万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2454)―

●歌は、「筑波嶺の新桑繭の衣はあれど君が御衣しあやに着欲しも」である。

茨城県つくば市大久保 つくばテクノパーク大穂万葉歌碑(作者未詳) 20230927撮影

●歌碑は、茨城県つくば市大久保 つくばテクノパーク大穂にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆筑波祢乃 尓比具波波麻欲能 伎奴波安礼杼 伎美我美家思志 安夜尓伎保思母

   或本歌日 多良知祢能 又云 安麻多氣保思母

       (作者未詳 巻十四 三三五〇)

 

≪書き下し≫筑波嶺(つくはね)の新桑繭(にひぐはまよ)の衣(きぬ)はあれど君が御衣(みけし)しあやに着(き)欲(ほ)しも

   或本の歌には「たらちねの」といふ。また「あまた着(き)欲しも」といふ。

 

(訳)筑波嶺一帯の、新桑で飼った繭の着物はあり、それはそれですばらしいけれど、やっぱり、あなたのお召がむしょうに着たい。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)新桑繭(読み)にいぐわまよ :新しい桑の葉で育った繭。今年の蚕の繭。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)みけし【御衣】名詞:お召し物。▽貴人の衣服の尊敬語。 ※「み」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)あやに【奇に】副詞:むやみに。ひどく。(学研)

 

この歌については、巻十四 東歌の巻頭五歌とともに、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1245)」で紹介している。

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絹の歴史、蜻蛉領巾、西市で絹の粗悪品つかまされたという歌等についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1052)」で紹介している。

 

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 万葉時代には、衣服関係の材料として絹は、高級で高価なものという評価は定着していた。絹以外の衣服関係の材料として万葉集の歌に詠まれているものをみてみよう。

 

■麻■

◆庭立 麻手苅干 布暴 東女乎 忘賜名

       (常陸娘子 巻四 五二一)

 

≪書き下し≫庭に立つ麻手(あさで)刈り干(ほ)し布曝(さら)す東女(あづまをみな)を忘れたまふな

 

(訳)庭畑に茂り立っている麻を刈って干し、織った布を日にさらす東女(あずまおんな)、この田舎くさい女のことをどうかお忘れ下さいますな。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)庭:季節によって畑になったり、仕事場になったりする、家の前の空き地。(伊藤脚(注)麻手:布の原料としての麻の意か。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1588)」で紹介している。

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■栲■

比礼乃 鷺坂山 白管自 吾尓尼保波尼 妹尓示

        (柿本人麻呂歌集 巻九 一六九四)

 

≪書き下し≫領布(たくひれ)の鷺坂山の白(しら)つつじ我(わ)れににほはに妹(いも)に示(しめ)さむ

 

(訳)栲領布(たくひれ)のように白い鳥、鷺の名の鷺坂山の白つつじの花よ、お前の汚れのない色を私に染め付けておくれ。帰ってあの子の見せてやろう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)たくひれ【栲領巾】〘名〙 :楮(こうぞ)などの繊維で織った栲布(たくぬの)で作った領巾(ひれ)。女子の肩にかける飾り布。

(注)たくひれの【栲領巾の】( 枕詞 ):① 栲領巾をかけることから、「かけ」にかかる。② 栲領巾の白いことから、「白」または地名「鷺坂さぎさか山」にかかる。(コトバンク 三省堂大辞林 第三版)

(注)領布(ひれ): 古代の服飾具の一。女性が首から肩にかけ、左右に垂らして飾りとした布帛(ふはく)。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)にほふ【匂ふ】自動詞:美しく染まる。(草木などの色に)染まる。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1007)」で紹介している。

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■藤■

◆須麻乃海人之 塩焼衣乃 藤服 間遠之有者 未著穢

                 (大網公人主 巻三 四一三)

 

≪書き下し≫須磨(すま)の海女(あま)の塩焼(しほや)き衣(きぬ)の藤衣(ふぢころも)間遠(まどほ)にしあればいまだ着なれず

 

(訳)須磨の海女が塩を焼く時に着る服の藤の衣(ころも)、その衣はごわごわしていて、時々身に着けるだけだから、まだいっこうにしっくりこない。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)須磨:神戸市須磨区一帯

(注)しほやきぎぬ【塩焼き衣】名詞:海水を煮て塩を作る人が着る粗末な衣。「しほやきごろも」とも。(学研)

(注)ふぢごろも【藤衣】名詞:①ふじやくずなどの外皮の繊維で織った布の衣類。織り目が粗く、肌触りが硬い。貧しい者の衣服とされた。②喪服。「藤」とも。 ※「藤の衣(ころも)」とも。(学研)ここでは①の意

(注)間遠(読み)マドオ[形動]:① 間隔が、時間的または空間的に離れているさま。② 織り目や編み目、結び目が粗いさま。(学研)ここでは②の意

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その559)」で紹介している。

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■葛■

◆劔後 鞘納野 葛引吾妹 真袖以 著點等鴨 夏草苅母

       (柿本人麻呂歌集 巻七 一二七二)

 

≪書き下し≫大刀の後(しり)鞘(さや)に入野(いりの)に葛(くず)引く我妹(わぎも)真袖(まそで)に着せてむとかも夏草刈るも

 

(訳)大刀の鋒先(きっさき)を鞘に納め入れる、その入野(いりの)で葛を引きたぐっている娘さんよ。この私に両袖までついた葛の着物を着せたいと思って、せっせと周りの夏草まで刈っているのかな。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)「大刀の後鞘に」が序。「入野」を起こす。

(注)いりの【入野】〔名〕 入り込んで奥深い野。(weblio辞書 精選版 日本国語大辞典

(注)くず【葛】名詞:「秋の七草」の一つ。つる草で、葉裏が白く、花は紅紫色。根から葛粉(くずこ)をとり、つるで器具を編み、茎の繊維で葛布(くずふ)を織る。[季語] 秋。 ⇒参考 『万葉集』ではつるが地を這(は)うようすが多く詠まれる。『古今和歌集』以後は、葛が風にひるがえって白い葉裏を見せる「裏見(うらみ)」を「恨み」に掛けることが多い。(学研)

(注)まそで【真袖】:左右の袖。両袖。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1314)」で紹介している。

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■綿■

◆白縫 筑紫乃綿者 身箸而 未者伎袮杼 暖所見

        (沙弥満誓 巻三 三三六)

 

≪書き下し≫しらぬひ筑紫(つくし)の綿(わた)は身に付けていまだは着(き)ねど暖(あたた)けく見ゆ

 

(訳)しらぬひ筑紫、この地に産する綿は、まだ肌身に付けて着たことはありませんが、いかにも暖かそうで見事なものです。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)しらぬひ 分類枕詞:語義・かかる理由未詳。地名「筑紫(つくし)」にかかる。「しらぬひ筑紫」。 ※中古以降「しらぬひの」とも。(学研)

(注)筑紫も捨てたものではないと私見を述べている。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2380)」で紹介している。

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 万葉集への切り込み方は一様ではない。それだけにアプローチの仕方も多種多様であり万葉集の懐の深さを思い知らされるのである。

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「weblio辞書 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク 三省堂大辞林 第三版」

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉