■いかりそう■
●歌は、「春さればまづさきくさの幸くあれば後にも逢はむ恋ひそ我妹」である。
●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。
●歌をみていこう。
◆春去 先三枝 幸命在 後相 莫戀吾妹
(柿本人麻呂歌集 巻十 一八九五)
≪書き下し≫春さればまづさきくさの幸(さき)くあらば後(のち)にも逢はむな恋ひそ我妹(わぎも)
(訳)春になると、まっさきに咲くさいぐさの名のように、命さえさいわいであるならば、せめてのちにでも逢うことができよう。そんなに恋い焦がれないでおくれ、お前さん。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)上二句「春去 先三枝」は、「春去 先」が「三枝」を起こし、「春去 先三枝」が、「幸(さきく)」を起こす二重構造になっている。
(注)さきくさ【三枝】名詞:植物の名。枝・茎などが三つに分かれているというが、未詳。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)そ 終助詞:《接続》動詞および助動詞「る」「らる」「す」「さす」「しむ」の連用形に付く。ただし、カ変・サ変動詞には未然形に付く。:①〔穏やかな禁止〕(どうか)…してくれるな。しないでくれ。▽副詞「な」と呼応した「な…そ」の形で。②〔禁止〕…しないでくれ。▽中古末ごろから副詞「な」を伴わず、「…そ」の形で。 ⇒参考:(1)禁止の終助詞「な」を用いた禁止表現よりも、禁止の副詞「な」と呼応した「な…そ」の方がやわらかく穏やかなニュアンスがある。(2)上代では「な…そね」という形も併存したが、中古では「な…そ」が多用される。(学研)
一八九五歌の上二句「春去 先三枝」は、「春去 先」が「三枝」を起こし、「春去 先三枝」が、「幸(さきく)」を起こす二重構造、「二重の序」になっている。
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この歌ならびに「二重の序」についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1053)」で紹介している。
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一八九〇から一八九六までの歌群は、巻十の部立「春相聞」の冒頭に位置する「柿本人麻呂歌集」の歌群である。この歌群については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1754)」で紹介している。
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「さきくさ」について、「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)には。「集中で『三枝』を見出すことができるのは例歌と、山上憶良(巻5・904)の2首のみである。しかも両者とも植物それ自体を詠んだものではなく、それぞれ掛詞、枕詞として用いられている。故に、従来より同定は決し難く諸説が唱えられてきた。一般的に定説化しているミツマタ説をはじめとし、ミツバゼリ、ヤマユリ、ヤマゴボウ、ジンチョウゲ、イカリソウ、ツリガネニンジン、オケラ、フクジュソウ、イネ、ヒノキ、マツ等の14種の多きを数える。」と書かれている。
山上憶良の九〇四歌は、題詞「戀男子名古日歌三首 長一首短二首」<男子(をのこ)名は古日(ふるひ)に恋ふる歌三首 長一首短二首>の長歌である。
◆・・・父母毛 表者奈佐我利 三枝之 中尓乎祢牟登 愛久 志我可多良倍婆・・・
(山上憶良 巻五 九〇四)
≪書き下し≫・・・父母(ちちはは)も うへはなさかりり さきくさの 中にを寝むと 愛(うつく)しく しが語らへば・・・
(訳)・・・「父さんも母さんもそばを離れないでね。ぼく、まん中に寝る」と、かわいらしくもそいつが言うので、・・・(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)うへはなさかり:そばを離れないで、の意か。
(注)さきくさの【三枝の】分類枕詞:「三枝(さきくさ)」は枝などが三つに分かれるところから「三(み)つ」、また「中(なか)」にかかる。「さきくさの三つ葉」(学研)
(注)し【其】代名詞〔常に格助詞「が」を伴って「しが」の形で用いて〕:①それ。▽中称の指示代名詞。②おまえ。なんじ。▽対称の人称代名詞。③おのれ。自分。▽反照代名詞(=実体そのものをさす代名詞)。(学研)ここでは②の意
この九〇四歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1224)」で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)
★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」