万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2545)―

●歌は、「我が背子がやどの山吹咲きてあらばやまず通はむいや年のはに」である。

大阪府柏原市高井田 高井田横穴公園万葉歌碑(プレート)(大伴家持) 20240307撮影

●歌碑(プレート)は、大阪府柏原市高井田 高井田横穴公園にある。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「同月廿五日左大臣橘卿宴于山田御母之宅歌一首」<同じき月の二十五日に、左大臣橘卿(たちばなのまへつきみ)、山田御母(やまだのみおも)が宅(いへ)にして宴(うたげ)する歌一首>である。

(注)橘卿:橘諸兄。(伊藤脚注)

(注)山田御母:山田史比売島。孝謙天皇の乳母。故に「御母」という。(伊藤脚注)

 

◆夜麻夫伎乃 花能左香利尓 可久乃其等 伎美乎見麻久波 知登世尓母我母

       (大伴家持 巻二十 四三〇四)

 

≪書き下し≫山吹(やまぶき)の花の盛りにかくのごと君を見まくは千年(ちとせ)にもがも

 

(訳)山吹の花のまっ盛りの時に、このように我が君にお目にかかることは、千年も長く続いてほしいものです。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)みまく【見まく】分類連語:見るだろうこと。見ること。 ※上代語。 ⇒なりたち:動詞「みる」の未然形+推量の助動詞「む」の古い未然形「ま」+接尾語「く」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)もがも 終助詞:《接続》体言、形容詞・断定の助動詞の連用形などに付く。〔願望〕…があったらなあ。…があればいいなあ。 ※上代語。 ⇒終助詞「もが」に終助詞「も」が付いて一語化したもの。(学研)

 

左注は、「右一首少納言大伴宿祢家持矚時花作 但未出之間大臣罷宴而不擧誦耳」<右の一首は、少納言(せうなごん大伴宿禰家持、時の花を矚(み)て作る。ただし、いまだ出(い)ださぬ間に、大臣宴を罷(や)めて、挙げ誦(うた)はなくのみ。>である。

 

この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1317)」で、山吹を詠んだ歌全歌とともに紹介している。

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万葉神事語辞典(國學院大學デジタルミュージアム)の「千年」の項には次のように書かれている。

「千年の長命。長い年月。永遠の年。祝意がある。紀には『千年万歳』『千歳』と見え、長い年月または千年の意で使われている。万葉集において、『この二夜千年のごとも』(11-2381)のように、恋歌では千年を以て長い日を喩える。また『奈良の故郷を悲しびて作る歌』(6-1047)では、八百万年、千年の先までお決めになった奈良の都が荒れていく、と奈良の宮が永遠に栄えることを『千年』で表現したのである。山上憶良は千年の命がほしい(5-903)、とも歌う。春日王は『大君は千歳にまさむ』(3-243)と、大君の長寿を歌う。大伴家持は『国庁に饗を諸の郡司等に給ふ宴の歌』(18-4136)で、『千年寿く』と祈り、また『右大臣橘家に宴する歌』(6-1024、1025)では、長門守巨曾部対馬朝臣が、『千歳にもがも』と願うのに対して、橘右大臣は、私を思ってくれるあなたは『千歳五百歳』も長生きしてほしい、と返す。このように、宴で『千年』を用いて天皇や大臣または宴の参加者の長寿あるいは愛する人の長寿を願う祝い歌を歌ったのである。)と書かれている。

 

上記の歌をベースに、「千年」の理解をふかめてみよう。

■二三八一歌■

◆公目 見欲 是二夜 千歳如 吾戀哉

       (柿本人麻呂歌集 巻十一 二三八一)

 

≪書き下し≫君が目を見まく欲(ほ)りしてこの二夜(ふたよ)千年(ちとせ)のごとも我(あ)は恋ふるかも

 

(訳)あなたのお顔が見たくて見たくて、この二晩というもの、千年も経ったかのように私は恋い焦がれています。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

 

 

 

■一〇四七歌■

題詞は、「悲寧楽故郷作歌一首幷短歌」<寧楽の故郷を悲しびて作る歌一首 幷(あは)せて短歌>である。

(注)故郷:古京の意。(伊藤脚注)

(注)天平十三年(741年)元正天皇恭仁京遷都を行った折に詠った歌か。(伊藤脚注)

 

◆八隅知之 吾大王乃 高敷為 日本國者 皇祖乃 神之御代自 敷座流 國尓之有者 阿礼将座 御子之嗣継 天下 所知座跡 八百萬 千年矣兼而 定家牟 平城京師者 炎乃 春尓之成者 春日山 御笠之野邊尓 櫻花 木晩牢■鳥者 間無數鳴 露霜乃 秋去来者 射駒山 飛火賀▲丹 芽乃枝乎 石辛見散之 狭男壮鹿者 妻呼令動 山見者 山裳見皃石 里見者 里裳住吉 物負之 八十伴緒乃 打經而 思煎敷者 天地乃 依會限 萬世丹 榮将徃迹 思煎石 大宮尚矣 恃有之 名良乃京矣 新世乃 事尓之有者 皇之 引乃真尓真荷 春花乃 遷日易 村鳥乃 旦立徃者 刺竹之 大宮人能 踏平之 通之道者 馬裳不行 人裳徃莫者 荒尓異類香聞

田辺福麻呂 巻六 一〇四七)

     ※ ■は「白」に「八」で、「■鳥」=かほどり

 ▲はやまへんに鬼で、「たけ(岳)」

 

≪書き下し≫やすみしし 我が大君の 高敷(たかし)かす 大和の国は すめろきの 神の御代(みよ)より 敷きませる 国にしあれば 生(あ)れまさむ 御子の継ぎ継ぎ 天(あめ)の下(した) 知らしまさむと 八百万(やほよろづ) 千年(ちとせ)をかねて 定めけむ 奈良の都は かぎろひの 春にしなれば 春日山 三笠の野辺(のへ)に 桜花(さくらばな) 木(こ)の暗隠(くれがく)り 貌鳥(かほどり)は 間(ま)なくしば鳴く 露霜の 秋去り来れば 生駒山 飛火(とぶひ)が岳に 萩の枝(え)を しがらみ散らし さを鹿は 妻呼び響(とよ)む 山見れば 山も見が欲(ほ)し 里見れば 里も住みよし もののふの 八十伴(やそとも)の男(を)の うちはへて 思へりしくは 天地の 寄り合ひの極(きは)み 万代(よろづよ)に 栄え行かむと 思へりし 大宮すらを 頼めりし 奈良の都を 新代(あらたよ)の ことにしあれば 大君の 引きのまにまに 春花(はるはな)の うつろひ変はり 群鳥(むらとり)の 朝立ち行けば さす竹の 大宮人の 踏み平(なら)し 通ひし道は 馬もいかず 人も行かねば 荒れにけるかも

 

(訳)あまねく天下を支配されるわれらの大君が治められている日の本の国は、皇祖の神の御代以来ずっとお治めになっている国であるから、この世に現れ給う代々の御子が次々にお治めになるべきものとして、千年にも万年にもわたるとこしえの都としてお定めになったこの奈良の都は、陽炎の燃える春ともなると、春日山の麓の御笠の野辺で、桜の花の木陰に隠れて、貌鳥(かほどり)はとくに絶え間なく鳴き立てる。露が冷たく置く秋ともなると、生駒山の飛火が岳で、萩の枝をからませ散らして、雄鹿は妻呼び求めて声高く鳴く。山を見れば山も見飽きることがないし、里を見れば里も住み心地がよい。もろもろの大宮人がずっと心に思っていたことには、天地の寄り合う限り、万代ののちまでも栄え続けるであろうと、そう思っていた大宮であるのに、そのように頼りにしていた奈良の都であったのに、新しい御代(みよ)になったこととて、大君のお指図のままに、春の花が移ろうように都が移り変わり、群鳥が朝立ちするように人びとがいっせいに去って行ってしまったので、今まで大宮人たちが踏み平(な)らして往き来していた道は、馬も行かず人も通わないので、今はまったく荒れ放題になってしまった。(伊藤 博著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)やすみしし 【八隅知し・安見知し】分類枕詞:国の隅々までお治めになっている                   意で、「わが大君」「わご大君」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)たかしく【たかしく】他動詞:立派に治める(学研)

(注)すめろき【天皇】:天皇。「すめろぎ」「すめらぎ」「すべらき」とも。(学研))

(注)かほとり【貌鳥・容鳥】鳥の名。未詳。顔の美しい鳥とも。            「かっこう」とも諸説ある。「かほどり」とも。(学研)

(注)とぶひがたけ【飛火が岳】:合図のための烽火台のある峰。(伊藤脚注)

(注)しがらむ【柵む】他動詞:①からみつける。からめる。②「しがらみ」を作りつける。(学研)

(注)やそ【八十】名詞:八十(はちじゅう)。数の多いこと。(学研)

(注)とも【伴】名詞:(一定の職能をもって朝廷に仕える)同一集団に属する人々。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1083)」で、反歌二首とともに紹介している。

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■九〇三歌■

◆倭父手纒(しつたまき) 數母不在(かずにもあらぬ) 身尓波在等(みにはあれど) 千年尓母可等(ちとせにもがと) 意母保由留加母(おもほゆるかも)

         (山上憶良 巻五 九〇三)

 

≪書き下し≫しつたまき数にもあらぬ身にはあれど千年(ちとせ)にもがと思ほゆるかも

 

(訳)物の数でもない俗世の命ではあるけれども、千年でも長生きできたらなあ、と思われてならない。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)しづたまき【倭文手纏】分類枕詞:「倭文(しづ)」で作った腕輪の意味で、粗末なものとされたところから「数にもあらぬ」「賤(いや)しき」にかかる。 ※上代は「しつたまき」。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その44改)」で紹介している。

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■二四三歌■

題詞は、「春日王奉和歌一首」<春日王が和(こた)へ奉(まつ)る歌一首>である。

(注)春日王:文武三年(699年)没。

 

◆王者 千歳二麻佐武 白雲毛 三船乃山尓 絶日安良米也

       (春日王 巻三 二四三)

 

≪書き下し≫大君は千年(ちとせ)に座(ま)さむ白雲(しらくも)も三船の山に絶ゆる日あらめや

 

(訳)わが大君は、千年もおすこやかでいらっしゃるでしょう。その証(あかし)に、白雲だって三船の山に絶えた日がありましょうか。絶えたことがないのです。(同上)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2441)」で紹介している。

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■四一三六歌■

 題詞は、「天平勝寶二年正月二日於國廳給饗諸郡司等宴歌歌一首」<天平勝寶(てんびやうしようほう)二年の正月の二日に、国庁(こくちょう)にして饗(あへ)を諸(もろもろ)の郡司(ぐんし)等(ら)に給ふ宴の歌一首>である。

(注)天平勝寶二年:750年

(注)国守は天皇に代わって、正月に国司、群詞を饗する習いがある。(伊藤脚注)

 

 律令では、元日に国司は同僚・属官や郡司らをひきつれて庁(都の政庁または国庁)に向かって朝拝することになっており、翌日に、新年を寿ぐ宴が開かれたのである。

 

◆安之比奇能 夜麻能許奴礼能 保与等里天 可射之都良久波 知等世保久等曽

        (大伴家持 巻十八 四一三六)

 

≪書き下し≫あしひきの山の木末(こぬれ)のほよ取りてかざしつらくは千年(ちとせ)寿(ほ)くとぞ

 

(訳)山の木々の梢(こずえ)に一面生い栄えるほよを取って挿頭(かざし)にしているのは、千年もの長寿を願ってのことであるぞ。「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)ほよ>ほや【寄生】名詞:寄生植物の「やどりぎ」の別名。「ほよ」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その822)」で紹介している。

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■一〇二四歌■

一〇二四から一〇二七歌の題詞は、「秋八月廿日宴右大臣橘家歌四首」<秋の八月の二十日に、右大臣橘家にして宴(うたげ)する歌四首>である。

 

長門有 奥津借嶋 奥真經而 吾念君者 千歳尓母我毛

       (巨曾倍津島 巻六 一〇二四)

 

≪書き下し≫長門(ながと)なる沖(おき)つ借島(かりしま)奥(おく)まへて我(あ)が思(おも)ふ君は千年(ちとせ)にもがも

 

(訳)わが任国、長門にある沖の借島のように、心の奥深くに秘めて私が思っているあなた様は、千年ものよわいを重ねていただきたいものです。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は序。「奥まへて」を起す。(伊藤脚注)

(注)沖つ借島:下関市の蓋井(ふたおい)島か。(伊藤脚注)

 

左注は、「右一首長門守巨曽倍對馬朝臣」<右の一首は長門守(ながとのかみ)巨曽倍對馬朝臣(こそべのつしまのあそみ)>である。

 

 

 

■一〇二五歌■

◆奥真経而 吾乎念流 吾背子者 千年五百歳 有巨勢奴香聞

      (橘諸兄 巻六 一〇二五)

 

≪書き下し≫奥(おく)まへて我(わ)れを思へる我(わ)が背子(せこ)は千年(ちとせ)五百年(いほとせ)ありこせぬかも

 

(訳)心の奥深くに秘めて私を思っていて下さるあなたこそ、五百年も千年も生きていて欲しいものです。(同上)

(注)奥まへて:心の奥に深く秘めて。(伊藤脚注)

(注)こせぬかも 分類連語:…してくれないかなあ。 ※動詞の連用形に付いて、詠嘆的にあつらえ望む意を表す。 ⇒ なりたち 助動詞「こす」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形+疑問の係助詞「か」+詠嘆の終助詞「も」(学研)

 

 一〇二四、一〇二五歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1990)」で山口県下関市吉母「毘沙ノ鼻」の歌碑とともに紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉神事語辞典」 (國學院大學デジタルミュージアム

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」