万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2431)―

■まゆみ■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「南淵の細川山に立つ檀弓束巻くまで人に知らえじ」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(作者未詳) 20230926撮影

●歌碑は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆南淵之 細川山 立 弓束纒及 人二不所知

         (作者未詳 巻七 一三三〇)

 

≪書き下し≫南淵(みなぶち)の細川山(ほそかはやま)に立つ檀(まゆみ)弓束(ゆづか)巻くまで人に知らえじ

 

(訳)南淵の細川山に立っている檀(まゆみ)の木よ、お前を弓に仕上げて弓束を巻くまで、人に知られたくないものだ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)細川山:奈良県明日香村稲渕の細川に臨む山。(伊藤脚注)

(注)弓束巻く:弓を握る部分に桜皮や革を巻き付けること。契りを結ぶ意。(伊藤脚注)

(注)檀:目をつけた女の譬え。(伊藤脚注)

(注の注)ゆつか【弓柄・弓束】名詞:矢を射るとき、左手で握る弓の中ほどより少し下の部分。また、そこに巻く皮や布など。「ゆづか」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1250)」で「弓束」を詠んだ歌と共に紹介している。

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 南淵山や細川山近辺を詠った歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1018)」で紹介している。

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 「真弓」(白真弓を含む)を詠んだ歌をみてみよう。

(注)しらまゆみ【白真弓・白檀弓】名詞:まゆみの木で作った、白木のままの弓。(学研)

 

 

■九六歌■

◆水薦苅 信濃真弓 吾引者 宇真人作備而 不欲常将言可聞  (禅師)

       (久米禅師 巻二 九六)

 

≪書き下し≫み薦(こも)刈(か)る信濃(しなの)の真弓(まゆみ)我(わ)が引かば貴人(うまひと)さびていなと言はむかも

 

(訳)み薦刈る信濃、その信濃産の真弓の弦(つる)を引くように、私があなたの手を取って引き寄せたら、貴人ぶってイヤとおっしゃるでしょうかね。 (禅師) (伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)み薦(こも)刈(か)る:「信濃」の枕詞。上二句は序。「我が引けば」を起す。(伊藤脚注)

(注の注)みこもかる 【水菰刈る】分類枕詞:水菰がたくさん生えていて、それを刈り取る地の意で、「信濃(しなの)」にかかる。(学研)

(注の注)みこも【水菰・水薦】名詞:草の名。水中に生える真菰(まこも)。(学研)

(注)引かば:手に取って引き寄せたら。(伊藤脚注)

(注)まゆみ 名詞:①【檀】木の名。にしきぎに似ていて、秋に紅葉する。強靫(きようじん)な幹を弓の材料とするところからこの名があり、また、樹皮からは紙を作った。②【檀弓・真弓】①を用いて作った丸木の弓。(学研)

 

 

■九七歌■

◆三薦苅 信濃真弓 不引為而 強佐留行事乎 知跡言莫君二  (郎女)

        (石川郎女 巻二 九七)

 

≪書き下し≫み薦(こも)刈(か)る信濃(しなの)の真弓(まゆみ)引かずして弦(を)はくるわざを知ると言はなくに

(注)五句目は、「をはくるわざを」、「あなさるわざを」、「しひざるわざを」と読む説がある。

 

(訳)み薦刈るその信濃の真弓を実際に引きもしないで弦(つる)をかける方法なんか知っているとは、世間では、誰も言わないものですがね。 (郎女)(同上)

(注)上三句は女を本気で誘わないことの譬え。(伊藤脚注)

(注)弦(を)はくるわざ:弦をかける方法。女を従えることの譬え。(伊藤脚注)

 

 

 九六、九七歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その208)」で九六から一〇〇歌までと共に紹介している。

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■二八九歌■

天原 振離見者 白真弓 張而懸有 夜路者将吉

       (間人大浦 巻三 二八九)

 

≪書き下し≫天の原(あまのはら)振(ふ)り放(さ)け見れば白真弓(しらまゆみ)張りて懸(か)けたり夜道(よみち)はよけむ

 

(訳)天の原を遠く振り仰いで見ると、白木の真弓を張って月がかかっている。この分だと夜道はさぞかし歩みやすいであろう。(同上)

(注)白真弓:白木の弓。三日月の譬え。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1714)」で紹介している。

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■一三二九歌■

題詞は「寄弓」<弓に寄す>である。

 

陸奥之 吾田多良真弓 著<絃>而 引者香人之 吾乎事将成

       (作者未詳 巻九 一三二九)

 

≪書き下し≫陸奥(みちのく)の安達太良(あだたら)真弓(まゆみ)弦(つら)はけて引かばか人の我(わ)を言(こと)なさむ

 

(訳)陸奥の安達太良産の真弓、その弓に弓弦(ゆづる)を張ってひっぱったら、世間の人が私のことをあれこれ言い立てるであろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)安達太良真弓:福島県安達太良山付近で産した檀の弓。相手の女の譬え。(伊藤脚注)

(注)引かばか人の:「引く」は女を誘うことの譬え。カは疑問的詠嘆。「人」は世の人。(伊藤脚注)

 

 

 

■一八〇九歌■

◆・・・相結婚 為家類時者 焼大刀乃 手頴押祢利 白檀弓 靫取負而 入水 火尓毛将入跡 立向 競時尓・・・

       (高橋虫麻呂 巻九 一八〇九)

 

≪書き下し≫・・・相(あひ)よばひ しける時は 焼太刀(やきたち)の 手(た)かみ押(お)しねり 白真弓(しらまゆみ) 靫(ゆき)取り負(お)ひて 水に入り 火にも入らむと 立ち向(むか)ひ 競(きほ)ひし時に・・・

 

(訳)・・・妻どいに来たが、その時には、焼き鍛えた太刀(たち)の柄(つか)を握りしめ、白木の弓や靫(ゆき)を背負って、娘子のためなら水の中火の中も辞せずと必死に争ったものだが、その時に、・・・

(注)手かみ押しねり:柄頭を押しひねり。(伊藤脚注)

(注)ゆき【靫・靱】名詞:武具の一種。細長い箱型をした、矢を携行する道具で、中に矢を差し入れて背負う。 ※中世以降は「ゆぎ」。(学研)

 

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1088)」で紹介している。

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■一九二三歌■

白檀弓 今春山尓 去雲之 逝哉将別 戀敷物乎

      (作者未詳 巻十 一九二三)

 

≪書き下し≫白真弓(しらまゆみ)今(いま)春山に行く雲の行きや別れむ恋(こひ)しきものを

 

(訳)白真弓を張るという、今こそ盛りのその春山に流れて行く雲のように、私は、あなたと別れて行かねばならないのか。恋しくてならないのに。(同上)

(注)しらまゆみ:「春」の枕詞。上三句は序。「行き」を起こす。(伊藤脚注)

(注の注)しらまゆみ【白真弓・白檀弓】分類枕詞:弓を張る・引く・射ることから、同音の「はる」「ひく」「いる」などにかかる。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1799)」で紹介している。

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■二〇五一歌■

天原 徃射跡 白檀 挽而隠在 月人壮子

       (作者未詳 巻十 二〇五一)

 

≪書き下し≫天(あま)の原(はら)行きて射(い)てむと白真弓(しらまゆみ)引きて隠(こも)れる月人壮士(つきひとをとこ)

 

(訳)天の原を往き来して獲物を射止めようと、白木の弓を引き絞ったまま、山の端(は)に隠(こも)っている月の若者よ。(同上)

(注)しらまゆみ【白真弓・白檀弓】名詞:まゆみの木で作った、白木のままの弓。

しらまゆみ【白真弓・白檀弓】分類枕詞:弓を張る・引く・射ることから、同音の「はる」「ひく」「いる」などにかかる。(学研)

(注)つきひとをとこ【月人男・月人壮士】名詞:月。お月様。▽月を擬人化し、若い男に見立てていう語。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1024)」で紹介している。

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■二四四四歌■

白檀 石邊山 常石有 命哉 戀乍居

      (柿本人麻呂歌集 巻十一 二四四四)

 

≪書き下し≫白真弓(しらまゆみ)石辺(いそへ)の山の常磐(ときは)なる命(いのち)なれやも恋ひつつ居(を)らむ

 

(訳)石辺の山の常磐、その常盤のような不変の命だとでもいうのか、そうでもないのに、私は逢うこともできずにいたずらに恋つづけている。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)白真弓:「石辺」の枕詞。射る意。(伊藤脚注)

 

 

 

■二六三九歌■

◆葛木之 其津彦真弓 荒木尓毛 憑也君之 吾之名告兼

       (作者未詳 巻十一 二六三九)

 

≪書き下し≫葛城(かづらき)の襲津彦(そつびこ)真弓(まゆみ)新木(あらき)にも頼めや君が我(わ)が名告(の)りけむ

 

(訳)葛城(かつらぎ)の襲津彦(そつびこ)の持ち弓、その材の新木さながらにこの私を信じ切ってくださった上で、あなたは私の名を他人(ひと)にあかされたのでしょうか。(同上)

(注)葛城襲津彦:4世紀後半ごろの豪族。大和の人。武内宿禰(たけのうちのすくね)の子。大和朝廷に仕え、その娘、磐之媛(いわのひめ)は仁徳天皇の皇后とされる。(コトバンク デジタル大辞泉)葛城氏の祖とされる。

(注)けむ 助動詞《接続》活用語の連用形に付く。〔過去の原因の推量〕…たというわけなのだろう。(…というので)…たのだろう。 ▽上に疑問を表す語を伴う。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その439)」で紹介している。

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■三〇九二歌■

白檀 斐太乃細江之 菅鳥乃 妹尓戀哉 寐宿金鶴

       (作者未詳 巻十二 三〇九二)

 

≪書き下し≫白真弓(しらまゆみ)斐太(ひだ)の細江(ほそえ)の菅鳥(すがどり)の妹(いも)に恋ふれか寐(い)を寝(ね)かねつる

 

(訳)斐太の細江に棲む菅鳥が妻を求めて鳴くように、あの子に恋い焦がれているせいか、なかなか寝つかれないでいる。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)しらまゆみ【白真弓・白檀弓】名詞:まゆみの木で作った、白木のままの弓。

しらまゆみ【白真弓・白檀弓】分類枕詞:弓を張る・引く・射ることから、同音の「はる」「ひく」「いる」などにかかる。(学研)

(注の注)「斐太」(所在未詳)の枕詞。懸り方未詳。(伊藤脚注)

(注)すがどり【菅鳥】:鳥の名。オシドリとも,一説に「管鳥(つつどり)」の誤りかともいう。 (weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

(注)いもねられず 【寝も寝られず】分類連語:眠ることもできない。 ※なりたち名詞「い(寝)」+係助詞「も」+動詞「ぬ(寝)」の未然形+可能の助動詞「らる」の未然形+打消の助動詞「ず」

(注)かぬ 接尾語 〔動詞の連用形に付いて〕:①(…することが)できない。②(…することに)耐えられない。

 

 この歌ならびに、上述の二四四四歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1931)」で紹介している。

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■三四三七歌■

◆美知乃久能 安太多良末由美 波自伎於伎弖 西良思馬伎那婆 都良波可馬可毛

       (作者未詳 巻十四 三四三七)

 

≪書き下し≫陸奥(みちのく)の安達太良(あだたら)真弓(まゆみ)はじき置きて反(せ)らしめきなば弦(つら)はかめかも

 

(訳)陸奥(みちのく)の安達太良(あだたら)真弓、この真弓は、弓弦(ゆづる)を弾(はじ)いたままにしておいて反(そ)っくり返らせるようなことをしたら、もう二度と弦を張ることなどできませんよ。(同上)

(注)上二句は女自身の譬え。(伊藤脚注)

(注)はじき置く:弓を使ったまま放っておいて弓身を反り返らせる意。「き」は「置き」の意。(伊藤脚注)

(注)弦はかめかも:二度と弦を張ることなどできない。「弦はく」は婚姻関係を結ぶことの譬え。メカモは反語。(伊藤脚注)

 

左注は、「右一首陸奥國歌」<右の一首は陸奥の国の歌>である。

 

 

 以上みてきたように、植物としての「檀」を詠んだものはほとんどなく、作られた弓に関連した歌となっている。

 「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)には、「万葉時代の檀は弓材として用いられていたようである。・・・その堅牢さや強靭さ、緻密さ、しなやかさは、他のどの木材よりも弓の製造に適していたのであろう。それ故に檀で作られた弓が、讃美の接頭語の「マ」をつけて真弓(まゆみ)と呼ばれるようになり、材料である檀も「まゆみ」と呼ばれるようになったと考えられている。」と書かれている。

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」

★「コトバンク デジタル大辞泉