■へくそかずら■
●歌は、「▼莢に延ひおほとれる屎葛絶ゆることなく宮仕へせむ」である。
●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。
●歌をみていこう。
題詞は、「高宮王詠數首物歌二首」<高宮王(たかみやのおほきみ)、数種の物を詠む歌二首>である。
◆ ▼莢尓 延於保登礼流 屎葛 絶事無 宮将為
(高宮王 巻十六 三八五五)
▼は「草かんむりに『皂』である。「▼+莢」で「ざうけふ」と読む。
≪書き下し≫ざう莢(けふ)に延(は)ひおほとれる屎葛(くそかづら)絶ゆることなく宮仕(みやつか)へせむ
(訳)さいかちの木にいたずらに延いまつわるへくそかずら、そのかずらさながらの、こんなつまらぬ身ながらも、絶えることなくいついつまでも宮仕えしたいもの。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)ざう莢(けふ)>さいかち【皂莢】:マメ科の落葉高木。山野や河原に自生。幹や枝に小枝の変形したとげがある。葉は長楕円形の小葉からなる羽状複葉。夏に淡黄緑色の小花を穂状につけ、ややねじれた豆果を結ぶ。栽培され、豆果を石鹸(せっけん)の代用に、若葉を食用に、とげ・さやは漢方薬にする。名は古名の西海子(さいかいし)からという。(weblio辞書 デジタル大辞泉)
(注)おほとる 自動詞:乱れ広がる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)屎葛(クソカズラ):屁屎葛の古名。>ヘクソカズラ:(屁糞葛、学名: Paederia scandens)は、アカネ科ヘクソカズラ属の蔓(つる)性多年草で、やぶや道端など至る所に生える雑草。夏に中心部が赤紅色の白い小花を咲かせる。葉や茎など全草を傷つけると、悪臭を放つことから屁屎葛(ヘクソカズラ)の名がある。別名で、ヤイトバナ、サオトメバナともよばれる。(weblio辞書 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
(注)上三句は序。「絶ゆることなく」を起こす。自らを「へくそかずら」に喩えている。(伊藤脚注)
この「へくそかずら」の写真は、ナンバンキセル(おもひぐさ)を撮影に行った時に写したものである。
我が家の庭にもはびこっており、抜こうとするとまさに「屁屎」の臭いがする。可憐な花からは想像できないギャップである。
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三八五六歌もみてみよう。
◆波羅門乃 作有流小田乎 喫烏 瞼腫而 幡幢尓居
(高宮王 巻十六 三八五六)
≪書き下し≫波羅門(ばらもに)の作れる小田(をだ)を食(は)む烏(からす)瞼(まなぶた)腫(は)れて幡桙(はたほこ)に居(を)り
(訳)波羅門(ばらもん)様が作っておられる田、手入れの行き届いたその田んぼを食い荒らす烏め、瞼(まぶた)腫(は)らして、幡竿(はたざお)にとまっているわい。(同上)
(注)波羅門:天平八年(736年)、中国から渡来して大安寺に住んだインドの僧。(伊藤脚注)
(注)幡桙:説法など仏事の際に寺の庭に立てる幡(ばん)を支える竿。(伊藤脚注)
(注の注)はた【幡・旗】名詞:①仏・菩薩(ぼさつ)の威徳を示すため、法会(ほうえ)の際に用いる飾り。◇仏教語。②朝廷の儀式や軍陣で、飾りや標識として用いる旗。 ※「ばん」とも。(学研)
三八五五・三八五六歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1100)」で紹介している。
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題詞にあるように「数種の物を詠む歌」であるが、その対象となったであろう物の名についても、万葉仮名であり、漢字に精通することが前提である。さらに意味まで理解するとなるとそこそこの知識が必要である。
万葉集を読む人に対して、万葉集はどういう意図で編纂されたのか、単なる歌物語でない何かが。
三八五五・三八五六歌のような「物名歌」、どちらかといえば戯れ歌に近い歌を読む度に万葉集がまた、遠い存在になって行くのである。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)
★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「weblio辞書 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』