万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2369)―

ひめゆり

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「夏の野の茂みに咲ける姫百合の知らえぬ恋はくるしきものぞ」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(大伴坂上郎女) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「大伴坂上郎女歌一首」<大伴坂上郎女が歌一首>である。

 

◆夏野之 繁見丹開有 姫由理乃 不所知戀者 苦物曽

        (大伴坂上郎女 巻八 一五〇〇)

 

≪書き下し≫夏の野の茂(しげ)みに咲ける姫(ひめ)百合(ゆり)の知らえぬ恋は苦しきものぞ

 

(訳)夏の野の草むらにひっそりと咲いている姫百合、それが人に気づかれないように、あの人に知ってもらえない恋は、苦しいものです。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。「知らえぬ」を起す。(伊藤脚注)

 

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大伴坂上郎女については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1059)」でこの歌と共に紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 万葉集には「ゆり」を詠んだ歌が十一首収録されているが、これらの歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1072)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 この一五〇〇歌について、樋口清之氏は、その著「万葉の女人たち」(講談社学術文庫)のなかで、「片思いもおとめの心の美しい抒情の片糸であった」として、二五二五歌、二九三三歌とともにあげ、「草深百合の人知れぬ花咲(え)みに、ねもごろに思う人の姿を想い描く姿は様々でしたが、いつの日にかよりあうことを願うのも、万葉女人への私達のせめてもの心寄せでしょう。」と書いておられる。

 

 二五二五歌ならびに二九三三歌をみてみよう。

 

◆懃 片念為歟 比者之 吾情利乃 生戸裳名寸

       (作者未詳 巻十一 二五二五)

 

≪書き下し≫ねもころに片思(かたもひ)すれかこのころの我(あ)が心どの生けるともなき

 

(訳)ただひたすらに片思いをするからであろうか、このごろの私の心地は、生きたそらもない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ねもころなり【懇なり】形容動詞:手厚い。丁重だ。丁寧だ。入念だ。「ねもごろなり」とも。 ※「ねんごろなり」の古い形。(学研)

(注)片思すれか:「片思すればか」の意。(伊藤脚注)

(注)生けるともなき:生きたそらもない。「と」は、鋭さ、確かさを表す名詞。(伊藤脚注)

 

 

 

◆不相念 公者雖座 肩戀丹 吾者衣戀 君之光儀

       (作者未詳 巻十二 二九三三)

 

≪書き下し≫相(あひ)思はず君はまさめど片恋(かたこひ)に我(あ)れはぞ恋ふる君が姿に

 

(訳)私のことなど何とも思わずにあなたはいらっしゃるけれど、片恋に苦しみながら私はただただ恋焦がれています。あなたのお姿に。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

 

 

片思いの絶望感が高じ、大伴家持に対する思いを断つ決断にいたるクライマックスのような心情が、「餓鬼」という言葉を使っているだけに凄みを感じさせる笠 女郎の歌もみてみよう。情熱的であったが故の女郎の心情の吐出しが半端でない。

 

◆不相念 人乎思者 大寺之 餓鬼之後尓 額衝如

         (笠女郎 巻四 六〇八)

 

≪書き下し≫相(あひ)思(おも)はぬ人を思ふは大寺(おほてら)の餓鬼(がき)の後方(しりへ)に額(ぬか)づくごとし

 

(訳)私を思ってもくれない人を思うのは、大寺の餓鬼像のうしろから地に額(ぬか)ずいて拝むようなものです。(同上)

(注)餓鬼の後方に額づくごとし:餓鬼道に堕ちた亡者の像。それを背後から拝んでも効果はない。自嘲の戯れの中に絶望を見せる。(伊藤脚注)

(注の注)がき【餓鬼】名詞:①生きている時の悪業(あくごう)の報いとして、餓鬼道に落ち、飢えや渇きに苦しむ亡者。◇仏教語。②「餓鬼道(だう)」の略。③人を卑しめていう語。子供をさす場合が多い。(学研)ここでは①の意

  

 

六〇八歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その14改)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 笠女郎の歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1094)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「萬葉集」三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の女人たち」 樋口清之 著 (講談社学術文庫

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」