万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その312,313)―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(53,54)―

歌は、「思はじと言ひてしものをはねず色のうつろひやすき我が心かも」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(53)(大伴坂上郎女

歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(53)である。   

 

歌をみていこう。

 

◆不念常 日手師物乎 翼酢色之 變安寸 吾意可聞

                (大伴坂上郎女 巻四 六五七)

 

≪書き下し≫思(おも)はじと言ひてしものをはねず色のうつろひやすき我(あ)が心かも

 

(訳)あんな人のことだのもう思うまいと口に出していったのに、何とまあ変わりやすい私の心なんだろう。またも恋しくなるとは。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

「はねず」については、ニワウメ、ニワザクロ、モクレン、フヨウ、ザクロなどの諸説があるが、「ニワウメ」が通説になっている。

 

 

六五六~五六九歌の歌群の題詞は、「大伴坂上郎女歌六首」<大伴坂上郎女歌六首>でる。

順次、歌をみてみよう。

 

◆吾耳曽 君尓者戀流 吾背子之 戀云事波 言乃名具左曽

               (同上 巻四 六五六)

 

≪書き下し≫我(あ)れのみぞ君には恋ふる我(わ)が背子が恋(こ)ふといふことは言(こと)のなぐさぞ

 

(訳)私だけが、あなたに恋い焦がれているのです。あなたが恋い焦がれているという言葉は、口先だけの慰めとわかっています。(同上)

(注)なぐさ【慰】名詞:心を慰めるもの。心を安めるもの。※動詞「なぐ(和ぐ)」の終止形+接尾語「さ」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

◆雖念 知僧裳無跡 知物乎 奈何幾許 吾戀渡

              (同上 巻四 六五八)

 

≪書き下し≫思もへども験(しるし)もなしと知るものを何かここだく我(あ)が恋ひわたる

 

(訳)あんな人のことなど思ってもかいがないとわかっていながら、何でこんなにも激しく、私は恋つづけるのであろうか。(同上)

(注)わたる【渡る】補助動詞:〔動詞の連用形に付いて〕①一面に…する。広く…する。

②ずっと…しつづける。絶えず…する

 

 

◆豫 人事繁 如是有者 四恵也吾背子 奥裳何如荒海藻

              (同上 巻四 六五九)

 

≪書き下し≫あらかじめ人言(ひとごと)繁(しげ)しかくしあらばしゑや我(わ)が背子(せこ)奥(おく)もいかにあらめ

 

(訳)今のうちから人の噂がいっぱいです。こんなだったら、ああいやだ、あなた、この先もどうなることでしょう、まっくらです。(同上)

(注)あらかじめ【予め】副詞:前もって。かねて。

(注)しゑや 感動詞:えい、ままよ。※物事を思い切るときに発する語。(同上)

(注)おく【奥】名詞:①物の内部に深く入った所。②奥の間。③(書物・手紙などの)最後の部分。④「陸奥(みちのく)」の略。▽「道の奥」の意。⑤遠い将来。未来。行く末。

⑥心の奥(同上) ※ここでは、⑤の意

 

 

◆汝乎与吾乎 人曽離奈流 乞吾君 人之中言 聞起名湯目

             (同上 巻四 六六〇)

 

≪書き下し≫汝(な)をと我(あ)を人ぞ離(さ)くなるいで我(あ)が君人の中言(なかこと)聞きこすなゆめ

 

(訳)あなたと私との仲を、他人(ひと)が引き裂こうとしているようです。さああなた様、そんな人の中傷に断じて耳をお貸しくださいますな。(同上)

(注)いで 感動詞:①さあ。▽相手を行動に誘ったり、促したりするときに発する語。②どれ。さあ。▽自分が行動を起こすときに発する語。③おやまあ。いやもう。▽感動したり驚いたときに発する語。④いや。さあ。▽疑いや否定の気持ちで発する語。

(注)なかごと【中言】: 人の談話に割り込むこと。(weblio辞書 三省堂大辞林第三版)

 

 

◆戀ゝ而 相有時谷 愛寸 事盡手四 長常念者

              (同上 巻四 六六一)

 

≪書き下し≫恋ひ恋ひて逢へる時だにうるはしき言(こと)尽(つく)してよ長くと思はば

 

(訳)逢いたい逢いたいと思ってやっと逢えたその時ぐらい、やさしい言葉の限りを尽くしてください。いついつまでもとお思いならば。(同上)

 

 

―その313―

歌は、「橘の蔭踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹に逢はずして」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(54)(三方沙弥)

歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(54)である。

 

この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その198)」に紹介しているので、ここでは歌のみ掲載する。

 

◆橘之 蔭履路乃 八衢尓 物乎曽念 妹尓不相而  <三方沙弥>

            (三方沙弥 巻一 一二五)

 

≪書き下し≫橘(たちばな)の蔭(かげ)踏(ふ)む道の八衢(やちまた)に物をぞ思ふ妹(いも)に逢はずして  

 

(訳)橘の木影を踏んで行く道のように、岐(わか)れ岐れのままにあれやこれや物思いに悩むことよ。あの子に逢わないままでいて。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)やちまた【八衢・八岐】名詞:道が幾つにも分かれている所。

 

題詞は、「三方沙弥娶園臣生羽之女未経幾時臥病作歌三首」<三方沙弥(みかたのさみ)、園臣生羽(そののおみいくは)が女(むすめ)を娶(めと)りて、幾時(いくだ)も経ねば、病に臥(ふ)して作れる歌三首>である。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio辞書 三省堂大辞林第三版」

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」