万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1317)―島根県益田市 県立万葉植物園(P28)―万葉集 巻十一 二七八六

●歌は、「山吹のにほえる妹がはねず色の赤裳の姿夢に見えつつ」である。

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島根県益田市 県立万葉植物園(P28)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、島根県益田市 県立万葉植物園(P28)にある。

 

●歌をみていこう。

 

山振之 尓保敝流妹之 翼酢色乃 赤裳之為形 夢所見管

      (作者未詳 巻十一 二七八六)

 

≪書き下し≫山吹(やまぶき)のにほえる妹(いも)がはねず色の赤裳(あかも)の姿夢(いめ)に見えつつ

 

(訳)咲き匂う山吹のように美しいあでやかな子の、はねず色の赤裳を着けた姿、その姿が夢に見え見えして・・・。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)山吹の:「におふ」の枕詞。(伊藤脚注)

(注)にほふ【匂ふ】自動詞:①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 山吹、はねず、赤と艶やかな彩りの歌である。

 

 「はねず色」と詠まれた歌は万葉集には三首、植物の「はねず」が一首収録されている。この四首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1168)」で紹介している。この稿では、京都随心院のはねず踊りについてもふれている。

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山吹  「みんなの趣味の園芸」(NHK出版HP)より引用させていただきました。

 

 「山吹」を詠んだ歌は万葉集では十七首収録されている。すべてみてみよう。

 

山振之 立儀足 山清水 酌尓雖行 道之白鳴

       (高市皇子 巻二 一五八)

 

≪書き下し≫山吹(やまぶき)の立ちよそひたる山清水(やましみず)汲(く)みに行かめど道の知らなく

 

(訳)黄色い山吹が、咲き匂っている山の清水、その清水を汲みに行きたいと思うけれど、どう行ってよいのか道がわからない。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)「山吹」に「黄」を「山清水」に「泉」を匂わせる。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その141)」で紹介している。この稿の歌碑は、奈良県高市郡明日香村 犬養万葉記念館にある。

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◆河津鳴 甘南備河尓 陰所見而 今香開良武 山振乃花

      (厚見王 巻八 一四三五)

 

≪書き下し≫かはづ鳴く神なび川に影見えて今か咲くらむ山吹の花

 

(訳)河鹿の鳴く神なび川に、影を映して、今頃咲いていることであろうか。岸辺のあの山吹の花は。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)神なび川:神なびの地を流れる川。飛鳥川とも竜田川ともいう。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その185)」で紹介している。

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山振之 咲有野邊乃 都保須美礼 此春之雨尓 盛奈里鶏利

      (高田女王 巻八 一四四四)

 

≪書き下し≫山吹(やまぶき)の咲きたる野辺(のへ)のつほすみれこの春の雨に盛(さか)りなりけり

 

(訳)山吹の咲いている野辺のつぼすみれ、このすみれは、この春の雨にあって、今が真っ盛りだ。(同上)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1148)」で紹介している。

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◆花咲而 實者不成登裳 長氣 所念鴨 山振之花

       (作者未詳 巻十 一八六〇)

 

≪書き下し≫花咲きて実(み)はならねども長き日(け)に思ほゆるかも山吹(やまぶき)の花

 

(訳)花が咲くだけで実はならないとは知っているけれども、咲く日までが日数長く思われて仕方がない。山吹の花は。(同上)

 

 

◆如是有者 何如殖兼 山振乃 止時喪哭 戀良苦念者

      (作者未詳 巻十 一九〇七)

 

≪書き下し≫かくしあらば何か植ゑけむ山吹のやむ時もなく恋ふらく思へば

 

(訳)こんなことであったら、何で植えたのであろうか。吹というその名のように、やむ時もなく恋しくてならぬことを思うと。(同上)

(注)かく:男の訪れのないことをさす。(伊藤脚注)

(注)山吹の:植えた山吹を枕詞に用いたもの(伊藤脚注)

 

 

◆宇具比須能 伎奈久夜麻夫伎 宇多賀多母 伎美我手敷礼受 波奈知良米夜母

      (大伴池主 巻十七 三九六八)

 

≪書き下し≫うぐひすの来(き)鳴く山吹うたがたも君が手触れず花散らめやも

 

(訳)鶯がやって来ては鳴く山吹の花、よもやあなたが手を触れずにその花をよもやあなたが手をお触れにならぬまま、この花が散ってしまったりすることはありますまい。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うたがたも 副詞:①きっと。必ず。真実に。②〔下に打消や反語表現を伴って〕決して。少しも。よもや。 ※上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その959)」で紹介している。

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夜麻扶枳能 之氣美登眦久ゝ 鸎能 許恵乎聞良牟 伎美波登母之毛

      (大伴家持 巻十七 三九七一)

 

≪書き下し≫山吹の茂み飛(と)び潜(く)くうぐひすの声を聞くらむ君は羨(とも)しも

 

(訳)山吹の茂みを飛びくぐって鳴く鴬(うぐいす)の、その声を聞いておられるあなたは、何と羨(うらや)ましいことか。(同上)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その854)」で紹介している。

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夜麻夫枳波 比尓ゝゝ佐伎奴 宇流波之等 安我毛布伎美波 思久ゝゝ於毛保由

      (大伴池主 巻十七 三九七四)

 

≪書き下し≫山吹は日(ひ)に日(ひ)に咲きぬうるはしと我(あ)が思(も)ふ君はしくしく思ほゆ

 

(訳)山吹は日ごとに咲き揃います。すばらしいと私が思うあなたは、やたらしきりと思われてなりません。(同上)

(注)うるはし【麗し・美し・愛し】形容詞:①壮大で美しい。壮麗だ。立派だ。②きちんとしている。整っていて美しい。端正だ。③きまじめで礼儀正しい。堅苦しい。④親密だ。誠実だ。しっくりしている。⑤色鮮やかだ。⑥まちがいない。正しい。本物である。(学研)ここでは①の意

(注)しくしく(と・に)【頻く頻く(と・に)】副詞:うち続いて。しきりに。(学研)

 

 

◆佐家理等母 之良受之安良婆 母太毛安良牟 己能夜万夫吉乎 美勢追都母等奈

      (大伴家持 巻十七 三九七六)

 

≪書き下し≫咲けりとも知らずしあらば黙(もだ)もあらむこの山吹(やまぶき)を見せつつもとな

 

(訳)咲いてはいても、そうとは知らずにいたならかかわりなしに平静でいられたでしょう。なのにこの山吹の花は心なく私にお見せになったりして・・・・(同上)

(注)もだ【黙】名詞:黙っていること。何もしないでじっとしていること。▽「もだあり」「もだをり」の形で用いる。(学研)

 

 

題詞は、「従京師贈来歌一首」<京師(みやこ)贈来(おこ)する歌一首>である。

(注)贈来する歌:家持の妻大嬢に贈ってきた歌。(伊藤脚注)

 

 左注は、「右四月五日従留女之女郎所送也」<右は、四月の五日に留女(りうぢよ)の女郎(いらつめ)より送れるぞ>である。

(注)留女の女郎:家刀自である大嬢の留守中家を守っている女性、の意か。家持の妹。(伊藤脚注)

 

山吹乃 花執持而 都礼毛奈久 可礼尓之妹乎 之努比都流可毛

       (留女之女郎 巻十九 四一八四)

 

≪書き下し≫山吹(やまぶき)の花取り持ちてつれもなく離(か)れにし妹(いも)を偲ひつるかも

 

(訳)私は山吹の花を手に取り持っては、私の気持ちなどにお構いなく別れて行ってしまったあなた、そのあなたをはるかにお慕いしております。(同上)

 

 

題詞は、「詠山振花歌一首 幷短歌」<山吹の花を詠(よ)む歌一首 せて短歌>である。

 

◆宇都世美波 戀乎繁美登 春麻氣氐 念繁波 引攀而 折毛不折毛 毎見 情奈疑牟等 繁山之 谿敝尓生流 山振乎 屋戸尓引殖而 朝露尓 仁保敝流花乎 毎見 念者不止 戀志繁母

      (大伴家持 巻十九 四一八五)

 

≪書き下し≫うつせみは 恋を繁(しげ)みと 春まけて 思ひ繁けば 引き攀(よ)ぢて 折りも折らずも 見るごとに 心なぎむと 茂山(しげやま)の 谷辺(たにへ)に生(お)ふる 山吹を やどに引き植ゑて 朝露(あさつゆ)に にほへる花を 見るごとに 思ひはやまず 恋し繁しも

 

(訳)生きてこの世にある人はとかく人恋しさに悩みがちなもので、春ともなるととりわけ物思いがつのるものだから、手許(てもと)に引き寄せて手折(たお)ろうと手折るまいと、見るたびに心がなごむだろうと、木々茂る山の谷辺に生えている山吹を、家の庭に移し植え、朝露に照り映えている花、その花を見るたびに、春の物思いは止むことなく、人恋しさが激しくなるばかりです。(同上)

(注)恋を繁みと:とかく人恋しさに悩むもので。(伊藤脚注)

(注の注)しげし【繁し】形容詞:①(草木が)茂っている。②多い。たくさんある。③絶え間がない。しきりである。④多くてうるさい。多くてわずらわしい。(学研)

(注)春まけて:季節が春になって、という意味(weblio辞書 季語・季題辞典)

 

 

山吹乎 屋戸尓殖弖波 見其等尓 念者不止 戀己曽益礼

      (大伴家持 巻十九 四一八六)

 

≪書き下し≫山吹をやどに植ゑては見るごとに思ひはやまず恋こそまされ

 

(訳)山吹を庭に移し植えては見る、が、見るたびに、物思いは止むことなく、人恋しさがつのるばかりです。(同上)

 

 

題詞は、「贈京人歌二首」<京人(みやこひと)の贈る歌二首>である。

 

◆妹尓似 草等見之欲里 吾標之 野邊之山吹 誰可手乎里之

      (大伴家持 巻十九 四一九七)

 

≪書き下し≫妹(いも)に似る草と見しより我が標(しめ)し野辺(のへの山吹(やまぶき)誰れか手折(たを)りし

 

(訳)いとしいお方に似る草と見てすぐに、私が標縄(しめなわ)を張っておいた野辺の山吹、あの山吹をいったい誰が手折ったりしたのでしょうか。(同上)

 

 左注は、「右為贈留女之女郎所誂家婦作也  女郎者即大伴家持之妹」<右は、留女(りうぢよ)の女郎(いらつめ)に贈らむために、所家婦(かふ)に誂(あとら)へられて作る。  女郎はすなはち大伴家持が妹(いもひと)>である。

(注)四一八四歌の「留女之女郎」が説明されている。

 

 

題詞は、「三月十九日家持之庄門槻樹下宴飲歌二首」<三月の十九日に、家持が庄(たどころ)も門(かど)の槻(つき)の樹(き)の下にして宴飲(うたげ)する歌二首>である。

 

夜麻夫伎波 奈埿都々於保佐牟 安里都々母 伎美伎麻之都ゝ 可射之多里家利

     (置始連長谷 巻二十 四三〇二)

 

≪書き下し≫山吹(やまぶき)は撫(な)でつつ生(お)ほさむありつつも君来(き)ましつつかざしたりけり

 

(訳)この山吹の花はこれからもいつくしんで育てましょう。このように変わらずに咲いているからこそ、あなたがここにおいでになって、髪飾りにして下さったのですから。

(注)おほす【生ほす】他動詞①生育させる。伸ばす。生やす。②養育する。(学研)

(注)ありつつも【在りつつも】[連語]:いつも変わらず。このままでずっと。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

左注は、「右一首置始連長谷」<右の一首は置始連長谷(おきそめのむらじはつせ)>である。

 

 

◆和我勢故我 夜度乃也麻夫伎 佐吉弖安良婆 也麻受可欲波牟 伊夜登之能波尓

       (大伴家持 巻二十 四三〇三)

 

≪書き下し≫我が背子(せこ)がやどの山吹咲きてあらばやまず通(かよ)はむいや年のはに

 

(訳)あなたのお庭の山吹、その花がいつもこんなにも美しく咲いているなら、これから先もしょっちゅうここをお訪ねしましょう。来る年も来る年も。(同上)

(注)としのは【年の端】分類連語:毎年。(学研)

 

左注は、「右一首長谷攀花提壷到来 因是大伴宿祢家持作此歌和之」<右の一首は、長谷、花を攀(よ)ぢ壺(つぼ)を提(と)りて到来す。これによて、大伴宿禰家持この歌を作りて和(こた)ふ。>である。

 

 

 

題詞は、「同月廿五日左大臣橘卿宴于山田御母之宅歌一首」<同じき月の二十五日に、左大臣橘卿(たちばなのまへつきみ)、山田御母(やまだのみおも)が宅(いへ)にして宴(うたげ)する歌一首>である。

(注)橘卿:橘諸兄

(注)山田御母:山田史比売島。孝謙天皇の乳母。故に「御母」という。(伊藤脚注)

 

 

夜麻夫伎乃 花能左香利尓 可久乃其等 伎美乎見麻久波 知登世尓母我母

 

≪書き下し≫山吹(やまぶき)の花の盛りにかくのごと君を見まくは千年(ちとせ)にもがも

 

(訳)山吹の花のまっ盛りの時に、このように我が君にお目にかかることは、千年も長く続いてほしいものです。(同上)

 

左注は、「右一首少納言大伴宿祢家持矚時花作 但未出之間大臣罷宴而不擧誦耳」<右の一首は、少納言(せうなごん大伴宿禰家持、時の花を矚(み)て作る。ただし、いまだ出(い)ださぬ間に、大臣宴を罷(や)めて、挙げ誦(うた)はなくのみ。>である。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「weblio辞書 季語・季題辞典」