万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その522、523)―奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(25、26)―万葉集 巻十 一八四七、巻十 一八六〇

―その522―

●歌は、「浅緑染め懸けたりと見るまでに春の柳は萌えにけるかも」である。

 

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奈良市法蓮佐保山 万葉の苑    (25)万葉歌碑(作者未詳 やなぎ)

●歌碑(プレート)は、奈良市法蓮佐保山 万葉の苑    (25)にある。

 

●歌をみていこう。なお、この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その225)」で紹介している。

 

◆淺緑 染懸有跡 見左右二 春楊者 目生来鴨

                 (作者未詳 巻十 一八四七)

 

≪書き下し≫浅緑(あさみどり)染(そ)め懸(か)けたりと見るまでに春の柳は萌えにけるかも

 

(訳)薄緑色に糸を染めて木に懸けたと見紛うほどに、春の柳は、青々と芽を吹き出した。(伊藤 博 著 「万葉集 二」角川ソフィア文庫より)

 

柳は、枝を湿地にさし立てるだけで根をおろすことがあるほど生命力の旺盛な植物であるので、呪力をもつ神木と考えられていたようである。

 一般的に柳は、枝葉の垂れるものに「楊」(シダレヤナギ)、垂れずに立つものに「楊」(カハヤナギ・ネコヤナギ)の文字があてらる。また、柳は中国からの渡来種なので梅花とともに詠まれることが多く、しなやかな春の青柳と香(かぐわ)しい梅花との取り合わせが万葉びとの心をひきつけたようである。

 柳の葉が眉のような形をしているので美人の形容としても使われたようである。

 

◆梅花 取持見者 吾屋前之 柳乃眉師 所念可聞

              (作者未詳 巻十 一八五三)

 

≪書き下し≫梅の花取り持ち見れば我がやどの柳の眉(まゆ)し思ほゆるかも

                                                  

(訳)梅の花、これを手に折り取って見つめていると、我が家の柳の、眉のような若葉が思われてならない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)やなぎのまゆ【柳の眉】分類連語:①柳の若葉を眉にたとえていう語。「やなぎのまよ」とも。②美人の細く美しい眉。◇「柳眉(りうび)」の訓読。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

我が家の柳そのものでなく、「柳の眉」で美しい人、思い人を想起しているのである。

 

 

大伴坂上郎女が詠んだ「柳の歌2首」をみてみよう。

 

◆吾背兒我 見良牟佐保道乃 青柳乎 手折而谷裳 見縁欲得

               (大伴坂上郎女 巻八 一四三二)

 

≪書き下し≫我が背子(せこ)が見らむ佐保道(さほぢ)の青柳(あをやぎ)を手折(たを)りてだにも見むよしもがも

 

(訳)あの方がいつもご覧になっているにちがいない佐保道の青柳、その青柳を、せめて一枝なりと手折って見るすべがあったらよいのに。(同上)

(注)だに 副助詞《接続》:体言、活用語の連体形、助詞などに付く。①〔最小限の限度〕せめて…だけでも。せめて…なりとも。▽命令・願望・意志などの表現を伴って。②〔ある事物・状態を取り立てて強調し、他を当然のこととして暗示、または類推させる〕…だって。…でさえ。…すら。▽下に打消の語を伴って。 ※参考 ②の「…さえ」の意味は、上代は「すら」が、中古は「だに」が、中世は「さへ」が表す。⇒さへ(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)よし【由】名詞:①理由。いわれ。わけ。②口実。言い訳。③手段。方法。手だて。④事情。いきさつ。⑤趣旨。⑥縁。ゆかり。⑦情趣。風情。⑧そぶり。ふり。(学研)ここでは③の意

(注)もがも 終助詞:《接続》体言、形容詞・断定の助動詞の連用形などに付く。〔願望〕…があったらなあ。…があればいいなあ。 ※上代語。終助詞「もが」に終助詞「も」が付いて一語化したもの(学研)

 

 

◆打上 佐保能河原之 青柳者 今者春部登 成尓鶏類鴨

               (大伴坂上郎女 巻八 一四三三)

 

≪書き下し≫うち上(のぼ)る佐保の川原(かはら)の青柳は今は春へとなりにけるかも

 

(訳)馬を鞭(むち)打っては上る佐保の川原の柳は、緑に芽吹いて、今はすっかり春らしくなってきた。(同上)

 

 万葉びとは、浅緑に萌え出た柳の新芽で春の訪れを感じ取っていたようである。

 

 

 

―その523―

●歌は、「花咲きて実はならねども長き日に思ほゆるかも山吹の花」である。

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奈良市法蓮佐保山 万葉の苑    (26)万葉歌碑(作者未詳 やまぶき)


 

●歌碑(プレート)は、奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(26)にある。

 

●この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その210)」でも紹介している。

歌をみていこう。

 

◆花咲而 實者不成登裳 長氣 所念鴨 山振之花

              (作者未詳 巻十 一八六〇)

 

≪書き下し≫花咲きて実(み)はならねども長き日(け)に思ほゆるかも山吹(やまぶき)の花

 

(訳)花が咲くだけで実はならないとは知っているけれども咲くまでが日数長く思われて仕方がない。山吹の花は。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 山吹の歌は、万葉集には十七首が収録されている。黄金色の花弁が美しいのであるが、桜同様花期は短い。その美しさから女人への連想やたとえにも詠まれている。山吹の花の美しさから、枕詞としても使われ「にほふ」に掛かる。

ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その210)」では、万葉集で、初句に「やまぶき」が詠み込まれている歌を九首紹介しているのでそちらも参考にしていただければと思います。

 

一首みてみよう。

 

◆山振之 尓保敝流妹之 翼酢色乃 赤裳之為形 夢所見管

               (作者未詳 巻十一 二七八六)

 

≪書き下し≫山吹(やまぶき)のにほえる妹(いも)がはねず色の赤裳(あかも)の姿夢(いめ)に見えつつ

 

(訳)咲きにおう山吹の花のようにあでやかな子の、はねず色の赤裳を着けた姿、その姿が夢に見え見えして・・・(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)やまぶきの【山吹の】( 枕詞 ):① 「やま」の類音から「やむ」にかかる。 ② 山吹の花の美しさから、「にほふ」にかかる。 (weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

 はねず色の赤裳を着て佇むあでやかな女性を描いた美人画をほうふつさせる一首である。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」