万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その963)―一宮市萩原町 萬葉公園(35)―万葉集 巻十 一八九九

●歌は、「春されば卯の花ぐたし我が越えし妹が垣間は荒れにけるかも」である。

 

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一宮市萩原町 萬葉公園(35)万葉歌碑(プレート)<作者未詳>

●歌碑(プレート)は、一宮市萩原町 萬葉公園(35)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆春去者 宇乃花具多思 吾越之 妹我垣間者 荒来鴨

              (作者未詳 巻十 一八九九)

 

≪書き下し≫春されば卯(う)の花(はな)ぐたし我(わ)が越えし妹(いも)が垣間(かきま)は荒れにけるかも

 

(訳)春ともなると、卯の花を傷めては私がよく潜り抜けた、あの子の家の垣間は、今見ると茂りに茂って人気(ひとけ)がなくなってしまっている。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)くたす【腐す】他動詞:①腐らせる。②無にする。やる気をなくさせる。気勢をそぐ。③非難する。けなす。けがす。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)かきま【垣間】:垣のすきま。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

「うのはな」はユキノシタ科の落葉低木で旧暦四月ごろにたくさんの白い花をつける。幹の中が空洞になっているので、現在の植物名ではウツギ(空木)を当てている。「うのはな」を詠んだ歌は万葉集では二三首収録されているが、その多くは、ホトトギスと共に詠われており、初夏の風物として愛でられていたのであろう。

 童謡「夏は来ぬ」の歌詞も「卯の花の におう垣根に ほととぎす 早も来啼きて 忍音もらす 夏は来ぬ」とあるように、卯の花ホトトギスが詠われている。

 

 萬葉公園は、巻十の「高松」を詠んだ歌を巡って「高松論争」が展開されたのである。

 一八九九歌も巻十の「花に寄す」からとられている。

 巻十で「卯の花」を詠んだ歌をみてみよう。

 

◆ほととぎす鳴く声聞くや卯の花の咲き散る岡(をか)に葛(くず)引く娘子(をとめ)

               (作者未詳 巻十 一九四二)

 

(訳)もう時鳥の鳴声を聞きましたか。卯の花が咲いては散るこの岡で、葛を引いている娘さんよ。(同上)

(注)葛引く:葛の繊維から葛布を織る

(注の注)葛布とは、山野に自生する葛の繊維を織り上げた布のこと

 

 この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その126改)」で紹介している。(タイトルには朝食の写真が載っていますが、本文では改訂し写真は削除しております。)

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◆朝霧(あさぎり)の八重山(やへやま)越えてほととぎす卯の花辺から鳴きて越え来(き)ぬ

               (作者未詳 巻十 一九四五)

 

(訳)立ちこめる朝霧のように幾重にも重なる山を越え、時鳥が、卯の花の咲いているあたりを越えて、鳴きたてながらこの里にやって来た。(同上)

 

 

五月山(さつきやま)卯の花月夜(づくよ)ほととぎす聞けども飽(あ)かずまた鳴かぬかも

               (作者未詳 巻十 一九五三)

 

(訳)五月の山に卯の花が咲いている月の美しい夜、こんな夜の時鳥は、いくら聞いても聞き飽きることがない。もう一度鳴いてくれないものか。(同上)

 

 この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その528)」で紹介している。

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卯の花の散らまく惜(を)しみほととぎす野に出(い)で山に入(い)り来(き)鳴き響(とよ)もす

               (作者未詳 巻十 一九五七)

 

(訳)卯の花が散るのを惜しんで、時鳥が、野に出て来たり山に引っ込んだりして、鳴き立てながら飛び廻っている。(同上)

(注)まく:…だろうこと。…(し)ようとすること。 ※派生語。語法活用語の未然形に付く。 ⇒なりたち 推量の助動詞「む」の古い未然形「ま」+接尾語「く」(学研)

 

 

◆かくばかり雨の降らくにほととぎす卯の花山になほか鳴くらむ

               (作者未詳 巻十 一九六三)

 

(訳)こんなに雨が降っているのに、時鳥は、卯の花の咲きにおう山辺で、今もなお鳴き立てているのであろうか。(同上)

(注)-らく 接尾語:〔上一段動詞の未然形、上二段・下二段・カ変・サ変・ナ変動詞の終止形や、助動詞「つ」「ぬ」「ゆ」「しむ」などの終止形に付いて〕①…すること。▽上に接する活用語を名詞化する。②…ことよ。▽文末に用いて、詠嘆の意を表す。

[訳] 夜が更けてしまったことよ。 ※上代語。⇒く(接尾語) (学研)

 

 

◆時ならず玉をぞ貫(ぬ)ける卯の花の五月(さつき)を待たば久しくあるべみ

               (作者未詳 巻十 一九七五)

 

(訳)まだその時期でもないのに、薬玉を貫いたように花が咲いている。卯の花が、薬玉を作る五月を待ったら、待ち遠しくて仕方がないので。(同上)

(注)べみ:…しそうなので。…に違いないので。 ※派生語。 ⇒参考 上代に、多く「ぬべみ」の形で使われ、中古にも和歌に用いられた。 なりたち 推量の助動詞「べし」の語形変化しない部分「べ」+原因・理由を表す接尾語「み」(学研)

 

 

卯の花の咲き散る岡(おか)ゆほっとぎす鳴きてさ渡る君は聞きつや

                (作者未詳 巻十 一九七六)

 

(訳)卯の花が咲いて散っている岡の上を時鳥が鳴いて渡って行きます。あなたはその声を聞きましたか。(同上)

 

この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その300)」で紹介している。

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◆うぐひすの通(かよ)ふ垣根(かきね)の卯の花の憂(う)きことあれや君が来まさぬ

                (作者未詳 巻十 一九八八)

 

(訳)鴬(うぐいす)がよく通ってくる垣根に咲いている卯の花ではないが、うっとうしいことがあるというのであろうか、あの方がいっこうにおいでにならない。(同上)

(注)上三句は序。「憂(う)き」を起こす。

 

 

卯の花の咲くとはなしにある人に恋ひやわたらむ片思(かたもひ)にして

               (作者未詳 巻十 一九八八)

 

(訳)卯の花の咲くように、心を開いてくれることとてないあの人に、こんなにまで焦がれつづけるのであろうか。片思いのままで。(同上)

 

 卯の花は、小生の玄関先に植えているが、初夏に小さな白や薄桃色の花が無数に咲く。花が過ぎると、雪が降り積もるかのように、通路が花弁で被いつくされる。あでやかな花である。しかし、一九八八歌にある「卯の花の憂(う)きことあれや」ではないが、上記の歌をみても、どちらかといえば、沈みがちな歌が多い。賑やかな時鳥を際立たせる静かな存在でもある。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉