●歌は、「秋さらば移しもせむと我が蒔きし韓藍の花を誰れか摘みけむ」である。
●歌碑は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(126)にある。
●歌をみていこう。
◆秋去者 影毛将為跡 吾蒔之 韓藍之花乎 誰採家牟
(作者未詳 巻七 一三六二)
≪書き下し≫秋さらば移(うつ)しもせむと我(わ)が蒔(ま)きし韓藍(からあゐ)の花を誰(た)れか摘(つ)みけむ
(訳)秋になったら移し染めにでもしようと、私が蒔いておいたけいとうの花なのに、その花をいったい、どこの誰が摘み取ってしまったのだろう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)移しもせむ:移し染めにしようと。或る男にめあわせようとすることの譬え。
(注)誰(た)れか摘(つ)みけむ:あらぬ男に娘を捕えられた親の気持ち
この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その358)」で紹介している。
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「からあゐ」を詠んだ歌は、万葉集には、四首収録されている。一三六二歌の他の三首をみてみよう。
題詞は、「山部宿祢赤人歌一首」<山部宿禰赤人が歌一首>である。
◆吾屋戸尓 韓藍種生之 雖干 不懲而亦毛 将蒔登曽念
(山部赤人 巻三 三八四)
≪書き下し≫我(わ)がやどに韓藍(からあゐ)蒔(ま)き生(お)ほし枯れぬれど懲(こ)りずてまたも蒔(ま)かむとぞ思ふ
(訳)わが家(や)の庭に韓藍(からあい)を蒔いて育てて、それは枯れ果ててしまったけれど、懲りずにまた蒔こうと思います。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)韓藍:ここは愛する女性の譬え。
(注)おほす【生ほす】他動詞:①生育させる。伸ばす。生やす。②養育する。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)枯れぬれど:縁がなくなったことの譬え。
◆戀日之 氣長有者 三苑圃能 辛藍花之 色出尓来
(作者未詳 巻十 二二七八)
≪書き下し≫恋ふる日の日(け)長くしあれば我(わ)が園(その)の韓藍(からあゐ)の花の色に出(い)でにけり
(訳)恋い焦がれる日数が重なるばかりなので、我が家の園に咲く韓藍(からあい)の花の色のように、とうとう胸の思いをおもてに出してしまった。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)「我(わ)が園(その)の韓藍(からあゐ)の花の」は序。「色に出づ」を起こす。
(注)西本願寺本では「三苑圃能」:みそのふの→あなたの家の庭の、となるが、元暦校本、紀州本では「三→我」である。
◆隠庭 戀而死鞆 三苑原之 鶏冠草花乃 色二出目八方
(作者未詳 巻十一 二七八四)
≪書き下し≫隠(こも)りには恋ひて死ぬともみ園生(そのふ)の韓藍(からあゐ)の花の色に出(い)でめやも
(訳)思いを内に押し隠したまま恋い焦がれて死んでしまおうとも、お庭に咲く鶏頭の花の色のように、はっきり顔に出したりなどいたしましょうか。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)「み園生(そのふ)の韓藍(からあゐ)の花の」は序。「色に出づ」を起こす。
(注)そのふ【園生】名詞:庭。植物を栽培する園。(学研)
春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板によると、「インドの熱帯地方原産の一年草で、アジア・アフリカ・南アメリカなどに約60種あり、江戸時代には各種の園芸品種があった。
『韓藍(カラアイ)』は韓(カラ)の国から渡来した『藍(アイ)【染料になる草】』の意味で『鷄冠草(カラアイ)』とも書かれ『鶏頭(ケイトウ)【鷄冠花(ケイトウカ)】』の古い呼び名がある。(中略)万葉時代には花を摘み取って衣につけるという『摺り染め(スリゾメ)』に使われたが、染色力が弱くあまり実用化されてなかったようである。」と書かれている。
栽培種では白や黄といった色があるが、ケイトウは鮮やかな赤が基本である。赤色であるがゆえに燃えるよな恋心を表し、美しい女性を表しているのである。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「Plantia magazine for loving plant by HYPONeX」