万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2373)―

■べにばな■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「紅の八しほの衣朝な朝なされはすれどもいやめづらしも」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(作者未詳) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆呉藍之 八塩乃衣 朝旦 穢者雖為 益希将見裳

        (作者未詳 巻十一 二六二三)

 

≪書き下し≫紅(くれなゐ)の八(や)しほの衣(ころも)朝(あさ)な朝(さ)ななれはすれどもいやめづらしも

 

(訳)紅の八(や)しほの衣、幾度も染めたその着物が朝ごとに褻(な)れ汚れてゆくように、朝ごと朝ごと馴れ親しんでいても、あなたはますますかわいい。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)呉藍(くれあい):古代より紅色染料として用いられた花。別名 紅花(べにばな)(weblio

辞書 歴史民俗用語辞典)

(注)上二句は序。「朝な朝なれ」を起こす。「八しほ」は幾度も染める意。(伊藤脚注)

(注の注)やしほ【八入】名詞:幾度も染め汁に浸して、よく染めること。また、その染めた物。 ※「や」は多い意、「しほ」は布を染め汁に浸す度数を表す接尾語。上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)あさなあさな【朝な朝な】副詞:朝ごとに。毎朝毎朝。「あさなさな」とも。(学研)

(注)めづらし【珍し】形容詞:①愛すべきだ。賞美すべきだ。すばらしい。②見慣れない。今までに例がない。③新鮮だ。清新だ。目新しい。(学研)ここでは①の意

 

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感想(1件)

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1135)」で、「くれないの八しほ」と詠んだ歌とともに紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

二六一九から二六二六の歌群は、部立「寄物陳思(きぶつちんし)」の冒頭歌群であり「衣」を詠みこんでいる。これをみてみよう。

 

■二六一九歌■

◆朝影尓 吾身者成 辛 襴之不相而 久成者

       (作者未詳 巻十一 二六一九)

 

≪書き下し≫朝影(あさかげ)に我(あ)が身(み)はなりぬ韓(からころも)裾(すそ)のあはずて久しくなれば

 

(訳)朝日に映る影法師に、この身はなってしまった。韓衣の裾が合わないように、愛しい人に逢わないまま、ずいぶん久しくなったので。(同上)

(注)「韓衣裾の」は序。唐風の衣は裾が膝丈よりやや長く、その左右を合わせずに着た。「あはず」を起す。(伊藤脚注)

 

 

■二六二〇歌■

◆解之 思乱而 雖戀 何如汝之故跡 問人毛無

       (作者未詳 巻十一 二六二〇)

≪書き下し≫解(と)き(きぬ)の思ひ乱れて恋ふれどもなぞ汝(な)がゆゑと問ふ人もなき

 

(訳)ほどいた着物の乱れのように、思い乱れて恋い焦がれているのに、何で、「お前のせいで悩むのだ」と、尋ねてくれる人もいないのか。(同上)

(注)ときぎぬの【解き衣の】分類枕詞:縫い糸を解きほぐした衣類が乱れやすいことから「思ひ乱る」「恋ひ乱る」にかかる。(学研)

(注)なぞ【何ぞ】副詞:①どうして(…か)。なぜ(…か)。▽疑問の意を表す。②どうして…か、いや、…ではない。▽反語の意を表す。 ⇒語法:「なぞ」は疑問語であるため、文中に係助詞がなくても、文末の活用語は連体形で結ぶ。(学研)ここでは①の意

 

 

■二六二一歌■

◆摺 著有跡夢見津 寤者 孰人之 言可将繁

       (作者未詳 巻十一 二六二一)

 

≪書き下し≫摺(す)り(ころも)着(け)りと夢(いめ)に見つうつつにはいづれの人の言(こと)か繁けむ

 

(訳)色とりどりの摺り衣を着ている夢をみた。それにしても、実際にはどこのどなたとの噂が、高く立つというのであろうか。

(注)摺り衣着り:契りを交わしたことの譬え。(伊藤脚注)

(注の注)すりごろも【摺り衣】名詞:山藍(やまあい)・月草(=つゆくさ)などの汁を染料として、白地に草木・花鳥などの模様をすり出した衣服。「すりぎぬ」とも。(学研)

(注)うつつ以下、現実には誰との噂も立たない。夢と違い、思う人と契れない嘆き。(伊藤脚注)

(注の注)うつつ【現】名詞:①現実。現世。実在。②正気。③夢心地。正気を失った状態。▽「夢うつつ」と続けて言うところからの誤用。(学研)ここでは①の意

 

 

■二六二二歌■

◆志賀乃白水郎之 塩焼衣 雖穢 戀云物者 忘金津毛

       (作者未詳 巻十一 二六二二)

 

≪書き下し≫志賀(しか)の海人(あま)の塩焼(しおや)き衣(ころも)なれぬれど恋(こひ)といふものは忘れかねつも

 

(訳)志賀の海人の塩焼きの衣、その仕事着が褻れ汚れているように。馴れ親しんだ仲だというのに、恋の苦しみというものからはなかなか逃げられない。(同上)

(注)上二句は序。「なれ」(馴れ親しむ)を起こす。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1256)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

■二六二四歌■

◆紅之 深染 色深 染西鹿齒蚊 遺不得鶴

       (作者未詳 巻十一 二六二四)

 

≪書き下し≫紅の深(ふか)染(そ)め(きぬ)色深く染(し)みにししかば忘れかねつる

 

(訳)紅の深(ふか)染(そ)め衣、念入りに染め上げたその着物のように、あの人が心の底深くにしみついてしまったせいか、忘れようにも忘れられない。(同上)

(注)上二句は序。「色深く染み」を起す。(伊藤脚注)

 

この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その359)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

■二六二五歌■

◆不相尓 夕卜乎問常 幣尓置尓 吾衣手者 又曽可續

       (作者未詳 巻十一 二六二五)

 

≪書き下し≫逢はなくに夕占(ゆふけ)を問ふと幣(ぬさ)に置くに我(わ)が衣手(ころもで)はまたぞ継ぐべき

 

(訳)逢(あ)えもしないのに、夕占を占ってみようとしきりに袖を幣帛(ぬさ)に置くものだから、私の切り袖は、またまた継ぎ足さなければならない。(同上)

(注)ゆふけ【夕占・夕卜】名詞:夕方、道ばたに立って、道行く人の言葉を聞いて吉凶を占うこと。夕方の辻占(つじうら)。「ゆふうら」とも。 ※上代語。(学研)

(注)またぞ継ぐべき:袖を切っては幾度も幣にするので、継ぎ足さねばならぬ。効果がないことをいう。(伊藤脚注)

 

 

■二六二六歌■

◆古衣 打棄人者 秋風之 立来時尓 物念物其

       (作者未詳 巻十一 二六二六)

 

≪書き下し≫古衣(ふるころも)打棄(うつ)つる人は秋風の立ちくる時に物思ふものぞ

 

(訳)古衣、着馴(きな)れたその着物をうち捨ててしまうような人は、秋風の吹き出すときに、わびしい思いをするものですよ。

(注)古衣打棄つる:古女房を打ち棄てる意。「打棄つる」はウチウツルの約。(伊藤脚注)

(注の注)うつつ【打棄つ】[動]:《「う(打)ちう(棄)つ」の音変化》見捨てる。打ち捨てる。(            weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「weblio辞書 歴史民俗用語辞典」