万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2455)―

●歌は、「筑波嶺に雪かも降らるいなをかも愛しき子ろが布乾さるかも」である。

茨城県つくば市大久保 つくばテクノパーク大穂万葉歌碑(作者未詳) 20230927撮影

●歌碑は、茨城県つくば市大久保 つくばテクノパーク大穂にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆筑波祢尓 由伎可母布良留 伊奈乎可母 加奈思吉兒呂我 尓努保佐流可母

      (作者未詳 巻十四 三三五一)

 

≪書き下し≫筑波嶺(つくはね)に雪かも降(ふ)らるいなをかも愛(かな)しき子(こ)ろが布(にの)乾(ほ)さるかも

 

(訳)筑波嶺に雪が降っているのかな、いや、違うのかな。いとしいあの子が布を乾かしているのかな。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)降らる:「降れる」の東国形。(伊藤脚注)

(注)いなをかも【否をかも】分類連語:いや、そうではないのかな。違うのだろうか。 ⇒なりたち 感動詞「いな」+間投助詞「を」+係助詞「かも」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)ニノ:「ヌノ」の訛り。(伊藤脚注)

(注)乾さる:「乾せる」の東国形。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1386)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 この歌を「東歌」の特徴に触れながら、犬養 孝氏は、その著「万葉の人びと」(新潮文庫)のなかで、解説しておられる。

 「まず、東歌は非常に土地と密着している。だからお国自慢的な要素がある・・・からとても地名が多い・・・筑波山のあたりでは、農民の人たちは、筑波山をなにより自慢したいよりどころです。・・・常陸の国の東歌が十二首あるが、そのうちの十一首は筑波山なんです」と書かれている。

 また「民謡というものは、今日でも大体土地と密着して」いるとされ、「木曽節」を例に挙げられ、歌うことによる共同体意識にもふれられている。

 そして三三五一歌について、「『筑波嶺に、雪かも降らる』と非常に音楽的ですね。“カモ” “カモ” “カモ”が三つあり、“らる”“ほさる”がある。昔はうたうものだったから、非常に音楽的(で)・・・内容がすこぶる単純・・・わかり易く、類型的です。」と、さらに「一般の文字も知らないような人が、複雑な人間心情などわかるはずがない。そんなこと歌っても通じるわけがない・・・この歌でいっているのは、雪が降ってんのかな、いや雪かな、布かな、というそれだけなのです、言いたいことは。・・・山の向こうの方に好きな人がいるんですね。そこでおどけているのです。そして、“あっ、筑波山に雪が降ってるのかな、あの白いのは、いやいやそうじゃないよ、かわいいあの娘(こ)が布晒してるんだよ”とそういう気持ちを表現しているんです。・・・そして『否をかも 愛しき児ろが、布乾さるかも』ですが、この『布(にの)』というのは、田舎言葉なんです。東歌のすばらしいのは、一字一音で書いてあるから、当時の方言というか、訛りがそのまま残っている。・・・なお『雪かも降らる』とというのは、都言葉で言えば“雪かも降れる”です。・・・『愛(かな)しき児ろが布乾せるかも』というところを『布乾さるかも』・・・訛りが多いですね。そういうところが、東歌をいかにも素朴な感じにしているのです。」と書かれている。「昔の常陸国武蔵国」というのは、貢物として布を多くだしていた所なんです。だからこれは、そういう布を晒す人たちの間で歌われた歌であり、生活の必要が生んだ歌。決して文学ではない。筑波山のあたりで布を晒すそのローカルカラーを、生き生きと表現して、生活環境をそのまま生かしている歌なんですね。だからこれは、労働作業歌。おそらく布を晒す人々の間で歌われた歌なんでしょう」と。

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 万葉集巻十四の位置づけについて、で、「・・・歌の世界をつくるなかでの『東(あづま)』について、律令国家の文雅というとらえ方は一貫させられます。東国にまでおよんで―国家領域全体をおおうことになります―定型短歌がおおていること、さらに、巻十四も、雑歌・相聞・譬喩歌・挽歌という、他の巻とおなじ部立てをもって構成されることが、固有のことばによる独自な文芸の東国にまでおよぶ定着のすがたにほかなりません。それを証して、『東歌』は『万葉集』のなかにあるのです。方言要素を有し、在地性をつよく負うというよそおい―そのための一字一音書記―が必須であったと納得されます。」と述べられている。

 

 

 するどい巻十四のとらえ方である。

 万葉集の一巻、一巻のもつ重要性を改めて考えていくべきとの大きな課題がまた目の前に!

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」