万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その291)―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(32)―

●歌は、「ひさかたの 天の原より 生れ来たる 神の命 奥山の 賢木の枝に 白香)付け 木綿取り付けて・・・」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(32)(大伴坂上郎女


●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(32)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆久堅之 天原従 生来 神之命 奥山乃 賢木之枝尓 白香付 木綿取付而 齊戸乎 忌穿居 竹玉乎 繁尓貫垂 十六自物 膝析伏 手弱女之 押日取懸 如此谷裳 吾者祈奈牟 

                (大伴坂上郎女 巻三 三七九)

 

≪書き下し≫ひさかたの 天(あま)の原(はら)より 生(あ)れ来(き)たる 神の命(みこと) 奥山の 賢木(さかき)の枝(えだ)に 白香(しらか)付け 木綿(ゆふ)取り付けて 斎瓮(いはひへ)を 斎(いは)ひ掘り据(す)ゑ 竹玉(たかたま)を 繁(しじ)に貫(ぬ)き垂(た)れ 鹿(しし)じもの 膝析(さ)き伏して たわや女(め)の 襲(おすひ)取り懸(か)け かくだにも 我(わ)れは祈(こ)ひなむ 君に逢はじかも

 

(訳)高天原の神のみ代から現われて生を継いで来た先祖の神よ。奥山の賢木の枝に、白香(しらか)を取り付け木綿(ゆう)を取り付けて、斎瓮(いわいべ)をいみ清めて堀り据え、竹玉を緒にいっぱい貫き垂らし、鹿のように膝を折り曲げて神の前にひれ伏し、たおやめである私が襲(おすい)を肩に掛け、こんなにまでして私は懸命にお祈りをしましょう。それなのに、我が君にお逢いできないものなのでしょうか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」角川ソフィア文庫より)

(注)しらか【白香】名詞:麻や楮(こうぞ)などの繊維を細かく裂き、さらして白髪のようにして束ねたもの。神事に使った。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)ゆふ【木綿】名詞:こうぞの樹皮をはぎ、その繊維を蒸して水にさらし、細く裂いて糸状にしたもの。神事で、幣帛(へいはく)としてさかきの木などに掛ける。(同上)

(注)いはひべ【斎ひ瓮】名詞:神にささげる酒を入れる神聖な甕(かめ)。土を掘って設置したらしい。(同上)

(注)たかだま【竹玉・竹珠】名詞:細い竹を短く輪切りにして、ひもを通したもの。神事に用いる。(同上)

(注)ぬきたる 【貫き垂る】他動詞:(玉などを)貫いて垂らす。(同上)

(注)ししじもの【鹿じもの・猪じもの】分類枕詞:鹿(しか)や猪(いのしし)のようにの意から「い這(は)ふ」「膝(ひざ)折り伏す」などにかかる(同上)

(注)おすひ【襲】名詞:上代上着の一種。長い布を頭からかぶり、全身をおおうように裾(すそ)まで長く垂らしたもの。主に神事の折の、女性の祭服。(同上)

(注)君に逢はじかも:祖神の中に、亡夫宿奈麻呂を封じ込めた表現

 

 万葉集中、「さかき」を詠った歌はこの一首のみである。

 

題詞は、「大伴坂上郎女祭神歌一首并短歌」<大伴坂上郎女(おほとものさかのうえのいらつめ)、神を祭る歌一首并せて短歌>である。

 

短歌もみていこう。

 

◆木綿疊 手取持而 如此谷母 吾波乞甞 君尓不相鴨

              (大伴坂上郎女 巻三 三八〇)

 

≪書き下し≫木綿(ゆう)畳(たたみ)手に取り持ちてかくだにも我(わ)れは祈(こ)ひなむ君に逢はじかも

 

(訳)木綿畳を手に掲げ持って神の前に捧げ、私はこんなにまでしてお祈りをしましょう。なのに、それでも我が君にお逢いできないものなのでしょうか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より))

 

 左注は、「右歌者 以天平五年冬十一月供祭大伴氏神之時 聊作此歌 故日祭神歌」<右の歌は、天平の五年の冬の十一月をもちて、大伴の氏(うじ)の神を供祭(まつ)る時に、いささかにこの歌を作る。故(ゆゑ)に神を祭る歌といふ>である。

(注)いささか 【聊か・些か】副詞:①少し。わずか。②〔下に打消の語を伴って〕少しも。まったく。

 

大伴坂上郎女の歌は、万葉集に八十四首収録されている。うち長歌が六首である。大伴旅人の異母妹である。旅人が亡くなってからは、一族の後見役になっている。この歌にあるように大伴家の事案に深くかかわっている。

なによりも彼女の存在が歌人大伴家持を生み出す大原動力となったといっても過言ではない。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」