万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう(その2732)―書籍掲載歌を中軸に(Ⅱ)―

●歌は、「我が背子はいづく行くらむ沖つ藻の名張の山を今日か越ゆらむ(当麻真人麻呂妻1-43)」である。

 

 本稿から三重県となります。

 

名張の山】

 「当麻麻呂妻(たぎのまろのめ)(巻一‐四三)(歌は省略)・・・この歌は、おそらく持統天皇の六年(六九二)三月の伊勢行幸のときのものであろうが、行幸にお伴した夫の当麻麻呂(たぎまのまろ)を思って、飛鳥の京に留まる妻のよんだ歌である。・・・古語で隠れることを『隠(なば)る』といったから、当時、大和からみて東方山奥にかくれこもった『隠(なばり)の山』として考えられたのであろう。『おきつもの』(奥の物)の枕詞もその気持ちを語っている。『隠の山』は特定の山名ではなくこんにちの名張市西方の山地か、あるいは広く周辺の山また山を指したものであろう。夫の身の上を思って、“いまごろどこを歩いているのだろう”と自ら問い、“今日あたりは、奥(おき)つもの隠(なばり)の山を越えているのだろうか”と自ら答えている趣で、この枕詞と地名にも、待ちかねる者の不安な思いが託されており、『らむ』の語をくりかえして、留守をわびる妻の、夫への思慕の情を二回の波でうちあげている。」(「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)

 

万葉の旅(中)改訂新版 近畿・東海・東国 (平凡社ライブラリー) [ 犬養孝 ]

価格:1320円
(2024/11/27 00:58時点)
感想(0件)

 巻一 四三歌をみていこう。

■巻一 四三歌■

題詞は、「當麻真人麻呂妻作歌」<当麻真人麻呂(たぎまのまひとまろ)が妻(め)の作る歌>である。

 

◆吾勢枯浪 何所行良武 己津物 隠乃山乎 今日香越等六

      (当麻真人麻呂妻 巻一 四三)

 

≪書き下し≫我(わ)が背子(せこ)はいづく行くらむ沖つ藻の名張(なばり)の山を今日(けふ)か越ゆらむ

 

(訳)あの人はどのあたりを旅しておられるのであろうか。沖つ藻の隠(なば)るという名張(なばり)、あの名張の山を、今日あたり越えていることであろうか。(同上)

(注)おきつもの 【沖つ藻の】分類枕詞:沖の藻の状態から「なびく」「なばる(=隠れる)」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)名張の山:伊勢・大和の国境の山。(伊藤脚注)

(注)なまる【隠る】[動]《「なばる」の音変化》隠れる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その391)」で、三重県名張市 近鉄名張駅前万葉歌碑とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 

三重県名張市 近鉄名張駅前万葉歌碑(当麻麻呂妻 1-43) 20200124撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉