万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1969、1970、1971)―島根県松江市東出雲町 面足山万葉公園(7、8、9)―万葉集 巻七 一三三〇、巻七 一三六一、巻八 一四一八

―その1969―

●歌は、「南淵の細川山に立つ檀弓束巻くまで人に知らえじ」である。

島根県松江市東出雲町 面足山万葉公園(7)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、島根県松江市東出雲町 面足山万葉公園(7)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆南淵之 細川山 立檀 弓束纒及 人二不所知

       (作者未詳 巻七 一三三〇)

 

≪書き下し≫南淵(みなぶち)の細川山(ほそかはやま)に立つ檀(まゆみ)弓束(ゆづか)巻くまで人に知らえじ

 

(訳)南淵の細川山に立っている檀(まゆみ)の木よ、お前を弓に仕上げて弓束を巻くまで、人に知られたくないものだ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)細川山:奈良県明日香村稲渕の細川に臨む山。(伊藤脚注)

(注)檀:目をつけた女の譬え。(伊藤脚注)

(注)ゆつか【弓柄・弓束】名詞:矢を射るとき、左手で握る弓の中ほどより少し下の部分。また、そこに巻く皮や布など。「ゆづか」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注の注)弓束巻く:弓を握る部分に桜皮や革を巻きつけること。契りを結ぶ意。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1018)」で、「南淵の細川山」近辺の明日香村阪田坂田寺跡・飛鳥稲渕宮殿跡・稲渕飛石・飛鳥川玉藻橋の歌碑とともに紹介している。

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 「弓束」を詠った歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1250)」で紹介している。

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 檀・真弓と詠われた歌は十二首であるが、その内「白真弓」は六首である。この六首については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1931)」で紹介している。

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―その1970―

●歌は、「住吉の浅沢小野のかきつはた衣に摺り付け着む日知らずも」である。

島根県松江市東出雲町 面足山万葉公園(8)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、島根県松江市東出雲町 面足山万葉公園(8)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆墨吉之 淺澤小野之 垣津幡 衣尓揩著 将衣日不知毛

        (作者未詳 巻七 一三六一)

 

≪書き下し≫住吉(すみのえ)の浅沢小野(あささはをの)のかきつはた衣(きぬ)に摺(す)り付け着む日知らずも

 

(訳)住吉の浅沢小野に咲くかきつばた、あのかきつばたの花を。私の衣の摺染めにしてそれを身に付ける日は、いったいいつのことなのやら。(同上)

(注)浅沢小野:住吉大社東南方の低湿地。(伊藤脚注)

(注)かきつはた:年ごろの女の譬え(伊藤脚注)

(注)「着る」は我が妻とする意。(伊藤脚注)

(注)「着む日」:「着+む」。「着るの未然形」+助動詞「む(推量)の終止形」→身に付ける日

(注の注)む 助動詞《接続》活用語の未然形に付く。:①〔推量〕…だろう。…う。②〔意志〕…(し)よう。…(する)つもりだ。③〔仮定・婉曲(えんきよく)〕…としたら、その…。…のような。▽主として連体形の用法。④〔適当・勧誘〕…するのがよい。…したらどうだ。…であるはずだ。 ⇒語法:(1)未然形の「ま」 未然形の「ま」は上代に限られ、接尾語「く」が付いた「まく」の形で用いられた。⇒まく(2)已然形の「め」 [ア] 已然形「め」が「めかも」「めや」「めやも」などの形で用いられるのは主に上代に限られ、その「か」「や」は反語の意を表した。[イ] 係助詞「こそ」の結びの語となって「こそ…め」の形となるときは、適当・勧誘の意(④)を表すことが多い。しかし、②の『伊勢物語』のような例外もある。(3)「む」「らむ」「けむ」の比較 ⇒注意:主語が一人称の場合は②の意に、二人称の場合は④の意に、三人称の場合には①の意になることが多い。 ⇒参考:中世以降は、「ん」と表記する。(学研)ここでは①の意

 

 「着む日」を詠んだ歌をみてみよう。

◆垣津旗 開沼之菅乎 笠尓縫 将著日乎待尓 年曽経去来

      (作者未詳 巻十一 二八一八)

 

≪書き下し≫かきつはた佐紀沼(さきぬ)の菅(すげ)を笠(かさ)に縫(ぬ)ひ着む日を待つに年ぞ経(へ)にける

 

(訳)かきつばたが美しく咲くという、その佐紀沼の菅を笠に縫い上げて、身に着ける日をいつのことかと待っているうちに、年が経ってしまった。(同上)

(注)かきつはた:「佐紀沼」の枕詞。(伊藤脚注)

(注)佐紀沼:奈良市佐紀町の沼か。

(注)着む日:女を妻と定めて結婚する日。(伊藤脚注)

 

 

一三六一歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その794-6)」で紹介している。

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―その1971―

●歌は、「石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」である。

島根県松江市東出雲町 面足山万葉公園(9)万葉歌碑<プレート>(志貴皇子

●歌碑(プレート)は、島根県松江市東出雲町 面足山万葉公園(9)である。

 

●歌をみていこう。

 

この歌は、万葉集巻八の巻頭歌である。

 

 題詞は、「志貴皇子懽御歌一首」<志貴皇子(しきのみこ)の懽(よろこび)の御歌一首>である。

 

◆石激 垂見之上野 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨

         (志貴皇子 巻八 一四一八)

 

≪書き下し≫石走(いはばし)る垂水(たるみ)の上(うえ)のさわらびの萌(も)え出(い)づる春になりにけるかも

 

(訳)岩にぶつかって水しぶきをあげる滝のほとりのさわらびが、むくむくと芽を出す春になった、ああ(同上)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1216)」で紹介している。

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 この歌ならびに巻頭歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1950)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」