万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2296)―

●歌は、「世間の常なきことは知るらむを心尽すなますらをにして」である。

石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)万葉歌碑(大伴家持) 
20230704撮影

●歌碑は、石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)にある。

 

●歌をみていこう。

                           

 四二一四~四二一六歌の題詞は、「挽歌一首 幷短歌」<挽歌(ばんか)一首 幷せて短歌>である。

(注)家持の女婿の母の死を悼む歌。(伊藤脚注)

 

 

 四二一四歌から順にみてみよう。

 

◆天地之 初時従 宇都曽美能 八十伴男者 大王尓 麻都呂布物跡 定有 官尓之在者 天皇之 命恐 夷放 國乎治等 足日木 山河阻 風雲尓 言者雖通 正不遇 日之累者 思戀 氣衝居尓 玉桙之 道来人之 傳言尓 吾尓語良久 波之伎餘之 君者比来 宇良佐備弖 嘆息伊麻須 世間之 猒家口都良家苦 開花毛 時尓宇都呂布 宇都勢美毛 无常阿里家利 足千根之 御母之命 何如可毛 時之波将有乎 真鏡 見礼杼母不飽 珠緒之 惜盛尓 立霧之 失去如久 置露之 消去之如 玉藻成 靡許伊臥 逝水之 留不得常 枉言哉 人之云都流 逆言乎 人之告都流 梓弓 弦爪夜音之 遠音尓毛 聞者悲弥 庭多豆水 流涕 留可祢都母

       (大伴家持 巻十九 四二一四)

 

≪書き下し≫天地(あめつち)の 初めの時ゆ うつそみの 八十伴(やそとも)の男(を)は 大君(おほきみ)に まつろふものと 定(さだ)まれる 官(つかさ)にしあれば 大君の 命(みこと)畏(かしこ)み 鄙離(ひなざか)る 国を治(をさ)むと あしひきの 山川(やまかは)へだて 風雲(かぜくも)に 言(こと)は通(かよ)へど 直(ただ)に逢(あ)はず 日の重(かさ)なれば 思ひ恋ひ 息(いき)づき居(を)るに 玉桙(たまほこ)の 道来(く)る人の 伝(つ)て言(こと)に 我れに語らく はしきよし 君はこのころ うらさびて 嘆かひいます 世間(よのなか)の 憂(う)けく辛(つら)けく 咲く花も 時にうつろふ うつせみも 常(つね)なくありけり たらちねの 御母(みはは)の命(みこと) 何(なに)しかも 時しはあらむを まそ鏡 見れども飽(あ)かず 玉の緒(を)の 惜(を)しき盛りに 立つ霧(きり)の 失(う)せぬるごとく 置く露の 消(け)ぬるがごとく 玉藻(たま)なす 靡(なび)き臥(こ)い伏(ふ)し 行く水の 留(とど)めかねつと たはことか 人の言ひつる およづれか 人の告(つ)げつる 梓弓(あづさゆみ) 爪引(つまび)く夜音(よおと)の 遠音(とほと)にも 聞けば悲しみ にはたづみ 流るる涙(なみた) 留(とど)めかねつも

 

(訳)天地の初めて開けた時から、世の中の多くの官人たる者は、大君に従うものと定まっている。その職にあるので、大君の仰せを畏んで、都を遠く離れた鄙の国を治めるためと、山や川を遠く隔てていて、風や雲につけて便りは通うとはいえ、じかにお逢いできないまま日が重なるので、慕わしく思い恋焦がれては溜息ついているその矢先に、玉鉾の道にやって来る人が言伝(ことづ)てとて私に語り告げたこと、そのことが、「ああ、おいたわしくも、あの方は近頃萎(しお)れ返って嘆きつづけておいでです。人の世の何よりも厭(いと)わしくつらいのは、咲く花も時が経(た)てば散り失せ、人の身も常ならぬものであるということです。たらちねの母上様には、いったいどんなおつもりか、ほかに時はいくらでもありましょうに、お見受けしても見飽きることがなく、まだまだ惜しい盛りのお年なのに、立つ霧の消え失せてしまうように、玉藻のように床に靡き伏されて、流れ行く水のようにお引き留めもかないませんでした」とあったとは。でたらめ言を人が口走ったのでしょうか、惑わし言を人が告げたのでしょうか。梓弓を爪で弾き鳴らす夜音のように、遠く遥かなる知らせとは言え、お伺いするとやたら悲しくて、にわたずみのように流れる涙は、留めようにも留めることができません。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

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感想(1件)

(注)やそとものを【八十伴の緒・八十伴の男】名詞:多くの部族の長。また、朝廷に仕える多くの役人。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)まつろふ【服ふ・順ふ】自動詞:服従する。つき従う。仕える。(学研)

(注)官にしあれば:その官人たちであるので。(伊藤脚注)

(注)ひなさかる【鄙離る】自動詞:遠い田舎にある。都から遠く離れている。(学研)

(注)風雲に言は通へど:風や雲につけて音信は通うとはいえ。(伊藤脚注)

(注)道来る人の:都から道を下って来た人が。(伊藤脚注)

(注)君:ここでは、女婿藤原二郎。(伊藤脚注)

(注)うらさぶ【うら寂ぶ・うら荒ぶ】自動詞:①気持ちがすさむ。②楽しまず、心さびしく感じる。 ※「うら」は心の意。(学研)ここでは②の意

(注)なげかふ【嘆かふ】自動詞:嘆く。嘆き続ける。 ※動詞「なげく」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」(学研)

(注)世間(よのなか)の 憂(う)けく辛(つら)けく:山上憶良の八九七歌に同じ句がある。(伊藤脚注)

(注)まそかがみ【真澄鏡】分類枕詞:鏡の性質・使い方などから、「見る」「清し」「照る」「磨(と)ぐ」「掛く」「向かふ」「蓋(ふた)」「床(とこ)」「面影(おもかげ)」「影」などに、「見る」ことから「み」を含む地名「敏馬(みぬめ)」「南淵山(みなぶちやま)」にかかる。(学研)

(注)たまのをの【玉の緒の】分類枕詞:玉を貫き通す緒の状態から「絶ゆ」「長し」「短し」「思ひ乱る」などにかかる。(学研)

(注)靡き臥い伏し:病の床に靡き臥せってしまわれて。「臥い」は上二段「臥ゆ」の連用形。(伊藤脚注)

(注)ゆくみづの【行く水の】[枕]:水の流れ去るさまから、「過ぐ」「とどめかぬ」にかかる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)-かぬ 接尾語ナ行下二段活用〔動詞の連用形に付いて〕:①(…することが)できない。②(…することに)耐えられない。(学研)ここでは①の意

(注)たはこと【戯言】名詞:①正気を失って言う、正常でない言葉。でたらめ。

②ばかばかしい言葉・話。冗談など。 ※「たはごと」とも。(学研)ここでは①の意

(注)およづれ【妖・逆言】名詞:「妖言(およづれごと)」の略。人をまどわすことば。(学研)

(注)「梓弓爪引く夜音の」は序。「遠音」(遠くからの報せ)を起す。(伊藤脚注)

(注)にはたづみ【行潦・庭潦】分類枕詞:地上にたまった水が流れることから「流る」「行く」「川」にかかる。(学研)

(注の注)にはたづみ【行潦・庭潦】名詞:雨が降ったりして、地上にたまり流れる水。(学研)

 

 上記(注)の「世間(よのなか)の 憂(う)けく辛(つら)けく」にある、山上憶良の八九七歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その44改)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 続いて反歌二首をみてみよう。

 

◆遠音毛 君之痛念跡 聞都礼婆 哭耳所泣 相念吾者

       (大伴家持 巻十九 四二一五)

 

≪書き下し≫遠音にも君が嘆くと聞きつれば哭(ね)のみし泣かゆ相思ふ我れは

 

(訳)遠く遥かなる報せにでも、あなたが嘆いておられると伺ったので、咽(むせ)び泣きにやたらと泣かされてしまいます。同じ思いでいる私は。(同上)

(注)上三句に長歌の末尾を承けつつ、その内容をまとめている。(伊藤脚注)

 

 

◆世間之 无常事者 知良牟乎 情盡莫 大夫尓之氐

       (大伴家持 巻十九 四二一六)

 

≪書き下し≫世間(よのなか)の常なきことは知るらむを心尽くすなますらをにして

 

(訳)世の中が常でないということはよくよくご承知でしょうに、心尽き果てるまでお嘆きくださるな。堂々たる男子の身で。(同上)

(注)前歌から転じて、世の無常を引き合いにして励ましながら全体を結ぶ。(伊藤脚注)

(注)心尽すな:心を尽き果されるな。(伊藤脚注)

 

左注は、「右大伴宿祢家持弔聟南右大臣家藤原二郎之喪慈母患也 五月廿七日」<右は、大伴宿禰家持、聟(むこ)の南の右大臣家の藤原二郎が慈母を喪(うしな)ふ患(うれ)へを弔(とぶら)ふ。 五月の二十七日>である。

(注)聟の南の右大臣家の藤原二郎:家持の女婿で、藤原南家の右大臣の次男、の意。南家の右大臣は藤原武智麻呂の長子豊成だが、ここは豊成の弟の仲麻呂を含むもので、仲麻呂の次男久須麻呂か。(伊藤脚注)

 

 家持が父親として娘をめぐり久須麻呂とやり取りした歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2262)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 南家の藤原二郎については、藤原豊成の第二子であれば継縄(つぐただ)、藤原仲麻呂の第二子であれば久須麻呂といった説がある。

 藤原継縄を検索してみると、妻「百済王明信(くだらのみょうしん)」とあるので、家持の娘は嫁いだとしても正妻でなく「妾」であったのだろう。

藤原久須麻呂を検索しても、大伴家持の娘婿と書かれてはいない。

ただ、家持が、橘奈良麻呂の変で圏外に身を置くことが出来たのは、藤原南家の有力者が娘婿であったことによるかもしれない。

 家持のある意味したたかな生き方が垣間見られるのである。

 

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉