万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2374)―

■むらさき■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「紫の帯の結びも解きもみずもとなや妹に恋ひわたりなむ」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(作者未詳) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆紫 帶之結毛 解毛不見 本名也妹尓 戀度南

       (作者未詳 巻十二 二九七四)

 

≪書き下し≫紫の帯(おび)の結びも解きもみずもとなや妹(いも)に恋ひわたりなむ

 

(訳)紫染めの帯の結び目さえ解くこともなく、ただいたずらにあの子に焦がれつづけることになるのか。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)むらさき【紫】名詞:①草の名。むらさき草。根から赤紫色の染料をとる。古くから「武蔵野(むさしの)」の名草として有名。[季語] 夏。②染め色の一つ。①の根で染めた色。赤紫色。古代紫。古くから尊ばれた色で、律令制では三位以上の衣服の色とされた。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは②の意

(注)帯の結び:女の下紐はむろん帯の結び目も。(伊藤脚注)

(注)もとな 副詞:わけもなく。むやみに。しきりに。 ※上代語。(学研)

(注)こひわたる【恋ひ渡る】自動詞:(ずっと長い間にわたって)恋い慕い続ける。(学研)

 

 

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感想(1件)

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その765)」で、「むらさきの」で始まる歌とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 上記の伊藤脚注にあるように、共寝にあたって、帯も紐(下紐を意味することが多い)もお互いに解いたり、結んだりしたようである。

 下紐を解く歌をみてみよう。

 

◆真薦苅 大野川原之 水隠 戀来之妹之 紐解吾者

      (作者未詳 巻十一 二七〇三)

 

≪書き下し≫ま薦(こも)刈る大野川原(おほのがはら)の水隠(みごも)りに恋ひ来(こ)し妹(いも)が紐(ひも)解く我(わ)れは

 

(訳)いつもま薦を刈るあの大野川原が水に浸って籠(こも)るように、心の奥底でじっと恋い焦がれてきた子、その子の紐を今こそ解くのだ、私は。(同上)

(注)上二句は序。「水隠りに」を起こす。(伊藤脚注)

(注)みこもり【水籠り・水隠り】名詞:①水中に隠れること。②心に秘めて外に表さないこと。 ※「みごもり」とも。(学研)ここでは②の意

 

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1236)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

もう一首みてみよう。

◆結紐 解日遠 敷細 吾木枕 蘿生来

       (作者未詳 巻十一 二六三〇)

 

≪書き下し≫結(ゆ)へる紐解(と)かむ日遠み敷栲(しきたへ)の我(わ)が木枕(こまくら)は苔生(こけむ)しにけり

 

(訳)あの人が結んでくれた紐、この紐を解く日がまだまだ先なので、私たちの木枕には苔が生えて来た。(同上)

(注)解かむ日遠み:解いて共寝する日が遠いので。長旅の夫を待つ女の歌か。(伊藤脚注)

 

 

 自ら紐を解く場合は、相手を呼び寄せようとする場合である。

 二八五一歌をみてみよう。

 

◆人所見 表結 人不見 裏紐開 戀日太

       (作者未詳 巻十二 二八五一)

 

≪書き下し≫人の見る上(うへ)は結びて人の見ぬ下紐(したびも)開(あ)けて恋ふる日ぞ多き

 

(訳)人の目に触れる上着の紐はきちんと結んで、人の目に触れない下着の紐をあけては、恋い焦がれる日がいたずらに重なります。(同上)

(注)下紐開けて恋ふる:相手に逢える前兆を作り出して恋い焦がれている。(伊藤脚注)

 

 

 これについては、古橋信孝氏は、その著「古代の恋愛生活 万葉集の恋歌を読む」(NHKブックス)の中で、「旅立つときに、というより共寝の後、その女が下紐を結んで魂をこめたことと対応している。女は自分のもとへふたたび戻って来るようにと下紐を結ぶ。(中略)(その下紐を)自分の意志で解いて、相手を呼び寄せようとする・・・呪術である。下紐を解くのは・・・結んでいるのは閉じ籠められた状態だから、解くのはその隠りから開かれた状態になり、強い呪力を発揮するのだろう。」と書かれている。

 

 

 二八五一歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1397)」で下紐が自然に解けた場合とあわせて紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 「帯」についても、古橋信孝氏は、前出著で、「帯も紐と同じように、恋人が結んだのなら解いてはいけなかったようだ。」と書かれ、家持の七四二歌をあげておられる。

 七四二歌をみてみよう。

 

◆一重耳 妹之将結 帶乎尚 三重可結 吾身者成

       (大伴家持 巻四 七四二)

 

≪書き下し≫一重(ひとえ)のみ妹が結ばむ帯をすら三重(みへ)結ぶべく我(あ)が身はなりぬ

 

(訳)あなたが結んでくれる時には一回(ひとまわ)りだけのこの帯でさえ、三回(みまわ)りに結ぶほど、私の身はすっかり細くなってしまった。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

 

 七四二歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1983)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「古代の恋愛生活 万葉集の恋歌を読む」 古橋信孝 著 (NHKブックス

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」