万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2347)―

■おきなぐさ■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より
引用させていただきました。

 

●歌は、「芝付の御宇良崎なるねつこ草相見ずあらずば我れ恋ひめやも」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(作者未詳)
 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆芝付乃 御宇良佐伎奈流 根都古具佐 安比見受安良婆 安礼古非米夜母

        (作者未詳 巻十四 三五〇八)

 

≪書き下し≫芝付(しばつき)の御宇良崎(みうらさき)なるねつこ草(ぐさ)相見(あひみ)ずあらずば我(あ)れ恋ひめやも

 

(訳)芝付(しばつき)の御宇良崎(みうらさき)のねつこ草、あの一緒に寝た子とめぐり会いさえしなかったら、俺はこんなにも恋い焦がれることはなかったはずだ(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)。

(注)ねつこ草:未詳。女性の譬え。「寝つ子」を懸ける。(伊藤脚注)

(注の注)ねつこぐさ【ねつこ草】〘名〙: オキナグサ、また、シバクサとされるが未詳。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典精選版 )

(注)相見ずあらずば:めぐりあったりしなかったら。(伊藤脚注)

(注の注)あひみる【相見る・逢ひ見る】自動詞:①対面する。②契りを結ぶ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)めやも 分類連語:…だろうか、いや…ではないなあ。 ⇒なりたち 推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(学研)

 

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感想(1件)

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1146)」で、東歌の「寝」を詠った歌とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 「東歌」について、犬養 孝氏は、その著「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」(平凡社)のなかで、「万葉集巻十四に『東歌(あづまうた)』として短歌のみ二三〇首(他に或本歌・一本歌八首)がある。『あづま』の範囲は広くいえば不破(ふわ)・鈴鹿(すずか)以東東海・東山の諸国だが、巻十四では国名のわかっているもの(九〇首)を近江以東の旧東海道諸国、信濃以東の東山道諸国にわけ、国名不明のもの(一四〇首)を次に一括してあり、右の範囲外のものも若干まざっている。一言でいえば『あづまうた』は東方諸国(東国)関係の歌といえよう。ほとんどが恋の歌で、作者は未詳。・・・編纂にいたる前の原資料として東歌がどのようにして集められたかについては、こんにちまでのところ確定説はない。・・・東歌の大部分は、個人の抒情の記載された歌とは違って、東国農耕庶民らのあいだで、うたわれ、したしまれ、生きつづけていた、かれらの日常生活体験に即した歌であって、いうなれば土から生まれた歌である・・・」と書かれている。

 

 ちなみに三五〇八歌は、国名不明のもの(一四〇首)の一首である。

 国名不明の歌は、「未勘国歌」と称されている。

 巻十四の巻末に「以前歌詞未得勘知國土山川名也」<以前(さき)の歌詞は、(いまだ)土山川の名を(かむが)へ知ること得ず>によっている。

 

 

■東歌は、万葉集では、「五七五七七」という短歌形式で収録されている■

元々は民謡や歌謡を集め、収録されるまで今の形に手が加えられ型にはめられていったという考え方もある。

 

 神野志隆光氏は、その著「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」(東京大学出版会)のなかで、「決定的なのは、東歌が定型短歌に統一されているという動かしがたい事実」と、ズバッと言い切られ、労働に結びついた、あるいは素朴な性愛表現や方言などを有していることについては、「古代宮廷が、世界の組織の証として東国の風俗歌舞をもとめたものであって、東国性をよそおうことがそこでは必要だった」(同著)と書かれておられる。

 

 労働に結びついた等の特異な内容に、東国の地名、さらには方言といった要素を「東国の在地性」という言葉で表現されている。

 

 そして、万葉集における「巻十四の位置づけ」について、「東国にも定型の短歌が浸透しているのを示すということです。それは中央の歌とは異なるかたちであらわれて東国性を示しますが、東歌によって、東国までも中央とおなじ定型短歌におおわれて、ひとつの歌の世界をつくるものとして確認されることとなります。そうした歌の世界をあらしめるものとして東歌の本質を見るべきです。それが『万葉集』における巻十四なのです」と述べられている。

 

 東歌というと、ついついその内容の特異性の注目してしまうが、そこに東歌の本質があり、それを収録した万葉集として意義が見いだせるという鋭い指摘には驚かされる。

 

 今回の経験を活かし、東歌の歌碑を巡り、東歌についていろいろと探ってみたいものである。

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 (平凡社

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会

★「万葉植物園 植物ガイド105」 (袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典精選版」