万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2236~2238)

―その2236―

歌は、「夏の野の茂みに咲ける姫百合の知らえぬ恋はくるしきものぞ」である。

名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道万葉歌碑(プレート)
大伴坂上郎女> 20210216撮影

●歌碑(プレート)は、名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆夏野之 繁見丹開有 姫由理乃 不所知戀者 苦物曽

       (大伴坂上郎女 巻八 一五〇〇)

 

≪書き下し≫夏の野の茂(しげ)みに咲ける姫(ひめ)百合(ゆり)の知らえぬ恋は苦しきものぞ

 

(訳)夏の野の草むらにひっそりと咲いている姫百合、それが人に気づかれないように、あの人に知ってもらえない恋は、苦しいものです。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。「知らえぬ」を起す。(伊藤脚注)

 

題詞は、「大伴坂上郎女歌一首」<大伴坂上郎女が歌一首>である

 

 「片思い」の歌である。大伴坂上郎女の人となりを感じさせる。「夏の野の茂みに咲ける姫百合」に己の姿をうつし詠っている。

 

 

 同じ「片思い」でも大伴坂上郎女とは違った心情を詠う笠女郎の場合をみてみよう。

 

 題詞は、「笠女郎贈大伴宿祢家持歌三首」<笠女郎(かさのいらつめ)、大伴宿禰家持に贈る歌三首>である。

 

◆託馬野尓 生流紫 衣染 未服而 色尓出来

           (笠女郎 巻三 三九五)

 

≪書き下し≫託馬野(つくまの)に生(お)ふる紫草(むらさき)衣(きぬ)に染(し)めいまだ着ずして色に出(い)でにけり

 

(訳)託馬野(つくまの)に生い茂る紫草、その草で着物を染めて、その着物をまだ着てもいないのにはや紫の色が人目に立ってしまった。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)託馬野:滋賀県米原市朝妻筑摩か。

(注)「着る」は契りを結ぶことの譬え

(注)むらさき【紫】名詞:①草の名。むらさき草。根から赤紫色の染料をとる。古くから「武蔵野(むさしの)」の名草として有名。②染め色の一つ。①の根で染めた色。赤紫色。古代紫。古くから尊ばれた色で、律令制では三位以上の衣服の色とされた。(学研)

 

 

陸奥之 真野乃草原 雖遠 面影為而 所見云物乎

          (笠女郎 巻三 三九六)

 

≪書き下し≫陸奥(みちのく)の真野(まの)の草原(かやはら)遠けども面影(おもかげ)にして見ゆといふものを

 

(訳)陸奥の真野の草原、この草原は遠くの遠くにある地でございますが、面影としてはっきり見えると世間では言っているのではありませんか。なのにあなたはどうして見えてくれないのですか。(同上)

(注)真野:福島県南相馬市真野川流域。

 

◆奥山之 磐本菅乎 根深目手 結之情 忘不得裳

          (笠女郎 巻三 三九七)

 

≪書き下し≫奥山の岩本(いはもと)菅(すげ)を根(ね)深(ふか)めて結びし心忘れかねつも

 

(訳)奥山の岩かげに生い茂る菅、その菅の根をねんごろに結び合ったあの時の気持ちは、忘れようとも忘れられません。(同上)

(注)上四句は深く契りを交わす譬え。(伊藤脚注)

 

 深く契りを交わした恋の絶頂期ともいうべき過程が情熱的に詠われている。淡々と情景描写でもって比喩しつつその心情の熱さをにじませているのである。

 このような女性であるが、家持は別れている。

 題詞「笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首」<笠女郎、大伴宿禰家持に贈る歌廿四首>では、恋の成熟の後、やがて別れにいたるまでの心情の変化が見て取れる。

 

 思いが通じない、片思いを通り越し絶望感をにじませるのである。絶頂感から絶望感にいたる落差が大きいがゆえにある意味ではストレートに心情を訴えているのであろう。

六〇八歌をみてみよう。

 

◆不相念 人乎思者 大寺之 餓鬼之後尓 額衝如

          (笠女郎 巻四 六〇八)

 

≪書き下し≫相(あひ)思(おも)はぬ人を思ふは大寺(おほてら)の餓鬼(がき)の後方(しりへ)に額(ぬか)づくごとし

 

(訳)私を思ってもくれない人を思うのは、大寺の餓鬼像のうしろから地に額(ぬか)ずいて拝むようなものです。(同上)

(注)餓鬼像:餓鬼道に堕ちた亡者の像。(伊藤脚注)

(注)餓鬼の後方に額づくごとし:餓鬼像を背後から拝んでも効果がない。自嘲の戯れの中に絶望を見せる。(伊藤脚注)

 

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 六〇八歌、「右二首相別後更來贈」<右の二首は、相別れて後に、さらに来贈(おく)る>と左注がある六〇九、六一〇歌ならびに六一一、六一二歌(「大伴宿祢家持和歌二首」<大伴宿禰家持が和(こた)ふる歌二首>)については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その14改)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 六〇八歌の感覚は何となくわかるが、これを今風にいうとどうなるのか、Bingチャットで聞いてみた。次のような回答がきた。

「・・・これは、思ってもくれない人のことを思い続けるのは、大寺の餓鬼像の後方にひれ伏して拝んでいるようなものだという意味です。この歌は、彼女が家持に対する恨みや悲しみを表現しています。今風に表現するとしたら、どうなるでしょうか。私は以下のように試みてみました。

あなたが私を 見向きもしないのなら 神社の狛犬の後ろで 土下座するくらい 辛いんだよ。この表現は、彼女の歌と同じように、恋人に見捨てられた気持ちや自分の無力さを表しています。しかし、現代では餓鬼や額つくという言葉はあまり使われないので、神社や土下座という言葉に置き換えてみました。また、語調も現代的にしてみました。」

 直訳的な感覚でなんとなくわかったつもりであったが、AIに教えられのである。

自分の感覚に幅を持たせるにはいろいろと活用していこうと思う。

 

 

題詞「笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首」の歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1094)」で紹介している。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

―その2237―

●歌は、「朝咲き夕は消ぬる月草の消ぬべき恋も我れはするかも」である。

名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道万葉歌碑(プレート)<作者未詳> 20210216撮影

●歌碑(プレート)は、名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆朝開 夕者消流 鴨頭草乃 可消戀毛 吾者為鴨

      (作者未詳 巻十 二二九一)

 

≪書き下し≫朝(あした)咲き夕(ゆうへ)は消(け)ぬる月草(つきくさ)の消(け)ぬべき恋も我(あ)れはするかも

 

(訳)朝咲いても夕方にはしぼんでしまう露草のように、身も消え果ててしまいそうな恋、そんなせつない恋を私はしている。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。「消ぬ」を起こす。「月草」は露草。(伊藤脚注)

(注の注)つきくさの【月草の】分類枕詞:月草(=つゆくさ)の花汁で染めた色がさめやすいところから「移ろふ」「移し心」「消(け)」などにかかる。(学研)

 

 月草(=つゆくさ)の花は一日花である。 早朝に咲き出して、午後にはしぼんでしまう。一日花のはかなさを「消(け)ぬべき恋」と詠っている。自然を観察する鋭い目が生み出し、それを恋にたとえる繊細さには脱帽である。

 (注の注)にあるように、花汁で衣に染み付きやすいことから「つきくさ」と呼ばれていたが、その色はさめやすいことから人の心の移ろいに譬えた歌も多いのである。

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 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1814)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

―その2238―

●歌は、「忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため」である。

名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道万葉歌碑(プレート)<大伴旅人> 20210216撮影

●歌碑(プレート)は、名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆萱草 吾紐二付 香具山乃 故去之里乎 忘之為

       (大伴旅人 巻三 三三四)

≪書き下し≫忘れ草我(わ)が紐(ひも)に付く香具山の古りにし里を忘れむがため

 

(訳)忘れ草、憂いを忘れるこの草を私の下紐に付けました。香具山のあのふるさと明日香の里を、いっそのこと忘れてしまうために。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

旅人が「忘れ草我(わ)が紐(ひも)に付(つ)く」と詠い、「香具山の古りにし里を忘れむがため」と詠っているのに対し、家持が「忘れ草我(わ)が下紐(したひも)に付(つ)けたれど」「醜(しこ)の醜草(しこくさ)言(こと)にしありけり」と忘れ草を罵っているのが面白い。

 

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旅人の三三四歌については、いろいろと紹介しているが、旅人の旅人個人の気持と大宰帥としての気概をも感じさせる歌との対比が面白いので拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その921)」を紹介させていただきます。

  ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 家持の歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その905)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「Bingチャット」