万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1363)―福井県越前市 万葉の里味真野苑(5)―万葉集 巻八 一四九〇

●歌は、「ほととぎす待てど来鳴かずあやめぐさ玉に貫く日をいまだ遠みか」である。

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福井県越前市 万葉の里味真野苑(5)万葉歌碑<プレート>(大伴家持

●歌碑(プレート)は、福井県越前市 万葉の里味真野苑(5)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

題詞は、「大伴家持霍公鳥歌一首」<大伴家持が霍公鳥の歌一首>である。

 

◆霍公鳥 雖待不来喧 菖蒲草 玉尓貫日乎 未遠美香

     (大伴家持 巻八 一四九〇)

 

≪書き下し≫ほととぎす待てど来鳴かずあやめぐさ玉に貫(ぬ)く日をいまだ遠みか

 

(訳)時鳥は、待っているけれどいっこうに来て鳴こうとはしないのか。あやめ草を薬玉(くすだま)にさし通す日が、まだ遠い先の日のせいであろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)あやめぐさ【菖蒲草】名詞:あやめ(菖蒲)。(学研)

(注の注)邪気を払うものとして、五月五日に薬玉に混えて貫いた。

 

家持が時鳥を詠んだ歌は六四首もあり、万葉集収録の時鳥を詠んだ歌の約四割を占めるという。

 一四九〇歌は、巻八の部立「夏雑歌」に収録されているが、この「夏雑歌」だけでも家持の時鳥を詠んだ歌が八首収録されている。

 他の七首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1073)」で紹介している。

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 岡山県自然保護センターの田中瑞穂氏の「万葉の動物考」に、万葉集で一番詠われている鳥は、「霍公鳥(ほととぎす)」で一五三首、次いで「雁(かり)」六七首、「鶯(うぐひす)」五一首であると書かれている。

 よく詠われているその理由として、「(1)鳴き声が大きく、良く通る声で遠くまで聞こえること。(2)鳴き声に特徴があって、他の鳥と間違えることがないこと。(3)鳴く時期に、季節感を感じさせること。」を挙げておられる。

 

霍公鳥は、額田王(一一二歌)、田辺福麻呂(一〇五八、四〇三五、四〇四二、四〇五二歌)、志貴皇子(一四六六歌)、弓削皇子(一四六七歌)、高橋虫麻呂(一四九七、一七五五、一七五六歌)や久米広綱(四〇五〇、四〇五三、四二〇三、四二〇九、四二一〇歌)他幅広く多くの歌人に詠われているのである。

 さらに特徴的なのは、大伴家持を筆頭に、大伴旅人(一四七三歌)、大伴坂上郎女(一四七四、一四七五、一四八四、一四九八歌)、大伴書持(一四八〇、一四八一、三九〇九、三九一〇歌)、大伴池主(三九四六、三九九三、四〇〇八歌)、大伴四綱(一四九九歌)、大伴田村大嬢(一五〇六歌)、大伴清縄(一四八二歌)、大伴村上(一四九三歌)というように大伴一族も霍公鳥の歌を数多く詠っている。

 

 大伴旅人坂上郎女、書持(家持の弟)の歌をみてみよう。

 

題詞は、「大宰帥大伴卿和歌一首」<大宰帥大伴卿が和(こた)ふる歌一首>である。

 

◆橘之 花散里乃 霍公鳥 片戀為乍 鳴日四曽多毛

      (大伴旅人 巻八 一四七三)

 

≪書き下し≫橘の花散(ぢ)る里のほととぎす片恋(かたこひ)しつつ鳴く日しぞ多き

 

(訳)橘の花がしきりに散る里の時鳥、この時鳥は、散った花に独り恋い焦がれながら、鳴く日が多いことです。(同上)

(注)片恋しつつ:亡妻への思慕をこめる

 

 旅人の妻大伴郎女が亡くなったので弔問に勅使として遣わされた石上堅魚(いそのかみのかつを)の歌に和(こた)えた歌である。

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その896)」で紹介している。

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 次に大伴坂上郎女の歌四首をみてみよう。

 

題詞は、「大伴坂上郎女思筑紫大城山歌一首」<大伴坂上郎女、筑紫(つくし)の大城(おほき)の山を思ふ歌一首>である。

 

◆今毛可聞 大城乃山尓 霍公鳥 鳴令響良部 吾無礼杼毛

      (大伴坂上郎女 巻八 一四七四)

 

≪書き下し≫今もかも大城(おほき)の山にほととぎす鳴き響(とよ)むらむ我れなけれども

 

(訳)今頃はちょうど、大城の山で時鳥が鳴き立てていることであろう。私はもうそこにいないけれども。(同上)

(注)大城の山:大宰府背後の大野山。(伊藤脚注)

(注)天平二年(730年)十一月、旅人より一足早く帰京している。(伊藤脚注)

(注)今もかも:第四句「鳴き響むらむ」にかかる。(伊藤脚注)

 

大伴旅人が妻を亡くした後、大宰府に呼ばれ、大伴一族のお世話役としての刀自の役目等を任された帰京して詠ったのであろう。

 

この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その892)」で紹介している。

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題詞は、「大伴坂上郎女霍公鳥歌一首」<大伴坂上郎女が霍公鳥(ほととぎす)の歌一首>である。

 

◆何奇毛 幾許戀流 霍公鳥 鳴音聞者 戀許曽益礼

     (大伴坂上郎女 巻八 一四七五)

 

≪書き下し≫何(なに)しかもここだく恋ふるほととぎす鳴く声聞けば恋こそまされ

 

(訳)何でまあこうもひどく、私は待ち焦がれるのであろう。時鳥のその鳴き声を聞けば聞くで、人恋しさがつのって苦しむだけだというのに。(同上)

(注)なにしかも【何しかも】[連語]:「なにしか」を強めた言い方。なんでまあ…か。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)ここだく【幾許】副詞:「ここだ」に同じ。 ※上代語。

(注の注)ここだ【幾許】副詞:①こんなにもたくさん。こうも甚だしく。▽数・量の多いようす。②たいへんに。たいそう。▽程度の甚だしいようす。 ※上代語。(学研)

(注)まさる 自動詞:【増さる】(数量や程度などが)多くなる。ふえる。(学研)

 

 

題詞は、「大伴坂上郎女歌一首」<大伴坂上郎女が歌一首>である。

 

◆霍公鳥 痛莫鳴 獨居而 寐乃不所宿 聞者苦毛

     (大伴坂上郎女 巻八 一四八四)

 

≪書き下し≫ほとといすいたくな鳴きそひとり居(ゐ)て寐(い)の寝(ね)らえぬに聞けば苦しも

 

(訳)時鳥よ、そんなにひどく鳴かないでおくれ。独り寝覚(ねざ)めて眠れない時に、お前の声を聞くと苦しくてたまらない。(同上)

(注)な 副詞:①…(する)な。…(してくれる)な。▽すぐ下の動詞の表す動作を禁止する意を表す。◇上代語。②〔終助詞「そ」と呼応した「な…そ」の形で〕…(し)てくれるな。▽終助詞「な」に比してもの柔らかで、あつらえに近い禁止の意を表す。 ⇒語法 下に動詞の連用形(カ変・サ変は未然形)を伴う。 ⇒注意 禁止の終助詞「な」(動詞型活用語の終止形に接続)と混同しないこと。 ⇒参考 ①②とも、上代から用いられているが、②は中古末期以降、「な」が省略され、「そ」のみで禁止を表す用法も見られる。(学研)

(注)いもねられず【寝も寝られず】分類連語:眠ることもできない。 ⇒なりたち 名詞「い(寝)」+係助詞「も」+動詞「ぬ(寝)」の未然形+可能の助動詞「らる」の未然形+打消の助動詞「ず」(学研)

 

 

◆無暇 不来之君尓 霍公鳥 吾如此戀常 徃而告社

     (大伴坂上郎女 巻八 一四九八)

 

≪書き下し≫暇(いとま)なみ来(き)まさぬ君にほととぎす我(あ)れかく恋ふと行きて告(つ)げこそ

 

(訳)暇がないからといってお見えにならないあの方に、時鳥よ、私がこんなにも恋いこがれていると、行ってつたえておくれ。(同上)

(注)こそ 終助詞:《接続》動詞の連用形に付く。〔他に対する願望〕…てほしい。…てくれ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その329)」で紹介している。

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 次に大伴書持の歌をみてみよう。

 

題詞は、「大伴書持歌二首」<大伴書持が歌二首>である。

 

◆我屋戸尓 月押照有 霍公鳥 心有今夜 来鳴令響

      (大伴書持 巻八 一四八〇)

 

 

≪書き下し≫我がやどに月おし照れりほととぎす心あれ今夜(こぞ)来鳴き響(とよ)もせ

 

(訳)我が家の庭に月がくまなく照っている。時鳥よ、思いやりがあってほしい。この月のよい夜こそ、やって来て鳴き立てなさい。(同上)

 

 

◆我屋戸前乃 花橘尓 霍公鳥 今社鳴米 友尓相流時

      (大伴書持 巻八 一四八一)

 

≪書き下し≫我がやどの花橘(はなたちばな)にほととぎす今こそ鳴かめ友に逢へる時

 

(訳)我が家の庭の花橘に来て、時鳥よ、さあ、今こそ鳴いておくれ。友に逢っているこの時に。(同上)

(注)コソ・・・メは、ここは相手に対する希望・勧誘を表す。(伊藤脚注)

 

 

題詞は、「詠霍公鳥歌二首」<霍公鳥(ほととぎす)を詠(よ)む歌二首>である。

 

◆多知婆奈波 常花尓毛歟 保登等藝須 周無等来鳴者 伎可奴日奈家牟

      (大伴書持 巻十七 三九〇九)

 

≪書き下し≫橘は常花にもが霍公鳥住むと来鳴かば聞かぬ日なけむ

 

(訳)橘は、年中咲き盛りの花であったらなあ。そうなれば取り合わせの時鳥が橘に棲みつこうとしてやって来るはず、そうなったら、時鳥の声を聞かない日はないだろう。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 

◆珠尓奴久 安布知乎宅尓 宇恵多良婆 夜麻霍公鳥 可礼受許武可聞

      (大伴書持 巻十七 三九一〇)

 

≪書き下し≫玉に貫(ぬ)く楝(あふち)を家に植ゑたらば山ほととぎす離(か)れず来(こ)むかも

 

(訳)薬玉(くすだま)として糸に貫く楝、その楝を我が家の庭に植えたならば、山に棲む時鳥がしげしげとやって来て鳴いてくれることだろうか。(同上)

 

左注は、「右四月二日大伴宿祢書持従奈良宅贈兄家持」<右は、四月の二日に、大伴宿禰書持、奈良(なら)の宅(いへ)より兄家持に贈る>である。

 

 一四八〇、一四八一歌ならびに三九〇九、三九一〇歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1348表①)」で紹介している。(1348表①の稿では収録されている書持の歌十二首を紹介している。)

 

 

 ホトトギスは、カッコウ科の鳥で、ウグイスなどに托卵する習性があり、自分では子育てはしない。

高橋虫麻呂の歌にこの托卵事象を詠った歌がある。ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1348裏②)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の動物考」 岡山県自然保護センターの田中瑞穂氏稿

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉