万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1408)―福井県越前市 ふるさとギャラリー淑羅―万葉集 巻十九 四二九〇

●歌は、「春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影にうぐひす鳴くも」である。

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福井県越前市 「ふるさとギャラリー淑羅」万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、福井県越前市 ふるさとギャラリー淑羅にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆春野尓 霞多奈▼伎 宇良悲 許能暮影尓 鸎奈久母

       (大伴家持 巻十九 四二九〇)

▼は「田+比」➡「多奈▼伎」=たなびき

 

≪書き下し≫春の野に霞(かすみ)たなびきうら悲(がな)しこの夕影(ゆふかげ)にうぐひす鳴くも

 

(訳)春の野に霞がたなびいて、何となしに物悲しい、この夕暮れのほのかな光の中で、鴬が鳴いている。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)春たけなわの夕暮れ時につのるうら悲しさが主題。(伊藤脚注)

(注)うらがなし【うら悲し】形容詞:何とはなしに悲しい。もの悲しい。 ※「うら」:心の意。(学研)

(注)ゆふかげ【夕影】名詞:①夕暮れどきの光。夕日の光。 [反対語] 朝影(あさかげ)。②夕暮れどきの光を受けた姿・形。(学研)ここでは①の意                         

 

 「春愁三首」の一首である。

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その551)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

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福井県越前市 ふるさとギャラリー淑羅

越前市HPに「ふるさとギャラリー淑羅」の「叔羅(しくら)」の説明が書かれている。

「『叔羅』という名称は、万葉の歌人 大伴家持日野川を詠んだ歌『叔羅河』から引用したもので、 この言葉には、美しく良いものが並んでいるという意味に通じるものがあります。」

 

 ここに書かれている日野川を詠んだ家持の歌をみてみよう。

題詞「贈水烏越前判官大伴宿祢池主歌一首 幷短歌」<鵜(う)を越前(こしのみちのくち)の判官(じよう)大伴宿禰池主に贈る歌一首 幷(あは)せて短歌」である。

 

◆天離 夷等之在者 彼所此間毛 同許己呂曽 離家 等之乃經去者 宇都勢美波 物念之氣思 曽許由恵尓 情奈具左尓 霍公鳥 喧始音乎 橘 珠尓安倍貫 可頭良伎氐 遊波之母 麻須良乎々 等毛奈倍立而 叔羅河 奈頭左比泝 平瀬尓波 左泥刺渡 早湍尓 水烏乎潜都追 月尓日尓 之可志安蘇婆祢 波之伎和我勢故

       (大伴家持 巻十九 四一八九)

 

≪書き下し≫天離(あまざか)る 鄙(ひな)としあれば そこここも 同(おな)じ心ぞ 家離(いへざか)り 年の経(へ)ゆけば うつせみは 物思(ものも)ひ繁(しげ)し そこゆゑに 心なぐさに ほととぎす 鳴く初声(はつこゑ)を 橘(たちばな)の 玉にあへ貫(ぬ)き かづらきて 遊ばむはしも ますらをを 伴(とも)なへ立てて 叔羅川(しくらがは) なづさひ上(のぼ)り 平瀬(ひらせ)には 小網(さで)さし渡し 早き瀬に 鵜(う)を潜(かづ)けつつ 月に日(ひ)に しかし遊ばね 愛(は)しき我が背子(せこ)

 

(訳)都遠く離れた鄙暮らしということでありますから、あなたは私も同じ気持のはず。奈良の家を離れて年が経ってゆくので、この世に住む身は物思いが絶えません。それゆえ気を紛らわせるために、時鳥(ほととぎす)の鳴く初声なんぞを橘の花玉に交じえて糸に通し、縵(かずら)にして遊ぶその折にでも、ますらおのこたちを誘い出して、叔羅(しくら)川、そうあの川を波にもまれてさかのぼり、ゆるやかな浅瀬では小網(さで)を張り渡したり、ほとばしる早瀬では鵜(う)をもぐらせたりして、月ごと日ごとにそうして楽しく遊び給え。我が懐かしき人よ。(同上)

(注)そこここも:越前のあなたも越中の私も。(伊藤脚注)

(注)あへぬく【合へ貫く】他動詞:合わせて貫き通す。(学研)

(注)はし【端】名詞:①(物の)はし。先端。末端。へり。ふち。②(家の)外に近いところ。縁側。③(物の)一部分。一端。切れ端。④(物事の)発端。端緒。はじまり。⑤折。時。間。⑥中途はんぱ。はんぱ者。(学研)ここでは⑤の意

(注)叔羅川:越前国府のあった福井県越前市を流れる日野川か。(伊藤脚注)

(注)なづさふ 自動詞:①水にもまれている。水に浮かび漂っている。②なれ親しむ。慕いなつく。(学研)ここでは①の意

(注)ひらせ【平瀬】名詞:川の流れがゆるやかで波の立たない浅い所。(学研)

(注)さで【叉手・小網】名詞:魚をすくい取る網。さであみ。(学研)

(注)しかし:そのようにして。シは強意。(伊藤脚注)

 

 

◆叔羅河 湍乎尋都追 和我勢故波 宇可波多々佐祢 情奈具左尓

       (大伴家持 巻十九 四一九〇)

 

≪書き下し≫叔羅川(しくらがは)瀬を尋ねつつ我が背子(せこ)は鵜川(うかは)立たさね心なぐさに

 

(訳)叔羅川、その早瀬を辿(たど)り求めながら、我がいとしき人よ、鵜飼を楽しみ給え。気晴らしに。

(注)うかは【鵜川】名詞:鵜(う)の習性を利用して魚(多く鮎(あゆ))をとること。鵜飼い。また、その川。(学研)

 

 

◆鵜河立 取左牟安由能 之我波多波 吾等尓可伎无氣 念之念婆

       (大伴家持 巻十九 四一九一)

 

≪書き下し≫鵜川立ち取らさむ鮎(あゆ)のしが鰭(はた)は我れにかき向け思ひし思はば

 

(訳)鵜飼をしてお捕りになる鮎、せめてそいつの尾鰭(おひれ)ぐらいは、切り取って私どもに贈ってくださいよ。こうして鵜を贈る私どものことを相も変わらす思って下さるのならば。(同上)

(注)しが【其が】分類連語:「し(其)」に同じ。 ※「が」は格助詞。(学研)

(注)はた【鰭】名詞:魚のひれ。(学研)

 

左注は、「右九日附使贈之」<右は、九日に使に付けて贈る>である。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「越前市HP」