万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2239~2241)」

―その2239―

●歌は、「瓜食めば子ども思ほゆ栗食めばまして偲はゆいづくより・・・」である。

名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道万葉歌碑(プレート)<山上憶良> 20210216撮影

●歌碑(プレート)は、名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆宇利波米婆 胡藤母意母保由 久利波米婆 麻斯堤葱斯農波由 伊豆久欲利 枳多利斯物能曽 麻奈迦比尓 母等奈可利堤 夜周伊斯奈佐農

     (山上憶良 巻五 八〇二)

 

≪書き下し≫瓜食(うりはめ)めば 子ども思ほゆ 栗(くり)食めば まして偲(しの)はゆ いづくより 来(きた)りしものぞ まなかひに もとなかかりて 安寐(やすい)し寝(な)さぬ

 

(訳)瓜を食べると子どもが思われる。栗を食べるとそれにも増して偲(しの)ばれる。こんなにかわいい子どもというものは、いったい、どういう宿縁でどこ我が子として生まれて来たものなのであろうか。そのそいつが、やたら眼前にちらついて安眠をさせてくれない。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)まなかひ【眼間・目交】名詞:目と目の間。目の辺り。目の前。 ※「ま」は目の意、「な」は「つ」の意の古い格助詞、「かひ」は交差するところの意。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)もとな 副詞:わけもなく。むやみに。しきりに。 ※上代語。(学研)

(注)やすい【安寝・安眠】名詞:安らかに眠ること。安眠(あんみん)。 ※「い」は眠りの意(学研)

 

 憶良ほど「子ども」を詠んだ歌人はいない。

 辰巳正明氏は、その著「山上憶良」(笠間書院)のなかで、「こうした子への愛を、男親の憶良が詠んでいることに注意すべきである。・・・男親である憶良が、このように子への讃歌を歌うのは、新しい律令の時代に家族や親子の関係の主体、あるいは子を養育する主体が、母親から家長へと移ったことによる、そこには男親の責任が社会化された状況がある・・・」と書かれている。

 結婚の歴史的な流れ、憶良のこの歌の背景にある中国文学などさらに深耕すべきという課題が見えてくる。

 

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感想(1件)

 この歌ならびに序・八〇三歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1508)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 岐阜県安八郡神戸町 神戸町役場玄関ロビー一面の八〇二・八〇三歌の壁面歌碑パネルには圧倒される。「マイナンバーカード受付」のため順番待ちの人がいらっしゃったので写真は修整を加えておりますのでご了承ください。



 

―その2240―

●歌は、「磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言はなくに」である。

名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道万葉歌碑(プレート)<大伯皇女> 20210216撮影

●歌碑(プレート)は、名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆磯之於尓 生流馬酔木乎 手折目杼 令視倍吉君之 在常不言尓

       (大伯皇女 巻二 一六六)

 

≪書き下し≫磯(いそ)の上(うえ)に生(お)ふる馬酔木(あしび)を手折(たを)らめど見(み)すべき君が在りと言はなくに

 

(訳)岩のあたりに生い茂る馬酔木の枝を手折(たお)りたいと思うけれども。これを見せることのできる君がこの世にいるとは、誰も言ってくれないではないか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

 

 大伯皇女の母は大田皇女である。大津皇子は弟である。

大田皇女の妹が、鸕野讃良(うののさらら)皇女(後の持統天皇)である。

 とてつもない歴史の悲劇に吞み込まれた弟大津皇子を思いやる大伯皇女の歌六首がその悲劇性を詠いあげているのである。ここでは、題詞と原歌・書き下しのみをあげています。

 

 題詞は、「大津皇子竊下於伊勢神宮上来時大伯皇女御作歌二首」<大津皇子、竊(ひそ)かに伊勢の神宮(かむみや)に下(くだ)りて、上(のぼ)り来(く)る時に、大伯皇女(おほくのひめみこ)の作らす歌二首>である。

 

◆吾勢祜乎 倭邊遺登 佐夜深而 鷄鳴露尓 吾立所霑之(巻二 一〇五)

≪書き下し≫我(わ)が背子(せこ)を大和(やまと)へ遣(や)るとさ夜更けて暁(あかつき)露に我(わ)が立ち濡れし

 

◆二人行杼 去過難寸 秋山乎 如何君之 獨越武(巻二 一〇六)

≪書き下し≫ふたり行けど行き過ぎかたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ

 

 

 題詞は、「大津皇子薨之後大来皇女従伊勢斎宮上京之時御作歌二首」<大津皇子の薨(こう)ぜし後に、大伯皇女(おほくのひめみこ)、伊勢の斎宮(いつきのみや)より京に上る時に作らす歌二首>である。

 

◆神風乃 伊勢能國尓母 有益乎 奈何可来計武 君毛不有尓(巻二 一六三)

≪書き下し≫神風(かむかぜ)の伊勢の国にもあらましを何(なに)しか来けむ君もあらなくに

 

◆欲見 吾為君毛 不有尓 奈何可来計武 馬疲尓(巻二 一六四)

≪書き下し≫見まく欲(ほ)り我がする君もあらなくに何しか来けむ馬疲るるに

 

 

 題詞は、「移葬大津皇子屍於葛城二上山之時大来皇女哀傷御作歌二首」<大津皇子の屍(しかばね)を葛城(かづらぎ)の二上山(ふたかみやま)に移し葬(はぶ)る時に、大伯皇女の哀傷(かな)しびて作らす歌二首>である。

 

◆宇都曽見乃 人尓有吾哉 従明日者 二上山乎 弟世登吾将見(巻二 一六五)

≪書き下し≫うつそみの人にある我(あ)れや明日(あす)よりは二上山(ふたかみやま)を弟背(いろせ)と我(あ)れ見む

 

◆磯之於尓 生流馬酔木乎 手折目杼 令視倍吉君之 在常不言尓(巻二 一六六)

≪書き下し≫磯(いそ)の上(うえ)に生(お)ふる馬酔木(あしび)を手折(たを)らめど見(み)すべき君が在りと言はなくに

 

 

 六歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1209)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 大伯皇女の一〇五歌の歌碑は、三重県多気明和町斎宮 斎王の森にある。



―その2241―

●歌は、「磯春日野に煙立つ見ゆ娘子らし春野のうはぎ摘みて煮らしも」である。

名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道万葉歌碑(プレート)<作者未詳> 20210216撮影

●歌碑(プレート)は、名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は「詠煙」である。

 

◆春日野尓 煙立所見 ▼嬬等四 春野之菟芽子 採而▽良思文

       (作者未詳 巻十 一八七九)

     ※▼は、「女」+「感」、「『女』+『感』+嬬」=「をとめ」

    ※※▽は、「者」の下に「火」である。「煮る」である。

 

≪書き下し≫春日野(かすがの)に煙立つ見(み)ゆ娘子(をとめ)らし春野(はるの)のうはぎ摘(つ)みて煮(に)らしも

 

(訳)春日野に今しも煙が立ち上っている、おとめたちが春の野のよめなを摘んで煮ているらしい。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うはぎ:よめな。キク科の多年草。その若菜を食用にする。(伊藤脚注)

(注)らし [助動]活用語の終止形、ラ変型活用語の連体形に付く。:①客観的な根拠・理由に基づいて、ある事態を推量する意を表す。…らしい。…に違いない。② 根拠や理由は示されていないが、確信をもってある事態の原因・理由を推量する意を表す。…に違いない。

[補説] 語源については「あ(有)るらし」「あ(有)らし」の音変化説などがある。奈良時代には盛んに用いられ、平安時代には①の用法が和歌にみられるが、それ以後はしだいに衰えて、鎌倉時代には用いられなくなった。連体形・已然形は係り結びの用法のみで、また奈良時代には「こそ」の結びとして「らしき」が用いられた。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 この歌の次一八八〇から一八八三の歌群は、題詞が「野遊(やゆう)」となっており、春の一日野山で遊ぶ民間行事を主体とした歌が詠われている。

 冬から春という季節の変わり目をとらえ、心身ともに文字通り芽生えを感じさせる。

 食の観点からも厳しい冬が明け、ビタミン不足を補うべく「うはぎ」を摘んで、煮たのであろう。また、そういう娘子の群れがいることは、男どもも求愛の気持が高まったに違いない。

 エネルギーの発散が「煙」に象徴され、まさに「春」の一日を見事に詠いあげた一首である。

 

 

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 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1029)」において、一八八〇から一八八三の歌群とともに紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

万葉集では「うはぎ」を詠んだ歌はもう一首ある。柿本人麻呂の二二一歌である。この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1711)」で紹介している。

 

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

福岡県 環境部 自然環境課 野生生物係HP
「福岡生きものステーション・身近な生きもの図鑑」より引用させていただきました。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「山上憶良」 辰巳正明 著 (笠間書院

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「福岡生きものステーション・身近な生きもの図鑑」 (福岡県 環境部 自然環境課 野生生物係HP)