ進んで行くと、乎布の崎には花が散り乱れ、波打際には葦鴨が群れ騒ぎ、さざ波立つというではないが、立って見ても坐(すわ)って見ても、あちこち漕ぎ廻って見ても、見飽きることがない。ああ、秋になったら黄葉(もみじ)の映える時に、また春がめぐってきたら花の盛りの時に、どんな時にでもあなたのお伴(とも)をして、今見るように思う存分眺めて楽しみたいものです。われらがこの地を顧みることが絶える日など、どうしてありましょう。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うち靡く:ただ一方に靡く(伊藤脚注)

(注)そこをしも:「そこ」は「卯の花は・・・鳴きにし響めば」をさす。(伊藤脚注)

(注)ともし【羨し】形容詞:①慕わしい。心引かれる。②うらやましい。(学研)ここでは①の意

(注)かたより【片縒り】名詞:片方の糸にだけよりをかけること。(学研)

(注の注)かたより:玉藻を一筋縒りに縒って。(伊藤脚注)

(注)うらぐはし【うら細し・うら麗し】形容詞:心にしみて美しい。見ていて気持ちがよい。すばらしく美しい。 ※「うら」は心の意。(学研)

(注)掻い貫く:「掻い」は接頭語。「貫く」は櫂を舷に貫き通して取り付けること。(伊藤脚注)

(注)あどもふ【率ふ】他動詞:ひきつれる。 ※上代語。(学研)

(注)乎布の﨑:布勢の海の東南にあった岬。(伊藤脚注)

(注)さざれなみ【細れ波】名詞:さざ波。 ➡参考 さざ波がしきりに立つことから「間(ま)無くも」「しきて」「止(や)む時もなし」などを導く序詞(じよことば)を構成することもある。(学研)

(注の注)さざれなみ【細れ波】分類枕詞:さざ波が立つことから「立つ」にかかる。(学研)ここでは枕詞として使われている。

(注)かもかくも 副詞:ああもこうも。どのようにも。とにもかくにも。(学研)

(注)あきらむ【明らむ】他動詞:①明らかにする。はっきりさせる。②晴れ晴れとさせる。心を明るくさせる。 ⇒注意 現代語の「あきらめる」は「断念する」意味だが、古語の「明らむ」にはその意味はない。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1371)」で紹介している。

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■四〇〇八歌■

◆安遠邇与之 奈良乎伎波奈礼 阿麻射可流 比奈尓波安礼登 和賀勢故乎 見都追志乎礼婆 於毛比夜流 許等母安利之乎 於保伎美乃 美許等可之古美 乎須久尓能 許等登理毛知弖 和可久佐能 安由比多豆久利 無良等理能 安佐太知伊奈婆 於久礼多流 阿礼也可奈之伎 多妣尓由久 伎美可母孤悲無 於毛布蘇良 夜須久安良祢婆 奈氣可久乎 等騰米毛可祢氐 見和多勢婆 宇能婆奈夜麻乃 保等登藝須 祢能未之奈可由 安佐疑理能 美太流々許己呂 許登尓伊泥弖 伊波婆由遊思美 刀奈美夜麻 多牟氣能可味尓 奴佐麻都里 安我許比能麻久 波之家夜之 吉美賀多太可乎 麻佐吉久毛 安里多母等保利 都奇多々婆 等伎毛可波佐受 奈泥之故我 波奈乃佐可里尓 阿比見之米等曽

      (大伴池主 巻十七 四〇〇八)

 

≪書き下し≫あをによし 奈良を来離(きはな)れ 天離(あまざか)る 鄙(ひな)にはあれど 我が背子(せこ)を 見つつし居(を)れば 思ひ遣(や)る こともありしを 大君(おほきみ)の 命(みこと)畏(かしこ)み 食(を)す国の 事取り持ちて 若草の 足結(あゆ)ひ手作(たづく)り 群鳥(むらとり)の 朝立(あさだ)ち去(い)なば 後(おく)れたる 我(あ)れや悲しき 旅に行く 君かも恋ひむ 思ふそら 安くあらねば 嘆かくを 留(とど)めもかねて 見わたせば 卯(う)の花山の 霍公鳥 音(ね)のみし泣かゆ 朝霧(あさぎり)の 乱るる心 言(こと)に出でて 言はばゆゆしみ 礪波山(となみやま) 手向(たむ)けの神に 幣(ぬさ)奉(まつ)り 我(あ)が祈(こ)ひ禱(の)まく はしけやし 君が直香(ただか)を ま幸(さき)くも ありた廻(もとほ)り 月立たば 時もかはさず なでしこが 花の盛りに 相見(あひみ)しめとぞ

 

(訳)あをによし奈良の都をあとにして来て、遠く遥かなる鄙(ひな)の地にある身であるけれど、あなたの顔さえ見ていると、故郷恋しさの晴れることもあったのに。なのに、大君の仰せを謹んでお受けし、御国(みくに)の仕事を負い持って、足ごしらえをし手甲(てつこう)をつけて旅装(たびよそお)いに身を固め、群鳥(むらとり)の飛びたつようにあなたが朝早く出かけてしまったならば、あとに残された私はどんなにか悲しいことでしょう。旅路を行くあなたもどんなにか私を恋しがって下さることでしょう。思うだけでも不安でたまらいので、溜息(ためいき)が洩(も)れるのも抑えきれず、あたりを見わたすと、彼方卯の花におう山の方で鳴く時鳥、その時鳥のように声張りあげて泣けてくるばかりです。たゆとう朝霧のようにかき乱される心、この心を口に出して言うのは縁起がよくないので、国境の礪波(となみ)の山の峠の神に弊帛(ぬさ)を捧(ささ)げて、私はこうお祈りします。「いとしいあなたの紛れもないお姿、そのお姿に、何事もなく時がめぐりめぐって、月が変わったなら時も移さず、なでしこの花の盛りには逢わせて下さい。」と。

(注)おもひやる【思ひ遣る】他動詞:①気を晴らす。心を慰める。②はるかに思う。③想像する。推察する。④気にかける。気を配る。(学研)ここでは①の意

(注)わかくさの【若草の】分類枕詞:若草がみずみずしいところから、「妻」「夫(つま)」「妹(いも)」「新(にひ)」などにかかる。(学研)

(注の注)「若草の」は「足結ひ」の枕詞。懸り方未詳。(伊藤脚注)

(注)あゆひ【足結ひ】名詞:古代の男子の服飾の一つ。活動しやすいように、袴(はかま)をひざの下で結んだ紐(ひも)。鈴・玉などを付けて飾りとすることがある。「あよひ」とも。(学研)

(注)てづくり【手作り】名詞:①手製。自分の手で作ること。また、その物。②手織りの布。(学研)

(注の注)足結ひ手作り:足首を紐で結び、手の甲を覆って。旅装束をするさま。(伊藤脚注)

(注)嘆かくを:嘆く心を。「嘆かく」は「嘆く」のク語法。(伊藤脚注)

(注)「見わたせば 卯(う)の花山の 霍公鳥」は季節の景物を用いた序。「音のみ泣く」を起こす。(伊藤脚注)

(注)ね【音】のみ泣(な)く:(「ねを泣く」「ねに泣く」を強めた語) ひたすら泣く。泣きに泣く。また、(鳥などが)声をたてて鳴く。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)あさぎりの【朝霧の】分類枕詞:朝霧が深くたちこめることから「思ひまどふ」「乱る」「おほ(=おぼろなようす)」などにかかる。(学研)

(注)礪波山:富山・石川県の境の山。倶利伽羅峠のある地。この地まで家持を見送るつもりでの表現。(伊藤脚注)

(注)「君が直香(ただか)を ま幸(さき)くも ありた廻(もとほ)り 月たてば」:あなたの紛れもないお姿に、何の不幸もなく時がずっとめぐって、の意か。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1351)」で紹介している。

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■巻十 四〇六六■

宇能花能 佐久都奇多知奴 保等登藝須 伎奈吉等与米余 敷布美多里登母

      (大伴家持 巻十八 四〇六六)

 

≪書き下し≫卯(う)の花の咲く月立ちぬほととぎす来鳴き響(とよ)めよふふみたりとも

 

(訳)卯の花の咲く四月がついに来た。時鳥よ、来て鳴き立てておくれ。花はまだつぼんでいようとも。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

(注)うのはな【卯の花】 ウツギの白い花。また、ウツギの別名。うつぎのはな。《季 夏》(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)つきたつ【月立つ】分類連語:①月が現れる。月がのぼる。②月が改まる。月が変わる(学研)ここでは②の意

(注)ふふむ【含む】自動詞:花や葉がふくらんで、まだ開ききらないでいる。つぼみのままである。(学研)

 

 

 

■巻十八 四〇八九■

◆高御座 安麻乃日継登 須賣呂伎能 可未能美許登能 伎己之乎須 久尓能麻保良尓 山乎之毛 佐波尓於保美等 百鳥能 来居弖奈久許恵 春佐礼婆 伎吉乃可奈之母 伊豆礼乎可 和枳弖之努波无宇能花乃 佐久月多弖婆 米都良之久 鳴保等登藝須 安夜女具佐 珠奴久麻泥尓 比流久良之 欲和多之伎氣騰 伎久其等尓 許己呂都呉枳弖 宇知奈氣伎 安波礼能登里等 伊波奴登枳奈思

      (大伴家持 巻巻十八 四〇八九)

 

≪書き下し≫高御座(たかみくら) 天(あま)の日継(ひつぎ)と すめろきの 神(かみ)の命(にこと)の きこしをす 国のまほらに 山をしも さはに多みと 百鳥(ももとり)の 来(き)居(ゐ)て鳴く声 春されば 聞きのかなしも いづれをか 別(わ)きて偲(しの)はむ 卯(う)の花の 咲く月立てば めづらしく 鳴くほととぎす あやめぐさ 玉貫(ぬ)くまでに 昼暮らし 夜わたし聞けど 聞くごとに 心つごきて うち嘆き あはれの鳥と 言はぬ時なし

 

(訳)高い御位にいます、日の神の後継ぎとして、代々の天皇が治めたまう国、この国のまっ只中(ただなか)に、山が至る所にあるからとて、さまざまな鳥がやって来て鳴く声、その声は、春ともなると聞いてひとしお身にしみる。ただとりわけどの鳥の声を賞(め)でるというわけにはゆかない。が、やがて卯の花の咲く夏の四月ともなると、懐かしいも鳴く時鳥、その時鳥の声は、菖蒲(あやめ)を薬玉に通す五月まで、昼はひねもす、夜は夜通し聞くけれど、聞くたびに心がわくわくして、溜息(ためいき)ついて、ああ何と趣深き鳥よと、言わぬ時とてない。(同上)

(注)たかみくら【高御座】名詞:即位や朝賀などの重大な儀式のとき、大極殿(だいごくでん)または紫宸殿(ししんでん)の中央の一段高い所に設ける天皇の座所。玉座。(学研)

(注)あまつひつぎ【天つ日嗣ぎ】名詞:「天つ神」、特に天照大神(あまてらすおおみかみ)の系統を受け継ぐこと。皇位の継承。皇位。(学研)

(注)きこしおす【聞こし食す】[動]《動詞「聞く」の尊敬語「きこす」と、動詞「食う」の尊敬語「おす」の複合したもの》:「治める」の尊敬語。お治めになる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)まほら 名詞:まことにすぐれたところ。まほろば。まほらま。 ※「ま」は接頭語、「ほ」はすぐれたものの意、「ら」は場所を表す接尾語。上代語(学研)

(注)つきたつ【月立つ】分類連語:①月が現れる。月がのぼる。②月が改まる。月が変わる。(学研) ここでは②の意

(注)あやめぐさ 玉貫(ぬ)くまでに:菖蒲を薬玉に通す五月まで。

(注)くらす【暮らす】他動詞:①日が暮れるまで時を過ごす。昼間を過ごす。②(年月・季節などを)過ごす。月日をおくる。生活する。(学研)

(注)よわたし【夜渡し】[副]一晩中。夜どおし。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)心つごきて:心が激しく動いて。(伊藤脚注)

 

 

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■四〇九一歌■

◆宇能花能 登聞尓之奈氣婆 保等登藝須 伊夜米豆良之毛 名能里奈久奈倍

       (大伴家持 巻十八 四〇九一)

 

≪書き下し≫卯(う)の花のともにし鳴けばほととぎすいやめづらしも名告(なの)り鳴くなへ

 

(訳)卯の花の連れ合いとばかり鳴くものだから、時鳥の、その鳴く声にはいよいよと心引かれるばかりだ。自分はホトトギスだとちゃんと名を名告って鳴くにつけても。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)とも【友】名詞:友人。仲間。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)なへ 接続助詞:《接続》活用語の連体形に付く。〔事柄の並行した存在・進行〕…するとともに。…するにつれて。…するちょうどそのとき。 ※上代語。中古にも和歌に用例があるが、上代語の名残である。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その855)」で紹介している。

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■巻十九 四二一七■

◆宇能花乎 令腐霖雨之 始水<邇> 縁木積成 将因兒毛我母

      (大伴家持 巻十九 四二一七)

 

≪書き下し≫卯(う)の花を腐(くた)す長雨(ながめ)の始水(はなみづ)に寄る木屑(こつみ)なす寄らむ子(こ)もがも

 

(訳)卯の花を腐らせるほどに痛めつける長雨、この雨のせいで流れ出す大水の鼻先に寄り付く木っ端(こっぱ)のように、私に寄り添ってくれる娘(こ)でもいたらなあ。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)卯の花を腐す:卯の花を腐らせる。五月雨の異名を「卯の花腐し」という。(伊藤脚注)

(注)始水:いっせいに水量の増した流れの先。(伊藤脚注)

(注)-なす 接尾語〔体言、ときに動詞の連体形に付いて〕:…のように。…のような。▽比況・例示の意を示し、副詞のように用いる。「水母(くらげ)なす」「玉藻なす」「真珠(またま)なす」。 ※「なす」の東国方言に「のす」がある。上代語。(学研)

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典