●歌は、「卯の花のともにし鳴けばほととぎすいやめづらしも名告り鳴くなへ」である。
●歌をみていこう。
◆宇能花能 登聞尓之奈氣婆 保等登藝須 伊夜米豆良之毛 名能里奈久奈倍
(大伴家持 巻十八 四〇九一)
≪書き下し≫卯(う)の花のともにし鳴けばほととぎすいやめづらしも名告(なの)り鳴くなへ
(訳)卯の花の連れ合いとばかり鳴くものだから、時鳥の、その鳴く声にはいよいよと心引かれるばかりだ。自分はホトトギスだとちゃんと名を名告って鳴くにつけても。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)とも【友】名詞:友人。仲間。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)なへ 接続助詞:《接続》活用語の連体形に付く。〔事柄の並行した存在・進行〕…するとともに。…するにつれて。…するちょうどそのとき。 ※上代語。中古にも和歌に用例があるが、上代語の名残である。(学研)
四〇八九から四〇九二歌までの歌群の題詞は、「獨居幄裏遥聞霍公鳥喧作歌一首幷短歌」<独り幄(とばり)の裏(うち)に居(を)り、遥(はる)かに霍公鳥(ほととぎす)の喧(な)くを聞きて作る歌一首幷(あは)せて短歌>である。
(注)幄(とばり)の裏(うち)に居(を)り:ここは部屋の中にいる、の意
(注)四〇八九歌の長歌は、四〇一一歌から、実に一年八か月ぶりの長歌である。
長歌と他の短歌二首をみてみよう。
◆高御座 安麻乃日継登 須賣呂伎能 可未能美許登能 伎己之乎須 久尓能麻保良尓 山乎之毛 佐波尓於保美等 百鳥能 来居弖奈久許恵 春佐礼婆 伎吉乃可奈之母 伊豆礼乎可 和枳弖之努波无 宇能花乃 佐久月多弖婆 米都良之久 鳴保等登藝須 安夜女具佐 珠奴久麻泥尓 比流久良之 欲和多之伎氣騰 伎久其等尓 許己呂都呉枳弖 宇知奈氣伎 安波礼能登里等 伊波奴登枳奈思
(大伴家持 巻十八 四〇八九)
≪書き下し≫高御倉(たかみくら) 天(あま)の日継(ひつぎ)と すめろきの 神(かみ)の命(みこと)の きこしをす 国のまほらに 山をしも さはに多みと 百鳥(ももとり)の 来(き)居(ゐ)て鳴く声 春されば 聞きのかなしも いづれをか 別(わ)きて偲(しの)はむ 卯(う)の花の 咲く月立てば めづらしく 鳴くほととぎす あやめぐさ 玉貫(ぬ)くまでに 昼暮らし 夜(よ)わたし聞けど 聞くごとに 心つごきて うち嘆き あはれの鳥と 言はぬ時なし
(訳)高い御位にいます、日の神の後継ぎとして、代々の天皇が治めたまう国、この国のまっ只(ただ)中(なか)に、山が至る所にあるからとて、さまざまな鳥がやって来て鳴く声、その声は、春ともなると聞いてひとしお身にしみる。ただとりわけどの鳥の声を賞(め)でるというわけにはゆかない。が、やがて卯の花の咲く夏の四月ともなると、懐かしいも鳴く時鳥、その時鳥の声は、菖蒲(あやめ)を薬玉に通す五月まで、昼はひねもす、夜は夜通し聞くけれど、聞くたびに心がわくわくして、溜息(ためいき)ついて、ああ何と趣深き鳥よと、言わぬ時とてない。(同上)
(注)たかみくら【高御座】名詞:即位や朝賀などの重大な儀式のとき、大極殿(だいごくでん)または紫宸殿(ししんでん)の中央の一段高い所に設ける天皇の座所。玉座。(学研)
(注)あまつひつぎ【天つ日嗣ぎ】名詞:「天つ神」、特に天照大神(あまてらすおおみかみ)の系統を受け継ぐこと。皇位の継承。皇位。(学研)
(注)きこしおす【聞こし食す】[動]《動詞「聞く」の尊敬語「きこす」と、動詞「食う」の尊敬語「おす」の複合したもの》:「治める」の尊敬語。お治めになる。(weblio辞書 デジタル大辞泉)
(注)まほら 名詞:まことにすぐれたところ。まほろば。まほらま。 ※「ま」は接頭語、「ほ」はすぐれたものの意、「ら」は場所を表す接尾語。上代語(学研)
(注)つきたつ【月立つ】分類連語:①月が現れる。月がのぼる。②月が改まる。月が変わる。(学研) ここでは②の意
(注)あやめぐさ 玉貫(ぬ)くまでに:菖蒲を薬玉に通す五月まで。
(注)くらす【暮らす】他動詞:①日が暮れるまで時を過ごす。昼間を過ごす。②(年月・季節などを)過ごす。月日をおくる。生活する。(学研)
(注)よわたし【夜渡し】[副]一晩中。夜どおし。(weblio辞書 デジタル大辞泉)
(注)心つごきて:心が激しく動いて
「反歌」のほうにいってみよう。
◆由久敝奈久 安里和多流登毛 保等登藝須 奈枳之和多良婆 可久夜思努波牟
(大伴家持 巻十八 四〇九〇)
≪書き下し≫ゆくへなくありわたるともほととぎす鳴きし渡らばかくや偲(しの)はむ
(訳)途方に暮れて日を送るようなことがあったとしても、時鳥が鳴きながら飛び渡って行きさえしたら、やはり今と同じように聞き惚(ほ)れることであろうよ。(同上)
(注)ゆくへなし【行く方無し】形容詞①どこへ行ったかわからない。行く先がわからない。②途方にくれる。(学研) ここでは②の意
(注)かくや偲(しの)はむ:やはり今と同じようにその声を賞(め)でるであろう。時鳥の声はいかなる時もめでたいという心。
◆保登等藝須 伊登祢多家口波 橘乃 播奈治流等吉尓 伎奈吉登余牟流
(大伴家持 巻十八 四〇九二)
≪書き下し≫ほととぎすいとねたけくは橘(たちばな)の花(はな)散(ぢ)る時に来鳴き響(とよ)むる
(訳)時鳥、この鳥がやたら癪(しゃく)に障るのは、折しも橘の花が散る時にやって来て鳴きたてるせいなのだ。(同上)
(注)ねたし【妬し】形容詞:くやしい。しゃくだ。いまいましい。腹立たしい。憎らしい。(学研)
左注は、「右四首十日大伴宿祢家持作之」<右の四首は、十日に大伴宿禰家持作る>である。
万葉集で、ほととぎすを詠った歌は百五十三首であり、大伴家持の歌が最も多く六十四首収録されている。
岡山県自然保護センターの田中瑞穂氏は、その著「万葉の動物学」のなかで、鳥に関して面白い分析をされている。
詠われている鳥の種類では、ホトトギスが百五十三首とトップであり、次いでカリ(六十七首)、ウグイス(五十一首)、ツル(四十七首)で、この四種の鳥で、鳥が詠われた3分の2を占め、なぜこの四種の鳥が多いのかを次のように考察されている。
- 鳴き声が大きく、よく通る声で遠くまで聞こえること。
- 鳴き声に特徴があって、他の鳥と間違えることがないこと。
- 鳴く時期に、季節感を感じさせること。
こういった鳥からの万葉集へのアプローチも面白い考え方である。ジャンルのプロがその立場で万葉集へアプローチするのは説得力がある。
万葉集の裾野の広さをそして魅力をより一層感じさせるのである。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書)
★「万葉の動物学」 田中瑞穂 著 (岡山県自然保護センター研究報告)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)