万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2294)―

●歌は、「我が欲りし雨は降り来ぬかくしあらば言挙げせずとも年は栄えむ」である。

石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)万葉歌碑(大伴家持) 
20230704撮影

●歌碑は、石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)にある。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「賀雨落歌一首」<雨落(ふ)るを賀(ほ)ぐ歌一首>である。

 

◆和我保里之 安米波布里伎奴 可久之安良婆 許登安氣世受杼母 登思波佐可延牟

       (大伴家持 巻十八 四一二四)

 

≪書き下し≫我が欲(ほ)りし雨は降り来(き)ぬかくしあらば言挙(ことあ)げせずとも年は栄(さか)えむ

 

(訳)われらが願いに願った雨はとうとう降ってきた。こうなったからには、事々しく言い立てなくても、秋の実りは栄えまさるにちがいない。(同上)

(注)言挙げせずとも:仰々しく言い立てなくても。(伊藤脚注)

(注)とし【年・歳】名詞:①穀物。特に稲。稲の実り。②(暦の)年。年数。年月。③年齢。④季節。時候。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

 

左注は、「右一首同月四日大伴宿祢家持作」<右の一首は、同じき月の四日に、大伴宿禰家持作る>である。

 

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 この歌の前に収録されている四一二二、四一二三歌は、家持が国守としての立場で詠った雨乞いの歌である。

 これもみてみよう。

 

題詞は、「天平感寶元年閏五月六日以来起小旱百姓田畝稍有凋色也 至于六月朔日忽見雨雲之氣仍作雲歌一首 短歌一絶」<天平感宝(てんぴやうかんぽう)元年の閏の五月の六日より以来(このかた)、小旱(せうかん)を起し、百姓の田畝(でんぽ)やくやくに凋(しぼ)む色あり。六月の朔日(つきたち)に至りて、たちまちに雨雲の気を見る。よりて作る雲の歌一首 短歌一絶>である。

(注)かん【旱】[音]カン(呉)(漢) [訓]ひでり:雨が降らずからからに乾くこと。ひでり。「旱害・旱魃 (かんばつ) /水旱・大旱」 [補説]「干」を代用字とすることがある。(goo辞書 デジタル大辞泉

(注)やくやく【漸漸】[副]:《「ようやく」の古形》だんだん。しだいに。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

◆須賣呂伎能 之伎麻須久尓能 安米能之多 四方能美知尓波 宇麻乃都米 伊都久須伎波美 布奈乃倍能 伊波都流麻泥尓 伊尓之敝欲 伊麻乃乎都頭尓 万調 麻都流都可佐等 都久里多流 曽能奈里波比乎 安米布良受 日能可左奈礼婆 宇恵之田毛 麻吉之波多氣毛 安佐其登尓 之保美可礼由苦 曽乎見礼婆 許己呂乎伊多美 弥騰里兒能 知許布我其登久 安麻都美豆 安布藝弖曽麻都 安之比奇能 夜麻能多乎理尓 許能見油流 安麻能之良久母 和多都美能 於枳都美夜敝尓 多知和多里 等能具毛利安比弖 安米母多麻波祢

       (大伴家持 巻十八 四一二二)

 

≪書き下し≫天皇(すめろき)の 敷きます国の 天(あめ)の下(した) 四方(よも)の道には 馬の爪(つめ) い尽(つく)す極(きは)み 舟舳(ふなのへ)の い果(は)つるまでに いにしへよ 今のをつつに 万調(よろずつき) 奉(まつ)るつかさと 作りたる その生業(なりはひ)を 雨降らず 日の重(かさ)なれば 植ゑし田も 蒔(ま)きし畑(はたけ)も 朝ごとに 凋(しぼ)み枯(か)れゆく そを見れば 心を痛み みどり子の 乳乞(ちこ)ふがごとく 天(あま)つ水 仰(あふ)ぎてぞ待つ あしひきの 山のたをりに この見ゆる 天(あま)の白雲(しらくも) 海神(わたつみ)の 沖つ宮辺(みやへ)に 立ちわたり との曇(ぐも)りあひて 雨も賜はね

 

(訳)代々の天皇のお治めになるこの国土の、天の下の四方に広がる国々にはどこもかしこも、馬の蹄(ひづめ)が減ってなくなる地の果てまで、舟の舳先(へさき)が行きつける海の果てまで、遠く遥かなる古(いにしえ)から今の今までずっと、ありとあらゆる貢物(みつぎもの)を奉るが、その中でも第一の物なのだと、励んで作っているその耕作の生業(なりわい)であるのに、雨も降らず日が重なって行くので、苗を植えた田も種を蒔(ま)いた畑も、朝ごとに凋んで枯れてゆく。それを見ると心が痛んで、幼子(おさなご)が乳を求めるように、天空を振り仰いで恵みの雨を待っている。今しも山の尾根にまざまざと見える天の白雲よ、海神の統(す)べたまう沖の宮のあたりまで立ち広がり、一面にかき曇って、どうか雨をお与え下さい。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)よも【四方】名詞:①東西南北。前後左右。四方(しほう)。②あたり一帯。いたるところ。(学研)

(注の注)四方の道:東海・東山・北陸・山陰・山陽・南海・西海の七道。(伊藤脚注)

(注)い尽す極み:すり減ってなくなる果てまで。(伊藤脚注)

(注)今のをつつに:今の今まで。(伊藤脚注)

(注の注)をつつ【現】名詞:今。現在。「をつづ」とも。(学研)

(注)万調奉るつかさと:よろずの貢物を奉る、その第一の物だと思って。(伊藤脚注)

(注の注)つかさ【長/首】:①主要な人物。首長。おさ。②主要なもの。(weblio辞書 デジタル大辞泉)ここでは②の意

(注)みどりこ【嬰児】名詞:おさなご。乳幼児。 ※後には「みどりご」とも。(学研)

(注)たをり【撓り】名詞:「たわ」に同じ。(学研)

(注の注)たわ【撓】名詞:山の尾根の、くぼんで低くなっている部分。鞍部(あんぶ)。「たをり」とも。(学研)

(注)との曇りあひて:四方から一面にかき曇って。「との」はすっかり。「たな」とも。(伊藤脚注)

(注の注)とのぐもる【との曇る】自動詞:空一面に曇る。 ※「との」は接頭語。(学研)

 

 「みどり子の 乳乞(ちこ)ふがごとく 天(あま)つ水 仰(あふ)ぎてぞ待つ」がすべてを物語っている。

 

 

 反歌もみてみよう。

 

◆許能美由流 久毛保妣許里弖 等能具毛理 安米毛布良奴可 己許呂太良比尓

       (大伴家持 巻十八 四一二三)

 

≪書き下し≫この見ゆる雲ほびこりてとの曇り雨も降らぬか心(こころ)足(だ)らひに

 

(訳)今しもまざまざと見えるこの雲がはびこって、一面にかき曇り、雨がどっと降ってくれないものか。心ゆくまで。(同上)

(注)ほびこる【蔓=延る】[動ラ四]:いっぱいにひろがる。はびこる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)心足らひに:心が充ち足りるまでに。(伊藤脚注)

(注の注)たらふ【足らふ】自動詞:①すべて不足なく備わっている。完全である。②十分に資格が備わる。 ※動詞「たる」の未然形に反復継続の助動詞「ふ」が付いて一語化したもの。(学研)

 

左注は、「右二首六月一日晩頭守大伴宿祢家持作之」<右の二首は、六月の一日の晩頭(ひのぐれ)に、守(かみ)大伴宿禰家持作る>である。

(注)右二首:天皇に代わる国守の任務として雨を乞うた歌。(伊藤脚注)

 

六月一日に国司として雨乞いの歌(四一二四、四一二五歌)を読んだが、大伴家持の祈りは天に届き、三日後には待ち望んだ雨が降った。家持は喜んで四一二四歌を詠んだのである。

 

 

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 この四一二四~四一二五歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1982)」で、雨や農耕に関する儀礼に結び付く歌とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 雨乞いの歌や待ち望んだ雨を喜ぶ歌を検索してみたがこの一連の歌以外には見つからなかった。

 貴重な史料的な歌である。

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「goo辞書 デジタル大辞泉