万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2551)―

●歌は、「我がやどにもみつかへるて見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし」である。

大阪府柏原市高井田 高井田横穴公園万葉歌碑(プレート)(大伴田村大嬢) 20240307撮影

●歌碑(プレート)は、大阪府柏原市高井田 高井田横穴公園にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「大伴田村大嬢与妹坂上大嬢歌二首」<大伴田村大嬢 妹(いもひと)坂上大嬢に与ふる歌二首>である。

(注)いもうと【妹】名詞:①姉。妹。▽年齢の上下に関係なく、男性からその姉妹を呼ぶ語。[反対語] 兄人(せうと)。②兄妹になぞらえて、男性から親しい女性をさして呼ぶ語。③年下の女のきょうだい。妹。[反対語] 姉。 ※「いもひと」の変化した語。「いもと」とも。(学研)

 

◆吾屋戸尓 黄變蝦手 毎見 妹乎懸管 不戀日者無

        (大伴田村大嬢 巻八 一六二三)

 

≪書き下し≫我がやどにもみつかへるて見るごとに妹を懸(か)けつつ恋ひぬ日はなし

 

(訳)私の家の庭で色づいているかえでを見るたびに、あなたを心にかけて、恋しく思わない日はありません。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)もみつ【紅葉つ・黄葉つ】自動詞:「もみづ」に同じ。※上代語。(学研)

(注)かへで【楓】名詞:①木の名。紅葉が美しく、一般に、「もみぢ」といえばかえでのそれをさす。②葉がかえるの手に似ることから、小児や女子などの小さくかわいい手のたとえ。 ※「かへるで」の変化した語。(学研)

(注)かく【懸く・掛く】他動詞:①垂れ下げる。かける。もたれさせる。②かけ渡す。③(扉に)錠をおろす。掛け金をかける。④合わせる。兼任する。兼ねる。⑤かぶせる。かける。⑥降りかける。あびせかける。⑦はかり比べる。対比する。⑧待ち望む。⑨(心や目に)かける。⑩話しかける。口にする。⑪託する。預ける。かける。⑫だます。⑬目標にする。目ざす。⑭関係づける。加える。(学研)ここでは⑨の意

(注)大伴田村大嬢 (おほとものたむらのおほいらつめ):大伴宿奈麻呂(すくなまろ)の娘。大伴坂上大嬢(さかのうえのおほいらつめ)は異母妹

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1013)」で 同じような題詞の歌が、七五六~七五九、一四四九、一五〇六、一六六二歌にあるが、これらとともに紹介している。

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 「懸く」の意味は、上記のようにいろいろな意味合いがある。一六二三歌と同様、「心にかける」歌をみてみよう。

■六歌■

◆山越乃 風乎時自見 寐夜不落 家在妹乎 而小竹櫃

(巻一 六 軍王)

 

≪書き下し≫山越(やまこ)しの風を時じみ寝(ぬ)る夜(よ)おちず家なる妹(いも)を懸(か)けて偲ひつ

 

(訳)山越しの風が絶えず袖をひるがえすので、寝る夜は一夜(ひとよ)もおかず、家に待つ妻、あのいとしい妻を、私は吹きかえる風に事寄せては偲んでいる。(同上)

(注)ときじ【時じ】形容詞:①時節外れだ。その時ではない。②時節にかかわりない。常にある。絶え間ない。(学研) ⇒参考:上代語。「じ」は形容詞を作る接尾語で、打消の意味を持つ。

(注)おちず【落ちず】分類連語:欠かさず。残らず。(学研) ⇒なりたち:動詞「おつ」の未然形+打消の助動詞「ず」の連用形(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1712)」で紹介している。

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■一九九歌■

◆・・・天之如 振放見乍 玉手次 而将偲 恐有騰文

      (柿本人麻呂 巻二 一九九)

 

≪書き下し≫・・・天(あめ)のごと 振り放(さ)け見つつ 玉たすき 懸けて偲はむ 畏(かしこ)くあれども

 

(訳)・・・天(あま)つ空(ぞら)を仰ぎ見るように振り仰ぎながら、深く深く心に懸けてお偲びしてゆこう。恐れ多いことではあるけれども。(同上)

(注)たまだすき【玉襷】分類枕詞:たすきは掛けるものであることから「掛く」に、また、「頸(うな)ぐ(=首に掛ける)」ものであることから、「うなぐ」に似た音を含む地名「畝火(うねび)」にかかる。(学研)

(注)懸けて偲はむ:深く心にかけて忍んでゆこう。(伊藤脚注)

 

 

 

■一七八六歌

三越道之 雪零山乎 将越日者 留有吾乎 懸而小竹葉背

       (笠金村 巻九 一七八六)

 

≪書き下し≫み越道(こしぢ)の雪降る山を越えむ日は留(と)まれる我(わ)れを懸(か)けて偲(しの)はせ

 

(訳)み越道の雪降り積もる山、その雪深い山を越える日には、家に独り残っている私のことを、お心の隅にかけて偲んで下さいませ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)み越道:越の国(北陸地方)の道筋。(伊藤脚注)

(注)懸けて偲はせ:心にかけて偲んで下さい。(伊藤脚注)

 

 

 

■三一七二歌■

◆浦廻榜 熊野舟附 目頬志久 懸不思 月毛日毛無

       (作者未詳 巻十二 三一七二)

 

≪書き下し≫浦(うら)み漕(こ)ぐ熊野舟(くまのふな)つきめづらしく懸(か)けて思はぬ月も日もなし

 

(訳)浦のあたりを漕ぎ進む熊野の舟の姿かたち、その姿かたちが珍しいように、あの子はいつもさわやかで愛らしく、心に懸けて思わぬ月も日もない。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)熊野舟:熊野産の舟の特異な姿かたち。上二句は序。「めづらしく」を起す。(伊藤脚注)

(注)めづらしく懸けて思はぬ:思う対象は故郷の妻。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2287)」で紹介している。

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■三七六五歌■

◆麻蘇可我美 可氣弖之奴敝等 麻都里太須 可多美乃母能乎 比等尓之賣須奈

       (中臣宅守 巻十五 三七六五)

 

≪書き下し≫まそ鏡懸(か)けて偲(しぬ)へと奉(まつ)り出す形見(かたみ)のものを人に示すな

 

(訳)まそ鏡を掛けて見るように、心に懸けて偲んでほしいとさしあげる形見の物、この大事な物は、他の人には見せないで下さい。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)まそかがみ【真澄鏡】分類枕詞:鏡の性質・使い方などから、「見る」「清し」「照る」「磨(と)ぐ」「掛く」「向かふ」「蓋(ふた)」「床(とこ)」「面影(おもかげ)」「影」などに、「見る」ことから「み」を含む地名「敏馬(みぬめ)」「南淵山(みなぶちやま)」にかかる。(学研)

(注の注)まそかがみ【真澄鏡】名詞:「ますかがみ」に同じ。 ※「まそみかがみ」の変化した語。上代語。(学研)>ますかがみ【真澄鏡】名詞:よく澄んで、くもりのない鏡。 ※「ますみのかがみ」の変化した語。中古以後の語で、古くは「まそかがみ」。(学研)

(注の注の注)まそ鏡:宅守が娘子に形見として贈ったもの。

(注)まつりだす【奉り出す】[動]:献上する。差し上げる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)かたみ【形見】名詞:①遺品。形見の品。遺児。故人や遠く別れた人の残した思い出となるもの。②記念(物)。思い出の種。昔を思い出す手がかりとなるもの。(学研)ここでは①の「遠く別れた人の残した思い出となるもの」の意である。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1680)」で紹介している。

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■三九八五歌■

◆・・・之保能 伊夜麻之尓 多由流許登奈久 伊尓之敝由 伊麻乃乎都豆尓 可久之許曽 見流比登其等尓 加氣氐之努波米

       (大伴家持 巻十七 三九八五)

 

≪書き下し≫・・・潮(しほ)の いや増しに 絶ゆることなく いにしへゆ 今のをつつに かくしこそ 見る人ごとに 懸(か)けて偲(しの)はめ

 

(訳)・・・その満潮(みちしお)のようにいよいよますます、絶えることとてなく、去(い)にし遠い時代から今の世に至るまで連綿と、こんなにも、見る人の誰も彼もが心に懸けてこの山を賞(め)で続けて行くことであろう。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)いにしへゆ今のをつつに:太古から今に至るまで連綿と。(伊藤脚注)

(注)をつつ【現】名詞:今。現在。「をつづ」とも。(学研)

(注)しこそ :(副助詞「し」と係助詞「こそ」とが重なったもの) 上代では「うべしこそ」「かくしこそ」の例のみである。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)偲はめ:賞美し続けていくであろう。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その959)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典