万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その358,359)―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(99)―

―その358-

●歌は、「秋さらば移しもせむと我が蒔きし韓藍の花を誰れか摘みけむ」である。

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万葉の森船岡山万葉歌碑(99)(作者未詳)


 

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(99)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆秋去者 影毛将為跡 吾蒔之 韓藍之花乎 誰採家牟

              (作者未詳 巻七 一三六二)

 

≪書き下し≫秋さらば移(うつ)しもせむと我(わ)が蒔(ま)きし韓藍(からあゐ)の花を誰(た)れか摘(つ)みけむ

 

(訳)秋になったら移し染めにでもしようと、私が蒔いておいたけいとうの花なのに、その花をいったい、どこの誰が摘み取ってしまったのだろう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)移しもせむ:移し染めにしようと。或る男にめあわせようとすることの譬え。

(注)からあゐ【韓藍】:①ケイトウの古名。② 美しい藍色。

(注)誰(た)れか摘(つ)みけむ:あらぬ男に娘を捕えられた親の気持ち

 

韓藍の鮮やかな赤の色が、熱烈な恋心を表し、または美しい女性を表すとされた。万葉集では四首詠われているが、いずれも相聞歌である。

 

 

―その359―

●歌は、「立ちて思ひ居てもそ念ふくれなゐの赤裳裾引き去にし姿を」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(100)(作者未詳)

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(100)である。

 

●この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その162)」でとりあげている。

歌をみていこう。

 

◆立念 居毛曽念 紅之 赤裳下引 去之儀乎

            (作者未詳 巻十一 二五五〇)

 

≪書き下し≫立ちて思ひ居(ゐ)てもぞ思ふ紅(くれない)の赤裳(あかも)裾(すそ)引き去(い)にし姿を

 

 (訳)立っても思われ、坐っても思われてならない。紅(べに)染の赤裳の裾を引きながら、歩み去って行ったあの姿が。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)くれなゐの【紅の】分類枕詞:紅色が鮮やかなことから「いろ」に、紅色が浅い(=薄い)ことから「あさ」に、紅色は花の汁を移し染めたり、振り出して染めることから「うつし」「ふりいづ」などにかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

「くれなゐ」とは、ベニバナのことで、万葉集では二九首も詠まれている。花そのものを詠んだ歌は5首で、他は染色した紅染の衣として詠まれている。

ベニバナの花は、紅色の染料や口紅、種は食用油や紅花墨の原料として用いられ、古来より利用価値の高い植物とされてきた。

 

「くれなゐ」を詠んだ歌をもう一首みてみよう。

 

◆紅之 深染衣 色深 染西鹿齒蚊 遺不得鶴

               (作者未詳 巻十一 二六二四)

 

≪書き下し≫紅の深(ふか)染(そ)め衣(きぬ)色深く染(し)みにししかば忘れかねつる

 

(訳)紅の深(ふか)染(そ)め衣、念入りに染め上げたその着物のように、あの人が心の底深くにしみついてしまったせいか、忘れようにも忘れられない。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

 

ベニバナの別名は「呉藍(くれあい)」という。呉の国から来た藍を意味している。

上述のケイトウの「韓藍(からあい)」は韓の国から来た藍を意味している。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」