万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2025~2027)―高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(31~33)―万葉集 巻八 一四八五、巻八 一四九〇、巻八 一五〇〇

―その2025―

●歌は、「夏まけて咲きたるはねずひさかたの雨うち降らばうつろひなむか」である。

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(31)万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(31)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆夏儲而 開有波祢受 久方乃 雨打零者 将移香

      (大伴家持 巻八  一四八五)

 

≪書き下し≫夏まけて咲きたるはねずひさかたの雨うち降らばうつろひなむか

 

(訳)夏を待ち受けてやっと咲いたはねず、そのはねずの花は、雨でも降ったら色が褪(あ)せてしまうのではなかろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)まく【設く】他動詞:①前もって用意する。準備する。②前もって考えておく。③時期を待ち受ける。(その季節や時が)至る。 ※上代語。中古以後は「まうく」。ここでは、③の意(学研)

(注)ひさかたの【久方の】分類枕詞:天空に関係のある「天(あま)・(あめ)」「雨」「空」「月」「日」「昼」「雲」「光」などに、また、「都」にかかる。語義・かかる理由未詳。(学研)

(注)うつろふ【移ろふ】自動詞:①移動する。移り住む。②(色が)あせる。さめる。なくなる。③色づく。紅葉する。④(葉・花などが)散る。⑤心変わりする。心移りする。⑥顔色が変わる。青ざめる。⑦変わってゆく。変わり果てる。衰える。 ※「移る」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」からなる「移らふ」が変化した語。(学研)ここでは②の意

 

 「はねず」を詠んだ歌は四首収録されているが、植物としての「はねず」を詠んでいるのはこの歌のみであり、他の三首は「はねず色」と詠んでいる。万葉の時代の染色技術などを考えると、はねず色は褪せやすいと考えられるので、褪せるとか心移りするニュアンスがぴったりである。家持の歌の場合は、花そのものであり、「移ろふ」は雨に打たれて「(葉・花などが)散る」とみることもできる。はねず色の性質を考え、家持は、「散る」と直接的な言い回しをせず、はねず色も踏まえて「移ろふ」と詠ったのであろう。

 

 この歌を含む四首については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1168)」で紹介している。

 ➡ こちら1168

 

 

 

 大伴坂上郎女の六五七歌は比較のためみてみよう。

◆不念常 日手師物乎 翼酢色之 變安寸 吾意可聞

      (大伴坂上郎女 巻四 六五七)

 

≪書き下し≫思(おも)はじと言ひてしものをはねず色のうつろひやすき我(あ)が心かも

 

(訳)あんな人のことだのもう思うまいと口に出していったのに、何とまあ変わりやすい私の心なんだろう。またも恋しくなるとは。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)はねずいろの【はねず色の】分類枕詞:はねず(=植物の名)で染めた色がさめやすいところから「移ろひやすし」にかかる。(学研)

 

 

 

―その2026―

●歌は、「ほととぎす待てど来鳴かずあやめぐさ玉に貫く日をいまだ遠みか」である。

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(32)万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(32)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆霍公鳥 雖待不来喧 菖蒲草 玉尓貫日乎 未遠美香

      (大伴家持 巻八 一四九〇)

 

≪書き下し≫ほととぎす待てど来鳴かずあやめぐさ玉に貫(ぬ)く日をいまだ遠みか

 

(訳)時鳥は、待っているけれどいっこうに来て鳴こうとはしないのか。あやめ草を薬玉(くすだま)にさし通す日が、まだ遠い先の日のせいであろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)たまにぬく【玉爾貫、珠爾貫、玉貫、球貫】:真珠などの宝玉や特別な石・植物を玉にして緒(糸・紐)に貫き通す。玉と霊・魂のタマとは語源を同じくする。タマはすべての生命・存在の根源にかかわって畏怖と信仰の対象となり、玉はタマの寄り籠る器として観想され、呪術や神事に用いられる。この古代相を基層とした語。①万葉集には、生命力旺盛な呪物竹を玉に用いた例がある。「斎瓮(いはひべ)を 斎ひ掘り据ゑ 竹玉を しじに貫き垂れ」(3-379)、「枕辺に 斎瓮を据ゑ 竹玉を 間なく貫き垂れ」(3-420)。②植物の花や実を緒に貫いて環状に結び、手や頸に巻いたり頭に載せて鬘(かづら)にする。万葉集では橘、菖蒲(あやめぐさ)(現在のしょうぶ)、楝(あふち)(せんだん)。このうち「たまにぬく」の用例は橘と菖蒲に集中し、それぞれが単独であったり「あやめぐさ 花橘を 玉に貫き」(3-423)、「あやめ草 花橘に 貫き交じへ」(18-4101)、「あやめ草 花橘に 合へも貫く」(18-4102)のように2種を交えて貫く形で詠まれる。さらに霍公鳥(ほととぎす)の声を重ねて「ほととぎす 鳴く五月には あやめぐさ 花橘を 玉に貫き」(3-423)、「あやめぐさ 花橘を 娘子らが 玉貫くまでに…(中略)…鳴きとよむれど なにか飽き足らむ」(19-4166)と歌う(この例延約40)。古今集以降には見られない取り合わせで、万葉独特の表現世界を持つ。菖蒲と橘の玉を、平安朝以降盛んになる中国渡来の、5月5日端午の節句の薬玉と見る説(『拾穂抄』以降最も多い)もあるが、『荊楚歳時記』の浴蘭節やいわゆる薬玉の様式は希薄である。歌は万葉後期大伴家持周辺にほぼ限られており、節句を契機として、4・5月の季節を古代に回帰する発想で賛美し、風流を極めて歌を楽しんだと考えられる。「たまにぬく」はむしろ記紀神話の「玉の御統(みすまる)」(多くの玉を緒に貫き統べる)が発想の基底にあるか。「玉の御統」は玲瓏と音を発する。霍公鳥の声が玉に合え貫くとは、その音に擬えた神秘な声という神話的発想があったか。(「万葉神事語辞典」國學院大學デジタル・ミュージアム

 

 「あやめ草」は、現在のショウブと同じものである。サトイモ科の多年草で、香気が強い。この強い香りから、邪気払い、疫病除けに効くと古くから考えられていた。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1113)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 重複するが、あやめ草十二首については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その972)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

―その2027―

●歌は、「夏の野の茂みに咲ける姫百合の知らえぬ恋はくるしきものぞ」である。

高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(33)万葉歌碑(大伴坂上郎女

●歌碑は、高知県大豊町粟生 土佐豊永万葉植物園(33)である。

 

●歌をみていこう。

 

 

題詞は、「大伴坂上郎女歌一首」<大伴坂上郎女が歌一首>である。

◆夏野之 繁見丹開有 姫由理乃 不所知戀者 苦物曽

        (大伴坂上郎女 巻八 一五〇〇)

 

≪書き下し≫夏の野の茂(しげ)みに咲ける姫(ひめ)百合(ゆり)の知らえぬ恋は苦しきものぞ

 

(訳)夏の野の草むらにひっそりと咲いている姫百合、それが人に気づかれないように、あの人に知ってもらえない恋は、苦しいものです。(同上)

(注)上三句は序。「知らえぬ」を起す。(伊藤脚注)

 

 大伴坂上郎女については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1059)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 「ゆり」が詠まれた歌は、万葉集では、十一首にのぼる。この内大伴坂上郎女の歌(巻八 一五〇〇)は、「姫百合」であり、濃赤色の花を咲かせる。他十首は、「草深百合」が二首、「さ百合」が八首である。「草深」は百合がさいている場所を示し、「さ」は接頭語である。

「ゆり」と詠まれているのは、万葉の時代を考えると、「ささゆり」ないしは「やまゆり」と考えられる。「ささゆり」は、近畿以西に分布しており、繊細で楚々とした感じがする。 

十首のうち、巻二十 四三六九歌は「筑波嶺のさ百合の花の夜床(ゆとこ)にも愛(かな)しけ妹そ昼も愛(かな)しけ(訳:筑波の嶺に咲き匂うさ百合の花というではないが、その夜の床でもかわいくてならぬ子は、昼間でもかわいくってたまらない)」であるが、分布上からも、東歌的、官能的な歌の響きからしても「やまゆり」と考えられる。確かに「やまゆり」は、ささゆりと違い、大きく、黄色の縦筋があり、赤みがかった斑点があり、肉感的で咲くにつれ甘い香りを周りに漂わしているのである。

 

 「ひめゆり」、「ささゆり」、「やまゆり」をみてみよう。

 

ひめゆり」:ユリ科多年草。山地に自生し、高さは約50センチ。葉は広線形で互生。夏、数個の赤い6弁花を上向きにつける。本州南部にみられ、観賞用に栽培もされる。山丹(さんたん)。《季 夏》(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

ひめゆり」 (weblio辞書 デジタル大辞泉より引用させていただきました)

 

 「ささゆり」:ユリ科多年草。本州中部地方以西に自生。初夏、桃色や白色の花をつける。園芸品種が多く作られている。さゆり。《季 夏》(weblio辞書 デジタル大辞泉

「ささゆり」 (weblio辞書 デジタル大辞泉より引用させていただきました)

 

「やまゆり」:ユリ科多年草。山野に自生し、高さ約1.5メートル。葉は披針形で互生。夏、白色のらっぱ状の花が横向きに開く。花の内面には赤い斑点があり、強い香りを放つ。本州の近畿地方以北に多い。鱗茎(りんけい)は食用。《季 夏》「見おぼえの―けふは風雨かな/立子」(weblio辞書 デジタル大辞泉

「やまゆり」 (weblio辞書 デジタル大辞泉より引用させていただきました)

 

重複するが、「ゆり」、「ひめゆり」を詠んだ歌十一首については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1072)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著  (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著  (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「万葉神事語辞典」 (國學院大學デジタル・ミュージアム