万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その929)―宗像市玄海町 宗像大社第二駐車場―万葉集 巻六 九六三、巻七 一二三〇

●歌は、「大汝少彦名の神こそば名付け染けめ名のみを名小児山と負ひて我が恋の千重の一重も慰めなくに」(大伴坂上郎女)と、

「ちはやぶる鐘の岬を過ぎぬとも我れは忘れじ志賀の統め神」(作者未詳)である。

 

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宗像大社第二駐車場万葉歌碑(大伴坂上郎女、作者未詳)

●歌碑は、宗像市玄海町 宗像大社第二駐車場にある。

 

●まず大伴坂上郎女の歌をみていこう。

 

題詞は、「冬十一月大伴坂上郎女發帥家上道超筑前國宗形郡名兒山之時作歌一首<冬の十一月に、大伴坂上郎女、帥の家を発(た)ちて上(のぼ)り、筑前(つくしのみちのくち)の国の宗像(ぬなかた)の郡(こほり)の名児(なご)の山を越ゆる時に作る歌一首>である。

 

◆大汝 小彦名能 神社者 名著始鷄目 名耳乎 名兒山跡負而 吾戀之 干重之一重裳 奈具佐米七國

                (大伴坂上郎女 巻六 九六三)

 

≪書き下し≫大汝(おほなむち) 少彦名(すくなびこな)の 神こそば 名付(なづ)けそめけめ 名のみを 名児山と負(お)ひて 我(あ)が恋の 千重(ちへ)の一重(ひとへ)も 慰(なぐさ)めなくに

 

(訳)この名児山の名は、神代の昔、大国主命(おおくにぬしのみこと)と少彦名命がはじめて名付けられた由緒深い名だということであるけれども、心がなごむという、名児山という名を背負ってうるばかりで、私の苦しい恋心の、千のうちの一つさえも慰めてはくれないのではないか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)名児山:福岡県福津市宗像市の間の山

(注)なづけそむ【名付け初む】他動詞:初めて名前を付ける。言いはじめる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)千重の一重(読み)ちえのひとえ:数多くあるうちのほんの一部分。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典精選版)

 

 この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その764)」に紹介している。

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 九六三歌に続いて坂上郎女の歌が収録されている。こちらもみてみよう。

 

題詞は、「同坂上郎女向京海路見濱貝作歌一首」<同じき坂上郎女、京(みやこ)に向ふ海道(うみつぢ)にして、浜の貝を見て作る歌一首>である。

 

◆吾背子尓 戀者苦 暇有者 拾而将去 戀忘貝

                (大伴坂上郎女 巻六 九六四)

 

≪書き下し≫我(わ)が背子(せこ)に恋ふれば苦し暇(いとま)あらば拾(ひり)ひて行かむ恋忘貝

 

(訳)あの方に恋い焦がれているのは苦しくてたまらない。暇さえあったら拾っていきたい。つらい恋を忘れさせるというあの忘れ貝を。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 万葉集には、「忘れ貝」、「恋忘れ貝」を詠った歌は、各々五首づつ収録されている。これらの歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(740)」で紹介している。

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 旅人は妻を亡くした後、妹の坂上郎女を大宰府に呼び、大伴一族の家刀自としての役目を命じたのでと言われている。

 両歌とも、旅人が大納言に任じられたのに伴い、一足先に帰京したその道中に詠んだものである。

 坂上郎女が、大伴氏の氏神を祭った歌が、三七九(長歌)と三八〇歌(反歌)が収録されている。

 左注に天平五年(733年)とあるので坂上郎女四〇歳前後の歌と思われる。九六三、九六四歌は、旅人の妻、大伴郎女の気持ちになって詠ったのかもしれない。

 

 三七九、三八〇歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その291)」で紹介している。

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●歌碑にあるもう一首をみていこう。

 

◆千磐破 金之三埼乎 過鞆 吾者不忘 壮鹿之須賣神

               (作者未詳 巻七 一二三〇)

 

≪書き下し≫ちはやぶる鐘(かね)の岬(みさき)を過ぎぬとも我(わ)れは忘れじ志賀(しか)の統(す)め神

 

(訳)恐ろしい神の荒れ狂う鐘の岬を漕ぎ過ぎてしまったとしても、われらは忘れまいよ。志賀にいます海の守り神の御加護を。(同上)

(注)ちはやぶる【千早振る】分類枕詞:①荒々しい「氏(うぢ)」ということから、地名「宇治(うぢ)」にかかる。「ちはやぶる宇治の」。②荒々しい神ということから、「神」および「神」を含む語、「神」の名、「神社」の名などにかかる。(学研)

(注)鐘の岬:福岡県宗像市鐘﨑。海の難所

(注)志賀の統(す)め神:志賀島志賀神社の神。海神

 

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歌の解説案内板

 

 この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その633)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 坂上郎女の九六三歌をブログ紹介した時、宗像大社の歌碑に強く惹かれた。今回の大宰府万葉歌碑巡りで是非行っておきたいと思っていた。当初は2日目に行く予定であったが、安全のため日のあるうちに博多に到着しようと予定を切り上げたので、やや遠回りになるが、九州最終日に予定を変更し、トリにもってきたのである。

 第一駐車場に車を停め、祈願殿に飛び込み、歌碑の場所を尋ねる。第二駐車場にあると教えてもらう。大伴坂上郎女の歌碑が第二駐車場にあると聞いた瞬間に、勝手にではあるが、本殿近くの植込みの中に重々しく建てられているものと想像していたので、描いていたイメージが瓦解してしまった

 第二駐車場に車を回し、歌碑を探す。駐車場の端の方に建てられており、また、たまたま工事をしていたこともあり、イメージとほど遠い現実を突き付けられた感じがした。

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宗像大社鳥居


 

 いろいろあったが、大宰府を中心にした九州万葉歌碑めぐりは無事に終わったのである。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典精選版」

★「太陽 №168 特集万葉集」 (平凡社

★「宗像大社HP」