万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2484)―

●歌は、「思はじと言ひてしものをはねず色のうつろひやすき我が心かも」である。

茨城県石岡市小幡 ライオンズ広場万葉の森万葉歌碑(プレート) 20230927撮影

●歌碑(プレート)は、茨城県石岡市小幡 ライオンズ広場万葉の森にある。

 

●歌をみていこう。

 

六五六~五六九歌の歌群の題詞は、「大伴坂上郎女歌六首」<大伴坂上郎女歌六首>でる。

 

◆不念常 日手師物乎 翼酢色之 變安寸 吾意可聞

         (大伴坂上郎女 巻四 六五七)

 

≪書き下し≫思(おも)はじと言ひてしものをはねず色のうつろひやすき我(あ)が心かも

 

(訳)あんな人のことだのもう思うまいと口に出していったのに、何とまあ変わりやすい私の心なんだろう。またも恋しくなるとは。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)はねず色の:「うつろひやすき」の枕詞。「はねず」はにわうめか。(伊藤脚注)

(注の注)はねずいろの【はねず色の】分類枕詞:はねず(=植物の名)で染めた色がさめやすいところから「移ろひやすし」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)うつろふ【移ろふ】自動詞:①移動する。移り住む。②(色が)あせる。さめる。なくなる。③色づく。紅葉する。④(葉・花などが)散る。⑤心変わりする。心移りする。⑥顔色が変わる。青ざめる。⑦変わってゆく。変わり果てる。衰える。(学研)ここでは⑦の意

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その312)」で、他の五首ととに紹介している。

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 「はねず」あるいは「はねず色」を詠んだ歌は、集中四首収録されているが、これについては、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1168)」で紹介している。

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 「うつろふ」という言葉の響きに惹かれる。ゆったりとした時間の経過を感じさせる。それでいて、褪せる、心変わりする、衰える、などとネガティブな結末も優しく包み込んでしまうニュアンスがある。

「うつろふ」を詠み込んだ歌をみてみよう。

 

◆鴨頭草丹 服色取 揩目伴 移變色登 称之苦沙

       (作者未詳 巻七 一三三九)

 

≪書き下し≫月草(つきくさ)に衣(ころも)色どり摺(す)らめどもうつろふ色と言ふが苦しさ

 

(訳)露草の花で着物を色取って染めたいと思うけれど、褪(あ)せやすい色だと人が言うのを聞くのがつらい。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)摺らめども:求婚に応じようと思うが。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1911)」で紹介している。

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◆久礼奈為波 宇都呂布母能曽 都流波美能 奈礼尓之伎奴尓 奈保之可米夜母

       (大伴家持 巻十八 四一〇九)

 

≪書き下し≫紅(くれなゐ)はうつろふものぞ橡(つるはみ)のなれにし衣(きぬ)になほしかめやも

 

(訳)見た目鮮やかでも紅は色の褪(や)せやすいもの。地味な橡(つるばみ)色の着古した着物に、やっぱりかなうはずがあるものか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)紅:紅花染。ここでは、遊女「左夫流子」の譬え。(伊藤脚注)

(注)橡(つるはみ)のなれにし衣(きぬ):橡染の着古した着物。妻の譬え。(伊藤脚注)。

(注の注)つるばみ【橡】名詞:①くぬぎの実。「どんぐり」の古名。②染め色の一つ。①のかさを煮た汁で染めた、濃いねずみ色。上代には身分の低い者の衣服の色として、中古には四位以上の「袍(はう)」の色や喪服の色として用いた。 ※ 古くは「つるはみ」。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その834)」で紹介している。

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◆世間乎 常無物跡 今曽知 平城京師之 移徙見者

       (作者未詳 巻六 一〇四五)

 

≪書き下し≫世間(よのなか)を常(つね)なきものと今ぞ知る奈良の都のうつろふ見れば

 

(訳)世の中とはなんとはかないものなのかということを、今こそ思い知った。この奈良の都がひごとにさびれてゆくのをみると。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1097)」で紹介している。

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 もう一首みてみよう。

◆夜知久佐能 波奈波宇都呂布 等伎波奈流 麻都能左要太乎 和礼波牟須婆奈

       (大伴家持 巻二十 四五〇一)

 

≪書き下し≫八千種(やちくさ)の花はうつろふときはなる松のさ枝(えだ)を我れは結ばな

 

(訳)折々の花はとりどりに美しいけれど、やがて色褪(いろあ)てしまう。われらは、永久(とわ)に変わらぬ、このお庭の松を結んで、主人(あるじ)の弥栄(いやさか)を祈ろう。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)やちくさ【八千草・八千種】名詞:①たくさんの草。②多くの種類。種々。さまざま。(学研)

(注)うつろふ【映ろふ】自動詞:(光や影などが)映る。 ※「映る」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」からなる「映らふ」が変化した語。(学研)

(注)うつろふ【移ろふ】自動詞:①移動する。移り住む。②(色が)あせる。さめる。なくなる。③色づく。紅葉する。④(葉・花などが)散る。⑤心変わりする。心移りする。⑥顔色が変わる。青ざめる。⑦変わってゆく。変わり果てる。衰える。 ※「移る」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」からなる「移らふ」が変化した語。(学研)

(注)むすぶ【結ぶ】他動詞①つなぐ。結び合わせる。結ぶ。②(約束などを)結ぶ。関係をつける。約束する。③両手で印(いん)の形を作る。▽「印を結ぶ」の形で用いる。④(物を)作る。構える。編んで作る。組み立てる。⑤(状態・形を)かたちづくる。生じさせる。構成する。 ⇒参考 古くは、草の葉や木の枝を結び合わせて無事や幸福を祈り、男女が相手の衣服の紐(ひも)を結んで誓いを立てることなどが行われた。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1374)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」