―その358-
●歌は、「秋さらば移しもせむと我が蒔きし韓藍の花を誰れか摘みけむ」である。
●歌をみていこう。
◆秋去者 影毛将為跡 吾蒔之 韓藍之花乎 誰採家牟
(作者未詳 巻七 一三六二)
≪書き下し≫秋さらば移(うつ)しもせむと我(わ)が蒔(ま)きし韓藍(からあゐ)の花を誰(た)れか摘(つ)みけむ
(訳)秋になったら移し染めにでもしようと、私が蒔いておいたけいとうの花なのに、その花をいったい、どこの誰が摘み取ってしまったのだろう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)移しもせむ:移し染めにしようと。或る男にめあわせようとすることの譬え。
(注)からあゐ【韓藍】:①ケイトウの古名。② 美しい藍色。
(注)誰(た)れか摘(つ)みけむ:あらぬ男に娘を捕えられた親の気持ち
韓藍の鮮やかな赤の色が、熱烈な恋心を表し、または美しい女性を表すとされた。万葉集では四首詠われているが、いずれも相聞歌である。
―その359―
●歌は、「立ちて思ひ居てもそ念ふくれなゐの赤裳裾引き去にし姿を」である。
●この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その162)」でとりあげている。
歌をみていこう。
◆立念 居毛曽念 紅之 赤裳下引 去之儀乎
(作者未詳 巻十一 二五五〇)
≪書き下し≫立ちて思ひ居(ゐ)てもぞ思ふ紅(くれない)の赤裳(あかも)裾(すそ)引き去(い)にし姿を
(訳)立っても思われ、坐っても思われてならない。紅(べに)染の赤裳の裾を引きながら、歩み去って行ったあの姿が。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)くれなゐの【紅の】分類枕詞:紅色が鮮やかなことから「いろ」に、紅色が浅い(=薄い)ことから「あさ」に、紅色は花の汁を移し染めたり、振り出して染めることから「うつし」「ふりいづ」などにかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
「くれなゐ」とは、ベニバナのことで、万葉集では二九首も詠まれている。花そのものを詠んだ歌は5首で、他は染色した紅染の衣として詠まれている。
ベニバナの花は、紅色の染料や口紅、種は食用油や紅花墨の原料として用いられ、古来より利用価値の高い植物とされてきた。
「くれなゐ」を詠んだ歌をもう一首みてみよう。
◆紅之 深染衣 色深 染西鹿齒蚊 遺不得鶴
(作者未詳 巻十一 二六二四)
≪書き下し≫紅の深(ふか)染(そ)め衣(きぬ)色深く染(し)みにししかば忘れかねつる
(訳)紅の深(ふか)染(そ)め衣、念入りに染め上げたその着物のように、あの人が心の底深くにしみついてしまったせいか、忘れようにも忘れられない。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
ベニバナの別名は「呉藍(くれあい)」という。呉の国から来た藍を意味している。
上述のケイトウの「韓藍(からあい)」は韓の国から来た藍を意味している。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」